TSした男のアイドル生活? 作:ディアドコイ
まだ前置きです。
思い返せば、いつもいつも人付き合いで苦労してきた。
周りの人の顔色を窺って、腰を低くして、愛想笑いをしながら奴隷のように使われる。
社会に出れば何かが変わると信じていたが、現実はただ無情で厳しい。
仕事の過酷さも相まって、地獄のような日々が続いた。
自殺でもすれば、一思いにこの苦痛から解放されるのではないか?
そう思いながらあと少しで勇気が出ず、昔は苦手だった煙草を吸うのにもなれてきた頃に、唐突にその出来事は起こった。
――結果からいうと、小さな火事だった。
家が一軒全焼しただけなので、地方新聞の数行に載るのがやっとだろう。
いつも以上に疲れていたため、お湯を沸かそうと火を付けたまま眠ってしまったんだと思う。
起きたときには既に頭から足先まで身体中の皮膚がただれていて動くこともできず、喉も乾ききって掠れた声さえでなかった。
もし生まれ変わるなら、人にとらわれないように自由に生きて、気の合う仲間を見つけて笑いあいたい。
そう思いながら、体が焦げていくのを感じていた。
――熱い。というよりも……暑い?
体が燃えていく熱さから、異常な部屋の暑さへの変化に気づいた。
自分の脚を見ると――まだある。
いつもより少し白く見える脚がしっかりと生えている。
つまりはこの火事から逃げ出せる、そう考えたときには体は既に動いていて、入ったときよりも綺麗に見える扉に体当たりをして外へ飛び出していた。
外には既に火事に気づいた人だかりができていて、その観衆から驚きのような歓声があがる。
……まあ、自分も燃え盛る家からボロボロの男が出てきたら驚くだろうな、と自己完結する。
炎の中を駆け抜けたからか、疲れて意識がどんどん薄れていく。
重くなる瞼を何とか持ち上げながら、今まさに燃えて無くなろうとしている借家を見る。
そして気づく。
――俺の家ってこんなに綺麗だったか?
急速に頭が回り始めるのを感じる。
俺の家は六畳一間のオンボロ小屋だったはずだ。
荷物も散乱していてベッドから玄関まで出るのもやっとの部屋を走り抜けられるはずがない。
……ここはどこで、誰の家だ?
視界がぼやけていくのを感じる。
今度こそ瞼の重さに逆らえない、というのが直感でわかる。
遠くのほうから消防車と救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
救急車に乗って料金を請求された、という例があった気がする。
――今の自分は大金を持っていないから乗りたくないな。でも本当に眠いんだ……。
優しい誰かが無償で自分を保護してくれるのを祈って、おやすみなさい。