マルキュウマルマル 鎮守府 作戦司令室
かすかな音を立てて司令室のドアが開き、提督が軽く手を上げて入室する。
室内には、緊張した面持ちの艦娘たちが待っていた。
それぞれの顔を見回して、提督が厳かに口を開く。
「本日マルナナマルマル、司令本部から出動命令があった。海域は南西諸島沖。
同海域に深海棲艦が出現したのとの情報あり。確認せよ。
遭遇した場合可能な限り拿捕。抵抗が激しい場合、現場の判断にて撃滅を認める―だとさ」
最後に提督がお茶らけて肩をすくめたことで、場の空気が一気に和らぐ。
長門が挙手をして発言の許可を求め、提督が軽くうなずいてこれを認める。
「出現した深海棲艦はどのような構成なのか」
「あまりハッキリしてない。なにぶん、民間の漁船からの目撃情報なんでな。
数は3から4隻ってとこで、『戦艦みたいなデッカイ大砲積んだヤツ』もいるんだと。
あと『波間に浮かんだり潜ったりするのがいたがアレはきっと潜水艦だ』そうだ」
「戦艦に潜水艦ねー。漁師のオジサンの情報じゃ、あてにしていいもんかねー」
やれやれとグチを漏らす北上に長門が釘をさす。
「私語は控えろ、北上」
「スンマセーン」
「あー、どうせ俺らしかいないんだからもう普段どおりでいいぞ。
あと何か聞いときたいことあるか?なければ編成は長門に任せる」
「了解。では、目撃情報が正しいとして……」
「ああそうそう、編成は5隻にしてくれ」
「5隻?何故だ?」
「今回は深海棲艦からも1隻出てもらうことにした。重巡ネ級が艦隊に加わる」
「深海棲艦を艦隊に!?」
ざわつく艦娘たちに提督が説明を続ける。
「今までも、説得するなら同じ深海棲艦がいたほうがいいんじゃないかと思ってたんだ。
けど、あいつら姫とか鬼タイプでないと喋れないらしくてさ」
皆が日頃の深海棲艦の様子を思い返す。
確かに、喋っているのはいつも港湾棲姫だけだった。
「でも、こちらが何を言っているかは理解できてるようなんですけど……」
高雄が遠慮がちにささやかな反論をするが
「こっちの言うことはわかっても、あっちが何を言ってるかわからないんじゃ困る。
だから、鹿島に頼んであいつらに話し方を教えてもらってたのさ。
鹿島、アイツらもう喋れるようになったんだろ?」
「はい、週に一度の講義ですけど、もともとヒトに近い感じだった重巡二人は
もう姫と同じくらいには会話が可能です」
「なるほど……鹿島が言葉を教えに行っているのは聞いていたが
ただ交流のためではなかったのだな」
「でも、こんな狙いがあったとは今初めて知りました。
最初からそうおっしゃっていただければよかったのに……」
「スマンスマン。ま、言葉を覚えられるかどうかもわからなかったからな。
今回の出動が、ちょうどいいテストになる。
うまくことが運ぶようなら、今後の出動には深海棲艦にも協力してもらおうと考えてる」
妙高が質問を求め手を挙げる。
「それは、上層部の許可は取っているのですか?」
提督がニヤリと笑い
「実はナイショだ。どうせ、許可なんて下りるわけないしな」
長門が大きくため息をつく。
「はあ……またそうやって危ない橋を渡る……」
「大丈夫だって、バレやしないよ。
あいつら、海の上で実際に何が起きてるのかなんて知りゃあしない。
報告書だけ見て、それで全部わかった気になってるのさ」
「やれやれ……前々から、とんでもない提督についてしまったとは思っていたが……
このごろは輪をかけてひどいな」
呆れ顔の長門を提督がじっと見つめる。
「こんな提督はキライか?」
「!い……いや……き、嫌いでは……ない……」
見つめあう二人を放置して他の艦娘たちは話を進めていく。
「はいはーい、なんか長門っちはもうアレだからアタシらで編成考えるよー」
「相手に戦艦がいる可能性を考えると、長門さんは外せませんね」
「対潜水艦もってなると、酒匂か鹿島、あとは駆逐艦から誰かって感じね」
「対潜を考えたら軽空母がいたほうがいいかもね」
「となると、戦艦、軽空母、軽巡、駆逐、か……」
「仮にあちらに航空戦力もあったときを考えると、あと1隻は葛城になるかな」
「え、私?やった!よぉし、頑張るわ!」
「じゃあ長門さんと葛城さんは決まりで、後は鳳翔さん、隼鷹さん、龍鳳さんのうち一人。
酒匂さんか私、鹿島のどちらか。雪風さん、響さん、潮さんのうち一人。
これでよろしいですか?」
「了解」 「いいんじゃない?」「ちぇー、また出番なしかー」
「それじゃ、艦種ごとに誰が出るかはそれぞれ話し合って決めて」
「潮、ジャンケンで決めようか?」
「響ちゃん、ジャンケンだとだいたい雪風ちゃんになっちゃうよ……」
「えー、そんなことないよぅ?ほら、ジャンケンしよ、ジャンケン!」
お互い、気心も知れているので編成決定の話もスムーズに進んでいたが
駆逐艦娘のじゃんけんの掛け声に我にかえった長門が割ってはいる。
「おい、人が提督と話しているのに勝手に編成を決めるな」
鹿島が少し冷ややかな目で
「では、長門さんの考える編成をうかがいましょうか?」
長門は、む、としばらく考えた後
「そうだな……旗艦を私として、葛城、隼鷹、酒匂、雪風と響、潮の誰か。これでいこう」
長門以外の艦娘が顔を見合わせ、声をそろえる。
「同じだっつーの!」
ヒトマルマルマル 鎮守府正面海域
「合流地点はこのあたり、か……予定のネ級は……来ているな」
長門が目をやった先に、水しぶきをあげて向かってくる艦影があった。
深海棲艦重巡ネ級。姫や鬼クラスを除く深海棲艦の中では戦艦級とならんで人型に近い。
近づいてくる艦影は、砲などの艤装を装着しておらず
そのためかなおさらその姿は人に近く見えた。
ネ級は艦隊の前でとまり、頭を下げる。
「オマタセシマシタ。本日同行サセテイタダク、重巡ネ級デス」
「あ、ああ、旗艦の長門だ。今日はよろしく頼む」
葛城が小首をかしげネ級にたずねる。
「艤装はつけてこなかったの?」
「ハイ。私ハアクマデ『交渉役』ナノデ、艤装ハ不要ダト、提督サマカラノゴ指示デ」
長門は少し考える。
艤装をつけていないのでは、仮に戦闘になっても戦力にはならない。
逆に言えば、戦闘になってしまってもネ級は戦闘に参加せずにすむ。
(同胞を攻撃させるのは、忍びないか……提督らしい)
「こーしょーやく?」
わからない言葉に雪風が首をかしげると、酒匂がそっと耳打ちする。
(相手と話し合いをする人のことだよ)
かなりの小声だったのだが、耳ざとく聞きつけた隼鷹が
「ヤバイこの深海棲艦、雪風より賢いよ」
「ハイ、コウ見エテ私、エリートデスノデ」
雪風がプーッと頬を膨らませる。
「もーっ隼鷹さんイジワルです!ちょっと知らない言葉だっただけなのです!
雪風だってちゃんと賢い子なのです!ネ級さんもそう思いますよね!?」
「イエ、ヨク存ジ上ゲナイノデ、ナントモ」
(ふむ……武装をさせないことで
我々に少しはあった深海棲艦への警戒心も薄れさせた、か)
「いや、しかしこれほど喋れるとは、正直驚いた」
「鹿島サンハ教エ上手デスカラ。サア、ソロソロ行キマショウ。
近イヨウデモ南西諸島ハソレナリノ距離デス」
「そうだな。では、これより南西諸島沖に向かう!艦隊、前へ!」
翌日 ヒトフタマルマル 南西諸島沖海域
「そろそろ、目撃情報のあった海域か……葛城、先行した彩雲はどうか」
「まだ何も」
長門と葛城のやりとりを聞いていたネ級が声をあげる。
「長門サン、偵察機ヲ3時方向ニ向ケテミテクダサイ」
「3時方向?何故だ?」
「ソチラカラ……仲間ノ気ヲ感ジマス」
「仲間の気?……そういうものを感じ取れるのか。
わかった。葛城、聞いたな?3時方向に彩雲を向けろ」
指示に従って偵察機を向けてから十数分。葛城が緊張した顔になる。
「……彩雲より通信!3時方向距離2万に深海棲艦3隻を発見!北西に移動中!」
「編成は?」
「軽巡ツ級1、駆逐イ級2、です!」
「あー……やっぱ戦艦も潜水艦もいないしー」
「無駄口を叩くな隼鷹。艦隊面舵!回り込んで頭を抑えるぞ!」
「長門サン、アチラモ私ニ気ヅイタヨウデス。私ガ前ニ出テヨロシイデショウカ?」
「む……よし、前に出てくれ!艦隊、第三船速!」
さらに速度を上げたネ級が先頭になり、単縦陣を形成して艦隊行動をとる。
「長門さん、深海棲艦の射程、入ります!」
「……このまま前進!」
やがて双眼鏡をのぞいていた雪風が叫ぶ。
「艦影見えました!……深海棲艦、海上で停止しています!」
「オソラク、艦娘ノ艦隊ニ私ガイルコトデ、トマドッテイマス」
「話しかけることはできるか?」
「今、呼ビカケテイマス……返答、アリマシタ。
長門サン、ココカラハ、私ヒトリデ行ッテヨロシイデショウカ?」
「大丈夫か?」
「戦意ハナイヨウデス。タダ、艦娘ヲ恐レテイルヨウデスカラ、私ダケノホウガ」
「わかった。だが、危険を感じたらすぐに引き返せ」
ヒトサンマルマル 同海域
艦隊から離れ、深海棲艦と向かい合っていたネ級が振り返って
こちらに来い、というように大きく手招きをする。
「行っても大丈夫なのかな。いきなりズドン!とかぴゃんぴゃんだよ?」
酒匂が不安そうにつぶやくが、双眼鏡を覗いたままの雪風が
「ぴゃんぴゃんかどうかはわかりませんが大丈夫っぽいです!
なんか、相手の武装解除までしちゃってます!」
長門が呆れたような感心したような微妙な表情で
「マジ有能だなアイツ……よし、行くか」
5隻の艦娘は深海棲艦に近づいていく。
深海棲艦の軽巡ツ級は、すでにその艤装を外しネ級に渡している。
駆逐艦イ級2隻が、おびえるようにツ級の後ろに隠れていた。
……もっとも、体はイ級のほうが大きくて隠れられていないのだが。
「鎮守府艦隊旗艦、長門だ。諸君を保護する任務を受けている。
諸君が協力してくれるなら、仲間の元にお連れしよう。
いろいろと細かい制約を受けることにはなるが、衣・食・住の保障はする。
我らの保護下に入る意思はあるか?」
ネ級とツ級が顔を見合わせ、ツ級がゆっくりとうなずく。
「了承スル、ソウデス」
「そうか……協力を感謝する。
ああ、イ級たち、そう怖がるな。私たちは……もう、敵ではないのだ」
だが、イ級は隠れたままツ級に顔を寄せる。
今度はツ級がネ級に顔を寄せる。
そしてネ級が長門に向かって
「エエト、駆逐艦ガ『コノ戦艦ノオバサンハ怖イカラ離レテホシイ』ト言ッテイルソウデス」
「おば……おばさん!?」
激しくショックを受ける長門。隼鷹が苦笑いしながら
「ほら、やっぱそのデッカイ大砲とか怖いんだよ。
なあイ級ちゃんたち、アンパン食べるか?うまいぞ」
そう言ってどこからか取り出したアンパンを、両手に一つずつ持って
駆逐イ級に差し出す。
恐る恐る近づいてきたイ級が、アーンとばかりに大きく口を開け
そこに隼鷹がアンパンを放り込む。
「どうだ、うまいか?」
ほんの少しの間、口を動かした後、イ級が突然動きを早め
隼鷹の周りをグルグルと回りだす。
それはまるで主人にまとわりつく子犬のようだった。
「気ニ入ッタヨウデス。『オ姉チャン、アリガトウ』ト言ッテイマス」
「お姉ちゃん!?私はおばさんで隼鷹はお姉ちゃん!?」
「長門サン……駆逐艦ハ、私タチノ中デハ子供ノヨウナモノデス。
子供ノ言ウコトデスカラ、アマリ気ニシナイホウガ」
「!……そ、そうだな……」
「ソレト、ツ級ニヨレバ、途中マデ重巡リ級ト行動ヲ共ニシテイタノデスガ
3日前ノ嵐デハグレテシマイ、ソレ以降ノ行方ガワカラナイソウデス」
「ふむ……今、ネ級にはそのリ級の存在は感じ取れないんだな?」
「ハイ。残念デスガ……ロスト、可能性大、デス」
「そうか。引き続き捜索してやりたい気もするが
ツ級たちを送り届けねばならなくもある。
その行方不明のリ級は、別働隊を手配することにして
我々はいったん帰投しよう……よし、皆、帰投するぞ!」
翌日 ヒトロクマルマル 鎮守府 提督執務室
「……報告は以上だ」
「ああ、お疲れさん……深海棲艦の交渉役、うまく機能したな」
「ああ、想像以上だった。単にあのネ級が優秀なだけかもしれんが
それでも同族の存在を察知する能力などはとても助かる。
今後も、深海棲艦を艦隊に加えるのは有効と進言しよう」
「そうだな、ある程度実績が出来たら思い切って上に報告してもいいだろう。
深海棲艦の待遇向上につながるかもしれん……どうした、元気がないな?」
「そんなことは……いや、少しな」
「……俺はおばさんには見えないと思うぞ?」
「違う!そんなことではない!……いや、少しはあるが」
「じゃあ、なんだ」
「……駆逐艦というのは、深海棲艦の中では子供のようなもの、なのだそうだ。
そんな、子供を……私は、手にかけていたのかと思うと、な……」
長門が力なくうなだれる。
「知らなかったんだから仕方がない。
戦争だったんだから仕方がない……とは、俺は思わない」
「え」
「罪は、罪だ。理由や状況はどうあれな。
だが、その罪は俺が負う。俺たち人間が負う。
お前が負うのは、その後悔だけでいい。その気持ちだけを忘れずにいればいい」
「そうか……ありがとう、提督」
「惚れ直したか」
「バカモノ。ところで……なあ、私って人間の女性だったら何歳ぐらいに見える?」
「やっぱり気にしてるじゃねえか!」
「そ、それは……私だって年頃の女なんだし!なあ、何歳ぐらいに見えるんだ?」
「いや、えーと……20代?」
「何故疑問型なのだ。それに幅がありすぎだろう。
その、もうちょっと細かく……あ、おい待てどこへ行く!?話はまだ終わっていないぞ!」