TSした男のアイドル生活?   作:ディアドコイ

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思った以上にたくさんの人に見ていただき、感謝です。



346プロ

多目的トイレの鏡で自分の姿を確認することができた。

いくらアイドルにスカウトされたとはいえ、姿が分からないまま女子トイレに入ることはできなかった。

案の定、鏡には死んだように真っ黒な目をした女の子が映っていた。

顔立ちは整っている気はするが、虹彩の圧倒的な黒さが相手に恐怖を与えるのではないだろうか。

どうしてこんな自分を、武内さんはアイドルなんかにスカウトしたのだろうか。

こんな私が可愛い衣装を着て踊る姿なんて想像もできない。

できるだけ早く生活基盤を整えて逃げだそう、と改めて決意した。

 

 

 

その2日後に武内さんに連れ添われて、かなり都会の方まで来ていたのだが――。

 

「こちらが美城プロダクションの本社となります」

 

大きい。

こんな大きい会社だなんて聞いてない。

普段はなかなか動かない体だが、この時ばかりは空いた口が塞がらない。

表情筋にも生き残りがいるとわかって少し嬉しい。

 

武内さんがこちらを見ていることに気づく。

ここから何か説明があるかもしれないと思い視線を合わせると、武内さんは首に手を当てながら言った。

 

「……すみません」

 

説明をせずにここまで連れてきたことへの謝罪だろう。

確かに十代の女の子が今日からこんな場所に毎日来い、なんて言われたなら慌てふためくに違いない。

私でさえ若干の気後れを感じる。

謝罪を受け取ったことへの了解として、頑張って頷く。

今からこの中へ入っていくのだから、この程度でへばってなどいられないだろう。

 

 

 

「そして、ここがシンデレラプロジェクトルームとなっています」

 

なんと30階。

私がメンバー第1号ということもあってか、広い部屋はかなり整えられており、荷物などはほとんどない。

中には既に黄緑色の派手な服を着た女性が立っており、こちらに気づいたのか駆け足でこちらへやってきた。

 

「私はシンデレラプロジェクトのアシスタントをさせて頂いている千川ちひろと言います」

 

武内さんとは対照的で笑顔で対応してくる。

一瞬、この人もシンデレラプロジェクトのアイドルの一員なのかと思ったが、裏方の人らしい。

こちらも自己紹介とかした方が良いのだろうか。

……できるかわからないが。

 

「おはようございます、千川さん。こちらの方が先日お話しした高柳志穂さんです」

 

さすが武内さん、既に話を通してくれているようだ。

話を無視したと勘違いされて、裏方に嫌われるようなことがなくなっただけでも感謝したい。

困ったら相槌だ。

ちゃんと話を聞いています、と言わんばかりに何度も首を縦に振ろうとする。

1度しか動かないのも、既に織り込み済だ。

 

「聞いていた通り、静かな子なんですね」

 

静かなんじゃなくて、口が思い通りに動かなくて喋れないんです。

……もしかしてアイドルなら発声練習なんてものがあるのでは?

思った以上に見捨てられるのが早そうだ。

 

 

二人がこれからのスカウトやオーディションの話を始めたので、関係ないと思って聞き流していたのだが、聞き捨てならない一言が耳に入ってきた。

 

「昨日、スカウトした方は明日見学に来る予定です」

 

――武内さん、早くないですか?

シンデレラプロジェクトのメンバーは私を含めて15人らしいが、既に2人決まったということになる。

スカウトもオーディションもそれなりに時間がかかると高を括っていたが、予想以上に急がないといけなくなるかもしれない。

 

「よかったですね、志穂ちゃん。一緒にアイドル活動する仲間が明日ここに来るらしいですよ!」

 

「……仲間……?」

 

プロジェクトが一緒なだけであって同じグループで活動するのだろうか。

グループを組むことになるなら……、って今考えるべきことはそれではない。

今、間違いなく私は声が出た。

油断していたが、この体になってから初めての会話成立である。

正直に言うと、もう会話なんてできないのではないか、と思っていたので安心した。

 

千川さんの方を見ていた武内さんは、初めて私の声を聞いたので目を見開いてこちらを見ている。

そしてバツが悪そうにゆっくりと視線を逸らした。

というか、今まで私は武内さんと話したこともなかったのか。

……なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

私が声を出したことで、武内さんと千川さんの話も終わり、その後ほぼ半日かけて武内さんは美城プロダクションの設備を案内してくれた。

レッスンルームは外から中を覗いただけだったが、中でレッスンをしていたピンク髪の子がこちらに気づいて手を振ってくれた。

こっちは腕が動かなかったため、会釈しただけだが。

 

 

 

日がだいぶ傾き始めて、武内さんは会社から離れたところにある女子寮へ連れてきてくれた。

何か荷物があればもっと大変だったのだろうが、こちとら火事で全て燃えているので身一つでの移動である。

もっとも、武内さんからアイドル活動の給料の前払いという形でお金をいただいたので、合間を縫って色々と買いにいかなければならない。

賃金をもらった身分である以上、この会社から見放されるまでは頑張ろうと思う。

 

自分の部屋の鍵をもらい、武内さんと別れる。

別れの挨拶くらいちゃんとやりたいが……、声が出なかったので諦めてお辞儀をする。

こんな短期間で思い通りにいかない体に少しだけ慣れている自分がいる。

この世界で出会った人皆が優しいからこそ許されているのであって、普通の人なら私のことを嫌いになるに違いない。

そのことを忘れてはいけないと思う。

 

鍵につけられていた部屋番号を頼りに部屋を見つける。

部屋は寮のわりに広々としていて、美城プロには本当に驚かされる。

家具が備え付けなのは非常に助かる。

この体では前のように重いものを長時間運ぶことなんてできないだろう。

 

武内さんから聞いた話で、寮では食堂で晩御飯を食べるとのことだが、その時に他の人と会う可能性は高い。

更に、相手は女の子ばかりで質問攻めを食らう可能性も十分に考えられる。

幸いまだ時間はあるので、備え付けられているインスタントのコーヒーでも飲んで心の準備でもしておこう。

準備したところで結果は見えているが。

 

置いてあるヤカンに水を入れて火を――火をつける。

と同時に手先が震え始める。

少し考えればわかる、体が火に恐怖を覚えているのだ。

1度、自分は身体中炙られて死んでるので、当たり前と言えば当たり前のことなのかもしれない。

頭は非常に落ち着いているのだが、体がついていかない。

すでに上手く呼吸はできていないし、それに伴って力も入らない。

体が後ろの方に倒れる。

 

私は週3回火事の現場にいた人間になるかもしれない。

そんな馬鹿なことを考えながら、キッチンの床で意識を失った。

 




そのうち、武内P視点からも書こうと思っています。
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