赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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ブリゼ トロワ

 ドナートが、大将青キジ、と口にした直後、冷たい風が吹いた。今までも水路からの風は冷やされて、日光の暑さを緩和してくれていたが、まるでエアコンのクーラーで急激に冷風を出したかのよう。

 

 

 

「俺のこと、知ってンのね」

「海軍で氷を操るなんて……ひとりしかいない」

「――あ、海軍って言われてみれば、白で制服っぽい。こっちも白なのね」

 

 

 

 招いた男性のファッションは、白いスラックスと、白いベストに青いワイシャツという、ギリシアの様なコーディネートカラーで、昴は、お洒落さん、としか思っていなかった。

 軍所属で「大将」と呼ばれるなら、上官クラスだということくらいは、いくらこの世界の常識に疎い彼女でも、この場で把握する。

 

 

 

「『青キジ』だよ? なんでそんなに反応薄いのさ……」

「う……すみません」

 

 

 

 しかし、彼の職業と地位を把握したところで、その凄さがわからず、やはりドナートから、訝しげに見られてしまったが。

 

 

 

「まァまァ」

 

 

 

 青キジは、のんびりとした口調でドナートをなだめると、「海賊みてェに、顔が知れ渡っちゃいねーからなぁ」と、昴に微笑みかけた。しかし、昴はその視線に戦慄(おのの)く。軍人だと判ったからではない。その視線が、

 

 

 

「(――コンクールの審査員みたい……)」

 

 

 

 見定める色を、していたからだ。

 

 

 

「こわい?」

「いいえ、とくには」

「なんか、緊張しだしたからさ」

「あー。軍人さんが怖いのではなくて、そのぉ、えっと、なんと伝えたらいいんでしょうか。んーと、コンクールじゃ通じないだろうし、んん。面接? うん、面接! しているようで、しゃきっとしなきゃだめかなぁと思ったんです」

「――……へえ」

 

 

 

 意外だ、という感想を青キジは抱いた。

 彼がここに居るのは、異世界人が迷い込んだという報告が入り“珍しく”自ら任務を引き受けたからである。遠くから双眼鏡で、彼女の動向を監視していたが、気配も消さずに(おこな)っていたため、勘づく人間は何かしらリアクションをする。彼が過去に監視をした人間たちは、敢えて目線を投げて挑発をするか、何気無さを装って屋内に逃げるかだった。

 反して、昴はそのような素振りを全く見せなかった。だのに、どのような人柄なのか見定めようとした直後、この反応。鋭いのか鈍いのか、予想がつかない娘だという第一印象になる。

 

 

 

「気のせい、気のせい」

「ですよね。重ね重ね、すみません。 巡回中でした? ほんとは引き留めちゃ、ダメだったのでは?!」

「そんなら、断ってるから」

「おれたちの休憩も……終わらなきゃ」

「あっ。帰って、まとめですね」

 

 

 

 既に彼女の情報は、青キジの手中にあり、職場はどこ? と聞かずとも済むが、交流を持つために、そう訊ねた。

 

 

 

「ガレーラカンパニーです」

「奇遇だねェ。おじさんも、そこが目的地よ」

「えー! すごい偶然! あれ、でも、今日は軍艦の修理は入ってなかったはずですけど、急ぎ案件ですか? あ、店長さん、ごちそうさまでした!」

「また、おいで」

「はあい!」

 

 

 

 店主へ挨拶を済ますと、帽子やサングラスなどの、日焼け対策を身に付けながら会話をし、ドナートにエスコートされて、後部座席に腰を落ち着かせる。

 

 

 

「船とは別件。おたくの社長さんに用があってね」

 

 

 

 青キジは、水路へ手を翳して表面を凍らせると、再び「よっこいせ」との掛け声と共に自転車を、氷の足場へと下ろした。

 超常現象を目の当たりにして、昴はサングラスの下で、目玉を落とさんばかりに見開く。

 

 

 

「(こ……凍った……! 魔法使いだったんだ!)」

「社長……いるかな……」

「え、なに、俺とのアポあるのに、どっか行っちゃった?」

「さすがに、海軍大将との約束は……蹴らないと思いますけど……」

 

 

 

 ニィ、とヤガラブルは一声鳴くと、ガレーラカンパニーへ向かって出発した。車輪分を凍らせて道を作り、青キジが並走する。彼女はその現象を、キラキラとした眼差しで、ドナートが、あまり身を乗り出すと落ちる、と注意するほどに、魅入った。

 

 

 

「『青キジ()』だって知って、氷をそう見るなんて、なかなか居ないねー。面白いね、嬢ちゃん」

「だって! こんなの初めてですもの! もしかして、この涼しさも、――ええと、青キジさんとお呼びすればいいんでしょうか」

「うん」

「青キジさんが、涼しくしているんです?」

 

 

 

 自覚のない効果を質問されて、青キジは疑問符を飛ばす。答えたのは、同僚だった。

 

 

 

「大将が氷だから、水より冷やされてくるだけだよ……」

「――なぞなぞ?」

「氷越しに扇ぐと、涼しくなるでしょうが……」

「ああ! クーラー壊れちゃったとき、よくやってました! それは分かりましたが、青キジさんとどういう関係が?」

 

 

 

 がっくりと(こうべ)を垂れて脱力する彼に、恐らくは、アイスバーグさんから教わりきれていない常識の話題なんだろうな、と彼が項垂れた理由に見当をつけ、「ごめんなさい」と縮こまった。そのやり取りに、青キジは盛大に笑い声をあげる。

 

 

 

「ぶふっ、ははは! おっとっと、落ちる落ちる」

「だから……。大将がおれたちより風上で」

「それは分かってますよう! 道を作ってる氷で冷やされてるって事で、いいんですかね」

「そいつの言う通り、俺自身が、氷なのよ」

「青キジさんまで、ゾナーになっちゃうんだからぁ……」

 

 

 

 その種明かしの機会は、すぐに来た。

 それは、ガレーラに戻って五分後のこと。ところ変わって、社長室。

 

 

 

「おー。来た、来た」

「さきほど振りです、青キジさん」

 

 

 

 ドナートと共に、食堂の仕事を進めようと準備をしていたが、カリファに昴だけ呼び出され、世界を跨いだ翌日以来の社長室へと、足を踏み入れていた。申し訳なさそうに、整った美しい眉を下げて、カリファが昴の仕事を中断させたことを謝る。

 

 

 

「急に呼び出して、ごめんなさいね。当初の予定だと、貴女は付き添わないことになってたの。大将青キジが、呼んでほしいと言うものだから」

「私、なにか、やらかしましたか?」

「前例の『迷い人』の資料がいくつかあったから、聞きたいかと思って」

「え……? ぜんれい……。え、ていうか、迷い人って……。私がどこから来たか、知ってるんですか?」

 

 

 

 甘味屋の時と変化のない、眠そうな声色のまま、青キジはとても重大なことを口にして、昴は我が耳を疑った。

 

 

 

「元いた場所は知らないけど、この世界じゃないのは知ってるよ。あと『常識』を、もちょっと知らないと。『悪魔の実』については」

 

 

 

 青キジが、アイスバーグとカリファに視線を投げると、説明致しました、とカリファが応答する。

 

 

 

「それなのに、俺が氷でできてるってわかんねぇのね」

「うっ、ゾナー再び……っ」

「ンマー。馴染みが無いから、ピンと来ねーんだろう」

「目の前で能力、使ってたのに? 昴ちゃん、あの氷、悪魔の実の能力って思ってなかったワケ? 悪魔の実の説明、受けたンでしょ」

「すみません……、そのこと思い出せずに、魔法使いだと思ってました……」

「それに、ウチには、能力者はいねぇ。ンマー、悪いが、改めて見せてやってくれないか」

 

 

 

 青キジは、左手を掲げるとその手を氷にする。能力者は食べた実の性質になる、と言いながら、凍らせた部分を自身の長い足の膝で、蹴り砕いた。

 

 

 

「きゃあっ!」

「あ、わりぃね、でかい音、苦手だった?」

 

 

 

 肘から下が砕け散って、失われた状態でも痛がる様子もなく、昴へ説明を続ける青キジ。

 

 

 

「ほら、氷だろ」

「――……。ふ……触れてみても、いいですか……?」

「いいよ」

 

 

 

 本来なら、骨や肉、血管、繊維が丸見えになっている断面部分に、恐る恐る手を伸ばして触れた。その感覚は、氷そのもの。見た目も、氷を砕いた断面。開いた口が塞がらないとはこの事で、昴は言葉ひとつも出てこないまま、徐に、今度は人間の手をしている右手に触れた。

 ヒトの一般的な肌色の皮膚で、男性らしい節張った指。体温は低めだと感じたものの、こちらは、ニンゲンそのもの。左手と右手を、交互に見遣り、ボソリと、

 

 

 

「実の……性質に、なる……」

 

 

 

 青キジからの説明を、復唱した。

 

 

 

「俺は、ヒエヒエの実を食ったんだ。周りを凍らせられるし、俺自身を氷にできる。能力者は全体から見りゃ少ないけど、海軍は能力者が多い。黄猿っつって、ピカピカの実を食べた光人間。赤犬っつって」

「お、お待ちを! メ……メモさせてください!」




ブリゼとは。
 難しいパの名前です。走り幅跳びの様に片足でジャンプし、空中で、先に前に出した足と踏み切った足を入れ替えます。バリエーションがあり、全三種です。
 全身の筋力とジャンプの高さが必要で、バレリーノの振り付けによく使われます。バレリーナもしますけどね。

 砕く、という意味があります。クザンさんは、氷漬けにして足で蹴り砕く戦法が多いので、タイトルとしました。原作で、ロビンちゃんが粉々になりそうになったあの時は、ヒヤヒヤしましたね。
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