TSした男のアイドル生活? 作:ディアドコイ
誤字脱字報告、いつも本当にありがとうございます。
……待ち合わせまで後5分だ。
まだ1月と季節は冬真っ只中で、外で待ち合わせするのは寒さが堪える。
男性の体よりも女性の方が冷えるというのを身に染みて実感する。
前川さんから借りた手袋が無ければ、あかぎれが出来ていたかもしれない。
アイドルのマイクを持つ手にあかぎれがあるのはファンの夢を壊すかもしれない。
もっとプロ意識を高めなければ。
「えっと……?高柳志穂さん、ですよね?このお菓子、私の手作りなんです。よろしければどうぞっ!」
武内さんに話に聞いてた通りの人が来た。
黄色に近い茶色のミディアムヘアーにアクセントで花形のヘアピンが1つ。
今時の女子高生らしさやおっとりした笑顔と特徴も当てはまっている。
ん、と小さな声と頷きで三村さんに肯定を示す。
クッキーを渡されたのでお礼の気持ちを込めて頭を下げる、……初対面の人が気づけるか怪しいが。
鞄の中に見えたクッキーの袋の数は今のメンバーの数より明らかに多いが、もしかして自分以外の14人が集まっていると勘違いしているのかもしれない。
……まあ私が気にしても無駄だろう。
私のミッションは三村さんを美城プロのシンデレラプロジェクトルームまで連れていくことだ。
話せない私が初対面の人と二人きりなのは厳しいが、私が言い出したことなので必ず成功させてみせる。
本来ならばこの案内は武内さんの仕事だった。
だがオーディションのことで問題が起きているらしい。
具体案を提示して直ぐなので何とか軌道修正ができないか、とちひろさんと昨晩から頭を悩ませるようだった。
武内さんの仕事を手伝ってやってほしい、と今西さんに言われて出来ることを考えた結果、現在に至る。
もしかしたら私の喋りを改善しようとしてくれているのかもしれない。
……単に今西さんに嵌められた気もする。
心配や負担をかけている以上、文句を言える筋合いはないが。
346プロがある駅の近くにはお洒落な店が立ち並んでいるが、歯牙にも掛けず歩いていく。
この時間中、私以外のメンバーはおそらくボーカルレッスン中だ。
できれば早く戻って見学だけでもしたい所なんだが……。
三村さんの様子が少しおかしい。
「あ、あそこのパンケーキ屋さん美味しそうですよ~!少し休憩しませんか?」
もちろんノーだ。
二人きりの時間が増えれば増えるほど相手に気を使わせるだろう。
こちらがうまく話せないことを分かっているか怪しいし、コミュニケーション能力の高い人が一人はほしい。
勘違いが起きたら訂正することができないのは致命的すぎる。
「あ、あの、よかったら一緒にお昼御飯食べませんか?……お腹空いちゃって、えへへ」
キュー、と高い音が三村さんのお腹から聞こえた。
話をしたいとかでなく、単純に昼御飯が食べたかったのか。
自分がさっそく勘違いをしているではないか。
女性が恥を忍んで昼御飯を食べたい、と頼んでいるのを無視して良いのだろうか。
新人への印象と私の心配事を秤にかけて、結局昼御飯を食べることを選択する。
少しくらいなら時間も大丈夫だろう。
美城のカフェなら何度か行っているし、もし知り合いがいたら上手くフォローしてくれるかもしれない。
人に迷惑をかけるのは気が引けるが、1つ1つ気にしてるとこの体では生きていけない。
どこかで借りを返すくらいの気概が必要なのだ。
「っはーい!いらっしゃいませぇー!346カフェへようこそー!ささっ、メニューをどうぞ!」
知ってる人が店員にいて助かった。
ここでバイトしている安部さんは同い年ながら何年も下積みを続け自力でアイドルデビューの扉を開いた人だ。
前は怖がられていたが、何度も通っているうちに暇な時に少しだけ話す仲になった。
――私は専ら聞き手に回っているが。
凄く良い人なのだが、致命的な欠点がある。
「ややっ!後ろの方は初めまして……ですよね?私は安部菜々って言いますが……」
よいしょ、と言いながらカウンターに持っていたトレイを置く。
そして準備のポーズに入り、
「その正体は……ウサミンパワーでメルヘンチェーンジっ!歌って踊れる声優アイドルのウサミンですっ!きゃはっ♪」
三村さんの口が開いているのは呆気に取られているからだろう。
だが驚くの無理はない。
店に初見の客が来る度にこのポーズを決めているのだ。
本人はこの宣伝がいつか大きな実を結ぶ、と話していた。
最初は常に宣伝というアイドルとしての意識の高さに感服したが、何度も見ているとさすがに恥ずかしくなる。
あ、少しずつ三村さんが復活し始めた。
「これが本当のアイドルなんですね!わぁっ、凄い……!」
「えっ。あ、そうです!」
そんなに喜ばれると思っていなかったのか、嬉しそうにしながらも少し申し訳なさそうな安部さん。
素直に喜べない辺りが、まるで世の中の厳しさを知っている人のようで好ましい。
だが、いつまでも二人が仲良くしているのを眺めているわけにもいかない。
時間はそんなにないのだ。
「……いつも」
「あ、ごめんなさいっ。了解しました~!」
「え!?あ、菜々ちゃん、私はハンバーグランチとイチゴのパフェでっ」
「結構いきますねぇ!まっかせてくださいねー!」
おおう、会って数分で菜々ちゃん呼びというコミュニケーション能力の高さを見せつけられた。
私なら普通に話せても無理だ。
三村さんはまだ気になることがあるようで、私も目を合わせて話を聞く姿勢に入る。
「高柳さん……志穂ちゃんもアイドルなんだよね?お人形さんみたいでびっくりしちゃった!」
質問には頷きで答えるが、人形みたいという評価は喜んで良いのだろうか。
よく言われる言葉なのでそういう路線のアイドルを目指すべきか。
他にも女子高生トークをしてくれるが私にはほとんどわからない。
大抵のことに首を傾げ、時々頷く。
少しずつ三村さんも俯いてきて、口数が少なくなっていく。
「私、運動もダンスもできないのにアイドルなんて大丈夫なのかな……。志穂ちゃんや菜々ちゃんよりも体重とか、重そうだし」
まずい、フォローの仕方がわからない。
女子の体重トークのかわし方を教えてほしい。
まず私の中身は男で、それも前世ではほとんど女性と話していないのだ。
兎に角どこか褒めないとっ、
「……胸、……じゃない」
一瞬空気が凍った。
取り敢えず視線だけは逸らしておこう。
もしかしたら何か嫌な思い出があったのかもしれない。
あんなに笑顔だった三村さんが固まった。
先程の安部さんの自己紹介を見たときと同じ反応をさせてしまい、申し訳なさが募る。
「ふふふ、あはは。志穂ちゃんもそういうところあるなんて……。確かにアイドルでも完璧じゃないんだよね。魔法を信じて頑張らなきゃ!」
「そうですよ!二人とも若いんですからっ!……菜々も若いですけどね!それと、注文の品ですっ。」
何の地雷を踏んで笑っているのか凄く心配だったので、良いタイミングで安部さんが来てくれて助かった。
私の方にいつもの柑橘系のフルーツが乗ったタルトとコーヒーが置かれる。
元アラサーの男だからか、 生クリームは甘すぎて胸焼けしてしまうのだ。
目の前にハンバーグと大きなパフェがあるだけでも胃がムカムカする。
女子高生の三村さんや安部さんには余裕だろうが。
パフェまで15分で食べ終わった後に三村さんが一言呟いた。
「ぅ~ん、タルトも美味しそうだったなあ……。食べようかな」
今からレッスンがある可能性を考慮しないのだろうか。
結局、タルトも食べていた。
「「ようこそ!シンデレラプロジェクトへ!!」」
「わぁ~!すごいっすごい。私、感激です!……あ、これ作ったお菓子ですっ。」
「やったー!クッキーじゃんっ!」
「お菓子作りが趣味なんて凄いにゃ!」
「あれ……全員にあげたのに余っちゃった……。1つ食べちゃおっ♪」
体重管理に厳しいトレーナーの目が釣り上がった。
……皆が盛り上がっているところ悪いが、私は罪悪感に苛まれている。
帰ってくるのが予定より40分遅かったとはいえ、まだレッスンが終わる時間には早すぎる。
なのに出迎えの準備がされているということは、レッスンを遅らせて待っていたということだ。
そんな中ケーキを食べてましたなんて口が裂けても言えない。
幸いトレーナーはこのことに気づいていないようだし、迷ったことにして誤魔化せるかもしれない。
注目を浴びる前にトイレということで退出しようと思うと、肩を掴まれた。
――笑顔のちひろさんがいる。
よし、素直に諦めよう。
「トレーナーさんに謝りにいきましょうね?」
即座に頷く。
話せない分ちひろさんが説明してくれた。
怒っていても冷静な気遣い、その点は感謝でいっぱいだ。
罰はカロリー分のランニングということだが、新人の前なので甘くしてくれたのかもしれない。
前に莉嘉ちゃんがベテラントレーナーに結婚の話題を出したときは酷かった。
ちなみに、今も若干引きずっているそうだ。
そう考えると約250kcalの消費ということで、6km走るというのは甘い罰な気もしてくる。
生クリームが好きでなくて良かった。
ただ、私が観念したせいで三村さんも走らされていて申し訳ない。
三村さんは三村さんで、トレーナーの前で余ったクッキーを5人分食べたのは悪手だったと思う。
本人いわく、ランニング前の糖分補給だとか。
栄養バランスなどほとんど素人の私でも、お菓子ばかりがよくないのはわかる。
おそらくこれから三村さんはトレーナーにしごかれ続ける気がする。
「ひいぃ~!体が重いよっ。志穂ちゃん待って~っ!」
……しばらく一緒に走ってあげようと思う。
感想でも書きましたが、エイプリルフールの話を投稿したいっ。
既に半分ほど書けているんですが、蘭子が出てくるんですよね。
4月1日までに蘭子が出てくるところまで話を進められるのか……?
次回―――デュエルスタンバイ!