ヒトヒトマルマル 鎮守府近海 演習海域
「よし、そこまで!」
戦艦長門の大きな声が演習場に響く。
「結果、赤組勝利!」
「やったー!」「うあー、やられたー。これ大破判定かー」
悲喜こもごものざわめきの中、長門の声は続く。
「殊勲賞は……高雄!よくやった!
参加者は全員、明日マルキュウマルマルまでにレポートを提出!以上、解散!」
『お疲れ様でした!』
勝利した赤組のメンバーが、殊勲賞を獲得した高雄に近づいて
「おめでとー!」「最後すごかったです!」「うんうん、あの連撃で勝負決まったよね!」
と褒め称える。監督役の長門も近づいてきて
「このところの高雄の頑張りは目を見張るものがあるな。
……そろそろ、なのではないか?」
と声をかけると、高雄は少し恥じらいながらも胸を張る。
「はい、実は……今の演習で、達成しました!」
「おお、やはりそうだったか!これはめでたいな!」
同じ組だった潮が首をかしげる。
「長門さん、おめでたいって、何がですか?達成した、って……?」
「高雄の錬度が、上限まで達したのさ」
周囲に広がるおお~という歓声。
「よし、高雄、早速提督に報告に行こう」
「えっ……今すぐ、ですか?」
「善は急げと言うだろう?それに……」
そこまで言って、長門は急に声を潜める。
(提督のことだ、もう『指輪』は準備していると思うぞ?)
(そ、そうでしょうか……?)
指輪。
それは、錬度が上限にまで達した艦娘に対し提督が贈る魅惑のアイテム。
それを装備することで、艦娘は上限を超えて錬度を上げていくことができる。
が、そんな限定解除の機能よりも、その指輪を受け取るための契約が
「ケッコン・カッコカリ」
などという呼び方になっていることで多くの艦娘たちが憧れることになった。
長門と高雄、二人して提督の執務室に歩いていく。
「私のときは、まだ戦時中……それもまだこちらが劣勢のときでな。
戦場に出ては損傷して帰ってくる毎日で、次の海域をどう攻略するかとか
どうやって物資を確保するかとか、そんなことで頭が一杯だった。
ケッコンカッコカリのことなんぞ、私は考えてもいなかったのだが
提督は指輪を準備して待っていてくれたよ……」
遠い目をしながら少し頬を染めて長門がつぶやく。
「……私なんかが、受け取ってもいいのでしょうか?」
「いらないのなら別に構わんぞ?……ライバルが増えないほうが、こちらは都合がいいからな」
「すいませんいります欲しいです!」
ヒトフタマルマル 鎮守府 提督執務室
「提督、長門だ」「高雄です」
『……どうぞー』
長門たちの呼びかけに、ちょっと間をおいて提督が答え二人が入室すると
提督は電話中だった。
「……それじゃ、明日。無理言って悪かったな……うん、うん……じゃ、また」
そう電話の向こうに言って、提督が昔ながらの黒電話の受話器を置く。
「すまない、電話中だったか」
「いや、もう済んだ。で、どうした?」
長門が黙っている高雄の横腹をひじでつつく。
「たっ……高雄、本日の演習で錬度向上をいたしましたので、そのご報告に参りました!」
「ああ、それはご苦労さん」
(……あれっ?)
いま一つ反応の薄い提督に肩透かしを食らった感じの高雄。
言葉が足りなかったかと気を取り直し
「これにより、高雄、錬度上限に達しました!」
「ああ、なるほど。よく頑張ったな、おめでとう」
(……あれっ?……あれれれれれ~っ!?)
肩透かしどころではない。見かねた長門が
「提督、その……錬度上限になったのだから、その……」
「そうだな……わかってるさ」
ホッと胸をなでおろす二人に、提督はにこやかに笑いかける。
「昼飯は鳳翔さんに赤飯を炊いてもらおうな」
「違うわ!」「違います!」
「え、赤飯キライだったか?」
「~~~~~~ッッ!!……いえ……では、これで」
肩を落とした高雄がフラフラと執務室を出て行こうとする。
それを提督が呼び止める。
「ああ、高雄、明日は空いてるか?」
「……はい?」
「明日、所要があって本土に出かけるんだが、高雄についてきてもらおうかなと思って」
(ははあ)
何かひらめいたのか長門が目を輝かせて高尾に耳打ちする。
(これだ!これだぞ高雄!)
(……何がですか)
(提督のことだ、皆に知られるのが恥ずかしいから
二人きりになったところで指輪を渡そうというのだ!)
(あ……そう、かも……?)
ヒソヒソと話し込む二人に提督が怪訝な顔をする。
「……高雄?ダメなら別に……」
「大丈夫です!ご一緒いたします!」
「そうか?じゃあ明日ヒトマルマルマルに、俺の巡視艇で行くから船着場のほうに」
(決まりだな。二人きりの船上で、二人は誓いを交わすのか……いいなぁ。
……あれ?なんかまずくないかコレ?
そのまま……そのまま行っちゃうんじゃないかコレ!?)
長門が慌てて口を挟む。
「て、提督!その……か、仮にも鎮守府司令が供の者一人だけで外出は無用心だ!
誰か……そう、ゴーヤかしおいでも同行させたほうが……!」
「いいえ、私一人で十分です!提督は、私が!必ず!」
胸を張る高雄。うなだれる長門。そして訳がわからず首を捻る提督だった。
翌日 ヒトマルマルマル 鎮守府船着場
「コレに乗るのも久しぶりだなぁ」
提督が巡視艇の前で感慨深げにつぶやく。
20メートルCL型巡視艇。排水量20トンほどの、巡視艇としては小型の艦艇である。
乗り込みながら高尾がつぶやく。
「私、これに乗せていただくのは初めてです」
「あー、艦娘たちはだいたいそうかなー。皆自前の艤装で海に出るもんなー。
けど、コイツだってバカにしたもんじゃないんだぜ?
電探と通信機能は充実してるし、速度は俺が改造してるからかなり出る」
「私は何を受け持てばよろしいですか?」
「ああ、操船は俺一人でできるようにしてあるから
高雄はのんびりしてていいよ。まああんまり乗り心地はよくないがね。
何かあれば声をかけるから、後ろの長椅子にでも座っててくれ」
そう言われても、指輪のことが気になって仕方がない高雄としては
提督のそばを離れたくはない。
所在なく提督の後ろの座席に腰かけて
じっと提督が操舵している様を見ていた。
提督はといえば、時おり天気のこととか食事のこととか
とりとめもない話をするぐらいで
肝心の練度の話や指輪の話などはまったく出てきそうにないまま
「よし、到着。お疲れさん、高雄」
鎮守府のある島から本土までの、片道2時間ほどの船旅は終わってしまった。
「すまんが、俺の個人的な用事なんでな。
高雄は、町の観光でもしていてくれ。1時間ほどで戻る」
しかも港に高雄を置き去りにして、タクシーでどこかへ行ってしまう。
(……夢なんか見なければよかった)
一人港をとぼとぼと、当てもなく彷徨う高雄だった。
ヒトサンマルマル 巡視艇内
「悪かったな、つまらんことにつき合わせて」
「いえ」
帰路についた巡視艇の中、提督が声をかけるが
高雄の返事はそっけない。
「……なんか怒ってる?」
「いいえ」
とは言うが、明らかに機嫌の悪い高雄。
二人とも黙ったまま船は進み、1時間ほどが過ぎた頃
不意に提督が声をあげる。
「!……レーダーに反応!高雄、そちらではどうか?」
「えっ……あっ、はい……感あり!……これは……深海棲艦!?
距離近いです……8千!重巡クラスと思われます!」
「参ったな、こんな本土のそばまで誰も気づいてなかったのか!?
こちら巡視艇宇佐美、こちら巡視艇宇佐美、鎮守府、応答せよ!」
『はい、こちら鎮守府鹿島。どうされました提督?』
「深海棲艦を発見した。場所は鎮守府南東30海里。重巡クラスとおぼしき艦が1隻だ」
『そんな近くに!?
まさか、この間保護した艦とはぐれたという重巡リ級では!?』
「わからんが、至急艦隊を派遣してくれ。編成は長門に任せる。
俺たちは、これ以上本土に接近しないようなんとか牽制してみる!」
『了解いたしました。すぐに長門秘書艦に伝えます。
提督は無理をなされませんよう』
「まあ、なんとかするさ……高雄!」
振り返った提督の目に入ったのは
すでに艤装装着済みの高雄だった。
「どうぞ、ご命令を」
その表情には、今までのわだかまりはない。
「この巡視艇に攻撃能力はない。
速度は出せるので右舷前方の小島を深海棲艦との盾にする。
高雄はあちらの進路を妨害してこれ以上の本土接近を阻め。
……こんなことになってすまない」
「おっしゃらないでください。これが私の役目です」
そう言って高雄が甲板に出る。
(そう……これが私の役目……今、提督をお守りできるのは、私だけ!)
「高雄、出動いたします!」
疾走する巡視艇の甲板から、そのまま海面へと飛び降りた。
(接近している……距離4千……とっくに砲撃射程内には入ってしまっている……
撃ってこないのは攻撃意思がないのか、弾薬切れか、それとも……)
強化された視力で艦影を探すと、すぐに見つかった。重巡リ級で間違いない。
(姿勢が低い……腹を抑えている?負傷しているのかしら?
だとしたら、助けを求めているのかも……)
少し考えた後、決断する。砲撃体制を解いた。
(敵意のない相手でも、こちらが敵意を見せればどう出てくるかわからない……
提督、高雄をお守りください!)
そのまま、深海棲艦に近づいていく。
もう相手の表情がわかるほどの距離になって、ようやっとリ級が動きを止める。
砲を動かすような仕草は見られない。
右手で腹を抑え、苦しげな表情をしている。
(あ、これってひょっとして……)
高雄も右手で腹を抑える。そして左手を口元に添えて、口をパクパクさせてみた。
リ級がブンブンと激しくうなずく。
「提督、高雄です。今、リ級と接触しました」
『接触!?大丈夫なのか!?』
「はい。ところで提督、その巡視艇って何か食べ物ありましたっけ?」
ヒトヨンサンマル 巡視艇内
「腹が減って助けを求めてたとはなぁ」
提督が呆れたように後部シートを見る。
巡視艇に装備してあった非常用のレーションを与えられた重巡リ級は
むさぼるようにそれを食べた後
高雄の身振り手振りの説得を何とか理解して
艤装を外して乗船し、今は後部シートに毛布に包まって眠っていた。
「お腹もすいていたし、疲れてたんでしょうね。
たぶん、この前の捜索で保護した軽巡たちからはぐれてしまった重巡でしょう。
嵐でかなりひどい目にあったみたいですね」
「しかし……流石の度胸だな高雄。深海棲艦と、面と向かって臆することなく
しかも相手の窮状を察し救いの手を差し伸べた。人間だったら勲章モノだよ」
意を決した高雄が、真剣な眼差しで提督に詰め寄る。
「お褒めの言葉なんて……それよりもっとわかりやすい形で……勲章とかじゃなくって……!」
高雄の目を見返した提督が、その白髪頭をポリポリと掻いて
上着のポケットに手を突っ込むと、何かを取り出し高雄に差し出した。
「……これ」
「これは……?」
「だから、その……指輪だよ。ケッコン・カッコカリの」
「!」
「いやぁ、高雄が頑張りすぎて、俺の想定よりずっと早く錬度最高になっちゃってさぁ。
前から司令本部に頼んではいたんだけど、間に合わなくて
今日やっと出来上がったのを本土まで取りに行ってたってわけ」
「そ……そうだったんですか……
もう、それなら出航のときに教えてくださればよかったのに!
私……ずっと……ああ、もう~~!!」
涙目で膨れる高雄に苦笑いする提督。
「スマンスマン でも、いざとなると言い出すタイミングが掴めなくてさ。
深海棲艦が出てきてくれたのが、なんかいいきっかけになっちゃったかな。
で……受け取ってくれるのかな?」
「はい……はいっ……!」
受け取った小箱を大事そうに両手で胸に抱えて、高雄は提督をじっと見つめる。
「えっと……まだすること、ありますよね……?」
「ああ、書類は先に郵送で贈ってもらってるから
鎮守府に戻ったら一応書かないといけないんだけど」
「あの、そういうのじゃなくて……
指輪っていう品物でも、書類記入っていう契約的なものでもなくて……
提督の、行動が、欲しい、です……」
「え」
高雄が一歩、前に出る。その目を閉じ、少し顔を上向きにして……止まった。提督も固まる。
そのまま長いような短いような時間、沈黙が続き
「……するのかしないのか、ハッキリせんか」
闖入者の声で静寂が破られる。
「!?」「誰!?」
声のしたほうに二人が目を向ければ
甲板から中を覗き込んでいる長門、鳳翔、隼鷹、それに深海棲艦ネ級の顔があった。
「なっ……なんでここに!?」
悲鳴のような高雄の叫びに、長門が呆れた顔をして入ってくる。
「深海棲艦が出たから艦隊を派遣しろと言っただろうが。
で、来てみれば深海棲艦はいなくて、提督の巡視艇が島影に停泊してて
何事かと中を覗いてみればコレだ。
まったく……心配したのがバカみたいではないか!」
「すまん、バタバタして通信入れるの忘れてた……」
提督がボソボソと弁解すると、隼鷹がからかう。
「バタバタぁ~?イチャイチャじゃないのぉ~?」
鳳翔が苦笑いを浮かべてそれをなだめる。
「まあまあ。提督も高雄さんも、ご無事なようで何よりじゃないですか。
それに……高雄さん、指輪をいただけたんですね。おめでとうございます」
「あ……ありがとうございます」
後部シートを覗き込んだネ級がリ級に気づき
「アア、リ級モ保護サレテイタンデスネ。眠ッテイルヨウデスガ
起コシテ状況説明ヲシタホウガヨイデスカ?」
「いや、消耗してるようなんで寝かせておいてやってくれ。
説明は鎮守府についてからでいいだろう」
「ソウデスカ。デハ、私タチハ下船シテ、オ二人ニハモウ少シ
ハネムーン・クルーズヲ楽シンデイタダキマショウ」
乗り込んできた4人はまた海面に戻っていった。
「……じゃあ……高雄」
提督が腕を差し出し、高雄がその腕に抱きとられるように寄り添って
巡視艇は鎮守府への、ごく短いハネムーン・クルーズへと出発していった。
(ジレッタイナァ……キスデモ何デモスレバイイノニ)
背後でツ級が寝たふりをしているのは気づかずに。