「ドナート、よ」
「違います……」
取引先は、全部で七社ある。分類は、食品類と家具食器類の二種。そして、昴がドナートの恋仲だ、という誤解は、四社目にしてもやり取りされ、ドナートはすでに聞き飽きたようで、もはや相手の表情を見ただけで、否定を口にするほどだ。
その様子を、昴は引き続き苦笑いを浮かべながら静観し、注文作業のメモ取りをする。
「かわいいじゃないか! ええ? もったいない」
「数日前に入った同僚です。可愛いですが、俺のタイプじゃありません。――今回、野菜が少ないんですね」
「あ? ああ、貿易船が襲われてな」
「そうですか」
物騒な言葉が出てきて、昴は眉を潜める。今回の配送の手配も、次回の注文も済み、五社目へと向かう道中、先ほどの話題を出した。
「……襲われるだなんて、海賊に、ですよね? やっぱり野蛮なのねえ。治安、良くないんですね、海って」
「そう? 今回は、物資が無事に届いてる方だよ」
「……わぉ」
現代の日本で「海賊に襲われた」ニュースは、年に片手ほど流れてくるか、こないか程度。昴は言葉少なめに、驚きを露わにした。この世界は『コンビニ強盗』や『万引き』などの犯罪のように、海賊が犯す事件は身近らしい、という感想を抱く。数日間過ごし、多少なりともドッグで海賊とすれ違っていても、やはり現実味がないのが事実。
次の店舗へ向かっているので、ヤガラブルの手綱を持ち、進行方向を見ているドナートは、彼女の表情を見れないが、驚きの中に「他人事」を思わせる心情を感じ取る。そして、それに違和感を覚えた。ここ、ウォーターセブンに居るのなら、グランド・ラインを航海しないはずがなく、必ずと言っていいほど海賊と遭遇してしまう生活圏で、昴の驚き方は可笑しいのである。
「――ほんとうに……どこから来たの……」
ため息と共に、小さく小さく呟かれた独り言は、
「あ! 自転車!」
昴のあげた声に消され、彼の意識も、自転車を探すことに切り換えられてしまう。行き交うヤガラブルに隠れたか、水路の角を曲がったのか、ドナートが見つけることはできなかった。ウォーターセブンで自転車は珍しいが、購読しているニュース・クーで、かのような記事をよく見掛けているため、自転車自体は珍しくない。
どこかの島で、いかに速く自転車を漕いで、一位を獲得するか、というレースが催されている。そんな記事だ。
「見たことないの……?」
「いえ、乗ってましたが、こっちで見るなんて、思っていませんでしたので! あ、でも、水上用の自転車は見たことないです。いや、そもそもないんじゃないかしら。白鳥ボートだもの。いま見たのは、完全に、通学に使ってたママチャリだった。わあー、もっと近くで見てみたかった! もし買えるなら、自転車で移動したいなーっ」
ヤガラブルが「自分の役割……」と言うように、ニイ……、と悲しげに鳴く。ドナートは、無言でヤガラブルの長い首を、そっと撫でて慰めた。
「水路もそうですけど、社内も自転車で回れたら時間短縮になって、効率良いと思うんですよ。チャリ筋、ついちゃわないように、気を付けながら。それか、あれですよ、キックボード……だっけな。スケボーにハンドルついたやつ。あ、自転車より、キックボードのほうがいいかも? でも、自転車なら売ってるし――、キックボードは造ってもらわなきゃなさそうだし……。うーん」
「……」
――もはや呪文。理解不能。
そう思った彼は、コメントを控え、ふうん、と相槌のみを返す。
残りの発注作業を終えて、二人は喫茶店で小休止を挟んだ。屋内ではなく水路に面していて、パラソルの下で日影になっている席へ、腰を下ろしている。昴は、鮮やかな橙色のジュースを半分、一気飲みをし、
「はあ~~、おいしー!」
と、生ビールへの反応のように口を離して、声高に絶賛。
「――作業、覚えられそう……?」
「はい、復習すれば、大丈夫だと思います。あと、タスクリスト作っておけば、やり忘れもないんじゃないかと。リスト作ったとき、間違いとか忘れてることとかが無いか、見てくださいね」
彼女が添削を請うと、彼は、冷たい甘味を食べつつ、無言ながらもしっかりと頷いた。そして、二人揃って、その甘味・かき氷を平らげていく。
「(こっちにもかき氷あるなんて、うーれしーよねー! まあ、かき氷というか、グラニータの方が近いかなぁ)」
「おやっさん、あそこの嬢ちゃんが食ってるの、くれや」
「あいよぉ!」
水路側の受付口で、少し気だるげな低い声が、注文をした。街側から店に入るのも良し、水路からヤガラブルに乗ったまま持ち帰るのも良し、そんなシステムの喫茶店。つまり、男性は、ドライブスルーで注文をした、ということだ。
「うまそうに、食うなぁ」
誰への感想かは分からないが、昴も、誰がそうして食べてるんだろう? あとで私もそれ食べてみたい、と思い、グラニータから視線をあげて、こっそりと男性の視線の先を窺う。その先の、うまそう、と評された食べ物を見ようと――。
「え? わたし?」
「そそ」
「――………、あ! 自転車!」
よもや自分が対象だとは思わず、数秒間、その男性と視線が交わったままだったが、男性の移動手段に気付いて、見かけた時とまったく同じ声を上げる。
「チャリがどうかした?」
「こっちでもチャリって言うんだ! わあっ、うれしい! こんにちは。先ほど、お見掛けしました。たぶん、あなただと思います」
お待ちどう、と店主がグラニータを、受け取り口のカウンターに乗せる。それを見て、お時間良ければご一緒しませんか、と昴は男性を誘った。
「あららら。デート中に他の野郎をナンパとは」
「……おれと彼女は、恋人じゃないんで」
「仕事を教わってるんです。今はちょうど、休憩していたところでして」
そう? じゃあ、と間延びした相づちののち、よっこいせとの掛け声と共に、自転車をテラスに持ち上げて、置く。
「ん?」
なんでもない仕草だった。店に寄るのだから、自転車を水路ではなく、彼自身が座る近くに移動させることは、なんら不思議ではない。むしろ、道を塞いだりしないよう、気配りができる人格の持ち主だと窺えた。昴の疑問は、そこではない。彼が自転車を持ち上げた際の足場が、水の上だという事と、上がってきた自転車のサイズが大きすぎる事に、つい声が漏れたのである。
「こんなおじさん、よく誘ったねえ~。今夜、空いてる?」
「……あいにく、仕事が」
「――……うん、意味に気付かないくらい、忙しそうだ」
「彼女は駄目ですよ」
「やっぱりカレシじゃん」
「保護者です」
ドナートは、新たな休憩メンバーに驚きもせず、いつもの調子で接している。彼が、とてもとても高身長であっても。隣の席の、二人掛けイスを引っ張ってきて、
「どっこいしょ」
と座れば、グラニータを食べ始める。
「氷に味がついてるだけで、食いもンになるんだから面白ぇよなあ。で?」
「え?」
「俺に用があって、誘ったンでしょ」
「あ、は……い、自転車について……」
「そんな見つめられちゃうと、照れちゃうよー」
この短時間で、あっという間に平らげて最後の一口を、かぱっ、とグラスをあおって口に入れた。
「すっ、すみません! ジロジロ見るなんて不躾でした!」
「キミ、可愛いからねー。気を付けなきゃ食われるぞ」
「カニバリズムは、もういいです」
「――自転車、欲しいんだって……」
「チャリを?」
そっとドナートが、話題の軌道修正をする。
ヤガラブルが苦手なことを話し、水上用自転車が販売されているなら、購入元を教えてもらいたい、と昴は説明した。男性は、購入元を教えてくれたが、これは水上用ではない、と答える。
「水路、通ってましたよね?」
「俺が、道ィ作って進んでるだけ」
「みち……」
昴は、彼の自転車を観察する。確かに、ヒレも無く、まごうことなき『ママチャリ』だ。水に浮ける要素が、何一つ無い。
「氷で」
「こおり……」
その単語を聞いて、今まで傍観し、飲み物を飲んでいる最中だったドナートが、むせこんだ。
「まさか……っ、大将青キジ?」