楽しんでいってね!
人理焼却事件。魔術王と呼ばれる存在がなした企ては失敗に終わった。これは、その事件に関わったごく一部の人間しか知らない英雄の存在を語る物である。
果てを知らぬ大いなる海域『オケアノス』にて、カルデアは彼と接触する事に成功した。
神話には語られず、化け物としても語られず、ましてや英雄などと呼ばれる事もない。人々の記憶の片隅どころか、世界全体にも残らない最強の反英雄。その名は――――
「アイクレオス、ですか……?そんな英雄が実在するんですか?」
『僕も知らないなぁ。ギリシャ神話でそんな名前の英雄いたかな?』
カルデア一行の有するシールダーのサーヴァント『マシュ・キリエライト』、そして所長代理である『ロマニ・アーキマン』は揃って首を傾げる。そんな名前の人物は聞いた事がないと。カルデアのマスター、『藤丸立香』はそもそも話についていけていなかった。
「うむ、知らずとも無理はないだろうな。あやつは俗世間に出たがる性質ではなかった。どちらかといえば、森で小動物と戯れている方がお似合いであったからな」
「弓の腕前は良かったのよ?でも、気質が完全に英雄向きじゃないから……」
対するはギリシャの誇る麗しの女狩人『アタランテ』とオリュンポス十二神でありながら何をトチ狂ったか恋人の霊基で現界している『アルテミス』こと『オリオン』。
「申し訳ないのですが、そのような方を召喚しても大丈夫なのでしょうか?いえ、お二人の考えが悪いとは思ってはいないのですが……」
『そうだね。僕としても召喚には賛同できない。なにせ相手は――――あのヘラクレスなんだから』
ヘラクレス。ギリシャの誇る屈指の大英雄。絶対無敵という言葉こそが正しい存在。十二の難業を乗り越えた結果、十二個の命を手に入れたというお前大概にしろと言いたくなる英雄だ。
普通は敵に回す方が愚かであり、味方であればこれほど嬉しい存在はそうそういないだろう。そして今、彼らは災難な事にヘラクレスを相手にしなくてはならない状況にある。だからこそ、彼らは戦力の拡充を図っていたが、話は難航していた。
「まぁ、そうだよな。俺だって、ヘラクレスの相手なんかしたくねぇもん。だって、生半可なサーヴァントじゃヘラクレス相手にはすぐミンチになるだろうしな。……でも、アイクレオスは別だ」
「なんで?聞く限り、凄い所が分からないんだけど……」
「――――簡単な話だよ。アイクレオスだけが、ヘラクレスを直接射殺したからだよ」
「えっ!?」
『ちょ、ちょっと待って!どういう事だ!?ヘラクレスが直接殺されただなんて一説、何処にも存在しないぞ!?』
「そりゃそうだろ。ヘラクレスはゼウスの息子で、ギリシャの大英雄だ。そんな奴が毒でも何でもなく、真っ向勝負で負けたなんて書ける訳がない。普通に消されたんだよ……存在ごとな」
「でも、ヘラクレスって毒の衣……だっけ?を着させられて死んだんでしょ?どうして真っ向勝負で負けたの?」
「アイクレオスがヘラクレスを斃したのはギガントマキアの時なの。アイクレオスは母さん……ガイアの陣営でギガントマキアに参戦したの。あの子は私とアポロンと母さんを信仰していたから」
アイクレオスは赤ん坊の頃に親に捨てられた。それをガイアが救い、アルテミスとアポロンを通じてアタランテと共に養育した。彼はその事に感謝し、三神に信仰を捧げた。敬虔な彼はどんな時でも、決して貢物を欠かすことはなかった。
中でも、特にガイアへの信仰心が強かったアイクレオスは若いうちにハデスを通じてガイアの神官となった。亜神という存在に近くなったアイクレオスがガイア側でギガントマキアに参戦する事はおかしい事ではない。
「そして、あの子はヘラクレス以外にも参戦していた英雄を尽く射殺した。そして、母さんがテュポーンを生み出す前、あの子はヘラクレス相手に打って出て……ヘラクレスを倒した。って言っても、ゼウスに殺されちゃったんだけどね!」
その時の事を思い出しているのか、アルテミスの言葉は重たい物だった。しかし、次の瞬間には元の口調に戻っていった。
「あの愚弟がそこまで成長するとは……姉としてこう、心に来るものがあるな」
『個人の評価はともかく、凄いじゃないか!それならヘラクレスを相手にしても勝てるんじゃないか!?でも、それなら英雄の座にはいないんじゃない?』
「その点は大丈夫だろう。触媒に私とアルテミス様がいれば確実に来る。というか、来なかったら事件が終わった後に私が躾けてやる」
『そ、そうですか……立香くんもそれで良いかい?』
「うん!二人がこんなにも自慢げに言うんだから信用できるしね!マシュもそう思うでしょ?」
「はい、先輩!ドクター、召喚サークルを設置します!」
『頼んだよ、マシュ!ここで悪い知らせだ!サーヴァントの反応を検知……イアソン一行だ!これは一回勝負になってしまうから、頼んだよ!』
「はい!」
マシュが盾を地面に置き、立香は手元に少し大きめの金平糖のような石――――聖晶石を三つ持ち、それを盾に投げた。すると、召喚術式が起動し、光の粒が回転し始めた。その光に立香は右手を向けた。
「来て――――アイクレオス!」
光が最高潮に達し、光の柱が現れた。光が消えると、そこには一人の男性が立っていた。垂れ目でどこか優しげだが、同時にどこか威圧感を感じさせられる男性は立香を見ると頭を下げた。
「君がマスターかな?こんな無名も甚だしいサーヴァントを呼んでくれたことに感謝を。我が一矢を持ってあらゆる災厄をはらってみせよう」
頭を上げたアイクレオスの顔はどこかこの人なら大丈夫だと、立香に思わせたのだった――――。
主人公紹介
名前:アイクレオス 性別:男
ギリシャ神話もといギリシャ出身の反英雄。
アタランテと同時期に活動しながらも、その逸話を一切として世に残さずガイアに仕える神官となった。狩猟の加護をアルテミスから。音楽や医療の技術をアポロンから賜り、その技術によって人と動物の区別なく多くを救った。
彼がその本来の力量を発揮したのは、ギガントマキアにおけるオリュンポスの神々や英雄たちとの戦いの時だった。ガイアとアポロンとアルテミスにそれぞれ不戦の誓いを立て、戦場で相まみえた時には大人しく命を差し出すと誓った。その上でギガースたちと共に戦い、戦場に現れた遍く英雄を撃ち殺した。そんなアイクレオスを見たとある詩人はまるでヘラクレスのようだと語ったという。
その弓技は神域に立ち、直接的な威力こそヘラクレスには及ばなかったが、敵に当てる精密さはヘラクレスを上回っていた。彼も一介の武人としてギガントマキアに参戦していたが、十二の命を持つヘラクレスを殺しきる事ができなかった。
戦局は悪化の一途を辿り、遂にテュポーンが出る寸前にまで至った。そこでアイクレオスは禁じ手に出た。アポロンから賜わった医療の技術、そしてガイアから素材を貰い受ける事で究極の毒矢を完成させた。
テュポーンが戦場に現れた日、ヘラクレスと対峙したアイクレオスはアテナに誓いを立てた。ヘラクレスと真っ向から対峙し、これを打ち破ると。ヘラクレスもまたその誓いに応じた。これによって決闘を成立させ、十日もの間ヘラクレスをその場に縛り付け遂にはヘラクレスを撃ち殺した。
しかし、その瞬間にゼウスによって雷を浴びてその命を落とした。完全に死ぬ寸前、アテナに自らの弓をアルテミスに、ヘラクレスを殺めた毒をガイアに、総ての病を癒す万能薬をアポロンに送って欲しいと願い、その生涯を終えた。