「昨日のことは、忘れてくれ……」
「おはよー。記憶飛ばないタイプなんだ?」
朝の集合で開口一番、シュライヤは唸るように、昴とカクへ言った。
「頭、痛くない? 二日酔いは大丈夫?」
「……ああ」
羞恥心からだろうか、少年は昨日は被っていなかった黒色のフェドーラを、目深に被っている。昴の隣でケタケタと笑うのは、もちろん今日も護衛を務めるカク。
シュライヤの酔いが酷く、食事後に『件の海賊団』の情報収集を諦めて、宿屋に強制帰還させたのだ。
「ずいぶんと逞しかったのう!」
「う、うるせーやい! いつもはこんな事には、なんねぇんだよ……。昨日は、たまたまだ。――くそっ。とっとと行くぞ」
先に海列車の駅へ向かうその足取りは、しっかりしており、不調を隠す強がりはないようである。昴は、安心した。
「まあ、バスクード君にも驚いたけど、奢られたのがいちばん驚いたわね。ほんと、マイナスなことが起きないか、それが心配よ」
「ううむ。気にしすぎじゃろう」
あのあと、すぐにでもシュライヤを宿屋へと帰そうと思ったのだが、昴の注文したデザートが残っていた。まだ手元に来ていなかったため、持ち帰りに変更しようと席を立ち上がって一歩踏み出したとき、カクから「寝よった」と言われ、昴が振り返れば、紅梅色の頭がテーブルに伏せている。寝てしまったのならもう少しくらいは時間はある、と、店内でデザートも戴き、さあ会計をとレジに立てば、
「清算、済んでるよ」
という、会計を担当した店員から、仰天の報告。
「なんですって? あ、もしかして、カクさん、さっきジュース頼んだ時に会計済ませました? 自分の分は自分で払いますから、大丈夫ですよ」
「わしゃ、まだ払っとらん」
「別のお客がね、あんたらの分を持ってくれたのさ。だから、その子を早く連れて帰って、寝かせてやりな」
「いや、まあ、寝かせますけど。待って、どのお客さんですか? そんな、奢ってもらうだなんて」
「そりゃ野暮ってもんさ」
それでも、昴は「のちに名乗り出て来られて、なにか見返りを言われても対処できない」と、会計の額は教えてもらった。言われたときに、負担された分と少々色付けして返せるように、と。
「ファンじゃろ」
「ポジティブ……!」
「気にしいじゃなあ、昴は」
「うーん……」
海列車の乗車券を駅員に確認してもらい、車内へと乗り込みながら、カクは己の意見を昴に伝えた。シュライヤは、ひとつのコンパートメントの前で待っている。席を確保してくれた事に礼を言って、中へ入り、腰を落ち着かせた。
「タダ飯、食えたんだからいいじゃねえか」
カク同様、見ず知らずの他人から奢ってもらった事を幸とするシュライヤに対しても、否定を返そうかと思った彼女だが、感覚の違いをこれ以上主張しても意味が無いと判断し、又、悩みすぎても自分自身が疲れてしまうので、双方に倣ってラッキーだったと思うことにし、そうだね、と微笑みを返す。
数十分の列車の旅、サン・ファルドに降り立つと、昨日と様子が違った。
「海軍がいねえ」
「え? あ、ほんとだ」
海賊を警戒していた海軍が撤退しており、行き掛けに情報を得ようとしていたシュライヤは肩を落とした。夕方以降、酒場で収集を行うことにしようと独り言が口から零れると、昴には禁酒を言い渡されて、再びカクのいじりが始まる。
今日の稽古、昴はイェレとパ・ド・ドゥ、それから、シュライヤへの指導を行う。今日は、シュライヤが始めの柔軟体操から混ざっている。というのも、昨日の『蹴り上げ』を見せた直後から、昴とイェレのダブル教師で柔軟や姿勢を指導され、筋を解してもう一度『蹴り上げ』をしたところ、シュライヤ自身も驚くほど、足が軽く、速く上がった。これは、身体を解した方が、今後の戦闘に役立つと実感したためである。
「体幹を意識するんだ。制御も必要だけど、遠心力も使って。ーーそう。飲み込み早いぞ、シュラ。うん、だんだん首もきれるようになってきた。酔いにくくなってきただろう?」
「ああ。これなら、囲まれても攻撃しやすい」
「回って回って、酔わないように鍛えとくのも大事だって、解ってくれたかな」
「おう!」
イェレの指導で、シュライヤは短時間でめきめきと上達を見せている。洋画のアクションでも邦画の殺陣でも、振り付け師が「次はこうして、その次はこう攻撃、それをこうやって防御」とフィクションのため振り付けてはいるが、映画の中の一流は舞っているように闘う。無駄な動きがない分、美しく見えるのだ。
「このままウチに引き入れたい」
「ヤに決まってンだろ」
「バスクード君。やりたいことやりきった後にでもさ、ここに来ればみんないるし、楽しいと思うよ! ね、イェレさん」
「もちろん。ダンス有りきのカーニバルの街だ。ウチが無くなることはないよ。旅が終わったら、おいでよ。大歓迎さ!」
「そりゃどーも……」
そうして、稽古の終わり時刻、舞台でくたくたになり大の字になるのは、やはり、ひとり。サン・ファルドのダンサーは、その様子を微笑ましく見遣ってそれぞれ帰り支度に取り掛かった。
「はあ……はあ……」
「おつかれ」
「撫でんな……くそ……」
「触り心地、良くて。てへ。ほら、シャワー浴びてさっぱりしよ? 今日は聞き込みやるんでしょ」
「おー……」
シュライヤはむくりと起き上がって、客席に置いていた自分の鞄を回収する。着替えが入っているからだ。今日は始めから起きて、様子を傍観していたカクも、シャワー中の警護のために動き出す。さっぱりとして石鹸の香りを纏う二人を、出入り口で迎えると、情報聞き込みに繰り出した。
「
「飲みは無しよ。ごはんはごはんで、ちゃんと」
「解ってる!」
みなまで言わせずシュライヤが吠える。酒場が盛り上がる時間帯には少々早く、それほど客が入っていない。しかし、早い分、泥酔客もおらず、ましてやならず者より仕事帰りの男共が多く、『ご機嫌取り』をせずとも安全に情報を入手できた。
「死の外科医、トラファルガー・ローか……」
海列車の中で、鞄の中から紙束を取り出しながらシュライヤは、その名を口にする。渋い顔のまま紙束をめくる様子に、昴は、どれほど凶悪なマッドドクターなのだろうと想像を膨らませていた。それと同時に、ファミリーネームらしい「トラファルガー」に引っ掛かりを覚えていた。
「聞き覚えがあるんか?」
「あるにはあります。けど、その海賊を知ってるわけじゃないんです」
「ん?」
「昔、旅行した場所の名前なんですよね、トラファルガー。トラファルガー広場って言って、すごく広くて、路上パフォーマーもたくさんいて、美術館もあって、一日居ても飽きが来ないところです。ビッグ・ベンも見えて、それはもう、夜なんて「ああ、あそこにピーター・パンたちが寄ってるんじゃないかしら」って興奮しちゃって!」
「――あった。こいつだ」
わずか一日で、昴の弾丸トークのスルースキルを身に付けたシュライヤは、紙束から目的の紙切れ一枚、手配書を取り出した。帽子で顔がいまいち判別できないが、ブチ柄の帽子が特徴的で記憶に残りやすい。それゆえに、帽子を変えられてしまったら、特定するのは難しそうである。
「思ったより、そのへんの男性ね。もっと年齢が上で黒服とか着てそうなイメージだった。髪の毛が黒と白の半々とか」
「どっからそんなイメージを持つんじゃ」
「いやあ、外科医で無法者って言ったら、無許可の外科医って、んふっ」
「こいつを狩るのは止めだ。くそ……金が」
「捕まっちゃったら、臓器売買目的で解体されちゃいそうだもんね」
「まあな。なんの実かは分かってねえけど、こいつの能力は、生きたままバラバラにするらしいんだ」
途端に、昴が真顔になる。脳内では、ホラースプラッタのゴア表現で、解体場面が再生される。
「ぜったい、遭いたくない……」
ルルベとは。
つま先立ちの状態(背伸び)を指すパの名前です。十三歳の少年が、大人に舐められてはならぬと、懸命に大人と同等に振る舞おうとする言動に当てはめました。
余談。
デッドエンド時のシュライヤは一体いくつなんだろうかと検索したところ、十六歳説と二十歳説を見かけました。(小説版は未読です……にわかで書いててすみません)個人的には、二十歳説が好きです。エースと同い年で「お兄ちゃんズの図」が好物なので。しかしまあ、せっかくの妄想上等二次創作なので、十三歳という成長期のシュライヤと戯れたく、原作時間を十六歳とし、昴ちゃんには、子供シュライヤと接点を持ってもらいました。
私が中学三年生の時、一年生にとても可愛らしい男の子が来ました。身長百五十ほどで、サラサラな黒髪ショート、もし女装したのなら女の子と疑わないほど、中性的な顔立ちの。私は、卒業し二年後に気紛れで母校へ遊びに行きました。三年生になった彼は、身長百八十ほどまで伸び、声変わりをしてハスキーボイスになっており、まるで王子様のようなハンサムに激変していました。
その経験から、シュライヤもこのビフォーアフターをしてもらおうと、小学六年生感が抜けない中学一年生(十三)になってもらっています。そして、この話の三年後、映画の姿に成長した、と。ハクナ・マおっと、誰か来たようだ。