赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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グラン・ジュテ アン

 ブラヴォー! との歓声がホールを包み込む。ここはブロードウェイ。

 たった今、とあるバレエ団の舞台が終わったところである。鳴り止まぬ拍手の嵐に、精一杯の感謝を込めてバレリーナ達はレヴェランス(お辞儀)をした。

 

 

 

「お疲れ、スバル」

「あっ! お疲れ様、キャシー。貴方の黒鳥のシーン、とても情熱的だったわ!」

「うふふ、ありがとう」

 

 

 

 真っ白のチュチュを纏ったバレリーナは昴の頬に感謝のキスをし、自分の控え室へと戻ってゆく。彼女はバレエ団のナンバーワン。プリマだ。ゆえに、彼女は白鳥の湖の「白鳥」と「黒鳥」を踊っていたわけである。

 

 この物語で焦点を当てるヒロインの星谷(ほしや)(すばる)は、このナンバーワンのバレリーナ・プリマに成りたい日本人団員。もちろん、団員たちとの会話はほぼすべてが英語であり、昴も母国語の日本語のように英語を使って生活をしている。

 

 

 

「手足長くて良いな……外人さん……」

 

 

 

 ポソリと呟いていた自分の頬を両手で叩く。

 

 

 

「(こら! 人を羨ましがってはいけないぞ、昴! 自分には自分しか出来ない事があるんだ)」

「スバル? 打ち上げに遅れるわよ」

「まーたスバルワールドに旅立ってたのね」

 

 

 

 友人たちが着替えながら昴をからかって、控え室には笑いの渦が生まれた。今日は千秋楽だったので、成功を祝いこれから打ち上げがあるのだ。そして同時に、昴の留学も終わる。

 

 

 

「ううう……寒いぃー……!」

 

 

 

 ファーのついたコートを着ていてもこの吹雪は耐えられなかった昴は、思わず根を上げた。道産子でも東北人でもなく、更には、人一倍どころか二倍も三倍も寒がりな彼女は、旅行用の大きい大きいキャリーケースを引っ張っていない手をポケットに入れ、ホッカイロを掴む。その手にはしっかりと手袋がはめられているのだが、それでは満足できなかったらしい。空港の近くまで見送りに来てくれた友人達にやはり貼るホッカイロを貼ってもらえば良かった、と昴は後悔した。

 

 

 

「貼らなくて本当にいいの? 熱かったら機内で剥がせば良いじゃない」

「大丈夫だよ! ターミナルまですぐだし。それより長期休暇の時、私ん家に遊びに来てね~!」

 

 

 

 などと言ったあの時の自分に、バカヤロウと言ってやりたくなっていた。確かに空港の入口はもう見えている。あと少し。だがその「少し」が寒さに因って遠く感じる。あまりの寒さにくしゃみがしたくなり、それをしてから歩く速度を上げて中へ入ろうと昴は思った。

 

 

 

「はっ……っちゅん!」

 

 

 

 目を閉じ背を折り曲げて、口を手で隠しながら可愛らしいくしゃみをした瞬間、周りの環境音ががらりと変わった。姿勢を正して目を開けた昴は強い衝撃を受ける。なぜなら、寒い吹雪の中から、暑いピーカンの中に佇んでいたのだから。視覚には、木材と大きな何かと人と、人と人と人と人。聴覚には、トンテンカントンテンカンとカナヅチの音。感覚には、まだ先である筈の夏の暑さ。

 

 

 

「……あ、れ?」

 

 

 

 ターミナルの入口はどこにいったのだろうか。

 

 困惑している彼女を凝視している群衆の中から、数人が昴に向かって歩いてきた。それを捉えた昴は反射的にキャリーごと後ずさる。その数人を見れば全員が、かの有名なボディビルダー出身の俳優(代表作は「I'll be back.」の台詞が印象的な某アンドロイド役)のような逞しい体つきの男達。

 

 

 

「(うーわっうーわ! 男ムリ! 怖いよー!)」

 

 

 

 お気に入りのもふもふの帽子、お気に入りのファーでセットのマフラーとコートは、タンクトップ又は上半身裸の彼らからしてみれば暑苦しい事この上ないだろうが、今の昴には吹雪以上の寒気が襲っている為、暑い気候の中で身に纏っていても暑くない。

 

 

 

「お嬢ちゃん、いったい何処から入ってきた?」

「……船の関係者って訳でもなさそうだしなあ」

 

 

 

 百九十センチまたは二百センチは越してるであろう身長の男達に囲まれ、元々男性が苦手な昴は今にも泣きそうだった。バレエでも男性と踊るパ・ド・ドゥがあるが、それはそれ。俯いて、どうしようどうしよう、とパニックを起こしていると、なんと一人がしゃがんで顔を覗き込んでくるではないか!

 

 

 

「っひ……!」

「おっと。怖がらなくていいぞ。何も取って喰う気は全く無いからな」

 

 

 

 男は優しくそう言うが、五分刈りでサングラスで腕に刺青有りのスタイルでは、その台詞は意味を成さない。縮み上がり、キャリーの取っ手を持つ手がカタカタと震えるのを見つけた男達は、困ったように顔を見合わせた。

 するとそこへ新たな人物が加わる。その人物は昴の背後からやって来て、そして男達から一様に困惑した眼差しを向けられれば眉間の皺を増やした。

 

 

 

「どうした、ルル」

「あぁ、ルッチ。この女の子が何処からか入って来てな」

「見れば分かる。なんで対処しないでいるのかと聞いてるんだッポー」

「(……は? ポー?)」

 

 

 

 地面を見つめていた昴も後ろに人が来た事は分かっていた。なにせ、これで四方八方に人が立って逃げ出せない状況に陥った、と歎いている訳であるから。しかし、頭上から聞こえてくる声は妙に高いトーンで、何より語尾が可笑しい。恐怖の中に好奇心が芽生え、首と、少しだけ上半身を捻って後ろに立つ人物を見た。

 

 

 

「……っ!? ……! ……!!」

 

 

 

 前に立つ男達より背は低いものの、それでも百八十センチは優に超してる強面の男。そう、また男。前に立つ男達より細身だけれども、それでも充分に筋肉質。そして、また刺青有り。

 

 

 

「俺達が怖いらしくて、さっきっから喋ろうとしないんだ」

 

 

 

 ルルが寝癖を直しながら言うが、昴はそれどころではなかった。背後に立つ人物はタンクトップにサスペンダーにシルクハットの出で立ちで、白い鳩付き。その鳩を凝視していれば、視線に気付いた仏頂面の男が口を開――……、

 

 

 

「それにしても変な格好だなあ、クルッポー」

 

 

 

 訂正。仏頂面の男ではなく鳩自身が喋った。

 

 

 

「は……はとが……っ!?」

 

 

 

 これまで海外生活で僅かながらに溜まっていた精神的疲労と、突然の環境の変化への混乱がピークになり昴はそのまま意識を飛ばした。

 地面に倒れ込む寸でのところでルルが抱き止め、職長に驚いて気絶する奴初めて見た……、と言う船大工にルッチは無言で非難の声を浴びせると面倒臭そうに溜息を吐く。

 

 

 

「仕方ない、医務室に運ぶか。ルッチは仕事に戻っていいぞ、俺がやっとくから」

「ポポー、分かった」

「アストン、お前はその荷物持って着いて来てくれ。他の連中は仕事戻れ」

 

 

 

 ルルがテキパキと指示を出せば従順に行動する船大工達。職長が一人ついていれば充分であるし、何より、面倒事には関わりたくないルッチは先ほどの返答の後、既に自分の持ち場に戻っていた。

 

 

 

「しっかし、なんなンスかね、この娘っ子は。こんな暑いのに毛皮」

「うーむ。そもそも一番ドックのこんな中まで、誰にも気に止められず来られた事が不思議だ」

「これも見たことない物だしなー」

 

 

 

 これ、とはキャリーケースの事である。

 

 

 

「滑車がついてんのかーこの鞄。頭いいなーこれなら重いのでも運べるし」

「荷台に荷物を置いてロープで固定して運ぶよりも簡単だ。……設計の知識があるのか?」

「……」

「…………」

「…………可愛い」

 

 

 

 小柄な娘でも実は我が社の社長の様に柔軟で奇抜なアイディアを持つ設計士なのか?と顔を見ていたのだが、見ている内に論点が変わってしまったようだ。ルルは仄かに頬を朱に染めぼそりと呟いた。隣を歩くルルの部下、アストンも縦に頷く。

 医務室に着いた二人は医者に酷く驚かれた。普段は怪我をした船大工ばかりが来るこの医務室に不可思議な格好の女の子が来たからだ。

 

 

 

「なんとなんと。オー、娘さんはどうしたんじゃけぇ?」

「気絶した」

「そこの寝台に、イー、寝かせぃ。エー、コートとはなんとなんと」

「後は私達が引き受けます。ルル職長達は、どうぞ作業にお戻り下さい」

「ああ、頼んだ」

 

 

 

 ひとつ礼をするとルルとアストンは持ち場へと戻って行った。ブロードウェイでの公演、慣れない海外での生活で、無意識にずっと緊張をしていた昴は気絶を通り越して熟睡している。

 

 

 

「いっぱい着込んでますね。こんなに暑いのにまるで冬島から来たみたい……」

「エー、とにかくこのまんまでは、アー、熱中症になるじゃけえの。軽装にさせぃな」

「はい、先生」

 

 

 

 疲れのせいか身体を動かされても全く反応を示さず、昴は昏々と眠り続け、意識が戻ったのは誰かに起こされた時だった。




『トゥーシューズ』とは、クラシックバレエで履く靴のことです。あらすじを読まずとも、バレエに関連する物語だとお伝えしたい、という思いから名付け、そして、あまり良い意味を持ち合わせていませんが、アンデルセン童話の『赤いくつ』の『踊り続ける』という部分のみに着眼し、主人公の『バレエ馬鹿』具合を表そうとした結果、この題名になりました。
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