埋没短編集   作:シュトレンベルク

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単発物第三弾(原作:アズールレーン)

 

 

 

 

 

――――地獄を見た

 

 

 

 

 

 仲間も敵も、総てが海の中に沈んでいく。何の区別もなく、何の理不尽もなく、ただ味方も敵も区別なく死に絶えていく。それに対して自分は何もできない。沈んでいく味方に手を差し伸べることも、逆に敵に止めをさしてやる事も。自分には本当に何も出来なかったのだ

 

 だと言うのに、人は、艦娘は、彼女を称えた。あの激闘を制した英雄だと。出陣した艦のほぼ総てが沈むような激闘で生き残った凄い艦娘だと。

 

 そう言われる度に、心が軋んでいくのを感じた。自分はそんな存在ではないのだと。皆が懸命に戦い沈んでいく中で、自分は偶々生き残ってしまった、そんな情けない存在でしかないのだと、声高々に叫びたかったくらいだ。

 

 それでも、事実は消えない。自分が生き残ってしまったという事実も、代わりに多くの友達や戦友が沈んでいったという事実も。

 

 その事実がどうしようもなく彼女を苦しめる。愛した指揮官の称賛も、今となっては彼女の心を苦しめる物でしかない。嫌いたくはないけれど、どうしてもその心は指揮官(最愛の人)から離れていった。

 

 ある時、彼女は悪夢を見た。何故、お前は生きているんだと沈んでいった敵や味方に言われる夢だ。本来は悪夢と称されるそれが、彼女にはどうしようもなく――――心地よかった。責められている方が、彼女は穏やかでいられた。それほどに彼女の心は追い詰められていた。

 

 悪夢だけが、唯一の心の安らぎと言えてしまう。それはどれほどの悲劇なのか。いかほどの不幸なのか。心定かならぬ人には分からない。戦い、大切な人を守りながら死ねることの幸運は、決して人には分からない。

 

 今日も彼女は夢を見る。彼女の心を蝕む悪夢(救う良き夢)を。少なくとも、彼女はそう思って眠りに着いた。今日もまた彼女を苛む(助ける)夢を見る事ができると。

 

 しかし、気付けば彼女はどこかの一室にいた。悪夢の舞台である海の上ではなく、どちらかと言えば鎮守符があるような穏やかな建物の一室に彼女はいた。

 

「ここは……?」

 

 彼女が唖然としていると、扉がノックされた。突然響いたその音に、彼女は何も言えなかった。そんな彼女を置き去りにするように、扉は開いた。そして、その扉の先にいたのは━━━━どこかやんわりとした雰囲気の青年だった。その青年も礼儀的にノックしただけで、誰かがいるとは思っていなかったのか数秒ほど固まっていた。しかし、すぐにため息を吐いた。

 

「また新人さんかぁ……相変わらず突然増えるよな。まったく、家主に一言あっても良いぐらいなのに」

 

「あの、あなたは?ここは何処なんですか?」

 

「待った待った。疑問は最もだし、気になることはあるだろうけど、ちょっと待って。……おーい、グレイ。新人さん来たぞー」

 

 青年は扉から廊下に顔を出し、その先にいるだろう誰かに声をかけた。駆けるような足音の後、顔を出したのは彼女にとっては知っている顔でもあった。

 

「エンタープライズ……」

 

「ナルミ、彼女が━━━━イラストリアスが新しい住人なのか?」

 

「多分ね。ここにいるって事は、そういう事なんだろうさ。悪いんだけど、彼女に説明しといて。俺は他の連中を起こしてくるから」

 

「分かった。ただ気を付けるんだぞ?」

 

「大丈夫だって。起こすぐらいでそこまで下手なことにはならないよ」

 

「そう言って、この間着替え中の高雄の部屋に入って斬られかけただろう?お前はそういうところが……」

 

「ああ、もう、うるさいうるさい。そういうのはもう耳にタコができるぐらい聞いたっての!」

 

 青年――――ナルミは女性――――エンタープライズと彼女――――イラストリアスを置いてけぼりにして他の部屋に向かった。エンタープライズはそんなナルミに仕方ないな、と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「ともかく……初めまして、で合っているな?まぁ、態々自己紹介しあうような仲ではないだろうが、改めて言っておこう。エンタープライズだ。この島の管理補佐をしている」

 

「この……島?」

 

「ああ。この島は少し特別なものでな。現実の世界とは少し違っているんだ。ナルミは集合無意識が何とかと言っていたが……ともかく、この世界は夢の世界だ。ここでどれだけの時間を過ごしたとしても、現実の世界には何の影響もない。名前はないが……そうだな。強いて言うなら霧に包まれた夢の島――――夢霧島、とでも言うべきだろう」

 

「夢霧島……」

 

「戦いからは一切隔絶されたのどかな島さ。ここにはお前や私たち以外にも多くの艦娘がいてな。療養しているんだ。まぁ、一種のバカンスのような物だな」

 

「そんな……つい先日、セイレーンに大きな打撃を与えたばかりなんですよ?今がこの戦争を終わらせる絶好の機会だというのに、バカンスなどしている余裕はありません!」

 

「そうは言うがな……イラストリアス、その戦い以降でお前は自分の顔を見たか?」

 

「…………え?」

 

「今のお前は相当ひどい顔をしているぞ。私もこの島に来てから随分と多くの艦娘を見てきたが……お前ほど酷い顔をしている艦娘はいなかった。それぐらい、今のお前は疲弊しているよ」

 

「私、は……」

 

 イラストリアスは何も言えなかった。彼女が苦しくてたまらなかった事実は、絶え間なく彼女の心を痛めつけてきた。彼女の心を救っていると言えたのも、沈んでいった艦娘の悪夢だった。イラストリアスの心は、一度たりとも平穏など感じてはいない。そしてそれは、この島でははっきりと表れてしまう。現実世界のように誤魔化す事は絶対にできない。

 苦しい事も、悲しい事も、嬉しい事も、楽しい事も……それら総ての感情が顔に現れてしまう。何故なら、この島は集合無意識を通じて艦娘たちの魂を呼び集めている。そして、肉体とは違って魂には誤魔化しがきかない。だからこそ、理性によって感情を抑えつけるという手段が、少なくともこの島ではできないのだ。

 

「ナルミ曰くな。この島は、闘争を忘れて平穏を取り戻す場所なんだそうだ。実際、この場所では誰も敵対する事ができない。精々、口喧嘩くらいのものだな。鉄血も重桜もユニオンもロイヤルも、誰もが何かしらの心の傷を負っている。口喧嘩も意地を張っているだけなんだ」

 

「あなたは?エンタープライズ、あなたはどうしてこの島に?」

 

 イラストリアスにはエンタープライズが心の傷を負っているようには見えなかった。偶々、そういう風に見えていないだけなのかもしれない。本当はエンタープライズも心の傷があるのかもしれない。けれど、イラストリアスにはそういう風には感じられなかった。

 まともだ。目の前にいるエンタープライズからはまともな人間特有の物しか感じられなかった。だからこそ、イラストリアスは問わずにはいられなかった。何故、エンタープライズがここにいるのかと。

 

「それを言う気はないな。ただ、言える事があるとすれば……きっと、私は夢から離れる事ができなかったという事だけだろうさ」

 

「グレイー?説明は終わった?」

 

 アンニュイな雰囲気を漂わせたエンタープライズに、イラストリアスは何も言う事ができなかった。そのまま言い淀んでいると、用事が終わったのかナルミが部屋に戻ってきた。ナルミの声を聞いたエンタープライズは先ほどの表情が嘘だったかのように明るくなっていた。

 

「概要だけは伝えたが、細かい所はナルミが伝えてくれ。この島の管理者はお前なんだからな」

 

「グレイだってもうおおよその事は把握してるだろうに……まぁ、良いか。えっと、イラストリアスさんだったっけ?」

 

「は、はい。装甲空母のイラストリアスと申します。えっと……」

 

「これはご親切にどうも。それと自己紹介がまだだったな。俺の事はナルミと呼んでください。他の連中には寮長とか呼ばれたりしてるけど、気にしなくて良いから。それで、イラストリアスさん。お腹空いてる?これから皆で朝食なんだけど、どう?」

 

「イラストリアスは……」

 

 別にお腹は空いていないので遠慮する、と言おうとした瞬間、イラストリアスの腹から大きな音がした。ナルミとエンタープライズは一瞬唖然としたが、次の瞬間には笑い始めた。イラストリアスはあまりの恥ずかしさにお腹を押さえて顔を赤くした。

 

「朝食一人分追加、と……それじゃあ、食堂の方に行こうか。他の連中もそこにいるだろうしね」

 

「……………はい」

 

「いやいや、元気な音で結構だっと。言い忘れてたな」

 

「なにか?」

 

 

「誰かのために戦う勇気ある者の休息所――――夢の島(ネバーランド)たる夢霧島へようこそ。俺たちは君の事を歓迎しよう。どうか、君の心の傷が癒えるまで、ここで休んでいってくれ」

 

 

 そう言いながら手を差し伸べてくるナルミがどうしようもなく温かくて。イラストリアスはどうしようもなく泣きたくなってしまいながらも、その熱はどうしようもなくイラストリアスの心を温めるのだった。




主人公紹介
名前:ナルミ(本名不詳) 性別:男

 夢霧島の守護者兼管理者。
 島の平和を守るために活動している、と言っているが、普段は日がな一日のんびりと過ごしているだけ。外見からは強さなどはまったく分からない。というより、島の防衛機構が強すぎるために仕事がない。
 生活が旧時代的な物となっているので、基本的な性格がのんびりしている。そんな性格の所為か、他人の心を解きほぐしたりしているのに長けている。島に訪れた誰もが彼にだけは心を許している。
 枯れているのか何なのか、特に自分から女性を求めるような事はしない。そのあり方はまるで縁側で茶でも飲みながら孫を眺めている爺のよう。そのくせ、艦娘にお爺ちゃんみたいと言われると若干ショックを受けている。
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