あとがき
●はじめに
拙作「南端泊地物語―戦乱再起―」を最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。
そうでない方はご注意ください。このあとがきには「南端泊地物語―戦乱再起―」の本編に関する内容が含まれております。
●「南端泊地物語―戦乱再起―」とは
本作は拙作「南端泊地物語―草創の軌跡―」(以下「前作」と表記)と同じショートランド泊地を舞台にした物語です。
時系列は前作の最終話からほんの少し先。登場人物も重なる部分があります。
ただ、本作は前作の"続編"としては描きませんでした。
地続きだが物語としては別物。前作を読まないと理解できないような話にはしたくなかった、という想いがあります。
その一方で、作中では前作で積み上げられたものを登場人物たちに持たせることも意識しました。
物語は別物でも、同じ世界で生きている人物たちなので、前作から成長した部分も描かねばならないだろう、と。
本作から読んでいただいた方に不案内なところがなかったか。
前作から引き続き読んでいただいた方に作中の人々の変化を感じ取っていただけたか。
ある意味、本作で作者が一番気にしているのはそこだったりします。
では、続編ではない物語で何をやりたかったのかというと、一つの大きな物語を描いてみたかった、というのがあります。
前作も長編ではありましたが、構成は複数の中編が連なっていくというものでした。
それぞれの中編はほぼ単独で物語として成立するものでしたが、今度はもう少し区切り難い大きな流れを描きたくなり。
あれやこれやとプロットを練りながら、どうにか着手し始めたのが本作になります。
●北条康奈という提督
前作の提督が「中年男性」「本人は特に有能ではない」「艦娘たちを導くメンター的ポジション」だったので、その真逆にしようと考えながら人物像を練りました。「若き女性」「本人は有能」「艦娘たちと共に歩むポジション」というところです。
艦娘たちの前では提督として立派に振る舞おうとするものの、一人になると不安を抑えきれず倒れ伏す。
そういう精神的な脆さ、未熟さを意識して書いていたのが印象深いキャラクターです。
己の過去も知らないまま、自ら望んだわけでもないのに戦地に向かわなければならない。
そう考えると、こういう風になるのが自然なのだろうという気もします。
艦娘たちと共に歩むという点から、前作の提督と比べて主人公らしい主人公になった気はします。
設定上、中盤はもう一人の主人公の清霜や狂言回しの長尾提督の方が目立つ部分がありました。
率先して動くことで物語を動かす清霜と比べると、康奈は状況に振り回されることが多かったように思います。
ただ、康奈は決断する主人公として描きました。
華やかさはないけれど、物語中の人々の意思を受けて決断をくだし、物語を次のステージに進ませる主人公です。
この試みが成功したのかどうかは、読んでいただいた方の判断に委ねたいと思います。
●プロローグについて
主要キャラクターの紹介・主人公が属するショートランド泊地の現状説明をしつつ、説明臭くならないよう苦心しました。
ショートランド泊地の説明は、現在進行中の出来事に合わせて必要な情報だけを。
各キャラクターの説明は、艦娘は戦闘およびその後のやり取りを中心に、康奈は大規模作戦の展開に関するやり取りを中心に、なるべく「なぜ今この説明を?」という不自然さが出ないよう気を付けたつもりです。
一度戦闘を行わせた方が艦娘たちの特徴も出しやすい。ただ「特に意味はないけど戦わせました」だと物語上の必要性が薄い。
そういう理由から、戦闘のキッカケや戦果としてミイラ男こと新十郎を登場させています。
ここに限ったことではありませんが、本作ではなるべく無駄なキャラクターやシーンが出ないよう心掛けていました。
●第一章「再起のための新たな牙」について
春雨を軸とした渾作戦編です。
この話は少し意図的に前作の章に似せた作りにしつつ、最後の方で次章に繋げる要素を怒涛の勢いで叩き込みました。
前作から続けて読んでくださった方に受け入れてもらいやすい形を取りつつ、徐々に本作の色をお見せできれば、という出来心。
はたして上手くいったのかどうか。
このときは私自身、清霜・春雨を通して大淀隊の面々や康奈の人となりを探りながら書いていた部分があります。
最後は横須賀第二鎮守府がいろいろと持っていきましたが、書き手としては大淀隊中心でやっていけそうだと手応えを感じたのが印象深いです。
ちなみに終盤で出したオーバーフロー状態。
あれは清霜が他の艦娘と違うという演出の一環だったので、最初からここ以外では使わないと決めていました。
危ない危ないと言いつつ危険な力に手を出すのもお約束ではありますが、前作からの流れを考えると、艦娘にそういう無茶をさせるのはショートランド泊地の提督らしくない、という想いがあったのです。
●第二章「失われた過去から始まる道」について
物語としては破が始まる部分にあたるこちらの章。
強大な強さを誇る存在として印象深かった戦艦水鬼との戦いに終始する、戦闘だらけの章でした。
圧倒的物量で攻めてくる強敵相手に限られた力で対抗するという構図は、書いていて非常に楽しかったです。
前作では呼称の違いはあれど、基本的にどの個体もただの『深海棲艦』として扱っていましたが、本作では人格を持たせて強敵として仕上げようと意識しました。敵側の描写も加えることで戦いに厚みを持たせられたような気がしています。
この章から本格的に物語に絡み始めた横須賀第二鎮守府は、無暗に対立こそしないものの安易に信じて良いか分からない、という微妙な立ち位置になるよう意識して描き始めました。この鎮守府に属する神通・川内・朝霜は三者三様のスタンスを持たせられたので、全員描いてて面白いキャラクターになりました。
トラック泊地の提督の顛末については前作終了時点で既に決めていました。
惜しいキャラクターではありましたが、こうすることでいろいろなものを動かすキッカケになったように思います。
前作からの継投キャラだったこともあって愛着があったので、書き終えたときは無性に寂しくなりました。
●清霜について
もう一人の主人公・清霜は元のゲームの時点で「戦艦に憧れる元気な少女」という要素から、主人公っぽいなと感じていました。
その一方で姉妹艦を「姉様」と呼んだりする一面もあり、意外と上品なところもある、というところから本作における彼女の前身の設定が決まりました。
設定上彼女もいろいろ背負っているのですが、そういった諸々の要素に引きずられるのではなく、むしろ引きずり倒して動き回るようなパワーを持たせようと心掛けました。もう一人の主人公である康奈が立場上あまり無茶に動かせないので、話を動かすために率先して動く役割は彼女に担ってもらおう、と。
清霜については「記憶をどうするか」と「艦としての側面と人間としての側面のバランスをどうするか」で大いに悩みました。
記憶については「あっ、戻った!」と戻らせるのは何かわざとらしいような気もして、迷いに迷ってああいう形になりました。
艦・人間のバランスについては、物語の流れを重視して人間としての面を重視するバランスに。艦として過去を乗り越えるという展開は既に前作や第一章の春雨でやってきた、というのもありましたので。
ただ、浮いた話にならないよう、その後の「人間としての清霜の話」に繋げるような形にしようと意識して描きました。
●第三章「向き合うべきもの」について
とにかく話をきな臭い方に持っていくことに心を砕いた章でした。
最終章への布石を打てるだけ打ちつつ、西方遠征作戦のこともきちんと描かないといけないので、そのバランスに苦慮したのが良い思い出です。
第二章から引き続き戦艦水鬼が登場しますが、彼女の最後の相手が主人公ではないのは、まだ主人公が強大な相手を独力で打ち倒して道を切り開けるほど強くないから、という意味合いを込めています。
深海棲艦という敵役でありながら、人格を持ち、成長し、最後まで己の矜持を貫き通す。
戦乱再起の中でもお気に入りのキャラの一人です。
主人公たちの過去が徐々に見えてくるところが物語上の重要なポイントですが、個人的に書いていて印象に残ったのは、第十八陣で神通隊が磯風に向かって告げた一言です。
特に固有名詞は出さず脇役に徹してもらった神通隊のメンバーたちですが、あの一言に彼女たちの想いを集約させるつもりで描きました。
●最終章「海の彼方で」について
主人公たちが戦に参戦するまでかなり時間のかかった最終章。
本作はタイトルに「戦乱」という言葉がついていますが、私が描きたかったのは戦そのものではなく、その中で傷ついたり何かを失った人々が「再起」するところでした。
再起するには時間が必要です。いろいろな人々との交流もあった方が良いです。これからどうしたいか決めることも必要です。
そういう意味で、再起するまでを丹念に描くべきだと考えて、あのような構成となりました。
しっかりと再起して戦場に向かった清霜と、再起するため過去を清算しようと戦場に向かった康奈。
この章はとにかくこの主人公二人に視点を集中させて、新しい一歩を踏み出すまでを描き切ろうと決めていました。
物語を盛り上げる意味で、康奈の顛末についてはいろいろと仕掛けをしましたが、そちらはいただいた感想を見る限り狙い通りにいったケースもあるようで、書き手としては嬉しい限りです。
生きていればいろいろなことはあるし、過ちを犯すこともある。
二度と取り戻せないものを失うことも多々あるかもしれません。
それでも、人間はまた立ち上がっていけるのだという想いを込めて、様々な人々の「再起」を描いたつもりです。
●最後に
隔週更新ということもあってか前作よりも長期連載となりましたが、本作もこうして無事に終点まで辿り着くことができました。
今はひとまず充電期間ということで、いろいろなものをインプットしつつ今後の計画を練っていこうと思います。
本作の後も作中人物たちの戦いは続いていくので、また新しいスタイルで別の物語を描ければ、という想いはあります。
もしこの泊地の物語が再開するようなことがあれば、そのときもお付き合いいただけると幸いです。
最後に、本作にここまでお付き合いいただいた皆様に改めて感謝の言葉を。
本当にありがとうございました。