ヒトマルマルマル 鎮守府 提督執務室
「はい……ええ……いや、それはわかりますが!
……え?……はあ!?……ああ、わかりました!……もう頼まねーよバーカ!!」
提督が受話器を叩きつけ
横で聞いていた秘書艦・長門が呆れ顔になる。
「……いいのか。今の、司令本部とだろう?」
「知るか!ケチるにもほどがあるわ!」
怒りのおさまらない提督に、席を立って長門が歩み寄る。
「やはり、司令本部は頼れない、か……どうするつもりだ、提督?」
「……手作りってわけには、いかないかな?」
「無理とは言わないが、それではいつ完成するかわからんな」
「んー……かと言って、俺の貯金でどうにかなるレベルじゃないしなぁ」
「ちなみに聞くが、貯金ってどれくらいあるのだ」
「えーと……確か3万8千円ぐらいは」
「さ……お前何に給料使ってるんだ!?仮にも海軍提督だろお前!?」
「いやその……なんだかんだありまして……?」
「はあ……仕方がない」
長門が懐から何やら取り出し、パサリと提督の前に投げ置く。
「使え」
「え……ナニコレ。長門の預金通帳?」
名義が「戦艦 長門」となっている。銀行もよくこれで受け付けるものである。
「そうだ……特に使い道もないから、けっこうな額になってる」
いちおう、艦娘にも給料が支払われているが
基本的に衣食住は鎮守府で賄っているので
貯めようと思えばもらった給料全部を貯金することも可能なのである。
「いやそんな、長門の金だけ使うわけには……そうだ、この際、皆に寄付を募ろう!」
「寄付か……そうだな、皆から寄付金を集めたほうが
『自分たちで出し合った金で建立された』ということで
意識もまた変わってくるだろう。
まあ、いくら集まるかわからんから
足りない分は私の貯金から使ってもらってかまわない」
ここまで話したところで、無線機の前に座っていた鹿島が声をかけてくる。
「あの、よろしいですか?」
「ん?何、通信でも入った?」
「いえ、今お二人が話されていたことで……慰霊碑の件、ですよね?」
「うん」
慰霊碑。
潮の寝言の件があって
今更ながら残された艦娘のメンタルケアの必要を思い知った提督が
艦娘ならびに深海棲艦の慰霊碑を鎮守府に建立しては、と考えたのだ。
もちろん、沈んでいった者たちの魂を慰める碑ではあるが
そういったものを建立することで
「ああ、これで皆も少しは浮かばれるだろう」と残された者が思えるようになるだろう
という面がこの場合は大きかった。
「でも、この計画ってまだ皆が知ってるわけじゃないですよね?」
「ああ、予算の問題があってまだ確定じゃなかったから
俺と長門と鹿島と……あと鳳翔さんしか知らないかな」
「寄付を募るんでしたら、何か告知文でも掲示しておきますか?」
「そうだなぁ……」
告知をすれば全員の目に留まる。
寄付をしない訳にはいかなくなるだろう。
「なんか、強制するみたいでイヤだなぁ……」
「考えすぎだろう。そんな風に考える者は、少なくともこの鎮守府にはいないと思うぞ」
「そうですよ。ああ、それと……他の鎮守府の提督にもお話されてみてはいかがです?」
「え、先輩たちに?」
「ええ、慰霊碑ができれば、あの方たちも喜ばれると思いますし」
「少なくとも、貯金が3万8千円などという甲斐性なしもいないだろうしな」
「……あいすいません。連絡させていただきます」
月日は流れる
フタサンマルマル 鎮守府 中央広場
予想をはるかに上回る集寄付金が集まり、慰霊碑は完成した。
広場の上手、宿舎も海も見える場所に慰霊碑が置かれ、今は白布の幕がかけられている。
明日は除幕式。
各地の提督も駆けつけ、今はまだ祝宴の真っ最中のはずなのだが
宇佐美はそっとその場を抜け出していた。
左手には一升瓶。右手には湯飲みが二つ。
慰霊碑の前に座り込むと、二つの湯飲みに酒を注ぐ。
その一つを碑の前に置くと
「ごめんな。もっと早く、こういうの作ってやればよかったよな」
慰霊碑に語りかけるが、もちろん返事はない。
「そう言えば、お前に飲ませたこと、なかったなぁ。
飲ませたらどんな風になったのかな……
なんか、絡み酒になりそうだよな、お前」
誰か、一人に語りかけるような口調で
静かに酒をあおり続ける。
まだ明かりの消えない宿舎から、人影が一つ、夜の闇の中に出てくる。
あたりを見回して、月明かりに照らされた慰霊碑と、その前の提督を見つけ近づいてくる。
長門だった。
「ここにいたのか」
「ああ」
「隣、いいか?」
「ああ」
よっこいしょ、と提督の隣の地べたに腰を下ろし、慰霊碑を見上げる。
「誰と話してたんだ?」
「ん……まあ、その……いいだろ、別に」
「やれやれ……思い出の中で、永遠に輝き続ける。絶対に敵わない恋敵だな」
「アイツとは……そういう仲じゃなかったさ。
そういう意味でなら……その、お前のほうが、だな、うん」
その言葉にほほを染め、少しうつむいた後
長門が急に提督を抱き寄せ、唇を奪う。
「!?」
短い口づけの後、ゆっくりと長門が体を離す。
「本当は……指輪を渡すときに、して欲しかったんだぞ?」
「すまんな、気の利かない男で」
「まあいいさ……実を言うと、私たち指輪を貰った4人の間では
抜け駆けは禁止ということになっているのだが
たまには、ルールを破るのも悪くないな」
月明かりの下、長門が珍しく満面の笑顔になり
「え……?……んっ」
提督のほうから長門を抱き寄せ、唇を奪う。
今度は、ずっと長く。
体を離した後、長門の目には涙が浮かんでいた。
「艦から……なぜ艦娘となって生まれ変わったのか
今わかった気がするよ……艦のときにはわからなかった……
これが、幸せというものなのだな……」
翌日 マルキュウマルマル 鎮守府 中央広場
「黙祷!」
長門の号令に、その場に集まった、艦娘、深海棲艦、そして提督たちが
それぞれの思いを胸に慰霊碑に向かい黙祷を捧げる。
その後、宇佐美が壇上に上がりマイクを握る。
「……先の戦いでは、多くの者が、さまざまな物を失ったと思う。
今だ海に眠るものはその命を
我々残されたものは大切な仲間、愛する者を失った。
悲しい出来事だった。失ったものは、二度と帰らない」
皆が真剣な眼差しで宇佐美を見つめる。
「失ったものは帰らないが、我々は生きている。
生きているなら、また別のものを手に入れることもできるだろう。
艦娘の諸君。君たちは艦の魂を受け継ぎ、艦としての使命を果たした。
海中に眠る艦娘たちも、存分に働き、使命を遂げたことで
今はその魂も安らかなのかもしれない。
だが、残された君たちは、今も生きている。
艦としてはやりきったかもしれないが
これからは娘として、できること、やりたいことを見つけて欲しい。幸せになってほしい。
それが、君たちがただの艦船ではなく、艦娘として生まれてきた理由だと思う。
もう一度言う。幸せになりたまえ。そして、誰かを幸せにしたまえ。
それが、生き残った君たちのなすべきことであり
今は眠りについた魂の望むことでもある、と思う。
そしてそのためならば、この宇佐美忠孝は全力でこれを支援しよう」
今度は、深海棲艦たちのほうへ目を向ける。
「君たち深海棲艦も同じだ。
君たちは、恨みや憎しみよりも、生きることを選んだ。
それはとても尊い選択だったと思う。
まずは生きること。それを成し遂げたのならば
次は、やはり幸せになることを目指して欲しい。
状況は厳しいかもしれない。だが、艦娘たちへの助力と同様に
この宇佐美、力を尽くす所存だ。共に頑張ろう」
港湾棲姫の目に涙が浮かぶ。
(戦艦棲姫……見テイル?貴女ハアノ時『オ前タチハ生キロ』ト言ッタケド
生キテ、ソレデドウナルノカ、チットモワカラナカッタ……今、ヤットワカッタワ……)
こらえきれず泣き出す者もいた。
天を仰いで祈るような者もいた。
そして、宇佐美の元に駆け寄る者もいた。
長門、鳳翔、隼鷹、高雄。
指輪を宇佐美から受け取った4人が、彼を取り囲む。
「全力で支援というが、お前はこの中の誰の幸せを支援してくれるんだ?」
「あ……いや、支援といっても色々やり方はある……と思う、よ?」
提督が修羅場の予感に身を震わせたとき
ドォン、と遠くで音が響いた。
「なんだぁ!?」
「今の音は……工廠から、か?」
まさか、と隼鷹と提督が顔を見合せ、工廠へと走り出していった。
「え、何?何があったんですか?」
訳がわからないまま、残った3人も追いかけて走り出し
そして艦娘も深海棲艦も、皆が工廠へ走り出した。
工廠に飛び込んだ提督が目にしたのは
「やっぱ建造ドック動いてる!?」
「アタシ何もしてないからね!?触ってないからね今回!?」
「しかも4基全部動いてる!?資源設定とか何もしてないのに!?」
「アタシじゃないから!アタシ今回関係ないから!?」
驚きつつも、唸りをあげる建造ドックを見上げているうちに
提督は急に得心が行った。
「そうか……そうだ……皆、帰ってくるんだ!」
遅れてきた長門が提督の肩を掴み揺さぶりながら叫ぶ。
「どうなってる!?どういうことだこれは!」
「前に言ったよな……艦娘には、もう生まれてくる理由がない、って。
でも、さっき俺は『艦として役割を果たしても、まだ娘としてやることがある』って
慰霊碑の前で言った。『娘として幸せになれ』って言った。
だから……まだ生まれてくる理由が艦娘にはあるって
艦娘の魂に伝わったんだよ!」
「じゃあ……ひょっとしてこれは……」
「そうだ!皆、帰ってくるんだ!戦うためじゃない、幸せになるために!誰かを幸せにするために!」
「そんな……奇跡みたいなことがあるのでしょうか……?」
「何言ってる高雄。艦娘の存在自体が、奇跡みたいなもんじゃないか?
だったらちょっとぐらい奇跡を追加したっていいだろう!」
「でも、新しく生まれてくる艦娘は、娘として過ごしたときの記憶はないんだろ……?」
隼鷹が喜び半分寂しさ半分な面持ちになるが
「いいや、きっと覚えてるさ!でなきゃ幸せになれないヤツだっているだろ?
だから……きっと、俺たちのことを覚えてる!
あの頃のままのあいつらが帰ってくるのさ!」
「じゃあ……じゃあ、また、暁や雷や電に会えるの?」
涙目の響が提督の上着の裾を掴みながら不安げに尋ねる。
「ああ、きっと帰ってくるぞ。響を幸せにするために、な」
やがて、最初の建造ドックがその工程を終える。
搬出口に蒸気が立ちこめ、人影がそこに浮かび上がる。
「最初は誰だろう?」
「ああ……なんとなく、わかる。たぶん、アイツだ」
始めは、二人きりの鎮守府だった。
怒ったり、怒られたり、ケンカしたりもしたけれど
それでも、ずっと傍にいた。いてくれた。
だから真っ先に帰ってくる。また、始めるために……
「お疲れ様です! 司令官。次は、何をすればよろしいですか?」
~END~
「いつかどこかの鎮守府で」
これにて閉幕となります。
まだエピソードの書かれていない艦娘たちの話なども構想としてはあったのですが
正月休みも終わりが近づき、執筆を継続するのが困難になりそうなので
これにていったん終了とさせていただきました。
お読みいただいた皆様、ありがとうございました。
それではまた
いつか、どこかで。