舞台となる鎮守府や艦娘の設定などについては
読み進めていくうちに徐々に明らかになるようにしたいと思っています。
某月某日 マルキュウマルマル 鎮守府 提督執務室
コンコン、と控えめに執務室のドアがノックされ、続いて
『鳳翔です』
と柔らかいがハッキリとした声が響く。
中にいた男が、デスクに置かれた書類から顔をあげずに返答する。
「どうぞ」『失礼します』
ドアを開け、軽空母・鳳翔が入室すると男は顔を上げる。
顔からすると、年齢は30歳前後といったところか。
だが、顔の見た目の年齢のわりに、短く刈りそろえた髪は真っ白だった。
そしてその双眸は、白目の部分が血のように赤い。
この白髪・赤眼の男が鎮守府の司令、宇佐美忠孝。
口の悪い輩からは、名前をもじって「ウサギ提督」と呼ばれるその人であった。
「ただいまから買出し任務、行ってまいります」
「はい、鳳翔さん。気をつけて」
提督に出動の挨拶をする軽空母・鳳翔を見て
執務室の片隅に置かれた無線機の前で、同じ軽空母の隼鷹がグチる。
「あー、いいなー買出し任務。あたしも本土行きたいなー」
そんな隼鷹を横目でチラッと見て鳳翔が切り返す。
「あなたを連れて行くと、途中で抜けて飲みに行っちゃうじゃないですか」
「うわひどーい」
「お前は日頃の行いがあるからな。それと、鳳翔さん……これ、少ないけど」
そう言って、提督が白い封筒を鳳翔に差し出す。
「えっ?」
「向こうで何か美味しいものでも食べてきてください」
「そんな……仕事で行くのに、このような……」
困った顔の鳳翔に、提督が微笑みながらなおも続ける。
「今回は雪風と響も行きますからね、たまにはあの子たちに息抜きさせてやれればと」
「そういうことですか……では、ありがたく頂戴いたします」
ニッコリ笑って封筒を受け取る鳳翔を見て、隼鷹がまた騒ぎ出す。
「うわー!ズルイー!あたしもお小遣い欲しいー!」
駄々っ子のような隼鷹に、提督の横で黙々と書類整理をしていた戦艦・長門が一言。
「お前は私に借金を返すのが先だろう」
「ウッ……いや、お小遣いもらえばそこから借金も返せるし?」
「なるほど」
「なんで俺が小遣い出すの前提なんだよ」
ヒトマルマルマル 鎮守府 執務室
「……ところで提督」
書類整理が一段落ついて、少し手を休めていた長門が提督に声をかける。
「なんだ?」
「鳳翔さんだけじゃなくて、龍鳳も妙高も鹿島も買出しに出てしまったわけだが」
「そうだな」
「昼食はどうするのだ?」
「ああ、それは……」
「あ!そういやそうだよね!?いつも鳳翔さんか龍鳳か妙高か鹿島の誰かがご飯作ってるのに
今日4人ともいないじゃん!どーすんのさ提督!」
隼鷹の驚いた声が、答えかけた提督の声をさえぎってしまう。
「うむ。他に残っている者も、誰も料理ができるという話は聞いていないし
残念ながら私もその手のことはからっきしなのだが……隼鷹はどうだ?」
「できるんならこんな騒いでないよー!」
「いや、昼飯なら俺が作るぞ?」
提督の一言に二人が驚く。
「は?」「へ?」
「こう見えて、けっこう料理の腕には自信があってな。
前にちょっと手料理を振舞った鳳翔さんに
『一緒に小料理屋でもやりたい』なんて言われたくらいだ」
長門と隼鷹が目をあわせ、苦笑いを浮かべる。
(いやー、それは料理の腕を買って誘ったんじゃないと思うけどなー)
「ん?何か言ったか?」
「いや別にー」
「まあそこまで言うなら、今日の昼食は提督にお任せしようか」
「ああ、大船に乗ったつもりで待っていてくれ。
そうだな、書類のほうもあらかた片付いたし、そろそろ仕込みでもするか……」
提督が立ち上がり、執務室を出ようとしたところで
無線機に着信の信号ランプが点る。
ヘッドフォンを耳に当てた隼鷹が手で提督の動きを制し
「ちょい待ち提督、哨戒中のゴーヤから通信」
「うん?」
「……深海棲艦の一団がこちらに向かってるって」
「ほう……あちらさんの構成は?」
「今聞いてる……えーと……雷巡チ級1、重巡リ級1、ネ級1……え、何?」
「なんだ?」
「……港湾棲姫もいるって」
「ふむ?」
隼鷹の報告を聞いて、長門が立ち上がる。
「……ならば、私が出迎えよう」
「そうだな、そうしてくれ。隼鷹、ゴーヤには念のため『案内』をさせろ」
「了解。もしもーし、ゴーヤー?……うん、そう、うん……」
指示を出した後も、さらに提督は少し考え
「……長門、やはり俺も行こう。隼鷹、留守を頼む」
「あいあいー」
長門と二人で執務室を出ていった。
ヒトヒトマルマル 鎮守府 船着場
二人が向かったのは一般の小型船舶用の船着場だった。
艤装の装着設備がある発艦ゲートには立ち寄らなかったので、長門は武装をしていない。
「そろそろかな」
提督がそう漏らしてすぐに、波間に潜水艦伊58―ゴーヤの姿が浮かび上がる。
ゴーヤは船着場に二人の姿を認めると、軽く敬礼をする。
「ただいまでち、提督!」
「ご苦労さん。深海の連中は?」
「もうすぐ来るでち。姫は足が遅いから、それに合わせて皆ゆっくりでち」
「なるほど。ゴーヤ、今日は哨戒はもういいぞ。あがってよし」
「わ、ありがとでち!」
ゴーヤは船着場の浅瀬から揚がると、ペタペタと建物に向かって歩いていく。
長門はしばらくゴーヤが現れた方角を見つめていたが
「提督、視認できたぞ。ああ、向こうも気づいたようだ」
「流石に目がいいな……どの辺だ?」
「右舷2時方向。右から3つ目のブイの先」
長門の言った方角に目をやるが、そこには鎮守府のある島とは別のもう一つの島があり
その島影が邪魔になって深海棲艦の姿が識別できない。
それでも、その方角に向けて大きく手を振った。
「ずいぶんな歓迎ぶりだな……ああ、あちらも手を振ってる」
やがて提督にも深海棲艦の姿が見え始める。
その姿が徐々に大きくなって、顔かたちもハッキリとわかるような距離になる。
その間中、先頭を進む港湾棲姫はブンブンとその大きな手を振り続けていた。
4隻の深海棲艦が船着場の浅瀬に入ってくる。
彼女たちもまた、水上移動用の艤装は装着しているが、武装はしていない。
先頭の港湾棲姫は提督たちを見てニッコリと笑う。
「コンニチハ、提督!コンニチハ、長門!」
港湾棲姫―通称・姫の笑顔に、提督もつい微笑みながら挨拶を返す。
「今日は、姫。久しぶりだね。元気そうで何より」
「提督モ、オ元気ソウデナニヨリ」
「今日はどうしたのだ?定例報告はまだ先のはずだが」
長門の問いかけに姫が
「今日ハ届ケ物ガアッテネ。ミンナ、アレヲ」
後ろに控えているネ級達を招きよせる。
彼女たちはそれぞれ、粗い麻布にくるまれた大きな荷物を抱えている。
「今朝ハ大キナノガ沢山取レタノデ、オ裾分ケ」
一人が少し麻布を開くと、暗い銀色に鈍く輝く、1メートルほどの魚が顔を覗かせていた。
それを見て提督が目を輝かせる。
「おお、クロムツか」
「知っているのか提督?」
「これでも海の男だからな。ウマイぞこれは。
煮てよし焼いてよしだが、取れたてならやはり刺身だな!」
「喜ンデモラエテ何ヨリダワ」
「しかし、いいのかい?これは姫たちにとっても貴重な食料なんじゃないの?」
「ワタシタチノ分ハ、モウ取っッテアルノヨ。
日頃オ世話ニナッテイルノダカラ、タマニハオ返シシナイトネ」
「そうか……では、遠慮なくいただくとするかな。
買出し組には悪いが、今日の昼飯のおかずに追加だ。
長門、高雄を呼んで魚を厨房に……いや、もうじき昼か……
俺がこのまま調理に入るから、悪いけど一緒に厨房まで持ってきてくれる?」
「ソレハ構ワナイケド……提督ガ料理ヲスルノ?」
「ああ、今日はちょっと事情があってね」
「ソレハ楽シミネ!セッカクダカラ、料理スルトコロヲ見セテモラウネ!」
「私も、提督がどんな風に料理をするのか見てみたいのだが……
その、かまわないだろうか?」
「別に隠すことでもないしな、かまわんよ」
ヒトフタマルマル 鎮守府 厨房
「いやー、隼鷹が厨房で珍しいもの見られるって言うから何かと思ったけど
まさかエプロンつけた提督が見られるとはねー」
重雷装巡洋艦の北上がニヤニヤしながら冷やかす。
「見てもかまわんとは言ったが、何も皆で見に来ることはないだろ……」
まな板の上の魚を前にして提督がぼやく。
その後ろには艦娘たちと来訪した深海棲艦がずらりと並んでいた。
「ご存知ですか提督?お料理できる男性は女子からの評価高いんですよ?」
ニコニコしながら重巡・高雄がフォローを入れるが
「高雄さんはそんなの関係なく提督を常に最高評価じゃないですか」
空母の葛城に混ぜっ返される。
「でも、お料理が得意な提督というのも、素敵、ですよね……」
ぽうっとした顔で駆逐艦の潮がつぶやくと
「というか、意外な一面だよね。言ってくれればお料理頼んでたときだってあったかもなのに」
潜水空母伊401―しおいが少し不満そうに漏らす。
「別に隠してたわけじゃないんだが……仮にもこの鎮守府の司令官が
そうホイホイ厨房に立つわけいかないだろ?
それより、これだけ頭数がいて、料理できるのは男の俺だけってのはどうなのキミたち?」
艦娘たちは顔を見合わせ、そして揃って胸を張る。
『カレーなら作れる!』
「はいはい……今からメニューをカレーにするわけにもいかんし
もらったクロムツをさばくとしますか、ねっ、と!」
1メートルを優に越す魚に包丁を入れて、あっというまに三枚に下ろしていく。
おお~、という歓声の後、拍手が巻き起こる。
「昼飯用なら半身でいいだろうな……残りは夕食にするか。
おーい、こっちの半身、ラップかけて冷蔵庫にしまっといてくれ」
再び艦娘たちが顔を見合わせ、代表するかのように長門が申し訳なさそうな顔で
「すまん提督……ラップとは、なんだ?」
「そこからかYO!」
ヒトサンマルマル 鎮守府 食堂
『いただきまーす!』
「はい、召し上がれ」
ご飯に味噌汁お漬物に加えいくつかの小皿。
基本的な和食のメニューが食卓に並ぶ中
ひときわ目立つのは白身の刺身を盛った大皿とテラテラとした照り焼きだ。
「半身でも刺身にするだけでは大きかったんでな、半分は照り焼きにしてみた。どうだ?」
「うん!すごくおいしいでち!」「油が乗ってるよねー」
艦娘たちも大絶賛である。
同席している深海棲艦たちも、見慣れない料理なのか最初はおずおずと箸を伸ばしていたが
食べるにつれその表情がほころんでいった。
こうして、賑やかに昼餉は終わり
食後の茶を飲みながら歓談の一時を過ごす。
「しかし、これだけの料理を本当に一人で作ってしまうとは恐れ入った。
しかもどれも美味。この長門、感服したぞ。流石は私たちの提督だ」
「まあ、旨いのは材料のおかげが多分にあったけどね。
ホント、ありがとな姫」
「ドウイタシマシテ。ソウソウ、言イ忘レテイタガ……
食べ終ワッタラ皆艤装ヲツケテ海ニ出ルトイイヨ」
「へ?」「艤装?」「海に?」「なんで?」
「コノ魚、沢山食ベルトオ腹壊スカラネ。
デモ食ベテスグニ艤装ツケテ運動スレバ大丈夫ヨ」
「!?何だそれは!?」
「待て。ちょっと待て。
俺は……俺はどうすればいいんだ!?艤装なんてないぞ!?」
「ア……ソウイエバ提督ハ普通ノニンゲンダッタネ。
ゴメン、提督ノコトハ考エテナカッタヨー」
「ナカッタヨー、じゃないよ!?と、とりあえず消化剤いや消化できないんだったか……
どうすればいいんだ!?」
「あの……オムツ用意しておきますか?」
「やめてくれー!?」
「ゴメンネ……」
ヒトロクマルマル 鎮守府 トイレ前
「あの……提督?鳳翔ですが……いらっしゃいます?」
トイレのドアの前で、遠征から戻った鳳翔がおずおずとたずねると
『あー……鳳翔さん……お帰りなさい……』
ドア越しに提督が力なく答えを返してきた。
「買出し任務から帰投いたしました。物資は所定の場所に収納ずみです」
『はい……ご苦労さまでした……
すいません、こんな所で……報告させて……』
「おおよその事情は長門さんにうかがいました。大変でしたね。
お具合、いかがですか?少しは治まりましたか?」
『まだ……大変の真っ最中……です……』
「冷蔵庫に残っていたお魚を見たんですけど
あれ、クロムツじゃなくてバラムツですねえ」
『?何か……違うんですか……?』
「バラムツの油は、人間には消化できなくて
食べると未消化の油が、その……漏れちゃうんですね。下から」
『そうです、ね……漏れちゃいますね……』
「私たち艦娘や深海棲艦は、艤装の燃料として消費してしまえば
その、漏らさずにすむようです。
実際、深海棲艦たちは燃料の代わりとして食べてるんだそうですよ」
『そう、ですか……どういう仕組みなんだか……
まあ、皆が恥ずかしい思いを……しなくてよかった……かな』
「あと、姫さんのこと、あまり怒らないであげてくださいね?
帰り際、泣きそうでしたよ?」
『ああ……ここで何度も謝られました……別に、怒ってはいませんよ……』
「そうですか。あとでお手紙でも書いてあげてください」
『わかりました……はあ……
こんなんじゃ、鳳翔さんのお店で板前やるなんて……ダメダメですね』
提督の自嘲に、鳳翔がちょっと困ったような顔でポツリと漏らす。
(……一緒にいてくださるだけでいいんですよ)
『……何か言いました?』
「いえ、独り言です。お夕食、提督はお粥にしましょうね?食べられそうですか?」
『お願いします……はあ……俺も、艦娘に生まれればよかった……ウッ』
その後、鎮守府の厨房には次のような標語(?)が書かれた貼紙が貼られた。
『バラムツ禁止』