南端泊地物語―戦乱再起―   作:夕月 日暮

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第十六陣「神通の後悔」

 エルモからもらったナイフは、精神を疲弊させる。

 この武装は、提督が持つ霊力を一時的に吸い上げて艦娘のような力を持たせる代物らしい。吸い上げられた霊力は戻ってこないので、あまり迂闊に使い続けると消耗してしまう。

 

 霊力は艦娘の力の源だ。普段はさほど必要ないが、艦娘が大きなダメージを受けたとき等は提督からの霊力供給が必要になる。

 そういったケースを考慮すると、提督の霊力を無闇に消耗させるこの武装はあまり多用すべきではなかった。

 

「……けど、不思議。妙にすんなりと仕組みが思い浮かぶ」

 

 武装の構造についてエルモは細かい説明をしなかった。

 にもかかわらず、康奈の脳裏にはこの武装に関する様々な事柄が浮かんでくる。

 想像に過ぎないのかもしれない。しかし、どこかで「間違いない」という確信を感じる。

 

「最近の提督はよく難しい顔をしているな」

 

 側にいた武蔵が声をかけてきた。

 作戦行動中の武蔵は決して多弁な方ではない。

 そんな彼女が言うくらいなのだから、よほどの顔だったのだろう。

 

「武蔵。もし私が艦娘を生み出すための計画にかかわっていたとしたら、軽蔑する?」

「藪から棒だな。どうした?」

「毛利提督が遺してくれた資料には、艦娘人造計画に関する情報がたくさん載っていたわ。それらの情報が、私の頭の中にすんなりと入ってきたの。知らないことを知るという感覚じゃなくて、昔知っていたことを思い出すときのような――」

「考えすぎだ。あのエルモという男の言っていたことを気にし過ぎではないのか?」

 

 イヅナ。

 艦娘の艤装等を研究しているエルモの知己だったという女性。

 もしそれが自分のことだとしたら――もし艦娘人造計画にかかわっていたとしたら。

 そう考えると、康奈は心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚える。

 

 康奈には過去がない。

 あるのは泊地に来てからの思い出だけだ。

 思い出には、常に泊地の皆がいた。

 

 しかし、過去の自分が非人道的な艦娘量産計画に携わっていたら、もう泊地の皆に顔向けできないのではないか。

 康奈の顔を険しくさせているのは、そういう強迫観念である。

 

「仮にお前の過去がどんなものであろうと、お前が私たちと過ごした時間が変わることはないさ」

 

 康奈が持つ不安に気付いたのか、武蔵の声が心持ち優しくなった。

 

「お前が過去と向き合うと言うなら私も付き合おう。おそらく私だけではない。他にも付き合ってくれる奴らは大勢いるはずだ」

「……ごめんね」

「そこは、謝るところではないぞ」

 

 武蔵の優しさが、今の康奈には却って辛い。

 

『ショートランド艦隊、こちらブルネイ艦隊だ』

 

 そのとき、南軍を統括するブルネイ艦隊から通信が入った。

 

『作戦本部は短期決戦でいくことにしたようだ。これから俺たちは西からリランカ島を攻める。攻撃開始は他の軍と歩調を合わせて行うことになるから、まずは陣立てを整えるところからだな。ショートランド艦隊は南についてくれないか』

「ええ、問題ありません」

『作戦本部は西側の群島に敵が潜んでいる可能性も考慮している。それも加味しての短期決戦案らしい。ショートランド艦隊も、その点は考慮しておいてくれ』

「了解しました」

『ああ。それでは、健闘を祈る』

 

 通信が切れたとき、康奈の表情から憂いは消えていた。

 完全に払拭できたわけではない。ただ、他に考えることがあるから忘れられるだけだ。

 

 

 

 艦橋から出て少し歩いていると、武蔵は後方に誰かの気配を感じた。

 振り返ると、そこには包帯面の男がいる。新十郎だ。

 

「あれで大丈夫かね」

 

 武蔵が何かを問いかけるよりも早く、新十郎が口を開いた。

 

「あれ、というのは?」

「うちの提督殿だ。元々あんまり顔に出すタイプじゃないから分かり難いが、相当疲れてるんじゃないか」

 

 よく見ている、と武蔵は内心意外に思った。

 新十郎は頭の回転が早い一方で、かなりものぐさなところがある。

 人付き合いが悪いわけではないが、積極的に誰かと絡むような性質でもない。

 

「休ませた方が良いということか。だが、素直に聞き入れるとは思えんぞ」

「本人がやるというならやらせても良いだろうさ。自分が心配しているのは――皆が構い過ぎなんじゃないかってことだ」

「構い過ぎ?」

「さっきの武蔵に限ったことじゃないが、皆提督を心配する余り何かある度に声をかけているだろう。あれは逆効果だ。気を遣って疲れる。その思いやりが、却って提督の負担になりかねんぞ」

 

 そんなことはない、と反論しかけて、武蔵はかろうじて言葉を呑み込んだ。

 言われてみれば、艦橋にいる間、康奈はしょっちゅう艦娘から声をかけられていた。

 そのときは皆が康奈を心配しているのだとしか思わなかったが、新十郎の指摘の後だと、確かに些か過剰なようにも思える。

 

「皆が心底提督を心配しているのは分かる。それだけ大事に思ってるんだろう。だからこそ、少し冷静になっておいた方が良い」

「それで私に声をかけたのか」

「自分は面倒が嫌いなんだ。武蔵に言う必要のあることだから、こうして話している」

 

 語る口調は、実際面倒臭そうだった。

 ただ、面倒であってもするべきことはするという妙な律義さも感じ取れる。

 

「……お前の言う通りなのだろうよ。私たちは――少なくとも何人かは、提督のことを過剰に気にかけているのかもしれない。先代を守り切れなかった後悔が、そうさせているのかもしれないな」

 

 艦娘は深海棲艦と戦う存在だが、その本質は人類の守護者というところにある。

 ただ深海棲艦憎しで戦うのではない。人々を深海棲艦から守るため、提督と手を携えて活動していくのだ。

 

 無論、守るべき対象には提督も含まれている。

 もっとも身近で共に戦う人類。そういう意味で、多くの艦娘にとって提督というのは一番守りたい相手でもあった。

 しかし、ショートランド泊地の艦娘は一度提督を守り切れなかったという苦い経験をしている。

 

 康奈に対して過保護になりがちな艦娘が多いのは、そういう理由もあった。

 

「それとなく、私の方から他の艦娘にも言っておこう。瑞鳳には特にな」

「そうしてくれ。自分から言っても聞き入れられるかどうか自信がない」

「私なら大丈夫だと見たのか?」

「きちんと説明すれば問題ない。そういう風に見ていた」

 

 本当によく見ている、と武蔵は感心した。

 案外、何もしていないように見えるときも、新十郎は周囲をよく観察しているのかもしれなかった。

 

「なんだかんだで、お前も康奈のことを気にかけてくれているのだな」

「形式上のことだが、身内と言えば身内だからな」

 

 新十郎の正式な名は北条新十郎という。

 戸籍上では、北条康奈の兄ということになっていた。

 

 元はソロモン諸島の大使である長崎の姓を取って長崎新十郎と名乗っていたのだが、ショートランド泊地に来て間もない頃に提督適性があることが判明したので、いざというとき康奈の代役を務めやすいようにと改姓することになったのである。

 

「それに、提督が潰れたら俺に厄介ごとが回されるんだろう? それは御免だ。ストレスで早死にしてしまう」

 

 やれやれと言いたげにひらひらと手を振って背を向ける新十郎。

 それを見送りながら、武蔵は困ったような笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 配置につきながら、朝霜は作戦本部の方針に若干の不安を覚えた。

 

「急ぎ過ぎてる感じがするな」

「そう? 早めに終わらせたいっていうのは、分かる気がするけど」

 

 隣にいた清霜が首を傾げた。

 

「いや、あたしもそこは分かるんだけどよ。なんつーか、もうちょっと慎重になっても良い気がするんだよな」

「西側のことを気にしてるの?」

 

 プリンツ・オイゲンが興味津々といった様子で会話に加わってきた。

 行軍中、サン人はよく言葉を交わした。若手艦娘同士、どことなく気が合うところがある。

 

「まあ、そうだな。あたしなら西側の索敵をもうちょい実施してから方針決める。……普段の長尾提督なら、そうすると思うんだけど」

「今回は規模の大きい遠征だから、普段とは違うスタンスなのかもしれないよ」

「他の人と協議して決めてるのかもしれないし、そこはあまり気にしても仕方ないんじゃないかな」

「そうだな。一応うちからは偵察隊出してるみたいだし……」

 

 康奈は独自の判断で、母艦護衛役の空母部隊に西側への偵察を命じた。

 何かあればすぐに連絡が来るだろう。それまでは、リランカ島への攻勢に集中すべきだ、と朝霜は考え直した。

 

「……ふふっ」

「なんだよ清霜、気味の悪い笑い方すんなよな」

「だって朝霜、今『うち』って言ってたからさ。すっかりショートランドに馴染んだんだなーって」

 

 清霜に指摘されて、朝霜は初めてそのことを自覚した。

 それぐらい自然と、ショートランド泊地のことを『うち』と認識するようになっていたのである。

 

「あ、危ねえ。自分の本拠地忘れそうになってたぜ。戻ることになったときヤバイな」

「別に良いじゃん、もっとショートランドに染まりなよ~」

「うるせえオイゲン! お前はショートランドっつーか日本に染まり過ぎだ、短期間で!」

「えーっ」

 

 まるで平時のやり取りだが、三人は決して油断しているわけではなかった。

 三人が属しているビスマルク隊は既に配置についており、周囲への警戒も徹底している。

 何気ないやり取りをしながらも、三人はいつでも戦闘を始められる体勢を取っていた。

 

「けど、そうだとすれば磯風も今頃は横須賀第二に染まってるかもな。あいつ結構合いそうだし」

「磯風――」

 

 清霜は、北東方面の空を見た。

 リランカ島を挟んだ先に、磯風が属する神通隊がいるはずだった。

 

 本来、他所の艦隊の細かい配置は外部まで伝わらない。

 清霜たちが磯風の所在を把握しているのは、神通の気遣いによるものだった。

 

「磯風、元気にやってるかな。……まさか、あっちにそのまま残るとか言い出さないよね」

「なんだ、不安になったのか?」

「朝霜がこっちに残りそうな感じだから、逆もあり得るのかなって」

「いや、残らないからな。そのうち帰るからな、あたし」

 

 朝霜の指摘も耳に入らなかったのか、清霜はどこか不安そうに彼方の空を眺めている。

 溜息をつきながら、朝霜は「大丈夫だろ」とフォローを入れた。

 

「艦娘が所属を変えるにはいろいろなハードルがある。それに磯風だってホイホイ所属を変えようとするような軽いタイプじゃないだろ」

 

 そのとき、清霜たちの通信機が一斉に反応した。

 エルモから支給された新型機だ。通信状態の改善に伴い、多人数での会話も可能になっている。

 

『――こちら瑞鳳。西部を索敵中、敵戦力を発見。現在交戦しながら退却中よ』

 

 瑞鳳の声からは、切迫した状況が伝わってきた。

 砲撃・射撃の音も聞こえてくる。

 退却を選んだということは、瑞鳳隊単独で敵戦力を打倒できそうにないということだ。

 

『こちら北条。瑞鳳、大雑把でいい。敵戦力はどのくらい?』

『こっちに来てるうちの艦隊総出で対応できるかどうかってところ。けど、まだ後方に控えてそうな感じもする』

『下手すると南軍全体で対応する必要がありそうね。……ブルネイ艦隊に連絡してみるわ。瑞鳳隊は安全優先でこっちまで戻ってきて。他の皆はいつでも戦闘に入れるように。瑞鳳隊が見えたら支援を』

 

 康奈の指示に、了解、という声が通信機越しで鳴り響く。

 

 リランカ島攻防戦は、敵に先手を打たれる形で幕を開けることになった。

 

 

 

 西部戦線が押され始めている、という情報が神通隊にも届いて来た。

 現在、リランカ島攻防戦は大きく二つに分かれて行われている。

 北軍・中央軍によるリランカ島攻略戦と、南軍による西部防衛戦だ。

 

 西部に潜んでいた敵は、リランカ島を救援すべく猛進してきている。

 これをかろうじて止めているのが、西に展開していた南軍だった。

 ただ、西の敵の勢いは非常に強く、南軍はやや劣勢に追い込まれているという話だった。

 

 ……皆、動きに迷いが生じている。

 

 神通は、隊員の動きをそう捉えている。

 

 先程まで、リランカ島攻略のため激戦を繰り広げていた。

 今は他の隊と交代して休憩中だが、誰もが不安そうに西を眺めている。

 

 南軍が西方の敵戦力にかかりきりなので、当初想定していた包囲戦が実施できず苦戦を強いられている。

 ただ、皆が西を気にしているのはそれだけではなかった。

 

「朝霜、大丈夫だろうか」

 

 そんな声が、ちらほらと神通の耳に入ってきている。

 

 横須賀第二は、戦果を挙げるためなら犠牲も問わない冷血無比の恐ろしい集団と評されている。

 それは間違いではないが、正鵠を射ているとも言い難い。

 

「皆、朝霜のことが気になっているようだ」

 

 休憩用の水筒を神通に手渡しながら、磯風が周囲の様子を見て言った。

 

「意外ですか。横須賀第二の艦娘が、仲間のことを案じるというのは」

「まさか。私とてこちらで過ごしてしばらく経つ。横須賀第二の本質はそれなりに掴んでいるつもりだ」

 

 自分の分の水筒を片手に、磯風は横須賀第二の面々を見ながら続けた。

 

「いかなる犠牲を払っても戦果をもぎ取る――それは、そうするだけの理由があるからだ。皆、必死なだけだ。戦いを恐れていないわけではない。死に無頓着なわけではない。……仲間を案じないわけではない」

 

 磯風の分析に神通は黙って頷いた。

 

「ついでに一つ教えてあげましょう。横須賀第二の訓練は死と隣り合わせの地獄そのもの。脱落者も後を絶たないと言われますが――今のところ、本当に命を落とした者はいません。脱落した者は除隊させていますが」

「何人かは残留して裏方に回っていないか? 艦娘に近しい気配のスタッフを何人も見かけたが」

 

 神通は静かに笑った。それが答えである。

 

「あまり吹聴はしないようにお願いします。横須賀第二は泣く子も黙る死に狂い集団。そう思われていた方が良いのですから」

「一種のブランドイメージというものか」

 

 そのとき、神通の通信機が鳴った。智美からだ。

 神通隊には、エルモの新型通信機はまだ届いていない。

 通信機を持っているのも旗艦である神通だけだ。

 

『率直に聞きたい。神通、お前の目から見てリランカ島攻略は期待できそうか』

「困難ではありますが、不可能というほどではありません。西側の戦力がこれ以上増えない、という前提ではありますが」

『そうか。それならいい。引き続きリランカ島攻略に専念してくれ』

「提督」

 

 そのまま通信を切ろうとした智美を、神通が止めた。

 

「このままリランカ島への攻撃を継続するのは上策とは思えません。北軍の何割かを西部戦線に向けて、早急に立て直しを図るべきです」

『……然る後にリランカ島を改めて包囲する、ということか? それは時間がかかり過ぎるし、消耗も大きいだろう』

「消耗に関して言えば、このまま作戦を推し進める方が大きくなると思います」

 

 神通がこれほどハッキリと智美に意見を出すのは珍しかった。

 普段は智美の意思を尊重するし、何か意見を言うときもそれとなく伝えることが多い。

 

『珍しいな。お前が私の意見にこうも反対するとは。私の判断が信じられないのか』

「些か強引に事を進めようとしている。そのように見受けられます」

『知った風な口を利く』

 

 智美の声は苛立たしげだった。

 普段の智美であれば、神通が今のような意見を述べても笑って流しただろう。

 

 ……提督の様子も、何かおかしい。

 

 それは、神通にしか分からない違和感だった。

 その違和感に、神通は何か危険なものを感じ取った。

 このままでは、何か良くないことが起きる。そういう予感がある。

 

「提督。現在西部戦線は押され気味です。南軍が崩れた場合、遠征そのものの継続が困難になりませんか」

『それは北軍や中央軍にも言えることだ』

「現在置かれている状況の違いがまずいのです。こちらは予定通り島を攻めていますが、南軍は背後から強襲を受けた形になっている。十分な力を発揮できていません。危機に瀕しているのです」

『西側に敵戦力がいる可能性は南軍にも伝えていた。予想より敵の来襲が早かったのは確かだが、これは言ってしまえば南軍のミスでもある。その尻拭いで他の軍を危険にさらすことはできん』

 

 智美も頑なだった。

 神通にはその様子が、どこか南軍を助けに行くことを忌避しているようにも感じられた。

 

 その予感は当たっている。

 神通は知る由もないし、智美も自覚していなかったが――先程のエルモとのやり取りのせいで、智美の中には康奈に対する怒りとも憎しみとも取れる感情が芽生えつつある。

 胸中に生じた思いが、どこかで「あんな奴は死んでしまえばいい」という暗い感情になりつつある。

 

 ただ、神通はそのことを知らない。

 知らないからこそ、言ってしまった。

 

「……提督。このままではショートランド艦隊も致命的な打撃を受ける可能性があります」

『ショートランドだと?』

 

 智美の声色が硬くなる。

 今にも噴き出しそうな感情を抑えながら、智美は通信機越しに低く告げた。

 

『神通、貴様はどこの艦隊所属だ。ショートランドなぞ気にする必要はない。ここで壊滅するならその程度の奴だったということだ』

 

 そこで通信は切れた。

 智美が、有無を言わさず問答を終わらせたのだ。

 

 神通はしばらく通信機を無念そうに眺めていたが、やがてそれをしまい込んだ。

 

「どうやら、提督を怒らせてしまったようです」

「神通殿――」

「すみません。お見苦しいところをお見せしました」

 

 神通は磯風と隊のメンバーに頭を下げた。

 これも、珍しいことである。

 

「一つ聞かせてくれ、神通殿。貴方は何かとショートランドを気にかけてくれているように見えるが――それはなぜだ?」

 

 磯風の中には元々疑問があったのだろう。

 それが、今の智美と神通とのやり取りで抑えきれなくなったのかもしれない。

 

「今回の交換留学の件も、元々は貴方が発案したものだったと聞いている。ショートランドは中央の政局には殆ど関与していない。長尾提督や横須賀第二鎮守府からすれば、ほとんど気にするようなところはないと思うが」

 

 磯風の言っていることは正しい。

 ショートランド泊地は最前線に位置する拠点の一つ。

 そこに属さない人々からすれば、それだけの存在だ。

 

 しかし、その見方には一つの例外がある。

 

「……個人的な繋がりがあるんです。ショートランド泊地と、私――には」

 

 神通は逡巡したが、これからすべきことを考えて、意を決した。

 

「磯風さん。これから話すことは、私の個人的な事情を含むものになります。くれぐれも第三者には漏らさないよう、お願いします」

 

 神通が何かを決意したことに気づいたのか、磯風は何も言わずにゆっくりと頷いた。

 

「……貴方も薄々感じていると思いますが、横須賀第二は様々な事情がある者たちが集められて出来た組織です。壊滅した拠点の生き残り、他拠点からの逃亡者――そして、非公式に進められていた艦娘人造計画の成功体」

 

 艦娘人造計画。

 それについて康奈から多少の話を聞いていた磯風は、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「私は、艦娘人造計画の成功体です。元の名を――太田咲良と言います」

 

 

 

 咲良の父親は、上杉重蔵という男が君臨する企業グループのトップの一人だった。

 財界・政界に大きな影響力を持つ上杉重蔵の、片腕とも言える存在である。

 

 咲良は、幼い頃から重蔵の息女たちによく引き合わされた。

 子どもの代でも強い結びつきを――と大人たちは期待していたのだろう。

 

 結果として、咲良は重蔵の息女たちと意気投合した。

 特に長女の景華とは、同い年ということもあって親友とも言い合える間柄になった。

 

 そのまま何事もなければ、彼女たちは上杉重蔵の息女として何らかの地位を得ていたに違いない。

 咲良も、その側近のようなポジションになっていた可能性が高かったであろう。

 

 しかし、その未来絵図は――深海棲艦の出現、そして彼女たちの艦娘適性によって打ち砕かれた。

 

 上杉重蔵は、娘たちを国のためにと言って研究機関に差し出した。

 生贄に捧げるようなものだと咲良は憤ったが、子どもの意思は大人たちによって封殺された。

 咲良も、父の意向によって差し出されることになった。

 

「咲良」

 

 研究機関に移送される車の中、すべてを失ったはずの令嬢・上杉景華はぎらついた目で正面を見据えていた。

 咲良が友人のこんな目を見たのは、それが初めてだった。

 

「私は決めた。私たちをいとも簡単に見捨てたあの冷血漢に、いつか絶対復讐してやる。だから、何があっても絶対生き延びる」

「……なら、私も付き合うわ」

「だったら、アンタも絶対生き延びなさい」

 

 景華はそう言うと、両脇で泣き顔を浮かべている妹たちを抱き寄せた。

 

「アンタたちもよ。絶対死んだら駄目だからね。姉の命令よ、光、静」

 

 景華の妹たちは、姉の力強い宣言に勇気をもらったのか、何度も頷いてみせた。

 

 そこから先は、恐ろしい日々だった。

 

 施設では、外出以外の自由は比較的認められていた。

 ただ、訓練活動や試験が義務付けられている。

 訓練活動は厳しいものだったが――それ以上に恐ろしかったのは、試験だった。

 

 この試験では、様々なことが行われた。

 薬品投与や手術による肉体改造、オカルトじみた降霊儀式まで行われた。

 それらの試験によって、発狂する者・身体が壊れてしまった者・自殺する者が大量に出た。

 

 艦娘を生み出すことを目的とした試験だからか、人間で試して初めて分かることが多いのだと言われた。

 だから、事前に動物実験をしたものであっても、安全は保証されない。どうなるかは誰にも分からない。そういう試験の繰り返しだった。

 

 当然、明るみに出れば大問題になる。

 だからか、研究者たちは決して素顔で咲良たち被験者の前には現れなかった。

 皆、全身をスーツで覆い、顔には仰々しいマスクをつけて姿を見せた。

 

 それは、さながら死を告げる異形の怪物のようだった。

 

 咲良の身の回りにいた子たちは、少しずつ姿を消していった。

 最初は皆その異様さに怯えていた。

 数ヵ月経つ頃には、一日ごとに生きていられたことを神に感謝するようになっていた。

 

 幸い、咲良や上杉姉妹には高い適性があったらしく、試験は次々とクリアすることができた。

 

「このままいけば、生き延びることができるかもしれないね!」

 

 姉妹の末っ子である静が嬉しそうに言ったのを、景華が複雑そうな表情で見ていたことがある。

 ここを生き延びても、待っている未来は暗い。

 咲良には、景華が妹たちの行く末を思って、言葉にできない悲しさを抱いているように見えた。

 

 そして、あの日――研究施設は深海棲艦の急襲を受けた。

 

 当日、大人たちは朝から落ち着かない様子だった。

 おそらく、深海棲艦が接近していることは早々に気づいていたのだろう。

 

 大人たちは、黙って全滅する道も、すべてを投げ出して逃げる道も選ばなかった。

 被験者である子どもたちをチップにして、深海棲艦を撃退するための賭けに出たのだ。

 

 艦娘として艦の御魂を降ろすことになった咲良は、そこで何の覚悟も持てないまま軽巡洋艦・神通になった。

 

 だが、そんな急場しのぎの対応でどうにかなるほど現実は甘くなかった。

 

 上杉景華は艦娘化に失敗した。

 その妹である光は、艦娘になりかけていたところで深海棲艦と交戦状態に入り、景華の目の前で捕食された。

 末の妹の静は、艦娘になったものの、訓練も何も受けていなかったからか、あっという間に返り討ちにあった。

 

 神通は逃げた。唯一見つけられた景華を背負い、無我夢中で逃げ出した。

 

 二人で無人島に到着した頃、景華は目を覚ました。

 死んだ抜け殻のような顔をしながらも、震える声で神通に訴えた。

 

「静は、まだ生きてるかもしれない。頼む、咲良。無理のない範囲で良い――様子を見て来てくれないか」

 

 景華が彼女に土下座をしたのは、後にも先にもこのときだけだった。

 

 友人の頼みを無下にすることなど、神通にはできない。

 彼女はすぐさま踵を返し、地獄と化していた研究施設に舞い戻った。

 

 そのとき、深海棲艦は既に引き払っていた。

 ただ、そこで神通は見た。

 どこかの艦娘たちが、艦娘となった静を担いで連れていくところを。

 

 相手は何人もいる。神通一人が、力ずくで静を奪い返すのは不可能だった。

 かと言って、素直に事情を話せば分かる相手かも分からない。

 なにしろ、艦娘人造計画は国家によるプロジェクトだ。

 あの艦娘たちを通して、景華や神通のことが首謀者に知られてしまう可能性もある。

 

 危険を承知で静を助けるか。

 危険を避けて景華と逃げることを優先するか。

 

 結局、神通はそのまま景華の元に戻り――静は見つからなかったと告げた。

 

 今でも、神通はそのときの自分を許せずにいる。

 

 

 

「ここまで話せば、もう察しはつくでしょう」

 

 磯風を真っ直ぐに見据えて、神通ははっきりと言った。

 

「上杉景華とは長尾智美提督の本当の名。……そして、上杉静を引き取ったのはショートランド泊地の艦娘。今、彼女は夕雲型駆逐艦・清霜と名乗っています」

「……交換留学の本当の狙いは、清霜に誰かをつけておきたかったというところか」

 

 半ば予感はしていたのかもしれない。

 磯風は、驚いてこそいたが、神通の告白を素直に受け入れていた。

 

「為になると思ったのも本当ですよ。さっき貴方を勧誘したのも本心によるものです。……ただ、清霜の側に私たちの側の誰かをつけておきたかったというのも、否定はしません」

 

 そこまで言うと、神通は身に着けていた紺色のスカーフを解いて、磯風に差し出した。

 

「どういうつもりだ、神通殿」

「しばらくの間、預かっていてもらえませんか。私は、これから提督の命に背きますので」

 

 神通は、どこかサッパリしたような表情を浮かべていた。

 自分の中でずっと抱えていた罪を告白したからかもしれない。

 

「私はこれ以上後悔を重ねたくありません。――これより軽巡洋艦・神通は、西部戦線のショートランド艦隊に助太刀しに向かいます」

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