埋没短編集   作:シュトレンベルク

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単発物第六弾(原作:原神)

 海祇島における幕府軍と珊瑚宮軍の衝突。一見幕府軍優位に見えた戦闘も珊瑚宮軍の総大将兼軍師である珊瑚宮心海による奇襲により瓦解し、一転幕府軍の不利な状態へ陥っていた。このまま事態が推移すれば、幕府軍を撃退できるという時だった。

 

「おい、なんか肌寒くないか?」

 

「雨に濡れてるからだろ?気にしすぎだよ」

 

「いや、そういうんじゃなくて……」

 

 心海の傍にいた兵がそう言っているのを聞き、確かに心海も若干の肌寒さを感じた。気のせいと言われれば確かにその通りと言いたくなる程度の物だったが、心海には最大の違和感として感じられた。ふと空を見上げると氷の大剣がいつの間にか出現し、落下してきていた。

 

「退避だ!退避しろー!」

 

 前線から部下であるゴローの声が響き、幕府軍と珊瑚宮軍のちょうど中間あたりに着弾する氷の大剣。着弾地点から広範囲を凍結する御業に、誰もが言葉を無くしていた。あんな物が当たっていたらガチガチに氷漬けになっていたかもしれないからだ。

 幕府軍の兵士の隙間を縫って一人の剣士が姿を現す。他の兵士たちのように甲冑を纏うことなく、ただ一振りの剣と周囲に五本の氷剣を浮遊させている剣士。その剣士は稲妻という土地の中でも、屈指の勇名を誇る剣士でありその名を知らぬ者はこの場にはいなかった。

 

「上里結弦……」

 

「上里結弦って、あの【氷釼】ですか!?雷電将軍お傍付きの!?」

 

「雷電将軍の稽古相手を唯一務めているっていう剣士か?でも、ここ数年は稲妻の外にいた筈じゃ……」

 

「つまり帰ってきた事だろ!くそ、どういたしますか?珊瑚宮様!」

 

「少し待ってください。今考えていますので」

 

 心海としても予想外の一手だった。結弦が稲妻に帰還していたこともそうだが、この戦闘に介入してきたことがだ。上里結弦という剣士は少なくともこのような暴力じみた戦いを好むような剣士ではなかった筈だし、雷電将軍お傍付きという役目を負う者がこんな場所に来るはずがないと思っていたからだ。

 

「結弦!お前、なんでここにいるんだ!」

 

「久しぶりだな、ゴロー。俺の帰還を喜んではくれないのか?」

 

「それとこれは話が別だ!どうして邪魔をする!」

 

「どうして邪魔をする、か……ゴロー、確かに俺は天領奉行の人間じゃないし、この内戦に介入する義理はない。しかし、ここにいる兵士は将軍様の民草だ。民草の命が狩られようとしているのに、手を出さない道理があるか?」

 

「お前は海祇島の兵士がどうなっても良いって言うのか!?あの島の住人だって稲妻の民だろう!」

 

「そうだな。お前の言うとおりだと思う。だからこそ、提案がある。珊瑚宮殿はいるか?」

 

「珊瑚宮様と何を話すつもりだ!?」

 

「提案だ、と言っているだろう。お前は前線の指揮官だが、全ての決定権は彼女にあるのだろう?良いからさっさと出せ。別にこの話を蹴っても俺は構わんがな」

 

「おい、上里!貴様、何を勝手に……!」

 

「黙れ、九条。敗北を喫したのだろう?お前はお前が今やるべき事のために準備しておけ」

 

 結弦はそう言いながら、陣地の後ろを見る。そこに心海がいる事を認識しているからだ。その視線を遮るようにゴローが立つも、結弦の視線は心海に注がれていた。まるで深海のように静かで冷たいその視線に少し体を震わせつつも、心海は前に出た。

 

「お久しぶりです、上里さん。お元気でしたか?」

 

「お久しぶりです、珊瑚宮殿。突然の申し出にも関わらずご足労頂き、感謝を申し上げます。幸いにも特に大きな病にもかかることなく過ごしていました。まぁ、帰って早々このような状態だったのには、幾らか混乱を隠せませんでしたがね」

 

「そうですか。しかし、私たちは間違っている事をしているとは思っておりません。それでもあなたは私たちの行動を間違っていると思いますか?」

 

「いいえ。力を振りかざされれば、ソレに抗おうとするのは至極当然な話でしょう。危機を前にしてただ首を差し出す者がいるとすれば、それはただの愚か者でしょうとも」

 

「では、あなたは何を提案するおつもりなのでしょう?降伏の提案ではないならば、何を?」

 

「もちろん、この場の一時休戦を。幕府軍は一度この場を離れます。その際、追撃などはしないでいただきたい。その代わり、こちらもこの場におけるこれ以上の戦闘をしませんので」

 

「そのような口約束に軽々と頷けると思いますか?」

 

「頷けないのなら、こちらも刀を手にするほかなくなる。俺は海祇島の住人も稲妻という国の民草と考えています。民草の命を奪いたいとは思わないが、こちらに手を出すならば仕方ない話。こちらも全力で抗わせていただきましょう」

 

 つまり結弦はこう言っているのだ。この場は退くから見逃せ。それが出来ないのならば、自分もこの戦闘に参加すると。かつて、稲妻中に存在した野伏と海乱鬼、そして宝盗団を壊滅させた天才剣士が敵に回ると。それも雷電将軍お傍付きになる前の話で、今は更に強くなっているはず。そんな相手を敵に回すのは得策とは言えない。しかし――――

 

「そんな理由で見逃せるとでも?こちらには私を含め神の眼を持つ者が複数います。貴方を抑えきれないと思いますか?」

 

「抑えきれるかもしれませんね。しかし、こちらには九条もいる。他にも将軍様の誇る兵士たちがいる。神の眼の保持者を除いて、そちらの兵士は耐えきれるだろうか?相応の被害が出ようが、こちらの勝利という前提は変わらない。寧ろ、俺一人で複数人を抑えられるのならその時点で勝ちと言えるだろう?俺もそう簡単には負けられないのでね」

 

「……そうですか。では、回答しましょう――――どうぞ、お帰りください。お帰りはあちらとなっておりますので」

 

「珊瑚宮殿の温情に感謝を。そして、精強なる我らの兵士たちを退けたあなたの知恵、そしてその兵士たちの武威に賛辞を贈ろう。かの神オロバシがまだ生きていたなら、そなたらを誇った事だろう」

 

「賛辞を受け入れましょう。願わくば、あなたとはもう二度と戦場で会いませんように祈っておきましょう。あなたほど恐ろしい相手は早々いないでしょうから」

 

「過分な評価痛み入る。しかし、あなたに比べれば劣るだろうさ。所詮、この身に出来るのは棒振りの技術のみ。貴女のように誰かを率いる事は出来ないからな。九条、撤退だ」

 

「……くっ、分かった。撤退しろ!」

 

 戦意が折れている今、無理に戦闘を継続する事は出来ない。珊瑚宮側が戦う意思を見せたなら、結弦が戦闘に参加したのでその別ではなかったが、そうはならなかった以上は撤退するべきだ。傷を癒し、戦力を増やして次の戦闘に備えるが得策だ。

 結弦が殿を務め、幕府軍の最後尾が弓の射程外まで逃げ切ると出現させていた氷の大剣を砕いた。その影響で結弦の一歩手前までの海が凍り付いた。下手に追撃をかければ斬ると言わんばかりの行動に、誰もが動くことが出来なかった。

 

「……ふぅ。皆さん、色々とありましたが私たちの勝利です!」

 

『オオオオオォォォォォォ――――――っ!』

 

 珊瑚宮軍の歓声を背に受けつつ、幕府軍が撤退する。格下というべき連中に負けて逃げまどっている自分たちに対して屈辱を感じつつも、生き延びるために逃走する。本来の陣地まで撤退した時にようやく沙羅は結弦の姿が消えている事に気が付いた。

 

 数日後の夜、旅人とパイモンは珊瑚宮邸を訪れていた。旅人――――蛍は心海の推薦を受け、メカジキ二番隊隊長の位についており、その報告のためだった。蛍が珊瑚宮邸に着いた時、丁度心海とゴローの二人が何やら話し合っている姿が見えた。

 二人に声をかけようとした瞬間、上から何か、いや誰かが降ってくるのが見えた。黒い装束を身に纏うその何者かは二人に向けてまっすぐ降りてきていた。蛍は身体に雷元素を纏い、その人物に向けてまっすぐ跳躍する。その何者かも蛍に気付き、蛍の振り上げた剣に刀を合わせる。

 

 氷元素(・・・)を纏った刀と雷元素を纏った剣がぶつかり合う。身動きの出来ない筈の空中で衝突させた刀剣を起点に動き、蛍の口をふさいで地面に着地する謎の人物。突然現れた二人にびっくりして口を開けなくなっていた二人だったが、謎の人物が口を塞いでいた布を取り払う。

 

「ビックリした……何してんだよ、蛍」

 

「結弦……?」

 

「結弦!?お前、一体何をしに……まさか、珊瑚宮様を!?」

 

「…………ハァ。客人である彼女はまだしも、側近ぐらいには話を通しておいてくれよ。心海殿」

 

「ふふふ、すいません結弦。でも、あなたが悪いんですよ?あの時にあんな威圧をかけてくるから」

 

「そりゃあ、公式には敵同士なんだから当然だろうに。それはそれとして、手紙を受け取った時以上に事態は拙い方向に転がっている。どういう手を打つつもりなんだ?」

 

「検討中ではあります。それより、態々訪れたという事は何か報告が必要な事態でもありましたか?」

 

「ああ、少し厄介な事態があった。これはどちらかというと珊瑚宮軍の中で起こっているようだから、何かしら対策を打った方が良いんじゃないかと思ってな」

 

「こちらの陣営で、ですか?それは一体……?」

 

「さ、珊瑚宮様!?お下がりください!」

 

 仲良さげに会話している二人に暫く呆然としていた三人だったが、ゴローが我に返り心海と結弦の間に挟まるように立ち上がる。ゴローが弓を取り出すも、結弦は腕を組んでおりまったく警戒していなかった。どころか、心海が驚いて声をかけ得た。

 

「どうしたんですか?ゴロー」

 

「どうかした、ではありません!結弦は旧知の仲であろうとも、れっきとした幕府軍の兵士です!それはあの戦場で珊瑚宮様も見られたではありませんか!」

 

「ああ、あの時の事ならば構いませんよ。私と結弦は有事の際を想定して情報交流をしあう仲だったのですから」

 

「へぇっ!?ど、どういうことですか珊瑚宮様!」

 

「どうこうもそういう事だよ。気軽には動けない心海殿に代わり、俺が情報を集めて報告する。その情報を精査し、策を立てるのが心海殿の役割という訳だ。本当に話通ってないのか?」

 

「え?ど、どういう事なんだよ!?結弦は幕府軍の味方じゃないのか!?」

 

「違う。俺は雷電将軍の……バアル・ゼブル様の味方だ。バアル・ゼブル様を不当に利用しようとする者を俺は許さん。そこに幕府軍・珊瑚宮軍・ファデュイの区別はない。好き勝手に振る舞う輩に振り撒いてやる善意はない。心海殿とはその辺りは話済みだしな」

 

 パイモンの言葉に対し、そう告げる結弦。結弦はふと視線を門の方に向けると舌打ちをする。騒ぎを聞きつけて珊瑚宮軍の兵士たちが集まろうとしているのだ。それを察知した結弦はまた明日の夜に来ると言い残すと邸宅を走り抜け、外に脱出する。

 走り去っていく結弦の姿に一同が呆然としつつも、心海は集まってきた兵士たちを下がらせた。心海はゴローと旅人たちを連れて自分の執務室に案内した。心海は人払いをした後、お茶を一口すすると要約口を開いた。

 

「さて、何か聞きたい事はありますか?」

 

「……心海とゴローは結弦と知り合いだったの?」

 

「ええ。彼が今の役職に就く前、稲妻中の野伏たちを鎮圧したという話は聞いたことがあるでしょう?その時にこの海祇島を訪れ、私とゴローは彼と知り合ったんです。歳も近かったという理由から仲良くしていたんですよ?仕事が休みの時はよくこちらに来ていました」

 

「……確かに結弦と俺と珊瑚宮様は仲良くしていた。だが、だからこそ、信じられない。あいつが俺と敵対している幕府軍と味方している事が。珊瑚宮様、結弦が言っていた事は本当なのですか?」

 

「彼と情報共有している事ですか?本当です。将軍様にとって不利益となりうる情報を秘匿する代わりに、それ以外の部分では情報を提供してくれるという約束です」

 

「では、彼の齎す情報はこちらを混乱させるだけなのでは?」

 

「いえ、彼は現状を疑問視しています。それに……先ほどの彼の言葉を覚えていますか?」

 

「えっと、どういう事なんだ?」

 

「『バアル・ゼブル様を不当に利用しようとする者を俺は許さん。そこに幕府軍・珊瑚宮軍・ファデュイの区別はない』という言葉。これはつまり、何者かが将軍様の意思とは乖離した選択を取っている、という事なのでしょう。しかし、ソレを行っている者は彼の立場を持ってすらソレを追求する事が出来ない相手という意味なのでしょう。

 彼は旅人さんの力を欲しているのでしょう。しかし、ソレを頼むには我々の陣営で不都合な事が起こっているという情報を掴んだ。彼は今夜、その情報を伝えに来るはずです。事前に日取りを手紙で通知してくるのに、それもなく訪れた辺り相当緊急の要件なのでしょう……ゴロー、念のために軍内部を探ってもらえますか?」

 

「珊瑚宮様は結弦を信じておられるのですか?」

 

「……ゴローも彼の事を信じているのでしょう?だから、彼が敵方として現れた事に怒りを露わにした。しかし、あの行動は彼の立場を思えば自然な事です。彼は昔から誠実な人だった。違いますか?」

 

「それは……いえ、かしこまりました。情報を探ってまいります」

 

「お願いしますね、ゴロー」

 

 心海の言葉を受け、ゴローは執務室を立ち去る。その背を見送りつつも、蛍とパイモンに視線を向ける心海。あなたは何が聞きたいですか?そう言外に問いかける心海。その視線を受け、蛍は少し考えこむ。

 

「なぁ、心海は結弦のことをどう思ってるんだ?」

 

「結弦の事ですか?そうですね……将軍様を除いた稲妻一の剣士。将軍様お傍付きの鍛錬相手。あとは他人に対して誠実に接する人、というイメージでしょう。事実、彼は誰が相手でも誠実な態度を崩す事はありませんでした。唯一、将軍様への悪態をついたり、将軍様の不利益になるような行動した者は辛辣でしたが」

 

「……結弦は雷電将軍の信奉者なの?」

 

「信奉者、という表現は少し違うかと思います。将軍様の理解者……永遠という将軍様の追い求める理想に対する協力者というスタンスなのでしょう。だからこそ、永遠という言葉から遠い人の身で世界を知る道を選んだのでは、と私は思っています」

 

 永遠という途方もない時間の流れの中では、人は、否一握り以外の生物は総て刹那の生物と言うしかない。だからこそ、刹那を生きる者だからこそ、永遠を俯瞰する者には見えない物が見える。それらを見るために彼は稲妻を離れたのだと、心海は思っている。

 かつて、稲妻を離れる前に結弦と話した時、結弦は雷電将軍の掲げる永遠はとても脆く儚い物だと語ったからだ。永遠という長大なる時間の流れの中で、真に不変たる物体は存在しないと彼は語った。だからこそ、真に不変なる物を自分は見つけなければならないのだと、彼は告げた。

 

 結弦が旅の中で何を見てきたのか、心海には分からない。この海祇島の現人神として皆を纏める役目をまっとうするため、島に留まり続ける彼女には分からない。彼がどれほど多くのモノを、どれほど多くの人々を見てきたのかを、彼女は知らない。それでも、彼女には言える事が一つだけあった。

 

「彼は誰かが不幸になる結末を望まない。だからこそ、今も足掻いているのだと思います。自分の理想を遂げるために」




主人公紹介
名前:上里結弦
役職:雷電将軍お傍付き剣士兼冒険者
経歴
三奉行の一切に関係なく、雷電将軍お傍付きの役目を与えられた剣士。
稲妻中にいる無法者の一切を切り捨てた経歴から鳴神大社の宮司から推薦を受け、雷電将軍お傍付きの任につく。その職務は雷電将軍の傍に侍り、鍛錬の際に御相手役を務める事である。

稲妻における最強の武を有する雷電将軍の御相手役など務まる筈がない、という評価を受けていた。しかし、その評価を裏切り、雷電将軍が彼を罷免する事なく数年その役に就き続けた。
千手百目神像を造るための【神の眼】狩りが始まる前、見分を深めるという名目で御役目から離れ様々な国を旅した。

モンドで風魔龍と呼ばれる存在が現れ始めたという話を聞き、モンドを訪れた彼は総ての運命を動かす旅人と遭遇する事になる。
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