燃え尽きる家。風景。景色。人。全てが燃えて。チリチリと、焼ける人の臭い。
――――地獄を見た
あらゆる希望を絶望に変える、怨念の固まり。黒く、けれど美しい満月を見た。
――――地獄を見た。
かつての家族が自分が住んでいた家に押しつぶされる瞬間を
助けを請い、せめてこの子だけでもと赤ん坊を差し出す母親を。
そしてそれら全てが目の前で死んでいって。
――――地獄を見た。
かつての家族の、お前は生きろという言葉。
その為に、生きるために。周りの助けを求める声を無視して、無視して、無視して。
ただ、独りだけ。燃え尽きず、原型を保ったまま。
けれど、もうその命のともし火は消えそうで。全てに後悔して、何もかもに絶望し黒く塗り潰されそうになって。そうして。
「―――生きてる!生きている!」
唯一の希望。パンドラの箱に残った希望。それを見て。
彼の、衛宮切嗣の。本来ならばあり得ない人を救えたという安堵の表情を見て。
――――どうしようもなくその笑顔に、憧れた。
1話「Fate Staynight Encore」
ふと、とある夢を見た。それは俺が辿る1つのif。もう一つの未来。
それは妄想と呼べるものかもしれないが、何かが俺に一つの未来と確信をさせた。
桜を刺した。金髪の美しい少女を刺した。白髪の妖精と敵対した。
正義の味方を諦めて、数え切れないほどの悪逆を繰り返し。それでも目的のために歩き続けた修羅の男。
死相。デッドフェイスと呼ばれるそれ。ただの怨念が、願いをかなえることが出来ずに歩き続けた執念。醜悪な殺人鬼。何も生み出さない悪性の塊。
何も生み出さず、何も救えなかった死人。その男に未来は存在せず、負け犬の魂の寄せ集め。
そんな男の夢を見た。
人としての為りをすて、少年としての殻を捨て、衛宮士郎という自身を捨てた男。
シェロ・ループラインという少年に最後は乗っ取られ、結局は死んでいった男。ソレが衛宮士郎のもう一つの可能性。
大切な人を助けれず、余りにも哀れなその最後は、ああ。余りにも哀れだった。
それが、衛宮士郎がとある槍兵に心臓を穿たれた直後に思い出した夢。
血に塗れた自身の身体が、なんらかの補助により思い出した何かの夢。
自身が憧れた男の夢。
とある、魂が見せた夢。
それを知ったからには、彼は立ち止まることを許されなかった。
「――――」
ふと、目が覚める。カラカラ、と。ヒュウヒュウ。と。喉から声は出ない。何があったか、何が起きたか。朦朧とした頭からは、何かが抜けたかのような気がして。それでも、自身に付着した大量の血液から。周りの状況から、一つの事実を思い出した。
とある、白い髪の男と。赤い槍を持つ男。その二人の化け物の頂上の戦いを見て。そして、結局はその化け物たちにバレて追われて、殺された。
俺は確かに心臓をあの赤い槍で穿たれた。それは事実だ。だが、思い出せない。なぜ俺が生きているか。あの時何かを知った気がするが、ソレが何なのか。
それはとても大切な記憶のように想う。それだけは覚えている。
わからない。それを思い出そうとするたびに、頭が割れそうになって霧散していく。
嫌だ、失いたくない。そう手を伸ばしても、消えていって霧散して。最後には、それが大切な記憶ですら分からなくなった。
ならば、それは大切な記憶ではないのだろう。もとより俺は記憶喪失でもなく、それ以上に大切で重大な現実が今目の前にあるのだから。
だから、俺の事情などどうでもいい。
それよりも、あの化け物が学校の外に放たれることのほうが問題だ。
自身の眼に広がる、血にぬれた学校の廊下。少し黒色がまじったその血を周りに見られることはいけない。この血を知るということは、あの戦いに近づくかもしれないのだから。
だから、必死に。身体に足りない血でボロボロになりながらも、ガムシャラに掃除をした。
息が切れそうで、苦しくて。それでも止まることなく身体を動かして。
「消えろ、消えろ―――!」
必死に、必死に。自身が撒き散らした血液が、まるで害悪の固まりのように見えて。世界の染みのように見えて―――――――
――――――
必死に、必死に。その黒き血を消し去ろうと必死になって。
そうして、数時間かけて廊下は以前の姿を取り戻した。無かったことにできた。
―――これでもう、問題はない。ならば、俺が学校にいる意味はない。
あの戦いが何なのかわからないけれど、それでもあれは危険だ。とても許せるものじゃない。
だから、せめて武装をしなければならない。でないと、あの化け物との対面で自身の夢が、理想が揺れてしまいそうになるから。心だけは折れてはいけないと、そう。自身の家にある武具を求めて帰宅した。
足を引きずり、息が乱れ、それでも俺は自身の身体に鞭打ち。
いつかはわからないが、身体に纏う呪いのような。全てを、世界の全てを殺したいと想う執念にかられながら。
家の屋敷。かつて父親と住んでいた自宅。それはとても大きい。俺が独りで生きていくには使い切れないほどの大きさがその家にはある。だからこそ、そのほとんどが物置となっている。その中の一つには、かつての憧れが置いていった殺しの道具が存在する。
ハンドガン。ライフル。ショットガン。その他もろもろのあらゆる重火器。流石に手榴弾等は置いていないが、大きな黒弓や刀、特別な力を持つ矢などそこにはこの世の殺しの武器のほとんど全てがあった。
確実に標的を殺す道具。その道具に囲まれて、うずくまるように俺はいる。
その武具達は確かに本質は人を害するものでしかないけれど、それでもその道具はかつての父親の置き土産で。自身が持つ不思議な殺意を少し軽減させることが出来た。
悪意を悪意で塗り替える感覚。この殺ししか使えない道具の悪意で、自身の悪意を上書きする感覚。
いつかはわからない。刺されたときか、それ以前か。あらゆる世界への憎しみが、身体を覆っていた。
―――とても、憎い。世界が憎い。破滅させたい。そんな俺を占める一つの感情はかつての憧れ。正義の味方という願いを消し去ってしまいそうなそんな兆候が見える。
俺は恐らく、このまま殺意に。憎しみに覆われて消えてしまうのだろう。それでも不思議と頭は冴え渡り焦るようなことはなかった。その憎しみを悪人にぶつければいいと想うから。
ふと、ナニカが近づいてくる感覚がある。
コツ、コツ。と歩く靴がした。
空気は変わらない。そこには、殺しの日常しかない。
「へぇ、現代の武器はよくわからんが、殺しの武具か。こんな所持するたぁ一体どうなってんだ?おい。」
コツ、コツ。と近づいてくる男。
俺の領域に、俺の範囲に、脚を踏み入れた狗がいる。けれど不思議と空気は変わらない。
蒼い男。赤い槍を持つ男。紅い瞳を持つ男。身体に圧力を出し、そうだと。英雄とはこういうものだなと理解させる男。
一騎当千の化け物。
コイツは、コイツは俺を殺した男だ。あの時槍で俺の心臓を潰した男だ。憎むべき悪だ。
「そうだな、ここには。俺と、お前と、殺しの道具だけしかない」
―――ここにある切嗣の思い出も、色あせてきている。もはや、かつての記憶を思い出すことに意味すら感じなくなってきている。
「…おいおい。一度死んだショックで可笑しくなったのか?お前さん、今の自分の状況わかっているのか?」
「――――そんなこと、わかっているさ。お前は俺を追ってきて、俺はお前に殺されようとしている。絶体絶命のピンチって奴だな」
「なら、何でてめえそこまで落ちついていられる?自分の死に無頓着な奴はまあ見てきたが、そいつらには感情ってものがあった」
「お前、何がいいたいんだ?」
「…そういうことか。じゃあな人形。潔く死んでくれや」
そうして。目の前に赤い槍が俺をゆっくりと、けれど確実に刺そうとしている。
俺はこの槍に貫かれて死ぬのだろう。それが何かはわからないが、それでも死を認めることに異存はなかった。
あの時、槍が心臓に突き刺さって何かを思い出したあの時。俺は確かに死んだのだ。侵されたのだ。それがわかるから、俺はこの槍を避けようとしないのだ。
だが、それでも。それでも。かつて誓った正義の味方。それをもう追い求めようと想わない。あの時、慎二を見捨てた時に。それは、その気持ちは霧散している。それでも目の前の男は殺さなくてはならないと魂が言っている。
悪意に満ちたこの身体が言っている。
――――うん、この男は、殺そう。
槍が俺に放たれる直前。自身の魔力を暴走させ、部屋に備え付けられていた防衛機能を作動させる。無理に起動された魔力回路がはちきれそうになるが、その痛みすらもどうでもいいと思い始めてきている。
心は歪で、魂は燃え尽き、身体が正常を保つ。その感覚を持って、呪いは完成される。
そうしてそれは俺の魔力を持って自動発動し、大量の呪いとなってその槍の男を狙った。
起源弾。切嗣が、最後の最後においていったモノ。魔術回路を切って繋ぐことで、魔術を知るものを確実に殺す弾。魔術に長けるものほどその効力は絶大。
それが一つならば、なるほど目の前の化け物は殺せない。
けれど、それが何十発も集まれば、それは確かな殺意を持って目の前の化け物をも殺すだろう。
これが俺の切り札。俺が今まで使わなかった切り札の一つ。数限りある使いすての切り札。その全てを使った。
男は、けれどそれに焦る様子もなく。
そして、キン、キン。と。大きな金属音と共にその全ての弾は赤い槍に弾かれて。
「ふん、この程度、どうということはない。で?他にあるなら見せてみろよ」
―――弾かれた。失敗した。ならばもう俺に策はない。敗北だ。潔く死のう。それでいい。それがいい。
この全てを憎もうとする心を滅することが出来るのならば、それは正義の味方のやるべきことだと想うから。
「…なんだ、これで終わりか。興が冷めたぜボウズ。じゃあな」
そうして、死の槍は俺に近づき。
ガキ、っと。効きなれない音が。
重圧が、金属音が響く。
大きな音とともに。
見えない、ナニカに纏われていたであろう剣でその槍は呆気なく防がれた。
「なっ―――」驚愕する男。弾かれる青い身体。目の前の化け物は簡単に吹き飛んでいき。
このとき、俺の運命は決まったのだろう。
その光景を覚えている。
「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上した。」
蒼い光と共に、突如目の前に現れた美しい金色の髪の少女。俺の脅威から助けてくれたその少女は余りにも美しいと想った。
月の光に照らされ、光輝く黄金の髪。その顔は、余りにも美しい。それは、この世の美を追求したかのような、作られた顔。
綺麗だ。とても、とても綺麗だ。幻想的で、それは素直に美しいと想った。
ただ、何故か自信から溢れ出てきた強烈な既知感を除けば。それがあるから、心の底からその邂逅を喜ぶことが出来なかった。
それ以上の感情がでなかった。否。
どうでもいいと、想ってしまった。
「問おう、アナタが私のマスターか」
その少女の真っ直ぐな瞳は、俺の魂が何の感慨を得ることもなかった。
まるで、お前ではないと。お前は違うと、そういってるようで。
何も、心に響くものがなかった。そんな色あせた少年の物語。
これは、友を失い、全てに失敗した少年の物語である。
セイバールートです。