ラブライブ!サンシャイン!!のラブライブが終わった後の、ifの短編です。

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千歌 「輝きなんて、所詮──」

 桜は散り、木々が緑に埋め尽くされる頃。私は独り家路を辿っていた。3年生として行く初めての学校は馴染みのある古ぼけた校舎とは異なり、どこもかしこも新しかった。新しいのは内装だけではなく、クラスメイトの雰囲気でさえも前の学校とは違っていた。良いように言うと団結感、悪いように言うと排他的な空気が新しい学校には全く見受けられない。簡単に言うとクラスの中でグループが出来ていた。私達──元浦の星女学院生徒──を外部生とすると、内部生の子達はすでに2グループを形成していたのである。そこに捩じ込まれた私たちのグループを含めてクラスは三分化されていた。

 

 風が緑の木を揺らす。さわさわと音を立てて数枚の葉を散らした。ほとんどは地面に落ちたが、1枚だけはそのまま風にさらわれ高くへ昇って行く。私はその葉を自然と目で追っており、太陽に重なるとあまりの眩しさに目を背けてしまった。再度その葉を探すが、やはり見失ってしまい見つけることは叶わなかった。

 

 木の多かった道を抜けると、そこには一面の青が広がっている。見慣れた風景と香る潮にはなんの感慨も浮かんでこない。光を乱反射した海に思わず目を細めてしまうが、今度は目を背けなかった。砂浜に押し寄せる波を見ると、1度黒く染めた砂を何度も何度も塗り直し、しかしすぐに乾いてしまうので負けじと繰り返し砂へのしかかっていた。

 

「千歌ちゃん」

 

 後ろから不意に肩を叩かれる。少し熱を帯びた華奢な手に澄んだ声。私はこの手に何度も導かれ、この声に何度も助けられた。

 

「委員会終わるの早かったんだね、梨子ちゃん」

 

 ゆっくり振り向くと梨子ちゃんは笑顔でこちらを見ていた。

 

「千歌ちゃんも酷いよ。ちょっとは待っててくれても良いのにね?」

 

「だっていつも梨子ちゃん音楽部の子に捕まるでしょ? お邪魔虫は即退散ー! ってね」

 

 新しい学校での変化は色々あった。梨子ちゃんは委員会で、たまに音楽部の子にピアノのレクチャーをする。曜ちゃんは前に通っていた飛び込みのあるスイミングスクールに通いだした。いくら新しいと言えどさすがに飛び込み台まではなかったからね。ルビィちゃんと花丸ちゃんは図書委員になって、善子ちゃんはリア充? みたいな感じになった。みんなそれぞれの生活に順応しており、傍から見ても楽しげに映る。

 

 私だけは、何一つ変わることが出来ていない。浦の星という殻を抜け出した先には、なんてことのない自由が広がっていた。踏み出そうにもその真っ白なキャンパスを汚すことは躊躇われ、気付いたら自分だけ立ち往生している。その時に気付けたのは、私は道がなきゃ走れないってこと。こういう時穂乃果さんならあるいは、白いキャンパスを躊躇なく走り出せるのかな。カリスマという言葉は持たない者にとっては残酷なものでしかなく、ただひたすらに劣等感を刺激してくる。

 

 いつまでたってもふすまに残る日焼けと白の境界線はそのことを思い出させ、今になって剥がさない方がこれだけ傷つくことはなかったのかな、なんて思う。

 

「千歌ちゃんさ、やっぱり変わったね」

 

「何が?」

 

「ラブライブが終わってから、なんか静かになった気がする」

 

「……そんなことないよ」

 

 口ではそう言うものの、言い淀んだ時点で自白しているようなものだ。今の私にとって“ラブライブ”という言葉は聞きたくないワードランキング第2位を冠する言葉である。

 

 あの日、Aqoursが光の海を見つけた日。私達は確かに輝けた気がした。それは月のように光の海を反射してではなく、太陽のごとく自ら光を発した存在になれたということだ。歌い終わった私達に悔いなんて微塵も存在せず、揺れる会場の余韻に浸っていた。ステージを降りても歓声は鳴り止まず、この時間が続けばいいのにと誰もが感じていた。

 

 しかしその歓声は私達のものだけじゃなかった。次のグループにも、その次のグループにも同じだけの熱が注がれ、次第に私達は会話をしなくなっていた。全ての曲が終わり、発表に移った時はどんな心境をしてたかな。今後それを思い出す機会はないだろう。

 

 私が覚えているのは、僅差で負けたという絶望だけだ。

 

「そうだ、今度Aqoursで集まらない? 2年と3年のみんなでさ」

 

「……いいね、それ! 果南ちゃん達は残念だけど、しょうがないもんね。いつにする?」

 

 曜ちゃんがフリーの日っていうのが前提でしょー、と以前の私の様子に安心したのか梨子ちゃんは具体的な日程を考え出した。ほんとごめんね、梨子ちゃん。リーダーなんて役柄担ってたけどさ、実は1番弱いんだよ。……って、知ってるよね、みんな。結局私はおんぶ抱っこの名ばかりリーダーでしかなく、もしも私が穂乃果さんみたいな“輝ける人”ならAqoursは優勝できてたかもしれない。無意味な仮定に過ぎないけど、衛星が恒星になれるはずがない。衛星には憧れることしか出来ないから。

 

 

 家に帰ると私はいつもの砂浜へ向かった。スクールアイドルを終えてから、私はなぜか導かれるようにここへ来ては座っていた。数分で帰る時もあれば、何時間も座っていることもある。ただそこにあるような、見えない優勝旗を眺めている感覚だけはどんな時でも感じていた。

 

 どれくらい経ったのか、自分ではわからない。ただ日が暮れて来る頃になると決まってお母さんが呼びに来る。

 

「千歌ちゃん、そろそろご飯よ」

 

 ほら、こんな風にね。

 

「わかった」

 

 短く答え、立ち上がろうとするがその前にお母さんは1つ訊いてきた。

 

「どうしてここなの?」

 

 なぜか既視感のあるそのフレーズは私に重くのしかかり、すぐには答えを出せなかった。

 

「みんなから良く見えるから、かな」

 

「なあに、千歌ちゃん。もしかしてみんなに注目されたいの?」

 

 あはは、と笑いながら茶化すお母さん。こういう時の“千歌ちゃん”の答えは。

 

「もぉ〜、お母さん! そんなんじゃないから!」

 

「えへ、ごめんごめん。でもね千歌ちゃん」

 

 それまでとは一転し、お母さんは真面目なトーンで語りかけた。

 

「光に紛れるのは輝くってことじゃないのよ」

 

 じゃあ早く帰ってきなさいね、と言い残して踵を返す。小さいはずのお母さんはなぜか大きく見え、海を背にした私は口を噤んで俯いていた。

 

「……わかってるもん、わかってるもん……」

 

 底抜けに優しいお母さんの、底抜けに厳しい一言はそれだけしか私に言い訳をすることを許さなかった。お母さんのその言葉が含有する意味は隅までは計り兼ねるが、1つだけ明らかなことがある。

 

 憧れるだけじゃ、何も成し遂げられない。

 

 ポスターを剥がしたことで憧れを捨てた気になっていたが、その後もなぜ私は輝きを口にしていたのか。μ's=輝きという等式はスクールアイドルである以上絶対に成り立つものだ。μ'sに憧れるという道と輝きを目指す道は言い換えただけ。そんなもの優勝できるはずもなく、その結果が2位という残酷な順位だったのだろう。スクールアイドルだった頃の私は自己陶酔に浸るような言葉をいつも並べ、少しでも道が途切れると無理やり道を作り出す。バク転だって何も無い空虚な自由にレールを敷いただけだ。逆に準優勝でさえ出来すぎな気さえしてくる。

 

 私はおもむろに立ち上がり、家へ戻った。

 

 

 

 翌日、梨子ちゃんと肩を並べて学校へ向かう。バスを降りてからは人の往来が増え、朝から走る車に嫌な顔をしながら歩いていた。

 

「昨日の話なんだけどね、今週の土曜日の午後ならどう? 曜ちゃんその時間しか休みがないらしいのよ」

 

「そっか、ならその日だね!」

 

 久しぶりに6人揃って遊べる。それは良いけど、とっても嬉しいことだけど、手放しでは喜べない。その理由は独りよがりなものだから誰にも打ち明けることが出来ず、これから先一生抱えて生きていかなければならないだろう。

 

 単純に言うと、私は曜ちゃんに嫉妬している。私は衛星だけどなんで輝けたのか。それはやっぱり近くに恒星がいたからで、その際たる例が曜ちゃんなのだ。元々曜ちゃんはオリンピックだって夢じゃないレベルの実力者である。曜ちゃんの周りにはいつも人がいて、私はそれを一番近くから眺めているだけだった。その延長で私もみんなと仲良くなれたけど、何事もまずは曜ちゃんから。初めて自発的に言えたスクールアイドルも人気なんかじゃやっぱり負けていて、何度曜ちゃんに嫉妬を覚えたか今じゃ数え切れない。

 

 今の学校でも内部生からはとても人気で、Aqoursのリーダーだった私なんて見る影もない。結局のところ私はただの内弁慶で、1人じゃ何も出来ない子どもだった。

 

「ねえ、梨子ちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「輝く、ってどういうことなのかな」

 

 不意の質問に梨子ちゃんは目を大きくしたけど、答えは存外早く返ってきた。

 

「自分じゃ輝けているかなんてわからないよ」

 

「……どういうこと?」

 

 予想だにしない回答に真意を図りかね、聞き直してしまう。

 

「千歌ちゃんはさ、μ'sの人達は輝いてるって思うんでしょ?」

 

 当たり前の質問。首肯して続きを促す。

 

「じゃあμ'sの人達って自分は輝いてるー! なんて考えてたのかな。普通に考えるとそんなわけないよね」

 

「でも」

 

「千歌ちゃんの言いたいことはわかるよ。確かに周りの評価から自分は輝いてるって思うことは出来るかもしれない。きついことを言うけど、μ'sに出来て私達に出来なかったことってざっくり言うと廃校阻止じゃない?」

 

 まあ立地の問題もあるんだろうけどね。梨子ちゃんはそう付け加えた。

 

「そこの時点で私達にドラマ性は消えてたんだと思う。私達が勝手に盛り上がって、勝手に落ち込んだ」

 

「じゃあ、輝きなんて所詮──」

 

「それ以上はダメ」

 

 梨子ちゃんは指で私の唇を抑えた。遮られた言葉はもう出てこない。

 

「色々言っちゃったけど、私達が努力したことは事実だから。……って、ここまで言っちゃった私が言えることじゃないけどね」

 

 自嘲的に笑う梨子ちゃんを見て、あの結果に納得出来ていないのは私だけじゃないんだと遅まきながら気付いた。梨子ちゃんの目尻に見えた光は錯覚じゃないのだろう。

 

「とりあえず、私の答えとしては『輝きは他人から見た光』ってこと! これが真理だとしたら、客観を主観で捉えたμ'sはほんと凄いグループだよね。『僕たちはひとつの光』なんてまさにそうだもん」

 

 改めてμ'sとの差に気付かされる。年度は違えど順位だけで見ればたったの1しか変わらない。しかし辿り着いた境地は天と地ほど違う。そんな当たり前のことを今更認識し、かつて自分をバカチカだと表した言葉はやっぱり正しかったんだなと思う。思えてしまう。

 

 春風が私達を押す。揺さぶられた木は2枚の葉を散らし、やはり1枚は地に落ちもう1枚は天高く昇るのだった。

 


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