南端泊地物語―戦乱再起―   作:夕月 日暮

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第十一陣「託す者の言葉」

 揺れで、目が覚めた。

 全身が痛むが、それ以上に今の状況が気にかかった。

 

「気がつきましたか、提督」

 

 やや疲弊したような声。

 トラック泊地の天城のものだ。

 

 天城はすぐ側に立って、こちらを心配そうに覗き込んでいた。

 休んでいないのだろう。顔色が優れない。

 もっとも、自分はもっと酷い顔をしているのだろう――と仁兵衛は察していた。

 

「戦況は……?」

「さっき、横須賀の方々が応援に来られました。おかげで何とか持ちこたえていますが……」

「優勢というほどでもない、という感じだな」

 

 仁兵衛は、痛む身体に鞭を打って上体を起こした。

 天城がそれを慌てて抑えようとする。

 

「駄目です、提督。先生もしばらくは絶対安静にしろって……!」

「そんなことを、言っていられる状況か、阿呆」

 

 息を吐きながら天城の手を振り払い、仁兵衛は起き上がった。

 視界がぐにゃりと歪むような気がした。

 身体中が燃えるように熱い。痛みがすべて熱に変換されているかのようだった。

 

「嗚呼――頭が割れるように痛い。だが、それでも、やるべきことは分かる。天城君、悪いが肩を貸してくれ」

「で、でも……」

「……」

 

 仁兵衛はじっと天城を見た。

 命令するでもなく、諭すわけでもない。

 そうするだけの余裕が仁兵衛にはなかった。

 

 だから、じっと不退転の意思を込めた眼差しで見続けた。

 

 根負けしたのは、天城だった。

 

「――分かりました。私が全責任を持って、提督をお連れします」

「それは、いい」

 

 天城に肩を借りながら、仁兵衛は頭を振る。

 

「僕の命に、君が責任を負うことは、ない」

 

 

 

 それは、歴戦の兵である横須賀の艦娘たちからも、深海棲艦を超越した存在のように映った。

 後日戦艦水鬼と称されることになる深海棲艦――彼女は指揮官でありながら、前線に姿を現すなり、敵味方の誰よりも暴れ狂った。

 

 戦艦棲姫を上回る怪物の如き艤装が、周囲の存在をすべて薙ぎ払っていく。

 艦娘たちだけではない。味方であるはずの深海棲艦すら、彼女の前では邪魔もの扱いだった。

 

『役立たずのガラクタどもめ……死にたくなければそこを退け!』

 

 一振りで、戦艦や空母すらもまとめて吹き飛ばす。

 圧倒的なパワーとスピード。そして戦艦の主砲以外ほとんど受け付けない分厚い装甲。

 すべてが、これまでの深海棲艦の常識を打ち破るものだった。

 

 加えて、戦艦水鬼とつかず離れずの距離に戦艦棲姫や空母棲鬼がいる。

 さすがに鬼・姫クラスの個体は、戦艦水鬼の攻撃を喰らうようなへまをしなかった。安全な距離を維持しつつ、こちらの攻撃を封じてくる。

 

「まず取り巻きを倒せ! あのデカブツは全員総出でかからなければ無理だ!」

 

 自身も傷を負いながら、横須賀の長門が自軍に号令をかける。

 他の敵とまとめて相手をするには、戦艦水鬼は強過ぎた。

 あちらの攻撃はひたすら耐えつつ、まずは周囲の鬼・姫たちを倒さなければならない。

 

「もー、インフレ酷いなあ。取り巻きっていうけど、あの人たちも皆ボスキャラ並ですよ?」

 

 ぼやきながら敵の雑魚集団を牽制するのは、横須賀第二の那珂だった。

 明るい調子ではあるが、動きには一切の無駄がない。

 さすがに横須賀第二の一員だけあって、実力は相当のものがあった。

 

「ボスだろうとなんだろうと、どうにかせねばどうにもならん!」

「だよねー!」

 

 どこかやけっぱちな相槌だったが、言葉に反して那珂隊は少しずつだが着実に鬼・姫クラスの力を削いでいた。

 川内隊がオールラウンダー、神通隊が敵の喉元を食い破る猟犬なのに対し、那珂隊は護衛に特化していた。

 敵を瞬時に屠るような目を引く戦い方こそしないものの、相手の戦意を削ぎ落して撤退させるため、じわじわと相手にダメージを与えていく戦い方を得意とする。

 

「ま、倒せないにしてもトラック泊地に行かせなきゃ那珂ちゃんたち大勝利だもんね。皆、そういうわけだから、いつも通り行くよ! 敵がほんの少し強いってだけだから!」

「了解!」

 

 那珂隊も、そして長門隊も士気は高かった。

 鬼・姫クラスの敵を前にして一歩も退かず、互角の戦いを繰り広げている。

 

 ……だが、互角というだけだな。

 

 一人、長門はこの状況に焦りを感じていた。

 敵のダメージは蓄積しているが、それは味方にも言えることだった。

 空母棲鬼の艦載機による攻撃、戦艦棲姫の砲撃による打撃、いずれも軽いものではない。

 戦闘継続が困難になって後退する艦娘も、少しずつ増えてきた。

 

 ……今のままでは、空母棲鬼・戦艦棲姫を倒したところで継戦不可能になりかねん。

 

 増援が欲しい。

 そう願ったとき、長門の通信機が反応した。

 

『長門。一旦こちらに戻って来い。補給をしなければそろそろまずいだろう』

「提督よ、それは承知している。しかし、ここを離れれば一気に泊地へ攻め込まれるぞ」

『問題ない。――今、そちらに増援が着く』

 

 通信機越しに三浦剛臣が告げる。

 それと同時に、遠方からの砲撃が暴れ回る戦艦水鬼に直撃した。

 

「HAHAHA! 盛り上がってるみたいネー!」

 

 高らかにそう告げて突っ込んできたのは、ショートランドの金剛と――彼女率いる艦娘部隊だった。

 

 

 

「本当に来てたのね、横須賀の部隊」

 

 船から長門たちの姿を確認して、康奈は半ば呆れたような声を上げた。

 横須賀からの距離、横須賀が置かれていた状況からすると、そう簡単に来られるはずはなかった。

 おそらく、相当な無茶をしてきたのだろう。

 

「横須賀の提督ってのは、相当無茶苦茶なのか?」

「質実剛健、模範的な提督――というのがこれまでの印象だったけど」

「認識は常にアップデートできるようにしておいた方が良さそうだな」

 

 康奈の話を聞いて、新十郎はおかしそうに笑った。

 

「金剛、長門たちが補給する間だけでいい。戦線を支えて。敵の進行を食い止められればそれでいいわ」

『了解! それじゃ皆さん、ついて来てくださいネー!』

 

 金剛の号令で、ショートランドの部隊が敵との交戦を開始する。

 それと入れ替わるように横須賀の部隊はトラック泊地へと退いていった。

 燃料・弾薬が尽きかけていたので、補給しに戻ったのである。

 

 ショートランドの部隊は、先の奇襲から戻った後、この船である程度休息を取った。

 補給も十分にしてある。疲労は多少残っているが、横須賀艦隊によって数を減らされた敵艦隊なら、どうにか持ち堪えるくらいのことはできるはずだった。

 

 金剛は、彼我の戦力差をよく理解して動いている。

 金剛隊の火力では戦艦水鬼に決定打を与えることは難しい。

 他にもまだ敵戦力が残っている以上、やるべきは敵旗艦の撃破ではなく、敵戦力の漸減だった。

 

 金剛たちの主砲が、磯風や時津風の雷撃が深海棲艦たちを撃破していく。

 戦艦水鬼たちの砲撃を紙一重のところで避けながらの、ぎりぎりの戦い方だった。

 

 もっとも、大人しいだけの金剛隊ではなかった。

 金剛、そして磯風が隙を突いて戦艦水鬼に主砲・魚雷による攻撃を敢行する。

 しかし――二人の攻撃は、いずれも戦艦水鬼の装甲の表面を僅かに傷つけただけだった。

 

『Shit! 提督、やっぱりアイツ無茶苦茶硬いデース!』

『あの装甲越しでは、まともなダメージはまず与えられそうにないぞ、司令』

「分かった。周囲の敵の掃討を重視して。効かない攻撃続けて無駄撃ちするのは勿体ないもの」

『私好みのやり方ではないが、やむを得まい……!』

 

 不承不承と言った様子で磯風が応じた。

 金剛も短く『了解デース!』と返答する。

 

「あれをどうにかするには徹甲弾か何かが必要ね」

「持ってきているのか?」

「生憎。トラック泊地にはあると思うから――そっちに期待するしかないわ」

 

 元々、こんな大海戦が起きるとは思っていなかったから、康奈たちは標準的な装備しか持ってきていない。

 鬼・姫クラスと遭遇するのでもなければ、徹甲弾の出番など滅多になかった。

 

 そのとき、康奈たちの船に接近してくる一人の艦娘がいた。

 清霜だ。

 

「司令官、ただいま!」

 

 船に乗り込むなり、清霜は真っ直ぐに康奈のところへ駈け込んで来た。

 

「お疲れ様。大丈夫?」

「平気平気。補給済んだら私もすぐ出るからね!」

 

 清霜は背負っていた艤装を外して整備員に預けると、そわそわした様子で金剛隊の方に視線を向けた。

 

「毛利提督は、まだ?」

「うん。私が出るときはまだ……。あ」

 

 仁兵衛の話を振られて、清霜は思い出したかのようにポケットから小さな箱を取り出した。

 元景から預かった、康奈への報酬である。

 

「これ。毛利提督から司令官に……」

 

 心なしか躊躇いがちに箱を差し出す清霜。

 それを見て、康奈はしばし考えてから箱を受け取った。

 

「ありがとう、清霜。泊地に戻ったら、一緒に中身を確認しましょう」

「……一緒に?」

「ええ。その中身は私にとっても清霜にとっても大事なものだから」

 

 そう言って、康奈は清霜の頭を優しく撫でる。

 清霜は、くすぐったそうに笑いながら「うん、分かった」と口にした。

 

 

 

 長門の報告を受けて、剛臣は表情を曇らせた。

 今はショートランドの部隊が敵を食い止めてくれている。

 だが、あまり長時間現場を彼女たちだけに任せておくわけにはいかなかった。

 早く、方針を決めなければならない。

 

「横須賀艦隊の戦艦による一斉射撃だけでは、まだ危ういか……」

「ああ。徹甲弾を用いたとしてもな。それぐらい、あの個体は強い。そして硬い」

 

 戦艦水鬼は装甲の硬さもさることながら、敏捷性も並外れていた。

 こと殴り合い――中・長距離における砲撃の撃ち合いでは、これまで出現した深海棲艦の中でも群を抜いている。

 集中攻撃を仕掛けたところで、それがどれだけヒットするか分からないし、直撃させられる可能性は更に低い。

 攻撃のチャンスも限られるだろう。相手の猛攻で何人戦闘不能に追いやられるか分からない。

 

 渾作戦で遭遇した空母水鬼も並外れた強敵だったが、あちらは艦載機を封じれば本体はまだどうにかできた。

 戦艦水鬼の場合、艦載機こそないものの、単体としての強さが並外れている。

 

「それに、あのデカブツが前面に出て来てからは他の深海棲艦たちは後方に控えるようになった。奴を倒した後、それら残存兵力をどう片付けるかも問題になる」

「……現状これ以上の増援は無理だ。本土の兵力をこれ以上割くことはできないし、他の拠点に超音速輸送機はない。ブインやラバウルからの増援は、まだ到着までに時間がかかるはずだ」

「それまでに時間を稼ぎ続ける、という手もあるが」

「きつい根競べになる。それに、今動きを止めている敵部隊が出てきたら対処しきれない。……今はある意味好機でもある。敵の指揮官を一気に仕留められれば、戦局はほぼ決まると言っていいだろう」

「では、やるか。我々はやれと言われれば死ぬ気でやるぞ、提督」

 

 剛臣は渋面を作り、唸り声をあげる。

 ここで一気に勝負を仕掛けるのは、ハイリスクハイリターンな案だ。

 しかし、ここで仕掛けなくともリスクはそれなりに残る。安全策を選べる状況ではないのだ。

 

 仕掛けるか、耐えるか。

 

 剛臣が決断しようとした、まさにそのとき、部屋の扉がゆっくりと開いた。

 

「……戦況は?」

 

 入るなり、そう問いかけてきたのは、このトラック泊地の提督――毛利仁兵衛だった。

 天城に肩を借りながら、青白い顔で苦しげに歯を食いしばっている。

 

「毛利。お前、大丈夫なのか!?」

「戦の只中で一人の心配をしている場合か。……朝潮君、状況説明を」

「……はっ」

 

 僅かに逡巡した後、トラックの朝潮は仁兵衛に状況の説明をする。

 苦痛に耐えながら報告を聞き終えた仁兵衛は、周囲を見渡し、ある人物に目を止めた。

 

「元景」

「はい」

 

 呼ばれた大江元景は、仁兵衛の前に駆け出した。

 実直で、そして若い。そんな元景の肩に手を置いて、仁兵衛は短く告げる。

 

「お前に、譲渡する」

「……先生。それは」

 

 仁兵衛の言葉の意味は、その場にいる全員が理解していた。

 提督としての力を、元景に継承させる。

 今の仁兵衛は、トラック泊地の艦娘に霊力を供給できるような状態ではない。

 だが、特に怪我を負っていない元景ならば、提督として十分な霊力を与えることができるようになる。

 

「トラック泊地の艦娘を動かせるようにし、横須賀の艦隊と一緒に総攻撃しろ――そういうことですか、司令官」

 

 朝潮の問いに、仁兵衛は黙って頷いた。

 

 確かに、それならリスクを抑えつつ敵旗艦への一斉攻撃を敢行できる。

 現状、もっとも有効な手段の一つと言えるだろう。

 

 ただ、一つ問題があった。

 

「提督権限の継承は、霊魂に刻みついた大量の情報のやり取りが必要になる。継承される側は相当の負荷がかかるし、する側も決して楽ではないはずだ。大丈夫なのか」

 

 懸念点を口にしたのは剛臣だった。

 他のメンバーも、皆不安そうに二人を見る。

 

「俺は、大丈夫です」

「ふん。……大丈夫に決まっているだろう」

 

 元景が表情を強張らせながら応える。

 仁兵衛も、ぎこちない笑みを浮かべながら剛臣の懸念に応じた。

 どちらも虚勢が混じっている。提督権限の継承で生じる負担がどの程度か――正確なところは知らないのだ。

 

 だが、この仁兵衛は既にやると決めていた。

 これが、トラック泊地を防衛するための最良の選択だと信じているのだ。

 

「……反対意見は、なさそうだな」

 

 周囲の反応を確認すると、仁兵衛は震える手を元景の額に伸ばした。

 仁兵衛の手が光を発し、元景の方へと流れていく。

 

「元景」

 

 自らの霊魂に刻まれた艦娘の情報を移しながら、仁兵衛は後継者と定めた若者に声をかけた。

 

「お前は、僕に比べれば融通が利かないし、まだまだ甘ちゃんだ」

「……承知しています。自分は、まだまだ未熟者です」

「ああ。だが、それは経験が不足しているからだ。……経験を積み重ね続けろ。時には心が折れることもあるだろう。だが、それでも……折れた心を継ぎ合わせながら、歩み続けろ。そうすれば――お前はいつか、僕なんかよりずっと良い提督になる。僕が言うんだ、間違いない」

 

 仁兵衛は、ほんの一瞬、自然な笑みを見せた。

 これからの若者にかける期待が、その表情を作らせたのだろう。

 

「……正直なところ……自分が、提督としてやっていけるか……不安ではあります」

「安心しろ。僕が大御所よろしく見張っていてやる。今のお前は――まだまだだからな」

 

 仁兵衛がそこまで言ったところで、一際強い光が元景へと移った。

 それを受け切って、元景はゆっくりと崩れ落ちる。

 継承の負荷に耐えかねて、意識を失ったのだ。

 

 元景のところに駆け寄った朝潮が様子を見る。

 

「――大丈夫です。気を失っただけです」

「……そうか」

 

 はっ、と仁兵衛は大きく息を吐いた。

 顔色が余計に悪くなっている。死相を感じさせる――そんな顔をしていた。

 

「天城君。悪いが元景を頼めるか。……今、トラック泊地にとって、一番大事な奴だ」

「分かりました」

 

 仁兵衛の身体をゆっくりと降ろして、天城は倒れた元景を抱えた。

 周囲に一礼して、奥の方へと下がっていく。

 

「朝潮君、調子は?」

「大丈夫です。霊力が十分回ってきたので、これなら、行けます」

 

 朝潮の答えに満足したのか、仁兵衛は笑って頷いた。

 そして、ゆっくりと身体を起こしながら、室内にいたトラック泊地の艦娘たちに告げる。

 

「トラック泊地の智勇に秀でた諸君に告げる。――行って、勝って、戻って来い。いいな?」

「……了解しました!」

 

 トラック泊地の艦娘たちは、揃って仁兵衛に礼を取った。

 

 この泊地を巡る攻防も――とうとう、最終局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 金剛隊の消耗も少しずつ激しくなってきた。

 先の戦いによる損傷も残っている。補給と疲労回復はしたものの、最初から万全の状態などではなかった。

 だが、それを理由に引くことはできない。防衛戦の辛いところだった。

 

「皆!」

 

 そこに、小柄な駆逐艦娘――清霜が駆けつけた。

 彼女も仁兵衛たちを護衛したときのダメージが残っているが、まだ戦闘は可能だった。

 

「清霜。おかえり~」

 

 気楽そうな調子で出迎えたのは時津風だった。

 彼女はどんな苦境であっても、ほとんどペースを乱すことがない。

 

「出過ぎるなよ。今回は根競べだ」

「司令官にも散々言われたから分かってるもん。磯風こそ、突撃しかけたりしないでよ?」

「我慢できるうちは我慢するさ」

 

 軽口を叩きながら、二人はすれ違いざまに勢いよくハイタッチをした。

 

 不思議なことに、清霜が合流すると、磯風の動きが目に見えて良くなった。

 それまでは敵の砲撃を紙一重で避けるのがやっとだったのに、今は敵の動きを先読みして余裕のある動きになっている。

 

「不思議な関係ネ。清霜が来た途端、磯風のコンディションがマックスになったみたい」

「あの二人は、まあ、ライバル関係みたいなものなんで」

「ライバル……互いに負けじと奮起してるわけデスカ。それは、とても良い関係デース!」

 

 隊というのは妙なものだった。

 清霜と磯風の動きにつられるような形で、他のメンバーの動きも良くなっていく。

 戦艦水鬼とやり合う余裕まではなかったが、脇に控える他の鬼・姫クラス相手に攻撃を仕掛ける余裕は増えてきた。

 

 金剛の主砲が直撃し、最後の空母棲鬼が沈黙する。

 更に、清霜と磯風の雷撃が戦艦棲姫を襲い、中破まで追い込んだ。

 

 戦艦水鬼も、金剛隊の動きが変わったことに気づいたらしい。

 きっかけとなった清霜を重点的に攻めるが、清霜はこれらの砲撃をすんでのところで避け続けた。

 

「へっへーん、当たらないよ!」

『おのれ……猪口才なッ!』

 

 業を煮やした戦艦水鬼は、砲撃を中断して清霜の元に飛び掛かった。

 小柄な駆逐艦なら、砲撃よりも接近して叩き潰した方が早い――そう判断したのである。

 

「清霜、逃げろッ!」

 

 磯風が主砲で牽制しながら叫ぶ。

 しかし、駆逐艦の主砲は戦艦水鬼にとって豆鉄砲のようなものだった。

 歯牙にもかけず、凄まじい速度で清霜の元に迫る。

 

 戦艦水鬼の化け物じみた艤装の剛腕が、清霜を潰さんと振り上げられる。

 清霜は逃げの姿勢を取っていたが、避けるには遅かった。

 

「――させるものかッ!」

 

 凛々しい声が戦場に響き渡る。

 同時に、戦艦の主砲が放つ轟音が海上を揺るがした。

 

 動きを止めた戦艦水鬼は、自らに向かって飛んでくる砲弾の影を見た。

 艤装によるガードが間に合わない。

 

 砲弾が、戦艦水鬼本体に直撃した。

 

『ぬ、ヌウゥゥゥッ!』

 

 初めて傷らしい傷を負った戦艦水鬼が目にしたのは、トラック泊地から再出撃してきた長門たちの姿だった。

 

 

 

 判断は間違っていなかったはずだ、と戦艦水鬼は反芻した。

 自分で暴れたかったというのもあるが、あのまま弱卒たちを前面に出して攻め続けても、いたずらに兵力を消耗するだけだった。だから、自ら前に出た。そうすることで自軍の犠牲を最小限に抑えることができた。

 

 だが、相手が思った以上に粘った。

 突如現れた横須賀の軍勢も、二度目の対峙となるショートランドの部隊も、戦艦水鬼の攻めを上手くいなした。

 それどころか、深海棲艦側の戦力を少しずつ減らしていった。

 

 戦艦水鬼の狙いは、決して的外れなものではなかった。

 しかし、思うような結果はついぞ出なかった。

 

 ……なぜだ、なぜだ、なぜだ!

 

 撤退したはずの長門たちが戻ってきたことによって、いつの間にか形勢は変わりつつあった。

 

 戦艦水鬼は、砲撃を受けた箇所に触れてみた。

 べったりと、何かが付着する。それが己の血だと気づくのに、数秒の時を要した。

 

『――おのれおのれおのれおのれおのれェェェッ!』

 

 思い通りにならない怒りが、追い詰められたことで爆発し、戦艦水鬼は指揮官であることを止めた。

 本能の赴くまま、敵に向かい、暴威を振るう。

 

 砲撃。艤装についた剛腕による暴力。自分の持てる様々な手段で敵を駆逐せんと戦場を疾駆する。

 

 戦艦も重巡も軽巡も駆逐も空母も――皆、関係なかった。

 戦艦水鬼の前では、すべて等しく獲物だった。

 

 だが、獲物たちは毅然と立ち向かってくる。

 その中で、一際強い力を感じさせる獲物が目に入った。

 

 遠方から戦艦水鬼を狙撃しようと狙う艦娘たち。

 それは、大和を中核とするトラック泊地の戦艦部隊だった。

 

『砲撃など――させるかアァッ!』

 

 自らの艤装に備え付けられた全主砲を大和たちに向ける。

 戦艦水鬼の動きに気づいた他の艦娘たちが「止めろ」と叫んだ。

 

 だが、止まらない。

 大和たちが砲撃を放つよりも先に、戦艦水鬼の主砲が火を噴いた。

 

 この距離なら、大和たちが主砲を撃つよりも先に、戦艦水鬼の砲弾が彼女たちを撃ち砕く。

 その――はずだった。

 

 撃った瞬間、戦艦水鬼は見た。

 射線上に飛び込んできた、小さな人影。

 先程急に現れて、場の空気を変えた駆逐艦娘。

 

 清霜が、戦艦水鬼に主砲を向けていた。

 

 刹那、砲弾が直撃する音が戦場一帯に轟いた。

 同時に、戦艦水鬼を鋭い痛みが襲う。

 

 清霜の撃った主砲が、戦艦水鬼の片目に直撃したのだ。

 

『グ、グゥゥゥゥッ!?』

 

 装甲のない部位への一撃。

 それは、戦艦水鬼がかつて経験したことのない激痛をもたらした。

 

 そして――そこで動きを止めたことが、戦いの行く末を決めた。

 

「トラック泊地、戦艦部隊一同」

 

 大和が、凛とした声で腕を振り下ろす。

 

「――撃てーッ!」

 

 その声を聞いたとき、戦艦水鬼は勝負が決まったことを悟り――破顔した。

 

 

 

 戦艦水鬼の姿は、消えた。

 あれだけの主砲をまともに喰らったのであれば、跡形もなく消し飛んだ可能性もある。

 生きている可能性も、ある。

 ただ、今回の戦場からは退場した。

 

 敵の残党は、戦艦水鬼が倒されるとすぐさま離散した。

 実はこのとき、後方で智美率いる神通隊が敵の補給部隊を壊滅させていた。

 戦艦水鬼が倒れたことがきっかけだったのか、補給を受けられなくなったことがきっかけだったのかは不明だが、トラック東方を覆いつくしていた深海棲艦の大軍は――文字通り姿を消すことになったのである。

 

 トラック泊地防衛戦は終わった。

 泊地は、守られたのだ。

 

「……ふん。今回は、助けられたな」

 

 椅子にもたれかかりながら、仁兵衛は力なく言った。

 

「気にするな。俺は俺の信条によって動いただけだ」

「正直、少し見直した。お前は、組織の飼い犬の枠を、越えられないと、そう思っていたからな」

 

 仁兵衛の悪口に、剛臣は笑って応えた。

 この口の悪さは、決して悪意だけで出来ているわけではない。それがなんとなく分かるからだ。

 

「ま、おかげで俺の首は危ういがな。査問会では助け船を出してくれ」

「……悪いが、その頼みは、聞けん。元景にでも、頼め」

 

 仁兵衛の声音が、僅かに変わった。

 その意味を悟って、剛臣は表情を硬くする。

 

 艦娘・スタッフは皆出払っている。

 この場にいるのは、剛臣と仁兵衛だけだった。

 

「……何か、伝えておくことはあるか?」

「ないな。……ああ、いや。これだけ、伝えておいてくれないか」

 

 これでも僕は、泊地の皆のことが好きだった――。

 

 それは、おそらく仁兵衛が初めて吐露する想いだったろう。

 剛臣は、その言葉をじっと聞いていた。

 

「……そんなの、皆知っていますよ」

 

 そう言ったのは、気丈な表情の朝潮だった。

 いつの間にか、入ってきていたらしい。

 

「知っていますよ。司令官は我儘だし、分かりやすい優しさを見せることもなかった。突飛なことを言って周囲を戸惑わせることばかりでした。口も悪くて、着任したばかりの子たちが誤解することもあった」

 

 でも、と朝潮は口を結んだ。

 

「でも、私たちのことをきちんと考えてくれていることは――皆知っています」

 

 仁兵衛は、やや照れ臭そうに笑う。

 

「やれやれ。身内すら騙せないようでは……本当に、戦術家失格だ」

「司令官」

「……なに、かな?」

「ありがとうございます。……あなたの艦娘でいられて、私たちは幸せでした」

「……ははっ。馬鹿だなあ、朝潮君」

 

 世の中、もっと幸せなことがいっぱいあるぞ――。

 

 仁兵衛は、おかしそうに、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 沈みゆく夕陽が、部屋を寂しく照らす。

 戦いの終焉を告げる波の音だけが、朝潮と剛臣の耳に残った。

 

 

 

 冬が終わり、春が近づく季節。

 一つの大きな戦いが終わり、一人の男が世を去った。

 

 ここから日本の対深海棲艦戦略は、また少し動きを変えていくことになる――。

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