いつかどこかの鎮守府で   作:華留奈羽流

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今回はいわゆる過去回になります。
シリアスな要素を多く含みます。


第6話

ヒトヨンマルマル 鎮守府 提督執務室

 

「長門さん、お茶っ葉ってどこかな」

 

駆逐艦の響が書類を見ている長門に尋ねる。

 

「お茶?……お茶は……提督、どこだ?」

 

「茶箪笥の上、右の缶がお茶。中段の左に急須。

 お湯はストーブの上のヤカンから注げ。湯のみは好きなの使っていいぞ」

 

雪風が声をあげる。

 

「司令、お茶菓子も欲しいです!」

 

「いただきもののクッキーの缶が茶箪笥の上に……ああ、響じゃ届かないか。

 長門、とってやって」

 

「はいはい……まったく、くつろぐなら自分たちの部屋でくつろげばよかろうに」

 

執務室の来客用ソファーは、雪風、響、潮の駆逐艦3人娘に占拠されていた。

 

「ここが鎮守府では一番居心地がいいんだよ」

 

と、クッキーの缶を長門から受け取りながら響。

 

「そりゃあ、司令の俺がいるところなんだから居心地悪いのイヤだし。

 ああ、潮なんてくつろぎすぎて寝てる……」

 

「可愛い寝顔……でもないな、何か苦しそうだ……ん?何か……寝言を言ってるな」

 

居眠りをしている潮の顔を覗き込んだ長門が、その寝言に耳を澄ます。

そして身をこわばらせる。

 

「なんだよおっかない顔して。何て寝言言ってるんだ潮は」

 

提督の問いかけに、うつむいたまま長門が答える。

 

「その……『行っちゃ駄目です』『行かないでください』って……」

 

それを聞いて、今度は提督が顔をこわばらせる。

 

「そうか……たぶん、あの日のことを夢に見ているんだろうな……

 響と雪風は潮と同室だよな。

 潮はよくこんな風に、寝ているときうなされてたりするのか?」

 

響の答えに、提督と長門はさらに打ちのめされた。

 

「提督……潮がうなされるのは、毎晩だよ」

 

 

ここで少し時を遡る およそ1年前 鎮守府 中央広場

 

「総司令、艦娘総員、揃いました」

 

「む」

 

宇佐美に声をかけられ、「総司令」と呼ばれた海軍軍服を着た年配の男が

座っていた椅子から腰を上げる。

その背後には、同じような軍服を着た、それより少し若い男たちが5人。

呉。横須賀。佐世保。舞鶴。大湊。

5箇所の鎮守府の提督たちである。

 

宇佐美と5人の男たちを従えて、総司令がゆっくりと廊下を進む。

 

「……怖いか、宇佐美」

 

総司令が振り返りもせずに背後の宇佐美に声をかける。

 

「はい」

 

臆面もなくそう答える宇佐美。総司令がガッハッハと豪快に笑い

 

「正直だな。実はな、ワシも怖くてしょうがない。

 こんな思いをするより、自分が出撃するほうがよっぽど楽しいわい」

 

一月前

 

艦娘の登場により、徐々に制海権を取り戻しつつあった人類に対し

深海棲艦は思い切った行動に出た。

北方。西方。南方。中部。

点在する泊地の勢力全てを、南西諸島海域に集結させたのだ。

 

その数、実に700隻強。

 

深海棲艦は、この巨大艦隊群を徐々に北上させた。

その進路の先は、日本本土。

防御のための集結ではない。

明らかに、総力戦を挑みかけていた。

 

じりじりと防衛ラインに迫る深海棲艦。

通常の6隻編成の艦娘の艦隊が、一隊や二隊で行く手を阻もうとしても

各個撃破されるのは明らかだった。

 

この深海棲艦の動きに対し、六箇所の鎮守府に配属されていた艦娘たちもまた

一箇所の鎮守府に集められることとなった。

宇佐美が指揮する、鹿屋基地鎮守府に。

 

そして今日、集結し、出撃準備を終えた艦娘たちが

出撃命令を待って広場に整列している。

 

総旗艦・戦艦大和以下艦娘150隻。

 

後に言う、「最終決戦」が始まろうとしていた。

 

 

「本当に、よろしいんですか?」

 

艦娘が集まる広場を前に、宇佐美が総司令に問いかける。

 

「何がじゃ?」

 

「現場に……艦娘たちに、判断の最終決定権を与えることです」

 

総司令は足を止め、呆れたような顔で振り返る。

 

「おいおい、お前が言い出したんじゃろうが。

 判断の遅れが命取りになりかねん、我々の判断よりその場にいる艦娘の判断を優先し

 我らは情報の収集、集約と伝達に努める。皆もそれで納得したじゃろ。

 確かに、あまり好き勝手されても困るというのはあるが

 そこはワシらがうまく導いてやればよい」

 

「……私は、彼女たちが無理をしすぎるのではないかと、それが不安なのです。

 今までは、どんなに敵を追い詰めていても

 こちらに被害が大きければ撤退させていました。

 ですが……最終決定権を委ねてしまえばそれもできません」

 

「……無理を、してもらわねばならんかもしれん」

 

「それは……多少の犠牲は止むを得ない、と?」

 

「だが、彼女たちだけを死なせるつもりはない。

 たとえ駆逐艦一隻でも彼女たちが沈んでしまったならば……ワシは腹を切る」

 

総司令の言葉は、辞職するとかそういう意味ではない。

文字通り、切腹して果てる覚悟なのだ。

そこまでの覚悟を口にされては、宇佐美ももう何も言えなかった。

 

「これは言うなよ。あの子らが、ワシのために決意を鈍らせてしまうのは困るからの」

 

広場前の壇上に足を踏み入れ、総司令が姿を艦娘の前に現す。

整列した艦娘たちが一斉に敬礼をし総司令が一同を見回してそれに答える。

 

「多くは言わん。全てを貴艦らに委ねる。この国を……いや、人類を守ってくれ。

 ――艦娘、出撃せよ!」

 

 

戦いは2日2晩におよんだ。

 

深海棲艦はまず半数の艦で艦娘を迎え撃った。

半数でもその数350隻。艦娘たちの倍以上の数だ。

 

だが、この戦いはあっけなく艦娘側の勝利に終わった。

 

「数は多かったが、敵の編成が軽すぎたな。捨て駒かもしれん」

 

長門が炎と煙が渦巻く海上を睨みすえながら旗艦の大和に告げる。

 

「こちらを消耗させるのが狙いということですか」

 

「おそらくは」

 

確かに、かなりの弾薬を消費し、損害も軽くはあるがほぼ全ての艦が被っていた。

大和は全艦あての通信を送る。

 

「各艦に通達!海域の突破を優先!追撃は不要!損傷した敵には目をくれるな!」

 

 

2回目の会戦では、敵味方ほぼ同数の戦いとなった。

敵の編成も重量級の艦が増え、さらに側面から潜水艦群の奇襲も受けた。

艦娘側の被害はさらに拡大した。

最終的に艦娘側が勝利はしたが

 

「被害報告を」

 

「……轟沈、大破はなし、だが……小破62、中破25、だ」

 

長門の報告に大和が唇をかむ。

半数以上が軽微以上の損害を受けている。

そして、まだ200隻以上の深海棲艦が無傷で残っている。

その中には、ここまでほとんど姿を見せなかった

姫、鬼といったボス級の艦もいると考えられた。

 

「次が正念場になりますね」

 

「おそらく」

 

「各艦隊、陣形見直し!損害大なる艦の保護に努めよ!

 これより、敵主力との決戦に向かう!」

 

 

そして、3回目の会戦。

戦艦や正規空母といった重量艦に加え、予想通り、姫、鬼といった敵が現れ行く手を阻む。

しかもあちらは無傷、こちらは半数以上が手負い。

数ではほぼ互角でも、艦娘側にとって苦しい戦いとなった。

 

会戦が終わったとき、水上にある艦影は艦娘のものだけだった。

辛くも勝利を収めはしたが

艦娘のほとんどが煙や炎を上げていた。轟沈した艦がいないのが奇跡とも言えた。

 

「……長門さ、ん……総旗艦を、お願い、できます……か?」

 

「……了解した。謹んで拝命する」

 

大和もまた大破していた。すでにほとんどの砲はつぶれ、見るも無残な有様である。

大和に代わって長門が通信を発する。

 

「これより、中継地点のZ島に向かう!航行困難の艦は僚艦の支援を受けよ!

 あと少しだ、皆頑張れ!」

 

 

日が暮れかける頃、艦娘たちが中継地点の小島に上陸する。

上陸するなり砂浜に倒れこむ者も数多くいた。

そのほとんどが、大破状態だった。

 

「中破以下の艦娘は私の元に集合!」

 

集まった艦娘、長門を含め15隻。

長門は集まった艦娘を見回して衝撃を受ける。

数が10分の1に減ってしまったことにではない。

その顔ぶれにだった。

 

正規空母葛城。軽空母鳳翔、隼鷹、龍鳳。重巡洋艦妙高、高雄。重雷装巡洋艦北上。

軽巡洋艦酒匂。練習巡洋艦鹿島。駆逐艦雪風、響、潮。伊号潜水艦伊58。潜水空母伊401。

 

それは先の大戦で、終戦時に生き残っていた艦の艦娘たちだった。

 

(どういうことだ……偶然なのか、それとも……何かの運命なのか?)

 

だが、疑念を払拭するように首を振ると

 

「酒匂と鹿島は何箇所かに火を起こしてくれ。

 雪風と響は北の泉から水汲みを頼む。残ったものは傷を負ったものの手当てを。

 では、行動開始」

 

 

翌朝、未明

 

「揃っているな……これより、敵泊地に攻撃をかける。

 想定では、敵艦数は50隻前後だが、港湾棲姫、戦艦棲姫がいると思われる。

 また、夜間偵察の報告では正面の艦隊とは別に、東方にも艦隊が潜んでいる。

 おそらくこちらの攻撃にあわせ、挟撃する作戦だろう。

 だが、我々はとにかく正面の敵に集中、これを突破する!

 各員の健闘を期待する!」

 

『ハイッ!!」

 

こちらの損耗は激しく、敵の数は3倍以上で、強力な敵艦は今だ健在。

どう考えても分の悪い戦いだったが、艦娘たちの士気は依然として高かった。

 

「それと、護衛として、潮はここに残ってくれ。何かあったらすぐに通信を」

 

「えっ……わ、私も……いえ、わかりました!」

 

「では……出撃する!」

 

 

中継地点の島から長門たちが出撃してから30分ほどすぎたとき。

薄明かりの中、艦娘たちの休む島の入り江に、一つの艦影が近づいてくる。

 

「誰!?……えっ……ま、間宮さん!?」

 

それは、給糧艦・間宮だった。

非戦闘艦の間宮がどうやってここに、と疑問に思いながら、潮は進水してその元に向かう。

 

近づいた間宮は、瀕死の状態だった。

血まみれのその手で、落とさぬようにと掴んだ荷物を潮に差し出す。

 

「……みな、さんに……おべんとう、を……」

 

「間宮さんしっかり!どうしてこんな……!?」

 

「私だって、艦娘……です……何か……お役に……

 大淀さん、と……明石さんに……護衛、して……いただいたんです、けど……」

 

「ええ!?」

 

潮はあたりを見回すが、大淀も明石もその姿は見えない。

 

「途中で、敵に……襲われてしまって……お二人が、私を守って……」

 

「わ、わかりました、とにかくこちらに……間宮さん、間宮さん!?」

 

「おべんとう食べて……頑張って……暁の水平線に……勝利を刻んでください……ね……」

 

掴もうとした潮の手をすり抜けて

安心したような顔で間宮が沈んでいく。

 

泣きながら潮が浜辺に戻ってくる。

 

「間宮さんが……間宮さんが、これを……」

 

艦娘たちは一部始終を見ていた。沈み逝く間宮を見ていた。その言葉を聴いた。

差し出された弁当を、立ち上がって大和が受け取る。

包みを開き、一口だけ食べると、包みを後ろ手に差し出す。

そばに近寄っていた武蔵がそれを受け取り

彼女もまた一口だけ食べて次の者に包みを渡す。

こうして、島に残っていたもの全員が弁当を食べ終えたとき

 

彼女たちの覚悟は決まっていた。

 

全員が、外していた艤装を装着しはじめる。

 

「え……な、何してるんですか皆さん!?

 ここで長門さんたちが戻るのを待つって命令ですよ!?」

 

「そうね……でも、私たちは今『別働隊』だから。

 だから私たちは私たちの判断で行動します。ごめんね潮ちゃん」

 

「な……何をするつもりですか……」

 

「敵艦はまだ50隻以上。正面の敵とは別に艦隊がいて

 長門さんたちを挟撃するつもりなんでしょう?

 まともにやりあっても勝ち目は薄いけれど……

 もし、敵の予測していない方向から、多数の艦が一度に攻撃を仕掛ければ

 混乱させることができます。

 長門さんならきっと、その隙をついてくれるはず……!」

 

「だ……駄目です!みんな大破しちゃってるじゃないですか!?

 次に攻撃されたら……みんな、沈んじゃいますよ!」

 

「かまわん」

 

近寄っていた武蔵が答える。

 

「艦のときの戦いは、ただ負けを遅らせるための戦いだった……

 自分が沈んでも、それは負けが早くなるだけだった。

 だが……今度は違う!勝つための戦いだ!

 たとえここで沈もうとも、その先には勝利がある!必ず、我らは勝利する!」

 

「そんな……駄目です……ッ!行っちゃ駄目ですッ!

 そうだ、長門さん、長門さん、応答してください!こちら潮!こちウッ!?」

 

背後から、大和が潮の後頭部に手刀を入れ、気を失わせる。

 

「……ごめんね」

 

『こちら長門、こちら長門。いま通信があったようだが何か?』

 

「こちら大和。さきほど、間宮さんがお弁当を持ってきてくれたので、その報告です」

 

『間宮さんが?よく来られたものだ……わかった。

 できれば、私たちの分も残しておいて欲しいものだな』

 

この通信を最後に、大和たち130隻を超える艦娘が消息不明となった。

以後の彼女たちの行動の記録はない。

 

長門たちが敵正面艦隊に攻撃をかける直前

泊地東方に大量の砲火が見えた。

砲火は暁に白み始めた空を焦がし、やがて消えていった。

それに動揺したのか陣形を崩した深海棲艦に長門たちが攻撃。敵艦隊は全滅。

その後、戦艦棲姫が単艦で進撃してきたものを迎撃、これを撃破。

泊地に残っていた港湾棲姫とその側近は白旗を掲げ降伏した。

 

この港湾棲姫の降伏で、「最終決戦」、そして

艦娘と深海棲艦との戦争は艦娘の勝利に終わった――奇しくも、8月15日の出来事であった。

 

中継地点まで戻った長門たちは、がらあきの休憩地と気を失っている潮を発見した。

目を覚ました潮から成り行きを聞き、泊地東方に急行するも

くすぶる艦の残骸と、海面にただよう大量の油を発見するにとどまった。

 

報告を受けた総司令は、決戦開始の朝の言葉通り、割腹自殺をとげる。

そして宇佐美は寝食もとらず声を上げて男泣きに泣いた。

その涙は血のように赤かったという。

 

帰投した長門たちを港に出迎えたとき、すでに宇佐美は泣き止んでいた。

だが、艦娘に敬礼を捧げる宇佐美の髪は真っ白になっていて

血涙を流し続けたその目は、赤くなったまま二度と元に戻ることはなかった。

 

 

時は現在に戻る フタサンマルマル 鎮守府 駆逐艦居室

 

忍び足でベッドの間を歩く人影。

暗がりの中、寝ている駆逐艦たちの顔を覗き込み

潮が寝ているベッドで立ち止まる。

 

「……駄目です……かないで……さい……」

 

うなされて寝言をつぶやく潮の手を、人影が両手でそっと握る。

そのとたん、人影の背後にもう一つ人影が立ち

両肩を掴むと有無を言わさず部屋の外へ引きずり出した。

 

引きずり出したのは長門。引きずり出されたのは提督だった。

 

「いちおう聞くが、何をしていた?」

 

廊下に座り込んだ提督がうなだれる。

 

「何って……何だろうな……何とかしてやりたかったんだよ。

 だって、毎晩だぞ……毎晩、あの日のことを夢に見るなんて酷すぎるだろ」

 

「そうだな……目を覚ましたときには覚えていないというのがせめてもの救いだが」

 

「何とかしてやりたいけど、どうしていいかわかんなくて……

 せめて、イヤな夢見ないですむように、手でも握っててやったらどうかな、って」

 

座り込む提督のそばに長門もしゃがみ、そっと肩に手を置く。

 

「気持ちはわかるが、女子の部屋に夜中に忍び込むのはマズイだろう。

 潮のことは、とりあえず今夜は私が見よう。宿直だからな」

 

その後。

鎮守府で不寝番の宿直を勤める年長の艦娘の間では

宿直のことを密かに「潮番」と呼ぶようになったという。

 

「何だか、最近グッスリ眠れて調子がいいです!」

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