黒く、塗れたかつての後輩が。悪意に犯された少女を、刺した。
救おうとした。助けようとした。決してそんなことを桜はしないと。思い続けた。
でも、現実は暗くて、苦しくて。
助ける方法は見つからなかった。でも、彼女をなんとかしないと。色々な人が、何の罪もない人がしぬ。
だから俺は刺す。決して、決して、決して望む道じゃないけれど。それでも。
あの時、大火災から救われて、爺さん。切嗣に救われて。だから、正義の味方にならなくちゃいけなくて。
だから――――!
「桜――――!」
「いいですよ先輩。お願いします。私を――――殺してください」
ギリッと奥歯が割れた。力をこめすぎたのか、神経がむき出しになって、でもその痛みが俺を冷静にさせて。
そうだ、彼女を。殺さなくてはいけない。
幸せにすると。そう、誓ったのに
俺は、俺は―――!
ズブリ、と。肉を貫く感覚。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
その手の感覚が、生暖かい血が。俺に、どうしようもない現実を教えているようで。
頭が真っ白になって、何も考えることが出来なくなって。
涙が、止まらない。どうして。どうしてどうしてどうして。
それでも、彼女は笑みを浮かべて
「―――――」
と、一言。そういって、その命を終わらせた。
頭が、可笑しくなりそうになる。
本当に、正義の味方に。こんなものを、背負わなくちゃいけないのか…。
でも、俺が今目の前にいる血まみれの後輩を。大切だと。好きだと想った桜をそうさせた原因ならば。
俺は、桜をイリヤを。守って。それでも正義の味方を張り続けるべきなのか。
幸せにすると誓った。
いつまでも、一緒にいると言った。
幸せにしてやると、言った。
そう、言えたことで、満たされた。
壊れた心を癒してくれた。
何もかもを、彼女はくれた。
それでも、結果は、こんな、結末なのか。
なのに俺は…。俺は…!
俺は、どうすればよかった。こんな結末が、正義の味方が得るものだというのか。
あの時、桜を救うと誓った。ならば、どんなことをしてでも救わなくては、いけなかった。
例え、これからどのような道程を辿ろうと。この、血に塗れた笑顔の後輩は。決して。決して忘れない。
どんなことをしても。彼女だけは――――
「桜―――!」
悲痛な、余りにも悔しそうな、涙を流す先輩が私の目の前にいて。
私の身体は剣で貫かれていて。
ああ。終わったんだ。そう、思った。
けれど。
これでいいのかもしれない。
私は気づかないうちにだけど、いろいろな。全く無関係の人を殺した。
人を殺した実感なんてなかった。分からないけど、それでもこんな私が。
あの時、地獄を見た。
暗い、暗い。あらゆる痛みが濃縮した地獄の中で。
けれど、あの時。先輩の家に行って、そうして。私の人生は照らされた。
先輩と誓った。
いつまでも一緒にいようと。ずっといようと。その願いは叶わなかったけれど、それでも、誓ってくれた。
それだけで、私は、幸せだった。
でも、他の人に不幸って言われるくらいなら。
これくらい、許してもらえますよね?
魂を、分けて、先輩へ。私は元々聖杯らしい。だから、こんな事も出来てしまう。
ほんの少しのおすそ分け。もう一人の私が、先輩を間違わない道に送ってくれるだろう。
だって、私はこんなにも先輩が好きなのだから。彼女は先輩を助けてくれる。
これでもう、悔いはない。私は満たされた。
いつまでも、一緒にいると言ってくれた。
言ってくれたことは、救いだった。
あの時、先輩と一緒にいようと、そう誓えたことは安らぎだった。幸せだった。
この人のことが、好きだと想った。大切だと想った。
そう思えたことが、幸せだった。それが喜びだった。
彼は私を救ってやるといってくれた。
「ああ。桜が悪いことをしたら怒る。きっと、他のやつより何倍も怒ると思う」
そういってくれたことが、幸せだった。言われたことで、心が満たされた。
こんなにも幸せなものを、先輩から貰った。
それに、私を殺すということは。先輩は絶対に私を忘れないだろう。
先輩は私と違ってこれからも生きるだろう。そんな先輩が死ぬまで、私のことを思ってくれる。
たとえ誰もが私の人生を不幸といおうが、後悔はない。
だって、好きな人にいつまでも想われるのだから。
好きな人に一生想われるんだから。
だから、きっと
今の私は、誰がどう言おうと、世界で一番幸せな女の子だ。
ただ、それでも一言だけ。これだけは伝えておきたい。
「ありがとう」
ああ、いえた。そう、満足して。
そうして、少女の意識は、まどろみの闇に完全に消失した。
ボトリ、と。
魂の無くなった肉塊は。その全てに満足したような微笑を浮かべ。
その身体は自身の血にぬれ、力なく地に落ち。
「――――さく、ら?」
その、銅髪の少年の声にも何も反応せず。
「ッ―――」
その、慟哭も
「―――――ア」
言葉にならない、その、哀しみの叫び声も。
それでも、少女の死は。
現実は、何も変わらなかった。