南端泊地物語―戦乱再起―   作:夕月 日暮

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第二十陣「不揃いの人々」

 その施設で、飯綱は異端ではなくなった。

 彼女と同様、天稟に恵まれた子どもたちが大勢揃っていたのだ。

 

 一般社会に馴染めない子どもたちも、その施設では己の才覚をいかんなく発揮した。

 互いが互いの長所を尊重し合い、刺激を受けながら自己研鑽に励んだ。

 

 そこでは、人間をより良い存在にするための研究が行われていた。

 既に存在する人間を強化する研究。

 これから生まれる人間を用途に合わせて最適化する研究。

 優れた人間の遺伝子を掛け合わせて人造人間を創造する研究。

 

 なぜそのような研究をしているのか、子どもたちは知らなかった。

 皆、熱中できるものにしか目が向いていなかったのだ。

 施設の大人も説明しようとはしなかった。

 

「君たちは君たちのやりたいことに集中しなさい」

「それが誰かのためになるんだ」

「目の前のことに励めば、必ず報われるんだ」

 

 余計なことに目を向けようとする子どもがいると、大人は決まってそう諭した。

 

 施設が求めていたのは、子どもたちの成長などではない。

 彼らがもたらす成果だけが欲しかったのである。

 

 

 呉の浮田提督からショートランド泊地に連絡があったのは、二〇一五年の七月半ば頃のことだった。

 

『こちら作戦本部。ショートランド泊地、北条提督どうぞ』

「あー、申し訳ない。北条は北条だが、提督代行だ。どうぞ」

 

 通信機に出たのは、康奈ではなく新十郎だった。

 彼は康奈同様、提督として艦娘と契約を結ぶ資質を持っている。

 

 そのため提督候補として康奈の義兄という立場になり、泊地で生活をしている。

 このことは作戦本部も承知していた。

 

『新十郎君か。康奈君はどうかしたのか?』

「少し性質の悪い夏風邪にあたったようでね。申し訳ないが、用件は自分の方で伺いたい」

 

 浮田は少し沈黙した。

 どうやら、軽い話題というわけではないらしい。

 

『……康奈君は、かなり厳しい状態なのか?』

「ああ。治ったとしてもしばらくは絶対安静だとうちの主治医殿が言っている。近々大規模作戦があるとしても、参加は困難だろう。その場合自分が代理で指揮を執ることになる」

 

 わざとらしく作戦のことを持ち出す新十郎に、浮田はため息をこぼした。

 

『その口振りだと、こちらの用件について心当たりがありそうだな』

「作戦本部のことは正直よく分からないけどな。ただ、こっちの方の動きは当然掴んでいる」

 

 新十郎が言っているのは、ソロモン近海の深海棲艦の動きだった。

 

 このところ、ソロモン諸島および東部方面の海域では、深海棲艦の動きが活発化していた。

 哨戒中に敵を発見する機会は普段の倍近くにもなり、護衛依頼の回数も増してきている。

 

 新十郎は隣に控えていた大淀に目配せした。

 大淀は机の上に広げられていた報告書を確認しながら補足する。

 

「浮田提督、ショートランドの大淀です。現在こちらでは独自に索敵を進めており、東からかなりの規模の深海棲艦がこちらに向かいつつあることを把握しています。確認した分だけであれば、我々にブイン・ラバウルで対処できそうですが――」

『トラック泊地のことがあるからな。今、君たちが補足している敵が前衛部隊という可能性もある』

 

 トラック泊地を襲った軍勢を撃退できたのは、毛利仁兵衛が初手で戦いのペースを握ったこと、横須賀の援軍をもって敵指揮官を集中攻撃して撃破できたことが主な理由になる。

 正面からの単純なぶつかり合いであれば、まず間違いなく負けていただろう。

 

「本隊や後詰がいるかどうか早々に調査するのはちと厳しそうでな。証拠不十分な状態ではあるが、できればどこからか援軍をもらいたいと思っていたところだ」

『そうか。私が連絡したのも、そのことだったんだ』

 

 大本営は、この深海棲艦の動きを危険な兆候として認識した。

 そして、作戦本部に総力を挙げて撃退するよう命じてきたのだという。

 

「総力とは、また思いきりましたね」

『……いや。どうも、大本営は撃退だけを考えているわけではないようでね』

 

 意外そうな声を上げる大淀に、浮田は歯切れ悪く答えた。

 

『正確な情報とは言い切れないが、敵の軍勢はサモア周辺に集結しているらしい。大本営の狙いは、同地域の制圧にあるらしいんだ』

「サモア――ここからは、遠いですね」

 

 ショートランドの東方に存在する島だが、大淀が言うようにかなりの距離がある。

 制圧したとしても維持するのは困難だった。

 

『こちらでも掛け合ってはみるが、もしかするとそちらにとっては面倒な話になるかもしれない。一応、留意はしておいて欲しい』

「承知しました」

「面倒は嫌いなんだがな……」

 

 げんなりと頭を掻く新十郎だったが、大淀の視線に気づいて慌てて咳払いをすると、居住まいを正して通信機に向き直る。

 

「状況は理解した。自分たちはそちらからの援軍が来るまで独自の裁量で動きつつ、現状維持に努める。その認識で問題ないか?」

『ああ。こちらも準備を進めているが、サモアの件も含めて気がかりなところがあってね。……また進展があれば都度連絡する』

 

 そう言って浮田は通信を切った。

 

「……どう思う、大淀」

「浮田提督は良くも悪くも慎重な方ですから、早期の援軍到着は期待しない方が良いかもしれません」

「だよなあ。仕方ない、ブイン・ラバウルに連絡を取って三者で一味同心といこうか」

「体制を考えないといけませんね」

 

 本土にある拠点は深海対策庁直轄の組織として一つにまとまっているが、ショートランド・ブイン・ラバウルのような海外の拠点は表向き独立した企業として、各国の政権と連携を取りながら活動をしている。

 そのため、深海対策庁の作戦本部を介さず直接連携を取ろうとする場合、いろいろなハードルが存在する。

 

「敵対関係にあるわけじゃないんだし、普通に『助けてくれ』で済ませたいところだけどな」

「まあ、そこは国家間で取り決めを交わしたことでもありますし……」

「分かってるさ。……しかし、なんだろうな浮田提督の言っていた気がかりって」

 

 新十郎のぼやきに、大淀は首を傾げた。

 

「サモアの件ではないんですか?」

「いや、あの口振りは他にも何かあるって感じだったな。自分たちに話さないのは、それが向こうの身内に関する話だからなのか――それとも言うに言えない程面倒な話だからなのか」

「……これ以上の厄介ごとは、起きないで欲しいですね」

 

 大淀は不安そうに窓の外を見る。

 愁いを帯びたその表情は、まるで誰かの身を案じているかのようだった。

 

 

 

 彼女には二人の姉がいた。

 名前も顔も思い出せないが、どんな人たちだったかは覚えている。

 

 すぐ上の姉はよく笑う人だった。

 朗らかで明るくて優しい、大好きな姉だった。

 

 一番上の姉は強い人だった。

 自分にも他人にも厳しく、とても優秀で、常に前を向き続けるような人だった。

 

 昔は、一番上の姉のことが怖かった。

 いつも険しい顔をしていて、なにか粗相をするとかなり厳しく注意される。

 彼女は出来が悪いからか、いつも注意されてばかりだった。

 

 しかし、そんな姉をすぐ上の姉はこう評した。

 

「姉さんは不器用なんだよねえ。静は知らないかもだけど、あれで結構優しい人なんだよ」

 

 そこで目が覚めた。

 

 控えめに差し込んでくる陽射し。

 青を基調とするおとなしめなデザインの部屋。

 

 そこにある温かなベッドの中に、清霜はいた。

 

「……私、どうなったんだっけ」

 

 ぼんやりする頭で起き上がり、部屋の中をうろうろと歩き回ってみる。

 特に身体に異常はなく、動きに支障もない。ただ、艤装の展開はできなかった。

 

 艦娘は艤装を霊体化させておき、いつでも展開できるようになっている。

 人間ベースの艦娘であってもそれは変わらないのだが、持っていたはずの艤装が、何度やっても出せなかった。

 

「うーん、取り上げられちゃったのかな」

 

 部屋の中は風呂・トイレ・冷蔵庫等が完備されていて、ここで生活できそうなくらい充実していた。

 ただ、扉は固く閉ざされており、窓についても鉄格子がかけられていて、出られないようになっている。

 艦娘である清霜は常人よりも遥かに高い力を持っているのだが、それでもビクともしなかった。

 

「完全に閉じ込められてる」

 

 動いているうちに、意識を失う前のことも思い出していた。

 横須賀第二鎮守府の長尾智美に、何らかの方法で眠らされたのだ。

 

「もしもーし、誰かいませんかー!」

 

 腹の底から気合を入れて叫んでみるが、反応はまったくない。

 

 小一時間奮闘した結果、清霜は疲れてベッドの上に寝転がった。

 

「……そういえば、静って言ってたな」

 

 意識を失う直前、長尾智美は清霜の顔を見て、確かにそう言ったのだ。

 上杉静。その名前は、毛利仁兵衛が遺した資料の中にもあった。姉がいるということも載っていた。

 

 上杉景華。

 上杉光。

 

 長尾智美は――おそらく本当は上杉景華なのだろう。

 

「姉様、なのかな……」

 

 同じ夕雲型の艦娘たちの顔が思い浮かんだ。

 清霜は夕雲型の最終艦だから、他の夕雲型は全員姉にあたる。

 皆、個性的で優しい姉たちだ。こちらは実艦をもって言える。

 

 上杉の姉のことは、おぼろげにしか思い出せない。

 しかし、ただの他人という気もしなかった。

 胸の内がモヤモヤとして落ち着かない。

 

「あー、もうっ!」

 

 むしゃくしゃして、勢いのままに起き上がると、清霜は思い切り扉にタックルを仕掛けた。

 凄まじい音と衝突の痛みがしたが――それだけだった。

 

「姉様なら、なんでこんなことするの!? 夕雲姉様たちなら、こんなことしないのに!」

 

 出せ、と叫ぶ。

 地団駄を踏む。

 駄々っ子のように部屋の中で暴れ回る。

 

 すべてが徒労に終わった。

 状況は、何も変わらない。

 

「もしかして、私ずっとここに閉じ込められたままなんじゃ……」

 

 生きる分には困らないだろう。

 しかし、それで本当に生きていると言えるのかは分からない。

 

「まったく、騒がしいお嬢さんだな」

 

 そのとき、扉の外から男の声がした。

 

「誰?」

「上田という。ここで艦娘の艤装の整備員を担当してる。……ちょっと待ってろ、今ここを開けるから」

「上田? もしかして、司令官の言ってた上田さん?」

「多分その上田さんだよ」

 

 横須賀鎮守府に努めている上田という整備員は、艦娘人造計画によって娘を奪われた。

 康奈からその話を聞いていた清霜は、扉の外にいる男への警戒心を解いた。

 

「ねえ上田さん、ここから出して! 私、ショートランドに帰りたいの!」

「分かってるよ。俺はそのためにここまで来たんだ。扉の前のアホみたいなバリケードどかしてるから、少し静かにしてくれないか」

 

 扉の外では、確かに何かを引きずるような音がしていた。

 どうやら扉が開かないよう、いろいろなものを前に置いているらしい。

 

「でも、なんで上田さんが? 怒られない?」

「出せと言ったりこっちの心配したり忙しいなお前さんも。子どもは余計な心配しなくていい。それと、俺がここに来たのはある筋から連絡を受けたからだよ……っと」

 

 どうやらすべての荷物をどかし終えたらしい。

 ガチャガチャと鍵を開ける音がしたかと思うと、あのビクともしなかった扉が軽やかな音と共に開いた。

 

 扉の外にいた上田は、よく見かける整備員の格好をしていた。

 どこかで顔を合わせたような気もしたが、清霜はそれ以上考えるのをやめた。今は脱出することが最優先だ。

 

「その上からでいいからこいつを着てくれ。艦娘の格好だとさすがに目立つ」

 

 上田に渡された整備員の制服を身に着ける。

 少し臭う気もしたが、そこは我慢することにした。

 

「こっちだ、手筈は整えてある」

 

 上田に先導されながら、清霜は周囲の様子を窺った。

 どうやらここは横須賀第二鎮守府の中らしい。遠くに朝霜と一緒に通された長尾智美の執務室がある建物が見える。

 

 執務室のあった棟と同様、こちらも人の気配がほとんどなかった。

 時折スタッフらしい人とすれ違うこともあったが、上田は堂々としたもので、特に怪しまれる素振りもなく出口らしい方へと向かっていく。

 

「あの、今ってここあんまり人いないんですか?」

「元々そこまで多いわけじゃないが、最近は外に出てる人数の方が多いな。近々大規模な作戦が行われるって噂だから、横須賀鎮守府共々調練を厳しくしてるらしい」

「大規模作戦……」

「そこに向かう横須賀艦隊の船に密航して戻るというのが脱出ルートだ」

 

 出口が見えてきたところで、上田は振り返り、清霜の顔をまじまじと見た。

 

「……なあ。お前さんは元々人間だったんだよな」

「うん。そう聞いてる」

「それで、あの長尾提督の妹だっていうじゃないか。……なのになんで、ここから出たかったんだ?」

 

 艦娘人造計画で娘を失った上田は、清霜や智美の境遇について思うところがあるようだった。

 清霜に向けられた眼差しには、若干の困惑が見え隠れしている。

 

「……人間だった頃のことを、まだハッキリと思い出してないから、というのもあるかもしれません。でも、一番の理由は――私には私のやりたいことがあるから、です」

「その腕でもか。ハッキリ言うが、正直俺個人としては、ここで長尾提督と一緒に生活してた方が幸せなんじゃないかって思うところもある。今回手を貸して良かったのかどうか、今も悩んでるくらいだ」

「でも、手を貸してくれましたよね」

 

 失われた右腕を見て、清霜は頭を振った。

 

「例え私のことを気遣ってくれてたとしても、姉様だったとしても、私の記憶が完全に戻ってたとしても――私は出ていきます。やりたいことがある。あっちは私の話を聞いてくれない。だったら、行動に移すしかないと思うんです」

 

 それは、子どもの理屈だった。

 どのように歩んでいけば良いか分からない子を導く――そういう大人の心情を知らない子どもの理屈だ。

 

 しかし、ときには道理で説き伏せるよりも、そういう子どもの行動を見守った方が良いこともある。

 良い結果になるかどうかは分からない。しかし、それが意味のある経験になるかもしれない。

 

「俺の娘も、言い出したら聞かない子でな。無理に説き伏せようとすると、しばらく口きいてもらえなくなったもんだ」

「……」

「――分かった。お前さんは行くといい。だが、お前さんのことを想ってる奴がいるってことは、忘れないようにな」

 

 そう言って上田は身を脇にどかした。

 いつの間にか、出口には人影が一つ現れていた。ここで案内人は交代ということらしい。

 

「上田さん、ありがとう」

「気にするなよ。他人事のように思えなかったんでな」

「あの、できれば『伝言』をお願いしても良いですか?」

「伝言?」

 

 清霜は、小声でその内容を上田に伝えた。

 上田は小さく頷くと「ま、バレないよう上手く伝えるとするさ」と言い残し、元来た道を戻っていった。

 

「それじゃ、そろそろ行こっか」

 

 出口に現れた人影――横須賀鎮守府の初期艦・吹雪が口を開いた。

 

「吹雪さん! ってことは、上田さんに依頼を出したのって……」

「『謹慎中のため直接出向けなくて申し訳ない』って言ってたよ」

 

 三浦剛臣。

 トラック泊地防衛戦での独断行動によって停職中の提督が動いているのであれば、かなり心強かった。

 横須賀鎮守府の方は、清霜の脱出を支援してくれると見て良いだろう。

 

「急ごう。今度の作戦は――清霜ちゃんにとって、他人事じゃないから」

 

 

 

「威力偵察に出した部隊は半壊状態か……。敵もそれなりにやるわね」

 

 小柄な体躯の白い深海棲艦が、薄暗い部屋で面白そうに言った。

 後に人類から『防空棲姫』と畏怖の念を込めて呼ばれる存在である。

 

 ここはサモア島の都市・アピアにある政府庁舎の跡だった。

 サモア独立国やアメリカ領サモアに暮らしていた住民は、深海棲艦の跳梁が激しくなってきたことから、近隣諸国へと避難していた。

 現在サモアは無人の地と化しており、深海棲艦たちがアジトとするのに何の不都合もない。

 

『楽しそうね』

 

 防空棲姫が見ていたモニターの片隅に、テキストメッセージが表示された。

 メッセージの発信者はIZUNAと表記されている。

 

「それはもう。歯応えのない相手では、戦術の振るいようがないもの。私も彼女のように熱い戦いをしてみたいものだわ」

 

 喜悦に表情を歪ませながら、防空棲姫は西方に布陣する敵へと思いを馳せた。

 

「知性があるというのは素晴らしいものね。試したいことが山のように出てくる。戦だけではないわ。私は政治というものもしてみたい。人類はどう思うかしらね。野蛮な深海棲艦が、いつの間にか自分たちと同等の政治的集団――国家を作り上げたとしたら」

『気の弱い人間なら、驚いて死んでしまうかもしれないわね』

「ふふ。もし私が国をつくるなら、人類も参加させてあげても良いかもね。脆弱で取るに足らない劣等種だけど、その知については見所があるもの。それに、見ていて飽きないわ」

 

 そのとき、モニターに動きがあった。

 北方――日本本土の方で動きがあったようである。

 

「今回はのんびりね。どうもミスター・ウキタは……なんというのかしら。慎重居士――で合ってたかしら?」

『ええ。その分ミスは少ない。彼が作戦本部代表になったことで、本土は少し攻め難くなったとも言えるわね』

「おかげで遠方は攻めやすくなったけどね」

 

 防空棲姫が端末を操作すると、日本が関与している各拠点の情報や作戦本部の構成員に関する情報が表示される。

 どの拠点にどの程度の戦力があるのか、指揮官はどのような傾向で動くかといった情報も掲載されていた。

 

「貴方には感謝しているわよ、IZUNA。私にいろいろなことを教えてくれた。情報というものの重要性も、貴方がいなければきっと軽視していたでしょうね」

『感謝しているのはこちらも同じよ、姫様。貴方の存在は非常に興味深い。艦娘を捕食した結果知性を持った異端の深海棲艦。貴方の在り様は他の深海棲艦とは大分違う。その行く末、できれば最後まで見守りたいものね』

「ええ、これからも見守ってちょうだい。きっと、貴方を退屈させないわ」

 

 防空棲姫は、ともすれば妖艶とも取れるような笑みをこぼす。

 その周囲には、多数の人型深海棲艦が控えていた。

 まるで、女王を守護する騎士のように。

 

『姫、次はいかがされますか』

『そうねえ……。もう少し本気で、攻め立ててみましょうか』

 

 防空棲姫の視線の先には、モニターに映し出されたソロモン諸島があった。

 

 

 

 深海棲艦の攻勢が次第に激しさを増す中、トラック泊地を経由して磯風が帰投した。

 

「かなり忙しない様子だな」

「復帰早々で悪いけど、あんまりのんびりとはできないかもね」

「なに、望むところだ」

 

 出迎えに来た時津風と雲龍を前にして、磯風は鷹揚に頷いてみせた。

 戦うことを本懐とする在り様は変わっていないようだったが、どこか以前よりも落ち着いたような印象を与える。

 

「向こうでは教導艦やってたんだって?」

「ああ。実は引き抜きの話もあった」

「すごいわね。横須賀第二と言えば、今や知らぬ者もいない精鋭集団なのに」

「精鋭ではあるし、気風も合っているように感じられたが……それでも私の居場所はここだからな。断ったよ」

 

 そう語る磯風に、時津風と雲龍は顔を見合わせた。

 そして、一斉に左右から磯風を挟み込む。

 

「な、なんだ!? やめろ、息苦しい!」

「いやいや、磯風がこっちのこと忘れてないか実はちょっと不安だったからさ」

「ちゃんと帰ってきた。磯風、良い子良い子してあげる」

「いらん。離れろ、暑苦しい!」

 

 慌てて時津風と雲龍のサンドイッチから脱出し、磯風は乱れた髪を整えた。

 

「まったく、ここはなんというか相変わらずだな。そんなに呑気なことを言っていられる状況でもないだろう」

 

 磯風も、ここに来るまでに大まかな状況は聞いていた。

 敵の侵攻に備えて、現在ショートランド泊地の艦娘はかなりの数が出払っている。

 

 東部からの侵攻に対して、ショートランド泊地は西に拠り過ぎていた。

 そのため前線基地を設けて、そこに防衛線を敷いているのだ。

 早霜や春雨たちもそちらに出向いている。残っているのは大淀等一部の艦娘のみである。

 

「司令も倒れたと聞くが、容体はどうなんだ?」

「――」

 

 磯風の問いかけに、時津風と雲龍は気まずそうな表情を浮かべた。

 単純な良し悪しとは別の何かを漂わせるような様子に、磯風は眉をひそめる。

 

「……司令は、どうした? 容体悪化というのは偽りなのか? まさかとは思うが――」

「安心しろ。死んではいない」

 

 磯風の言葉を止めたのは、包帯だらけの男――北条新十郎だった。

 側には大淀も控えている。

 

「司令代理。……磯風、ただいま帰投した」

「ああ、おかえり。悪いな、出迎えが康奈ではなくて」

「なにがあった?」

 

 大淀も、時津風と雲龍も気まずそうにしたまま口を開かない。

 新十郎は重苦しいため息をつくと、磯風を先導するように歩き出した。

 

「結論から言う。康奈は今この泊地にいない」

「前線基地に出向いているのか?」

「いや。……あいつがどこに行ったかは、誰にも分からない」

「――は?」

 

 新十郎の言葉に、磯風は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「分からないとはどういうことだ。この一大事に、司令がどこに行ったか誰も分からないのか?」

「ああ。それと一つ訂正しておくと、現在この泊地の艦娘と契約状態にあるのは自分だ。康奈じゃない」

「……おい。それは、つまり――」

 

 霊力をもって艦娘と契約を結び、深海棲艦に対抗する。

 それが『提督』というものだった。

 艦娘との契約関係は、提督という存在の根幹にかかわる部分である。

 

 だが、今康奈はこの泊地との契約関係を持っていない。

 つまり、それは――。

 

「あいつは提督権限を自分に委譲して――そのまま姿を消したんだ」

 

 

 

 現在、サモア諸島の付近には地図にない小島が一つあった。

 正確には、島ではない。島のような形をした、巨大な船である。

 

 これは、かつて艦娘人造計画を進める際に建造された、移動する研究施設とも言うべき船だった。

 

 この船は元々AL海域の研究施設と連携を取るため、同海域にあった。

 その後、同海域の研究施設が深海棲艦に襲撃された際に失われた――と人類は認識している。

 しかし、実際は健在だった。人類の網にかからぬよう巧みに移動を繰り返し、流れ流れてサモア諸島にまで辿り着いたのである。

 

 以前と違うのは、この船の主が人類ではなく深海棲艦という点だった。

 かつて研究員や被験者たちが使っていたエリアは、ことごとく深海棲艦たちの住居として利用されている。

 

 その深奥に、巨大なコンピューターが存在していた。

 深海棲艦たちもここには近づかない。近づくなと防空棲姫に厳命されているからだ。

 

 そのコンピューターが、なにかを検知した。

 

『姫様』

 

 政務省庁に君臨する防空棲姫の下に、IZUNAからのメッセージが入った。

 

「あら、IZUNA。どうかしたの?」

『こちらの島で、深海棲艦が一体死んだわ』

「それは事故? それとも――病気というやつかしら。だとしたら興味深いわ。遺体を見せて欲しいところね」

『残念だけど、どちらでもないわ。これは、殺されている』

 

 IZUNAは研究施設内部で撮られた写真を防空棲姫の端末に送った。

 そこには、軽巡クラスの深海棲艦の遺体が写っている。

 次いで、もう一枚拡大された画像が送られて来た。

 

 軽巡クラスの深海棲艦は、首の辺りを何かで切り裂かれて絶命している。

 切り裂かれているのは後ろの方だった。背後からの奇襲で始末されたのだろう。

 

「深海棲艦同士の喧嘩……という感じでもなさそうね。他に外傷がない。一撃で殺すつもりでやっている」

『私も同意見よ』

「艦娘がそちらに侵入しているという可能性は?」

『ゼロとは言えないけど、私は別の可能性を考えているわ。艦娘が刃物片手に単独で侵入してくる理由は思い当たらないけど――そういうことをしそうな人間なら、一人心当たりがあるから』

 

 IZUNAのメッセージを見て、防空棲姫もその心当たりに行き着いた。

 

「そういえば、例の彼が護身用にナイフをあげたんだっけ?」

『ええ。おそらく、私に会いに来たのでしょう。そういうわけだから、もし見かけたら殺さず捕まえておいて欲しいのよ』

「殺したら駄目?」

『なるべくね。できれば彼女の身体、欲しいから』

「了解。まあ、善処するわ」

 

 その答えで十分だったのか、IZUNAは通信を打ち切った。

 防空棲姫は、ショートランド泊地の情報リストを開き、提督と記載された項目を開いた。

 

「……私も一度話がしてみたいわね。さて、どこに隠れているのかしら――ふふ、なんて呼べば良いのかしらね?」

 

 そこに映し出されたのは康奈の顔。

 NAMEの欄は、UNKNOWNとされていた。

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