南端泊地物語―戦乱再起―   作:夕月 日暮

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大淀隊の年明け

 三が日が明けた一月四日。

 ショートランドは、年末年始の休息から目覚めようとしていた。

 交代制で一部の艦娘は年末年始の間も仕事をしていたが、今日が仕事始めという者も多い。

 

「ふっふーん、負けないからね」

「その自信、どこまで持つか見せてもらおう」

 

 演習場で対峙しているのは清霜と磯風である。

 今、彼女たちは三対三の模擬戦を始めようとしていた。

 

 清霜と同じチームにいるのは、春雨と時津風。

 一方、磯風のチームに属しているのは早霜と朝霜である。

 

「それじゃ、改めてルールの説明……」

 

 審判役を務めるのは、清霜たちの同期である正規空母の艦娘・雲龍。

 艦載機を使ってルール違反等の問題行為がないかチェックし、いざとなれば止める役だった。

 

「これは、駆逐艦としての護衛力を測るための模擬戦。三人の中の一人が護衛対象である旗を艤装につけて戦う。先に相手チームの旗を落とした方が勝ち」

 

 清霜チームは時津風の艤装に旗がついている。磯風チームは、朝霜が旗を指していた。

 

「うん、どっちも準備万端みたい。……それじゃ、演習開始!」

 

 雲龍が手にしていた笛を力強く吹くと同時に、両チームは一斉に動き出した。

 

 最初に動いたのは、清霜と磯風の両名。

 二人は真っすぐ相手チームの旗持ちを狙って突き進み、演習場の中央部で激突した。

 

 まったく同じタイミングで主砲を構え、そこから流れるような動きで一気に横へと急旋回する。

 正面の相手を狙うか、旗持ちの方に矛先を変えるか。

 清霜は前者を選び、磯風は後者を採った。

 

「脇が甘いわ、清霜」

 

 磯風をカバーする形で前進していた早霜が、扇状に広げる形で魚雷を発射する。

 それを横目で見ながら、清霜は一気にその身を加速させた。

 判断に迷って半端な動きをするよりは、思い切った手を打つ方が良い。

 

 早霜の魚雷と並走するような形で、清霜は再度磯風に急接近する。

 大型艦の艦娘・深海棲艦が相手ならともかく、同じ駆逐艦同士なら主砲の射程に入って一撃を食らわせるのが一番堅実だ。

 間合いに入ったことを確認すると、清霜は即座に主砲を放つ。しかし磯風もそれを呼んでいたらしい。同じタイミングで砲口を清霜に向けると、応じるかのように主砲を撃った。

 

 両者の砲弾は宙で激突し、すさまじい音を立てて弾け飛ぶ。

 そのとき、磯風の死角から春雨が主砲を放った。

 

「二段構えか。だが――!」

 

 言葉と同時に、磯風は身を回転させ、紙一重で春雨の主砲を回避する。

 なぜそれを避けられるのか。そうコメントしたくなるような、驚異的な動きだった。

 

 しかし――。

 

「二段構え程度で倒せるなんて、そこまで磯風を甘く見てはいないよ」

 

 春雨の何かを確信したかのような言葉に、磯風は突如水面を叩きつけた。

 その衝撃で、磯風の間近に迫っていた春雨の魚雷が爆発を起こす。

 誘爆するかのように、清霜を追っていた早霜の魚雷も大きな水柱を立てた。

 

「どう――」

「――なった?」

 

 旗持ちの時津風と朝霜は、目を凝らして中央部を窺う。

 結果は、そこから飛び出してきた。清霜と磯風がこの一瞬の空白を好機と捉え、一気に旗を落とすべく旗持ちに迫る。

 二人はそれぞれ魚雷によってダメージを負っていたが、主砲はどちらも無事だった。

 損傷して敵が倒せなくなると困るのだと、二人は咄嗟に主砲を抱え込んで魚雷から庇っていたのである。

 

 両者が旗に照準を定める。

 春雨と早霜が、そんな二人を止めようと接近する。

 

 雲龍が注視する中――主砲が放たれる音が、演習場に響き渡った。

 

 

 

「雲龍から送られてきた映像を見たけど、皆、本当に良い動きをするようになったわね」

 

 演習後、執務室に顔を出した清霜たちを出迎えたのは、年末年始もずっと勤務続きの大淀である。

 朝霜以外の面々は皆同時期に泊地へ着任した同期組で、大淀はそのまとめ役でもあった。

 

 今は昼休憩の時間。

 演習の報告がてら、大淀と一緒に昼食を取っているところだった。

 

「身体がなまっていないことは確認できたが、春雨にしてやられたのは悔しいところだな」

 

 鮭おにぎりを食べながら眉間にしわを寄せる磯風に、春雨は少し照れくさそうな笑みを向けた。

 

「私もちょっとは成長できたってことかな。前は全然だったから」

「そう? 春雨は前から一生懸命にやってたと思うけど」

「ううん。あ、一生懸命にはやってたつもりだけど、なんていうか結果が出せてなかったから」

 

 そうかなあと時津風は首をひねる。

 目に見える戦果こそなかったものの、春雨は割と前々からチームを支える重要な動きをすることが多かった。

 最近は、それに加えて戦果も出せるようになってきたということだろう。

 

「清霜と磯風も、前より周囲が見えるようになってきたように見えた」

 

 雲龍の評価に大淀がうなずく。

 一見すると猪突猛進のようにも見える二人の行動だったが、結果を見ると仲間との連携が成立している。

 自身の持つ特性と仲間の役割を考えた結果ゆえの行動だったとも取れる。以前はもっと連携に難があった。

 

「そうかなあ、えへへ」

「あんまり甘やかさない方が良いぞ。コイツすぐ調子に乗るところあるからな」

 

 演習中とは打って変わって緩い表情を浮かべる清霜に、横から朝霜がくぎを刺す。

 朝霜は清霜たちと着任時期こそ違うが、いろいろあって彼女のお目付け役のような立ち位置になっている。

 突っ込まれた清霜は「厳しいなー、もう」と唇を尖らせた。

 

「ところで大淀さんは、まだ仕事があるのかしら」

「ううん、実はそろそろ休息をとるよう提督から注意されてね。午後からは久々にオフなのよ」

「そうなのね。うふふ……」

「実は私たちも午後予定がなくて。せっかくだから、お正月らしいことを何かしようかなって話してたんです」

 

 意味深に笑う早霜をフォローするように、春雨が状況をかいつまんで説明する。

 

「正月らしいこと……凧揚げとか?」

「泊地内では羽根つきがブームみたい」

 

 確かに近頃は、艦種問わず様々な艦娘が羽子板片手に勝負をしている光景を見かける。

 あちこちから勝負を挑まれ、罰ゲームとしてあちこち落書きだらけになっている者もいた。

 

「でも、午前中演習でかなり動いたんでしょう? 身体動かすので大丈夫なの?」

 

 大淀に問いかけられると、春雨や早霜たちは顔をそらした。今はちょっときついらしい。

 

「ねえねえ、それじゃ駅伝なんてどうかな! 本土の方では毎年やってるらしいし、このメンバーでもショートランド島一周走ってみるとか!」

「おい清霜、お前話聞いてなかったろ」

 

 身を乗り出して提案する清霜を、朝霜がどうにかこうにか押さえ込む。

 新年早々なかなかきつい演習だったようだが、清霜はさほどこたえていないらしい。

 あるいは、疲労に関する感覚が鈍いのかもしれなかった。

 

「書初めでそれぞれ今年の抱負でも書くってのはどうかな。書道部に行けば墨とか一式貸してくれるみたいだし」

「なるほど。集中できそうだし悪くないな」

 

 時津風の提案に、磯風やほかの面々も頷く。

 三が日の間はそれなりに混雑していたが、今なら問題ないだろう。

 

 皆が昼食を取り終えて書道部に向かおうとしたとき、遠征から戻ってきた涼風が執務室にやってきた。

 

「お、出かけるところだったのか。ちょうどよかった」

「どうかしたの?」

「いや、なんかよく分からない手紙が届いててさ。差出人の名前にも心当たりなくて、どうしたもんかと」

 

 涼風が差し出した封筒の宛名には「泊地の皆へ」とだけ書かれている。

 差出人は英名のようだった。確かに心当たりのある名前ではない。住所なども一切書かれていなかった。

 

「開けて見てみれば良いんじゃない?」

 

 どうしたものかとためらう大淀の手から封筒を取って、清霜は封をきれいにはがしてみせた。

 その場にいた全員が、興味深そうに封の中の手紙を覗き込む。

 

 そこには新年の挨拶と泊地の皆を気遣うメッセージ、そして武運長久を祈る言葉が綴られている。

 

「これって――」

 

 記されている字に、清霜たちは見覚えがあった。

 まさかという思いと共に、清霜は手紙の末尾にある「追伸」に目を留める。

 

 Dear friend, Little Battleship. See You Again.

 

「あの人から、か」

「ああ――」

 

 手紙を見ていた皆も、そこで送り主の正体に気が付いたのだろう。

 

 この泊地を去った人。

 しかし、この泊地の皆にとって今も大事な人。

 

 今はどこにいるかも分からない。

 ここに戻って来ることもできない。こうして手紙を送ってくるのも、大変なことだったかもしれない。

 

 それでも、あの人は今もどこかで元気にやっている。

 この年賀状は、そのことを伝えてくれた。

 

「……よーし、返事書かなきゃ!」

「返事って、住所もないし送れないだろ」

「いーの」

 

 呆れたように言う朝霜に、清霜は笑って応じた。

 

「送れるようになったらまとめて送るんだ。それが駄目なら、いつか直接渡しに行く。でも、今書きたいことは今しか書けないから、今書くの!」


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