そのまま海賊団の情報を集めるつもりだったが、シュライヤの腹の虫が声を大にして空腹を訴えたので、情報収集は後回しにして夕食を取ることになり、満場一致でステーキ屋にて腹を満たす事に決定した。選んだ店は、オープンテラスの造りで、その風通しのよい道側の席へと案内されたので、夜風の涼しさを感じながら、食事ができそうである。
「盛り上がってるのジャマしちゃ悪いと思って、ずっと聞いてたんだけど、バスクード君、船に詳しいね。すごーい」
シュライヤは、造船の島の出身だという。鉄製が主だったらしいため、帆船と材質の差違はあるにしろ、共通点が多いようで、昴には解らない部分で二人は感覚を共有していた。更には、船大工の父親の手伝いで、カクの担当である大工職も経験したと話し、木材に対して専門的な観点で熱論しあっていたのだ。
「……まあ、な。そんなことより、メシ、頼もうぜ」
「あ、うん。お腹空いたー!」
「わし、これの特盛」
「はやいっ」
着席してすぐにメニューを見ていたカクが、自分が頼む料理を早々に決めていて、思わず昴は笑ってしまった。
「ああ、でもそれ、おいしそう。グラム違いの頼もうかなあ」
「水水肉はやっぱり外せんな」
「濡れ煎みたいで、意外においしい水水肉。そうねえ、サラダも欲しいっ」
三人とも食べたい料理が決まったところで、カクが「おおーい、決まったぞ。来てくれ」と店員を呼び、それぞれの料理を注文する。
「さて。カクさん、バスクード君。今日はありがとうございました」
「何事もなくて、良かったの」
「ですね。明日も、何事もありませんように」
ウォーターセブンで購入した手帳を鞄から取り出すと、今日の日付に「今日の予定が済みました」という意味のバツ印をつけて、明日以降の予定を確認する。明後日は、劇場での練習は休み、と予定表に書いてあるのを再認識して、小さく落胆の息を吐いた。自室でウォーミングアップをして、身体を解しておかなければならない。ウォーミングアップに落胆しているのではなく、劇場で練習ができなくて落胆しているのだ。
昴は、食堂の一角が借りられたら良いなあ、と思っている。理由は、フローリングなので、バレエ教室と似ていそうだから。しかし、仮に貸してもらえたとする。練習を終えて掃除を済ませて清潔な空間に戻したとしても、食事をするところで、飛んだり跳ねたり、ましてや
固形の松脂を滑り止めとして使う。シューズ裏、または、トゥの先端部に着けるため、踏み潰せるような小さな欠片にして、教室では角に置いてあることが多い。踏み砕くので、もちろん、破片は飛び散るし、多少のべたつきが床に付着する。
昴の『願望のため息』は、カクには、話題の流れから海賊への『不安のため息』に見えたようで、
「大丈夫じゃよ。海賊がおっても、わしが抱えて逃げるぞい」
と、彼女を笑顔で励ました。ここでそのまま、わがままを口にするわけにもいかず、ええ、そうですね、と返して、手帳を鞄にしまう。そうして、幾ばくもせずに飲み物が先に手元へ来たので、杯を掲げて乾杯を済ます。
「え、カクさん、アルコールの一気飲みは体に悪いですよ?!」
「喉、渇いてて」
「お水、先に飲みましょ?! ましてや、お腹空いてるのに! 空きっ腹にアルコールって、すぐ酔いが回っちゃって、危ない飲み方ですよ!」
「言うて、今まで平気じゃった」
「マジかあ……。 ロシアとかの、そういう体質なのかしら」
隣でシュライヤも、来た飲み物を一気に飲み干して、すでに次のドリンクを頼んでいた。
「もー、二人ともー」
暫くして料理も揃い、談笑しながら食を進めていくうちに、昴はシュライヤの異変を察知する。
カクが言うように、愛想が少ない彼だが、今は年齢相応の笑顔やふてくされた表情を大きく見せているのだ。お前より強くなってやる、わしに及ぶなど十年早い、じゃあ教えろ、と旧知の仲であるようなやり取りさえしている。日中は、昴の会話に対してほとんど頷き程度の相槌だけでやり過ごしていたのに、だ。食事中は無防備になるとどこかで耳にしたことがあるので、彼もそうだろうと思い、異変には気付きつつもそのままにする予定だった。
――のだが。
「カクさんは身軽だし、ドック内で海賊をお仕置きしてるところを何回も見るけど、すごく強いよ?」
「こいつと勝負がしたいわけじゃねーもん。おれのもくひょーはそこじゃねえ!」
シュライヤは、何故か舌足らずの発音で言い切り、拳を握って、決意に満ちた瞳でその拳を見つめると、一呼吸ののち、一変して憎しみに満ちた目つきになった。
「腕がたつカクより強くなれば、あいつだってしとめられる。あいつを見つけるまでに、ぜったい! 強くなってなきゃなんねーんだ!」
「お、おちついて、バスクード君。そんなに大きな声を出さなくても、ちゃんと聞こえてるからっ」
彼のこの行動で、彼女は確信した。
「顔、赤くなってないけど、きみ、酔ってるでしょ。よく見れば、目も潤んでるし……。いつのまにお酒、飲んでたの。だめだよ、まだ十三歳なんだから」
「よってねェ!」
「始めから飲んどるソレ、カクテルじゃ」
「OH MY GOSH!! ちょ……! 何杯目!? 分かってたんなら、とめて?!」
「いやあ、そんなに度数が高くないからのう」
シュライヤは、ついに立ち上がって、
「あのかいぐんを、ぶっころす!」
声高に、物騒な宣言をした。
昴らの他にももちろん、夕食や晩酌を取っている客がいる。昴がさっと見回しただけでも、幾人かの視線がシュライヤに集まっていた。周りへ、すみません、と頭を低くしながら、彼女も立ち上がって彼を宥める。
「ね、そんな怖いこと言わないで、ほら、お水を飲んで血中アルコール度、下げようよ」
「海賊じゃなく海軍を、か」
「そうだ!」
「ああもう、カクさん、話を促さないでくださいっ。フルーツ百パーセントのジュースか、紅茶を貰ってきてください」
「ほいほい」
カクは口を付けていたジョッキを置いて、お使いをするべく従業員のもとへ向かった。
ひとまずシュライヤを座らせることに成功したが、酔っ払いの演説は阻止できていない。
「あのかいぐんは、おれの家族をころした! ゆるせねえ!」
固く握りしめたままの拳を、ダンッとテーブルに叩きつけ、その衝撃で一瞬カトラリーが浮いてガチャンと音を鳴らす。
「父さんも! 母さんも! 妹も! ぜーいん! ともだちだって、なん人もころされたんだ! かいぐんのくせに! せーぎのくせに! 罪もない島のみんなを、笑いながらころしてた……!」
「う、うん」
「アデルなんて、泳ぎをおれから教わってたとちゅーだったんらぞ……! なのに、あのやろう、水路に落としやがったんだ!」
ボタボタと涙がテーブルに落ちていく。『誰かを亡き者にする』など、酔いで気が大きくなった末の豪語かと思いきや、そうでもないらしい。剣幕に呑まれて、昴は落ち着かせることを忘れ、シュライヤの悲痛な叫びを聞いてしまっていた。
「おれが弱いから……っぐす……、こんなおにいちゃんで……ごめんな、アデル……」
そこで、シュライヤの目の前にひとつのグラスが置かれた。昴が見上げると、持ってきたのは従業員ではなく、カク自身だった。
「キウイチゴのがあったぞい」
「ありがとうございます」
「シュライヤ、飲め」
ぐしゃぐしゃとカクはシュライヤの頭をざっぱに撫でて、自分の席に戻る。昴がもう一度、礼を言うと、カクはふにゃりとした笑みで、お安いご用だ、と返した。シュライヤにむりやりジュースのグラスを持たせると、ぐいーっと一気に飲み干した。
「キズの借りもかえしてやる……! だから! おどりだろうが、ふなだいくだろうが! 利用できるならなんだって覚えてやるんだ! いいな、すばる! 明日もおしえろ!」