シュライヤが就いている商船の修理も、終わりが見えてきた。その期間、五日間。今回の戦闘で破損しなかった他の、こと細かな部分もついでにと点検・修理を行ったので、ガレーラの職人でもこの日数がかかったのである。そして、終わりが見えたということは、つまり、シュライヤとの別れもすぐそこまでに迫っているということ。しかし、別れを惜しんでいるとしても、『本日のメニュー』を各ドックに新しく設置した食堂専用掲示板に貼り出す業務を、こなさなければならない。その最中に彼女は二番ドックで、
「yellow submarine.」
親が聴いていた洋楽を、思わず口ずさんでしまった。文字通りの、黄色い潜水艦がそこに停泊していたからだ。
「派手な色だなあ。潜って隠れる気ないでしょ、これ」
日本の一軒家を優に超える高さ。もしかしたら二階建てよりも高さはあるかもしれない。見上げると、日除けの帽子の鍔の影さえ、目元を隠してくれないほど。
「よっ、おはよう、昴!」
「おはようございまーす」
「今日のメシは、なんだ?」
船大工のひとりが、掲示板で作業する昴へ挨拶をした。食事が楽しみだと言っていて、この貼り出しシステムになってから、一番目に見に来る。彼が、昴の体感で言うと「普通の身長」であるのも相俟って、船大工の中ではカクの次に仲が良いと言えよう。
「マグロのステーキ定食と、水水肉の唐揚げ定食と、根菜丼ですよん」
「よし、決めた!」
「唐揚げ定食でしょ」
「なんでわかった?!」
「昨日、野菜系を選んでて、一昨日が肉系を選んでたから、今日は肉系かなぁって。あの潜水艦、オモチャみたいですね」
「へえ、潜水艦を知ってるのか」
「ええ、まあ。金属製も修理できたんですね。……あ、そっか。海軍船があった」
普段、修理に来る船が木製であるし、『現代』より古い時代に思えるこの世界、どうしても木製のイメージが強いのだが、ふと、海軍の軍艦が鉄製だったことを思いだし、潜水艦修理の停泊に納得をした。
「観光船ですか?」
「海賊船だよ。ハートの海賊団のさ」
「まあ! なんて可愛らしい名前!」
子供が名付けたような響きの海賊団の名前に、昴の心はほっこりする。これだけ大きな潜水艦を操縦し、管理し、こうして修理依頼もできるのだから、いくらなんでも未成年の『ごっこ遊び』でないことは、昴でも予測できるが、それでも、女の子の多いイメージが湧いた。と、同時に、事あるごとに首を刎ねたくなる女王も脳裏にちらついた。
「海賊団の名前は可愛くても、中身は『死の外科医』だ」
「しのげかい。 ――う!? げ、げかいって、医者の……」
『海賊』で『医者』という人物の話題がつい最近上がっていたのを思い出して、昴の心は凍てついた。そして、更に凍てついた。背後から、新たな声がこう発した為である。
「オペの腕前もピカイチ。戦闘能力もピカイチ」
昴は、まるでホラー映画の登場人物のように、首をすぼめて恐る恐る振り返る。彼女の後ろに立っていたのは、白いつなぎに、スキーグラスに似たサングラスを掛けた青年。つなぎが白と味気ないからか被るキャスケット帽子は、カラフル。好き勝手にはねる橙色の髪と八重歯が、わんぱくな印象を持たせている。
「男前もピカイチ。そう! 我らがキャプテン! トラファルガー・ローのことだぜ!」
「あー、クルーの、――なんだっけ、魚の名前の」
「シャチ!」
「そうだった、そうだった。さっきぶりだな」
「んん、私、次のドックへの貼り出しに行きますね……!」
「あ! 待った!」
遭遇したくない海賊団にランクインしている海賊団のメンバーから、早く離れようとしたのだが、シャチと名乗る船員に肩を掴まれてしまった。条件反射が働き、咄嗟にしゃがんで掴む手から逃れると、曲げた膝の力を利用して後ろへ跳ぶ。恐怖心で染めた眼差しで、警戒する彼女の姿に、船員は気を悪くした様子もなく、逆に、口笛を吹いて今の脚力を褒めた。
「いい足、持ってんな!」
「ひ……っ! い、いや! 持っていかないで……!」
昴は、生きたまま解剖するとの事前情報で、その誉め言葉は『人身売買・臓器売買の品定め』と受け取ってしまう。冗談でもなく心底怯えている彼女を見て、船大工が、二人の間に身を入れた。
「おいおい、ウチの後輩を怖がらせないでくれよぉ」
「なんもしてないよ?! 褒めただけじゃねーか……」
彼は困ったように、帽子越しに頭を掻いた。そして、医者だと思って捜していた、と告げた。昴はもう、船大工の背に隠れて、彼が穏便に『ハート』の船員を離れさせてくれる事を願っているので、会話を交わすのは船大工。
「見掛けたサン・ファルドと、あと、医者関係ならってんでセント・ポプラの病院も、ぜんぶ回ったんだぜ。船大工だったなんてな」
「食堂の手伝いで、大工じゃねえ」
「そうなのか」
「なんだって昴を捜してたんだ? 知り合いにしちゃ、この恐がりようだぞ」
「何日か前に、食い物屋でその子が、血中アルコールのこと言ってたから、てっきり医者関係だと思ってさ。女ってだけで、こっちの指示に従う野郎もいるから、色々都合が良くなるし、欲しいんだよ。お前だって、船、造っててケガしたら、手当ては女の方が気分イイっしょ?」
船大工は昴の手前、少し言いにくそうにしながらシャチの意見を肯定すると、背中を小さく叩かれて苦笑いを浮かべた。
「子供でも有能そうだったから、始めの内は手伝わせながら教え込んで、ゆくゆくはオペの助手にさせたかったんだって」
「っふひははは!」
「こども……」
「え、なんだよ」
「しかたねえさ、昴! お前はそう言われる運命なんだって!」
すっかり意気消沈し、生気の無い声で年齢の訂正をかけた。せっかく爽やかな目覚めを迎えた朝だと言うのに、会いたくない海賊に会うわ、子供と間違われるわ、今日は厄日だと確信する昴。
「う、そ……だろ……。二十一って、キャプテンと同い年じゃん。ありえねぇ、ぜったい十ちょいだろ?!」
「……」
泣き面に蜂である。
今度こそ、自分の仕事に戻る、と一礼をしてその場を離れた。順繰りに、食堂専用の掲示板に献立表の貼り出しをして行くと、途中で、木材を担ぐシュライヤに出会った。少年に向けるその笑顔は弱々しい。
「おはよう」
「おう。元気ないな」
「また、バスクード君くらいの年に見られた……」
「そ、そうか」
「童顔種族だってのは自覚あるよ? でもさ。こんなにもこどもと間違われるのは、大人になった身としては、物悲しいのよね」
ところでどうして木材を担いでいるのか尋ねてみたところ、これも資金稼ぎだ、と返ってきた。アイスバーグ公認のアルバイトとのことで、ギャラはきちんと会社から出るらしい。そうして少しの間、立ち話をしていると、
「昴! シュライヤ!」
と、心地好い低音が遠くから昴らを呼んだ。顔を向けると、来い来いと手招きするアイスバーグ。傍らには、もちろん秘書のカリファが控えている。加えて、見慣れない長身の帽子を被った男性と、オレンジの服を着たクマと、白いつなぎを着た、こちらも帽子を被る人物が立っている。
「……嫌な予感」
「あれって、トラファルガー・ロー」
「ですよねー! 同じ白いつなぎの人、会ったばかり! どこから騒げばいいと思う?! ご本人登場? くまちゃん?!」
すっかり逃げ腰の昴を置いて、シュライヤは彼らの元へ向かっていった。アイスバーグの指示を無視するわけにもいかず、昴も、外科医の機嫌を損ねないように、と自分自身に忠告しながら遅れて辿り着く。カリファの真横に陣取って背筋を伸ばし、きちんと正面を向いて視線を合わせ、
「お……お早うございます」
多少はどもってしまったが、『死の外科医』らに挨拶をした。