南端泊地物語―戦乱再起―   作:夕月 日暮

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拙作に触れてくださった皆様、今年一年お世話になりました。
来年も引き続きよろしくお願いいたします。


番外編
年賀状について


 二〇一四年・師走。

 年の瀬が近づいてきた日の夜、ショートランド泊地の片隅で康奈は「ううん」と頭を悩ませていた。

 

 時刻は既に深夜二時過ぎ。

 普段ならとっくに寝ている時間帯だが、この日の康奈は眠気を忘れて目の前のものに集中していた。

 

 年賀状である。

 

「なにを、なにを書けば良いのかしら……」

 

 仕事の書類であれば、書くべきことがあるからすぐに済ませることができる。

 しかし、年賀状はそういうわけにもいかない。

 

 年賀状にも書くべきこと――最低限の挨拶というものはあるが、それだけで済ませるのはあまりに殺風景である。

 泊地を率いる立場上、何か気の利いたコメントくらい添えなければならない。

 そう康奈は考えているのだが、肝心のコメントがまったく思い浮かばないのだった。

 

 そもそも、康奈には泊地に来る前の記憶がほとんどない。

 泊地に来たのは今年の年明けから少し経った頃なので、年末年始の記憶がまったく存在しないのだった。

 年賀状を出すのもこれが初めてだし、もらった覚えは皆無である。

 

「せめて、参考になるようなものがあれば良いんだけど……」

 

 眼前に並ぶ年賀状に書かれているのは『謹賀新年』の文字のみ。

 ショートランド泊地には年賀状ソフトなどないので、挨拶文の自動生成やイラスト等の挿入など夢のまた夢である。

 

 素直に泊地の誰かに相談すれば良さそうなものだが、康奈の中にある妙なプライドがそれを妨げていた。

 

 ……年賀状出す相手に年賀状の文面相談するっておかしいし。

 

 ちなみに康奈は泊地の艦娘・スタッフ全員に出す気でいる。

 日頃の感謝を込めたものにしたい。そういう真摯な思いが彼女の原動力となっていた。

 ただ、この場合その真摯さとプライドが悪い具合に働いている。

 

「うう、このままでは何も思い浮かばないまま完徹してしまう。大淀に小言喰らいそう……」

 

 そのとき、康奈の脳裏で不思議な連想ゲームが行われた。

 

 大淀。

 業務をこなす彼女がよく使っているもの。

 

「――そうだ。パソコンで調べれば参考例を調べられるかも」

 

 天啓。

 そこに行き着いたとき、康奈は思わず自分が天才か何かであるかのような錯覚に囚われた。

 実際は睡眠不足で頭が回らなくなっている状態なのだが、今の彼女がそれに気づくことはない。

 

 深夜のテンションで一人発奮しながらパソコンのある執務室に向かう康奈。

 しかし、そこで彼女は思わぬ障害に遭遇することとなった。

 

「……大淀!?」

 

 そこには、こんな夜更けにもかかわらず執務室でパソコンを前に何か作業をしている大淀の姿があった。

 普段であれば、その働きぶりを褒め称えるなり、遅くまで残業していることに注意するなりするところだろう。

 しかし、今の康奈は大淀の前に姿を見せたくなかった。

 見せれば、

 

『提督。こんな時間にこんなところへ来て、どうされたのですか?』

 

 とお説教タイムになってしまうだろう。

 康奈がまだ若いというのもあってか、妙に保護者っぽく接してくる艦娘が何人かいるが、大淀はその筆頭格の一人だった。言ってしまえば康奈にとって姉というかオカンのようなものなのである。

 

 ……大淀、アウトッ! 早くアウトして!

 

 物陰に隠れながらそう念じてみたものの、大淀がパソコンの前から動く様子はない。

 仕方なく康奈は泊地内にある共用パソコンエリアに移動してみたが、こんな時間にもかかわらず、各所のパソコンの前には誰かしら艦娘たちが陣取っていた。

 

 ……ええい、なんで皆パソコンをそんなに使いたがるのよ!

 

 完全に自分のことを棚に上げて頭を抱える康奈だったが、呻いたところで状況は変わらない。

 大淀がいなくなっていることを期待しつつ執務室に戻ってきたが、まだ彼女はパソコンの前で黙々と作業をしていた。

 

 

 

 微かな気配を感じ取り、大淀は内心笑みを浮かべた。

 

 ……フフ、他のところを当たってみたけど駄目だった。そんなところでしょうか、提督。

 

 この大淀、実は康奈の気配にずっと気づいていた。

 更に言うと、彼女がなぜこんな時間に執務室に来ようとしていたのかも知っていた。

 

 ……年賀状が上手く書けなくて参考情報を調べに来た。そんなところでしょう。

 

 数日前から康奈が密かに年賀状作成に取り掛かっていることを、大淀は知っていた。

 意外と康奈は私生活まわりで隙が多い。だからか、それとなく気を付けている保護者組は、康奈が普段と違うことをしていればなんとなく気づいてしまうのだ。

 

 本当なら手を差し伸べてあげたいところだが、康奈は妙に強情なところがあり、大淀たちが世話を焼こうとすると「自分でやる」と意地を張ることが多い。

 私が年賀状用意しますよと言ったところで、康奈は断固拒否するだろう。それは目に見えていた。

 

 ……ならば、提督が私に助けを求めるような状況を作り出すまで。

 

 大淀は、実のところパソコンで何か作業をしているというわけではなかった。

 至って真面目な顔つきだったが、やっていることはマインスイーパーである。

 

 ……私はここをどきませんよ。提督が観念して私の前に姿を見せるまでは!

 

 自己タイムを少しずつ更新しながら、大淀は康奈が諦めるのを待っていた。

 康奈が姿を見せれば後は話術でどうにか丸め込める。

 そんな自信が大淀にはあるのだった。

 

 ところが、康奈の気配は再び消えてしまった。

 今度こそ諦めたのか――大淀がその可能性を思い浮かべたとき、思わぬ来訪者が執務室に訪れた。

 

「大淀さーん、ただいまー」

「駆逐艦早霜・清霜……ただいま帰投しました」

 

 清霜と早霜。

 先日遠征に出かけていた部隊のメンバーである。

 

 ……あれ、なんでこの時間に?

 

 二人が参加していた遠征部隊は、天候悪化の影響で帰りが遅くなるという連絡を受けていた。

 ただ、帰投予定は明朝頃になるはずだとも聞いていた。

 

「お、おかえりなさい二人とも。思ったより早かったのね」

「うん。天候が回復したから少し早めに戻ってきたんだ」

「夜遅いから連絡は控えていたのだけど……。執務室に電気がついてたから、誰かいるのかと思って、報告しておこうかと」

「そうだったの。ともあれ、お疲れ様でした」

 

 そう言って、雨で濡れた二人を拭こうと大淀が立ち上がったとき、更なる訪問者が執務室に姿を見せた。

 

「二人とも、おかえりなさい」

 

 軽やかに挨拶しながら入室してきたのは、康奈だった。

 

 

 

「ふと目が覚めて散歩してたら、帰投した時津風と偶然会ってね。二人が執務室の方に報告しに行ったって聞いたから様子を見に来たのよ」

 

 ほとんど事実である。ただし、一点だけ嘘がある。

 時津風と会ったのは偶然ではない。帰投した部隊の気配を察した康奈が、自主的に会いに行ったのだ。

 

「でも、まさか大淀がこんな時間になるまで残ってるとは思わなかったわ。なにか作業溜まってたかしら?」

「え、ええ。少し片づけておきたいことがあって――」

「そう。でも無理は禁物よ。二人の報告は私が受けておくから、大淀はそろそろ休んだ方が良いわ」

 

 言いながら、康奈は内心で勝利を確信した。

 自然な流れで執務室に入る理由。

 それこそが、康奈の勝利に必要不可欠なものだった。

 

 理由なく執務室に入れば大淀から来訪理由を問い質される。

 そうなれば、ペースを握られて勝率がガタ落ちしてしまうところだった。

 

 しかし、この流れであれば大淀が康奈に理由を問い質すことはない。

 加えて、こんな時間まで執務室に残っていたということを理由に、大淀を帰らせることができる。

 そうなれば、清霜と早霜の報告をまとめるという体で康奈がパソコンを一人使えるのだ。

 

 ……フフフ、悪いわね大淀。今はゆっくりお休みなさい。無理をしたら駄目よ。

 

 半ば本気で気遣いつつ、康奈は勝利を確信して大淀の肩に手を置いた。

 

「――提督」

「大淀――」

 

 睨み合ったまま硬直する二人。

 追い詰めた康奈と、追い詰められた大淀。

 二人の勝負は、ここに決着したと言っても良い。

 

 しかし、そこで予想もしないことが起きた。

 

「あ、大淀さん、司令官。ちょっとパソコン借りていい?」

「遠征中少し気になることが出てきたので調べ物をしたく。すみませんが、少しだけお貸しいただけますか?」

「え? あ、うん」

 

 そう言われては貸さないわけにもいかない。

 それに、すぐに済む用事であれば特に支障はないだろう。

 

 ……ん?

 

 何を調べるつもりなのだろうかと二人の様子を大淀と並んで見ていると、清霜たちが開いたのは『年賀状の書き方』というページだった。

 

「あ、あったあった。へー、こんな風に書くんだね」

「参考になるわね。メモしておきましょうか」

「うん。おお、絵はこんな感じのもあるんだ」

「写真をつける人もいるみたいね。うちでもプリンタとデジカメがあればできるかしら……」

「デジカメは確かあきつ丸さんや長月が持ってたよね。明日辺りちょっと相談してみようか」

 

 ワイワイと話しながら二人が次々と開いていくのは、康奈が躍起になって調べようとしていた参考例が載っているページの数々である。

 

 ……なんだろう。この妙な敗北感。

 

 探し求めていたものが予期せぬ形で目の前に転がり出て来たことで、康奈の深夜テンションは急速にしぼんでいった。

 今となっては、無駄に意地を張ってあちこち動き回っていた自分がアホにしか思えない。

 

 ふと横を見ると、大淀も何とも言えないような微妙な表情を浮かべていた。

 もしかすると、彼女も何かから醒めたのかもしれない。

 

「……清霜、早霜。もし良かったら明日辺り、一緒に年賀状でも書く?」

「え、いいの?」

「もし良ければ――他の子たちも誘って良いでしょうか?」

「ええ、いいわよ。皆で書きましょう。ね、大淀?」

「そうですね――」

 

 やったー、と無邪気に喜ぶ清霜。

 ふふ、と静かに微笑む早霜。

 乾いた笑みを浮かべる康奈と大淀。

 

 師走の夜。

 ショートランド泊地の人々は、少しずつ新しいを年を迎える準備を進めていくのだった――。

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