いつかどこかの鎮守府で   作:華留奈羽流

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第5話

ヒトヨンマルマル 鎮守府 鳳翔私室

 

(このままじゃやっぱりダメだわ……)

 

いつもにこやかな鳳翔が、ちゃぶ台に置いた帳面を睨んで眉をひそめる。

 

(この前の重巡リ級さんが決定打になっちゃったかしら)

 

閉じた帳面を手に取り、立ち上がる。

 

(やはり、提督にご相談するしかありませんね)

 

 

ヒトヨンサンマル 鎮守府 提督執務室

 

『提督、鳳翔です。今よろしいでしょうか?』

 

「鳳翔さん?どうぞ」

 

予期せぬ訪問者の声に、小首をかしげて提督が答えると

しずしずと鳳翔が入ってくる。

 

「今日はどうしました?」

 

「突然お邪魔して申し訳ありません。

 実は、おりいってご相談したいことがありまして。

 今はお時間よろしいでしょうか?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。それで、相談とは?」

 

「その……お台所を任されておいてお恥ずかしい話なのですが

 食料のやりくりに行き詰まりまして。

 こちらをご覧いただけますか?」

 

そう言って鳳翔が、先程自室で見ていた帳面を提督の前に広げる。

そこにはびっしりと、食料の出入りが記入されていた。

 

「ご存知のとおり、基本的にこの鎮守府の食料は

 週に一度、司令本部から送られてくる配給品で賄われています。

 そこから、深海棲艦の皆さんに配分してお分けしていくわけですが……」

 

「このところ、保護している深海棲艦が増えて

 配分する量が足りなくなりそう、ということですか」

 

「はい……このような些末な問題で煩わせてしまい、申し訳ありません」

 

そばで聞いていた秘書艦の長門が

 

「些末などととんでもない。兵站、補給は最重要項目ですよ鳳翔さん」

 

「長門の言う通りです。

 それに、こういうことは深海棲艦が増えてきた時点で、当然考えていなければならなかった。

 そこに気づかなかった俺に責任があります」

 

「いえ、そんな……それより、食料の配給量を増やしていただけるよう

 司令本部に申請していただけますでしょうか?」

 

「もちろんです。具体的には、どれくらいの増量が必要ですか?」

 

「はい、こちらにまとめておきました。

 ……こちらの数値は、少々欲張りかもしれませんが

 今後もさらに深海棲艦さんが増える可能性を考えて

 必要量より少し多目に見積もりしています。

 そして、こちらの数値が現状で最低でも必要な量になります」

 

鳳翔が差し出したレポートを見て、提督が感心した声を上げる。

 

「ほう……うん、これはわかりやすい。さすがは鳳翔さんだ。

 わかりました、書面での正式な申請は俺のほうでやっておくとして

 取り急ぎ、次の配給に間に合うよう、司令本部に無線を入れましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「しかし……それほど糧食が不足していたのか。

 こんな贅沢をしている場合ではなかったのだな」

 

目の前の茶菓子を、申し訳なさそうに見る長門。

 

「茶菓子以前に、長門は普段の食欲のほうを……ナンデモナイデス」

 

長門ににらまれ、提督の言葉が尻つぼみになるのを

微笑みながら見守る鳳翔だった。

 

 

翌日 マルキュウマルマル 提督執務室

 

「鳳翔さん、すいません」

 

「そんな、いきなりどうなさったんです!?」

 

呼び出された鳳翔が入室すると、提督は突然頭をデスクに擦り付けるほどに頭を下げた。

 

「とにかく、頭を上げてください。これではお話を伺うこともできません。

 ……昨日の、配給増強の件ですね?」

 

「ええ……あの後、司令本部に通信を入れて話をしたんですが

 今朝方、その返答がきまして……これが、補強できる限界だと」

 

そう言って、提督がデスクにメモ書きを乗せる。

そこに記された数字は、鳳翔が示した「最低でも必要な量」の

半分にも満たなかった。

 

「申し訳ない、俺が力不足なばかりに……」

 

「いえ、そんな……

 平和になった今は、どこも復興のため物資が不足しているのでしょう」

 

「その平和を築いたのは、我々なのだがな……

 飛鳥尽きて良弓蔵められ、狡兎死して走狗烹らるとはこのことか」

 

長門がボソッと不平を漏らす。

その不満もわからないではない提督だったが、あえて口を挟まない。

 

「そういう訳で、これで何とかやりくりしてもらうしかないんですが……

 どうでしょうか?」

 

「そうですね……」

 

鳳翔は頭の中で考えをめぐらせる。

 

(お米や小麦粉はそれなりに増やしていただけていますから、これで何とか。

 塩、味噌、醤油、砂糖……これも何とかなりますね。

 問題は副食ですか……特にお野菜は今までも不足がちだったのに

 まったく増やしていただけていませんね……

 でも……だからと言って「できない」と言う訳にはいきません!)

 

「やります。おまかせください」

 

鳳翔が、できます、ではなくやります、と答えたことが少し引っかかり

 

「大丈夫ですか?無茶はしないでくださいね?」

 

と提督が念を押すと

 

「お前が言っても説得力ないぞ」「そうですね」

 

二人に笑われる提督だった。

 

 

翌日 ヒトロクマルマル 鎮守府敷地内

 

「提督?何してるの、こんなところで?」

 

「ん?ああ、しおいか……えーと、鳳翔さん見かけなかったか?」

 

「鳳翔さんなら、訓練のあと工廠に行ったみたいだけど」

 

「工廠に?……なんだろ、艦載機のメンテナンスかな」

 

「探してるんなら放送で呼び出しかければいいじゃん」

 

「いやまあそうなんだけど……まあとにかく行ってみるわ、ありがとな」

 

その足で工廠に向かうと、ちょうど工廠から出てきた鳳翔に出くわす。

 

「あ……提督。お疲れ様です」

 

そう言いながら、鳳翔が後ろ手に何かを隠す。

 

「ああ、鳳翔さん昨日の件なんですが、追加で連絡が来まして

 物資増量のために配給の船が一日遅れるそうなんですよ。大丈夫ですかね?」

 

「ええ、それぐらいなら。まだそこまで切迫していませんし」

 

「そうですか、よかった。ところで……何か工廠で作ってたんですか?」

 

「あ、いえ、その……はい……廃材を少し頂戴して。

 すみません、勝手に資材を使ってしまいました」

 

「ああ、でも廃材なんですよね?でしたらそれは別にかまいませんが。

 で、何を作ってたんです?今背中に隠したのがそう?」

 

提督が鳳翔の背中を覗き込むようにすると

 

「……すいません、隠すつもりはなかったんですが

 あまりに不恰好なのしか作れなくて、恥ずかしくなっちゃって」

 

そう言って背中に回したものを提督に見せる。

 

「これは……?」

 

30cm四方ほどの鉄板に穴が開けられていて

その穴に1メートルほどの長さの木の棒の片側の端がはめられている。

 

(なんだコレ全然わからん……ハンマー……にしちゃ金の部分が平たいな)

 

あまり見当違いの答えをしても、と提督が黙ってしまうと

 

「鋤(すき)を作ろうと思ったんですけど……やっぱり、そうは見えないですよねコレ」

 

鳳翔が苦笑いを浮かべて恥ずかしそうに答えを告げる。

 

「え、鋤って……お百姓さんが畑を耕すときに使うアレですか?」

 

差し出された物体は、そうと言われて改めて見てみれば鋤に見えなくもない。

それよりも提督の目を引いたのは、傷だらけになった鳳翔の手だった。

 

「配給が増えないなら、自分で作ればいいかな、って。

 小さな畑を作って、そこでお野菜とか作れば少しは足しになると思ったんですけど

 考えたら農耕具なんて鎮守府にはないじゃないですか?

 で、じゃあもう、そういうのも自前で作っちゃえって……あの、提督?」

 

提督は黙ったまま鳳翔に歩み寄り

その傷だらけになった手を握る。

 

普段は包丁やおたまを握る手で

慣れない工具を使い、一生懸命にこれを作ったのだろう。

そして出来上がった不細工な農具で、今度は畑仕事をしようと言う。

誰にも言わず、たった一人で苦労を背負い込もうとしている。

 

泣きそうになってしまい、鳳翔にくるりと背を向けた。

 

「……俺がやるから」

 

「はい?」

 

「農具を作るのも、土地を耕すのも、畑の世話も俺がやるから」

 

「そんな、提督のお手を煩わせるわけには……」

 

「いや、割とヒマなんですよ実際。

 皆が訓練してる間とか、ほんとすることないんで、せめてそういうことは俺が……」

 

「そうですか……でも、俺『も』ですよね、そこは」

 

思わず振り向いた提督に、鳳翔は微笑みかける。

 

「言いだしっぺの私がやらないんじゃ駄目ですよね。

 ですから……二人で、やりませんか?」

 

「はい……じゃあとりあえず、コレ作り直しましょうか?」

 

「コレ?……ああ、えっと……」

 

「スキです」

 

提督の何気ない一言が、鳳翔を大きく揺さぶる。

それはもちろん農具の鋤のつもりで言っているのだとわかってはいるのだが

 

少し。ほんの少しだけ、悪戯心が誘惑をする。

 

「ええ?そうでしたっけ?」

 

白を切る鳳翔。その反応に提督が怪訝な顔をして

 

「え、スキですよ?鳳翔さんがそう言ったんじゃないですか?

 スキだって……あ」

 

言っているうちにその言葉のもう一つの意味に気づく。

コホンとひとつ咳払いをしてから、改めて言う。

 

「間違いありません。スキです」

 

「そうですね……最初に作ったものですから、一番スキ、ですね」

 

「……作り直さなくてもいいかな。このままでもいけると思うんで」

 

「そうですね、このままで……」

 

(私、じゅうぶん幸せです、提督)

 

最後の言葉を飲み込んで、提督と二人並んで宿舎へと戻っていった。

 

 

その後 鎮守府敷地内

 

「ふう……畑の広さ、まずはこれぐらいですかね」

 

「そうですね。いろいろ試しながらですし、最初はこれぐらいで」

 

鎮守府の片隅に、非常用として掘られてあった井戸のそば。

20メートル四方ほどの土地を耕して畑にしてあった。

いちおう、周囲に杭を打ち、ロープで囲ってある。

もっとも、この島に畑を荒らすような動物はいないので

単に気分の問題である。

 

「最初は何を作るんですか?」

 

「ほうれん草にするつもりです。収穫まで期間が短いですから

 今から作っても補給が足りなくなるころまでには何とか」

 

「この畑が全部ほうれん草ですか……」

 

「全部ほうれん草でもいいんですけど、ミニトマトとかおネギもいいかなって。

 あと、ジャガイモとかサツマイモとかおナスとか……」

 

さすがにそれは欲張りすぎなのではないかと思ったが

鳳翔が楽しそうだったので提督は黙っていた。

 

そして黙っていた結果

 

「……ずいぶん、広くなりましたね、畑」

 

「ちょっと調子に乗りすぎちゃいましたね……」

 

畑の前で感慨にふける提督と鳳翔。

あれも作ろう、これも育てようと鳳翔が提案するたびに

畑はどんどん拡大していき、最初のころの10倍以上の広さになっていた。

 

「ここまで広くなると、トラクターとか申請しないとダメかなと思いましたがね」

 

「申請したら、配備されるんですか?」

 

「うーん……陸軍ならできるかもですが……どうかなー」

 

この広さになると、人力だけでは提督と鳳翔の二人で面倒を見切れない。

もちろん、他の艦娘たちも手伝いはするが

彼女たちは訓練や装備の点検などがあって

そうそう農作業ばかりもしていられない。

 

「まあ、機械がなくても鳳翔さんのおかげで何とかなりましたから」

 

これ以上の農地拡張は無理かと思われたころ

鳳翔は意外なところから労働力を工面してきた。

 

「提督、鳳翔サン、ネギノ収穫、終ワッタヨ」

 

近づいてきて二人に声をかけたのは港湾棲姫だった。

 

「ああ、ご苦労さん、姫。いつも悪いね」

 

「私タチガ食ベル野菜デモアルシ、ドウセスルコトモナイカラネ」

 

港湾棲姫が眺める畑では、人間型の深海棲艦たちが農作業をしている。

そう、鳳翔は深海棲艦たちに声をかけたのだ。

確かに彼女たちは訓練をするでもなく

ときおり一部の者に出動依頼が来るぐらいで

普段は暇をもてあましていた。

 

「ソレニ、ミナ喜ンデルノヨ。

 命ガ育ツ。今マデ、奪イ、壊スダケダッタ私タチガ、命ヲ育テル。

 ソレハトテモ、素敵ナコトダト気ヅカサレタワ」

 

「それは私たち艦娘も同じですよ。畑仕事って、命の尊さを教えてくれますよね」

 

「そういうもんですか……しかし、ここまで収穫量が増えるとはね。

 野菜類の配給が不要になっただけじゃなくて

 消費量より増えちゃうとか思いもしませんでした。

 おまけに、余った分を売りに出すとか……」

 

「でも、捨ててしまうのももったいないですし……」

 

鳳翔の提案で、余剰作物は本土の農協に出荷することになった。

配給品を届けに来る船が、帰りに本土まで運ぶ。

戦争で物資が不足し、結果農地も荒廃していたため

まだまだ食料が不足がちな状況であり

この野菜類の供給は市場から大いに歓迎された。

鎮守府としては無料でもかまわないのだが

受け入れ側はそういう訳にもいかないということで

収益金は鎮守府にプールされ、鎮守府や深海棲艦の施設設備の改善に使われることになった。

 

「本来、こうした副業は認められないんですけどね。

 まあ配給をケチった結果だし、経費の節約にもなるってことで

 司令本部は黙認してるようです」

 

「でも、出荷される野菜に「艦娘印」というブランド名がついてるのは

 ちょっと恥ずかしい気もしますね」

 

鳳翔がちょっと照れた笑いを浮かべる。

 

「事情を知らない人の間では『なんで艦娘で野菜なんだ?』って不思議がられてるそうですよ」

 

ちなみに、上陸して農作業に参加が難しい駆逐艦などの深海棲艦は

海産物を採取して食糧確保に協力し、同様に余剰品を漁協に卸していた。

こちらは「深海印」のブランド名がつき、好評である。

 

「でもまあホント、いい結果になってよかった……鳳翔さんのおかげですね」

 

「私はたいしたことしてませんよ。提督や、他の艦娘の皆さん、深海棲艦さんたち

 皆さんが協力してくれたおかげです……

 さあ、私も頑張らなくちゃ!

 深海の方たちだけに働かせるわけにはいきませんよ、提督!」

 

そう言って畑に向かう鳳翔。

その手には、今日も「一番スキ」が握られていた。

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