ヒトマルマルマル 鎮守府 工廠
工廠内に並ぶ巨大な装置。
4基の建造ドックの前で、提督は腕組みをして立っていた。
「あれー?提督ー、何してんのー?」
背後から声をかけられ、振り向きもせずに答える。
「隼鷹か。見てのとおり、建造ドックの点検だ。
いちおう、毎日チェックするよう上から指示されてんだ。そっちこそ工廠に何の用だ?」
「いや、今演習してたんだけどさー」
「そういえばそんなシフトだったな」
「アタシ、このあいだ出動したとき『潜水艦がいるかも』ってんで
制空は葛城に任せて、艦載機を全部『流星』にしたのよ」
「ああ、結局潜水艦いなかったアレか。それで?」
「いやー、そのまんま艦載機の編成を戻すの忘れちゃっててさ。
今演習やったら制空ボロボロで、鳳翔さんにスゲー怒られちゃった。
『すぐに編成しなおしてきなさい!』って」
「うん、お前今日オヤツ抜き」
この処遇に大騒ぎするかと思いきや、隼鷹の反応は落ち着いたものだった。
「あ、オヤツでいいんだ?」
「何?」
「鳳翔さんは『今日はご飯抜きで訓練です!』って言ってたからね」
「……あの人も訓練になるとキビシイなぁ」
「で、建造ドックはどうなの?」
「相変わらずだな。ウンともスンともいわん」
「……何で動かないんだろうねー。
4基もあるのに、この鎮守府ができてから一度も動いてないんでしょ?」
そう言って、建造ドックを見上げる隼鷹の目はどこか寂しそうだった。
「動いてないのはここのだけじゃない。
あの決戦のあと、残った建造ドックはどれ一つとして動いてないらしい。
……やっぱり、飛鷹には会いたいか?」
「飛鷹姉は当然だけど……誰でもいいよ、誰でもいいから……もう一度、会いたいよ……」
「仮にドックが稼動して、誰かが来たとして
その艦娘には『艦』の時の記憶はあっても、『艦娘』になってからの記憶は失われてる。
お前とともに過ごした記憶は、新しく生み出される艦娘には引き継がれてないんだ。それでも……」
「わかってるよ!……わかってる、わかってるんだ、そんなことは!
それでも……それでも……!」
隼鷹はうつむいてこぶしを握り締める。
そのそばに提督は歩み寄って、そっと彼女の細い体を抱き寄せた。
「すまん。意地の悪いことを言ったな。許してくれ」
「うん……オヤツ抜き取り消してくれたら許す」
「……やっぱりお前の処遇は鳳翔さんにまかせたほうがいいみたいだな」
提督は建造ドックを離れ、開発装置に向かう。
「長門に新しい砲の開発を頼まれてるんでね」
残された隼鷹は建造ドックの操作パネルを見つめていた。
(建造ドックの操作パネルって今まで見たことなかったなー)
建造ドックは「人間」にしか操作できない、と言われていた。
これは艦娘が勝手に仲間を増やしてしまうことを防ぐため
あらかじめ装置にかけられていた制約だった。
なので艦娘である隼鷹が操作パネルを見たことがないのもやむを得ないことだった。
(このツマミで投入する資源の量をコントロールするのか……)
(ん?これは……『大型建造』?)
ポチ
(うわ、投入する資源量の桁があがった!?どうせ動かないんだから目いっぱい回してみるか)
キリキリキリ……キリキリキリ……
(うおスゲエ全資源7000もかよ!あれ、開発資材の投下量も選べるんだ?)
カチ、カチ
(ヒャッハー!開発資材100個とかマジスゲー!)
(あとはこのボタンで建造が始まるわけか。まあ動かないんだけど、ね……)
ポチ
ゴウン!ゴウンゴウンゴウンゴウン……
「あ、あれ?」
装置が重々しい唸りを上げ
その音を聞いた提督が装備開発のほうから走ってくる。
「隼鷹、何が……うお、ドック動いてる!?」
「あ、いや、その、ちょっと操作したら何か……動いちゃった」
「どどどどういうことだっ!ちょ、パネル見せ……うわお前大型やったのかよ!?
各資源7000!?開発資材100!?MAXブチ込みじゃねえか!」
「だ、だって動くと思わなかったんだもん!」
「どうなってんだ……今まで何しても動かなかったのに……そうだ建造時間は!?」
残り時間:00:59:00
「……軽巡かよ……こんだけぶっ込んで……」
ガックリと肩を落とす提督。
「あの、なんか、ゴメン」
「いや……大型建造で建造1時間の軽巡ってことは阿賀野型の誰かだよな。
それなら酒匂が喜ぶだろうし、まあいいかな……
どうせ資源も燃料以外はたいして使いみちないし。
しかし……なんで急に動いたんだ?艦娘が操作すれば動くのか?」
「なー提督ー、1時間も待ってなきゃなんないのー?
この『高速建造』っての使っちゃダメなんかー?」
「1時間くらい待てないのかよ。それに大型建造で高速建造使うと……
ああもう、好きにしろ!」
「へいへい、好きにするよ、っと」
ポチ
残り時間が急速にカウントされていき、あっという間にゼロになる。
搬出口に蒸気がこもり、その向こうから人影が現れる。
現れた人影はこもる蒸気を手で払い、周囲を見回して首をかしげた。
「ン?ドコ、ココハ?海ノ底デハナイノカナ?」
提督と隼鷹が思わず叫ぶ。
「軽巡は軽巡だけど……」
「軽巡棲鬼じゃねえか!?」
軽巡棲鬼。
それは人に似た姿を持ち、多少たどたどしくはあるが人語を操る。
数多の深海棲艦の中でも特に優れた能力を持つ個体であり
決戦の際には、前衛艦隊の一人として艦娘に沈められたはずの個体だった。
あたりをキョロキョロ見回している軽巡棲鬼を前に
二人は固まったままヒソヒソ声で話し出す。
(どーすんだ!どーすんだよ提督!攻撃?攻撃なの?攻撃しちゃっていいのん?)
(待てよく考えろお前が一人で艦載機を飛ばして戦って勝てる相手か!?)
(……うん無理)
(……だよな。この場は話し合いに持ち込むしかない、か。
幸い、鬼タイプなら意思の疎通は可能だからなんとか……)
「ソコノ二人」
「ハッ!」「何でありますか!?」
軽巡棲鬼に声をかけられ、思わず敬語口調で返す二人。
「見タトコロ、艦娘ト人間ノヨウダケド……ココハ鎮守府ナノ?」
「はい、鎮守府の工廠内であります!」
「……なんでお前、俺に対してるときより口調が丁寧なんだよ」
「フーン……スルト、コレガ『建造ドック』トイウヤツデ
私ハ今ココデ生ミ出サレタトイウワケ?」
「えーと、はい、アタシが操作したらなんでか貴女が出てきまして」
そう言われた軽巡棲鬼が隼鷹を見つめ
「ナルホド。デハ、貴女ガ『ママ』ネ?」
「……ハァ!?」
次に提督を見つめ
「ソシテ……貴方ガ『パパ』ナノネ?」
「何でだよ!?」
「やだ、アタシがママで提督がパパって……
それじゃアタシたちが夫婦みたいじゃない、キャッヤダ恥ずかしいッ」
「ちょ黙ってろお前!
あの、確かにキミの生みの親みたいなものではあるけれども?」
「生ミノ親ダッタラ『パパ』ト『ママ』ジャナイノ?」
「もういいじゃん提督。アタシが『ママ』で提督が『パパ』。
ケイちゃんとこのまま家族3人で生きていこうよ?」
「だから黙ってろよお前!というかケイちゃんって誰!?」
「軽巡棲鬼だからケイちゃん。可愛いでしょ?」
ガシャーン!
工廠の入り口から大きな金属音が響く。
逆光に浮かび上がるシルエットは戦艦のそれ。
「な……なん……だと?」
「な……長門……?」
「知らなかった……知らぬ間に、提督と隼鷹がそのような関係に……!」
ワナワナとその身を震わせながら立ち尽くす長門。
「待て長門、ちょっと話を……」
「しかもこんな隠し子までこさえていたとは!」
「いや確かに俺たちでこさえたのかもしんないけども!」
それまで長門を見つめていた軽巡棲鬼が、二人に振り向いて尋ねる。
「ダレ、コノオバサン」
プチ
「オバ……!?……フフ……フフフ……フフフフフフフ!」
ガシャン。ジャキン。
ショックのせいか取り落とした艤装を
長門がゆっくりとした動作で装着しなおす。
「いい度胸だ……ビッグ7の力、侮るなよ!?」
「だから話聞けよ!」
「全主砲、斉射!て――ッ!!」
「ウワーーーッッ!?」
ヒトヒトマルマル 鎮守府 工廠前
「まったく、ひどい目にあったな……」
「すまん……つい取り乱してしまった……
人間、それも自分の上官に向けて発砲してしまった罪
この長門、解体処分も甘んじてお受けする……」
砲撃の後、その衝撃で我に返った長門は
大きな体を最大限に縮こまらせて恐縮していた。その肩をポンポンと提督がたたく。
「発砲?そんなことはしてないだろ?
演習中に、主砲の暴発。たまによくある事故だよ、事故」
「提督……すまない」
「しかしまあ、長門が演習中で、装填してたのが模擬弾だったから助かったよねー」
「……それに、軽巡棲鬼が、身をていしてかばってくれたからな」
隼鷹の言葉に提督が返したとおり
砲撃の瞬間、咄嗟に軽巡棲鬼が二人をかばうように割って入り
結果、二人は無傷ですみ、かわりに軽巡棲鬼は頭に模擬弾の直撃を受け
中破状態で気を失ってしまったのだ。
その後、砲撃音を聞いて駆けつけた他の艦娘たちに事情を説明して
軽巡棲鬼は入渠ドックに運ばれていった。
「深海棲艦にしては、敵意がまったくなかったよね、あの子。
それどころか、かばってくれたりしてアタシたちに好意的だった」
「最近出現してくる深海棲艦もそうだが、人間への恨みつらみが薄れていっているのか
敵対行動をとらないヤツばかりだな」
「ところで、あの子いちおう入渠させたけど、アタシらの入渠ドックで治るのかね?」
「高雄が様子を見てきた。もう意識は戻っているそうだ。鼻歌を歌っているとさ」
それを聞いてちょっと安心する提督と隼鷹。
落ち着いたところで、今後のことで頭を悩ます。
「で……どうする、あの子」
「このままここで一緒に暮らすってわけには……いかない、かなー」
苦笑いしながら隼鷹が答える。
艦娘の中には、まだ深海棲艦への憎しみが消え切れていないものも多い。
そんな中で共同生活をするのは難しいだろう。
「そもそも、なぜ突然ドックは稼動したのだ?
我々艦娘が操作すれば稼動するのか?
だとしても何故深海棲艦が生まれた?」
長門が立て続けに問いを投げかけるが
ハッキリした答えがあるはずもなく
「ただの推測なんだが……」
しばらくして、提督が口を開く。
「俺たち人間は艦娘を求め、艦の魂はそれに応え艦娘として生まれてきた。
だが、あの戦いの後、艦の魂は俺たちの求めに応えなくなった。
戦いが終わった今、艦娘にはもう生まれてくる理由がないからだ。
戦う相手がいなくなり、人間を守る必要もないんだからな」
隼鷹が慌てて提督の話をさえぎる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!?アタシ別に深海棲艦を求めたりしてないよ?」
「武蔵あたりだったら、戦う相手を求めて深海棲艦を呼び出しそうだがな」
「だからただの推測だって。
ただ、艦娘にもう生まれてくる理由がなくても
深海棲艦のほうには理由があるのかもしれん。
いまだに、小規模ではあるが深海棲艦が発生してるだろ。
彼女たちには……何かこの世に出てきたい理由があるのかもしれない」
「では、人間が操作してもドックが稼動せず
隼鷹が操作したら稼動したのは何故だ?」
「深海棲艦にとって……第一の敵は艦娘ではなく人間なんじゃないか?
艦娘が生まれる前から、あいつらは人間の船を襲ってたわけだし」
「ふむ……敵だった人間ではない存在がドックを操作したことで
生まれてくるチャンスを待っていた深海棲艦がやってきた、ということか」
「……あーなんかもうわからん!
で……今回のこと、上にはなんて報告するのさ?」
「それな……」
提督が頭を抱える。
建造ドックが稼動したことや、そこから深海棲艦が生まれたことなど
そのまま報告することは流石にためらわれた。
とはいえ、軽巡棲鬼がいるということは
定期的に視察に来る司令本部にはいずれバレる。
ひとしきり考えたあと、長門が提案する。
「こういうのはどうだろう。たまたま鎮守府のごく近海に軽巡棲鬼が出現し
司令本部より先に我々が発見。緊急で接触し、交渉。身柄を抑えることに成功……
その後、居留地に案内した、ということにしては?」
「入渠ドックから出てきたら、いちおう本人の意思も聞いてはみるが……
やはり、居留地に行ってもらうしかないか」
「それしかないっぽいねー。で、誰が説得する?」
「……俺が言うしかないだろ。なんたって『パパ』なんだし」
ヒトフタマルマル 鎮守府 提督執務室
「ウン、ワカッタ。イイヨー」
あっさりと。ものすごくあっさりと。
軽巡棲鬼は自分が居留地に送られることを承諾した。
「えーと……ホントにいいのか?」
「ウン。居留地ッテスグ近クダシ、他ノ深海棲艦モイルンデショ?
ココデ暮ラスヨリ、友達トカ作リヤスソウダシ」
「そうか……勝手に呼び出しておいて、なんだかスマンが
そう言ってくれて助かるよ、ありがとう」
提督が差し出した右手を、軽巡棲鬼がそっと握る。
「ジャアネ、パパ、ママ……タマニハ会イニ来テモイイ?」
「ああ、いつでもいいぞ、ケイ」「またね、ケイちゃん」
見送る提督と隼鷹にニコッと笑いかけて、軽巡棲鬼―ケイは執務室を出ていった。
「ふう……ひとまず、一件落着、かな」
「……何寂しそうな顔してんのさ提督」
「いやまあ……『パパ』なんて呼ばれて懐かれてたっぽいからさ」
苦笑いを浮かべる提督に、隼鷹が顔を赤らめながら耳打ちする。
(なんなら、アタシと二人目作る?『パパ』?)
「は?いや、もう建造ドックは使わせんぞ?これ以上深海棲艦出てきても困るし」
「……そうじゃねえよ、このアンポンタン!」