赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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アン・ファス カトル

「参りましたよ、まったく……」

 

 

 

 急遽、カリファ宅での女子会になり、昴は上がらせてもらって一息吐いた。家主の手料理を頂きつつ、先刻の出来事に対して、吐露する。

 

 

 

「ベポくんと一緒にいた海賊さん、悪い人じゃないとは思うんです。だって、嫌だって言ったら下ろしてくれましたもん。それに、水に落ちそうになったとき助けてくれました。追っかけてこなければ、逃げることもなかったんですけどね。あ、そういえば、レシピを教えてもらいたいって。なんででしょうね。海賊ですよ? レシピって、必要なんでしょうか」

 

 

 

 話しては食べ、話しては食べ、昴の弾丸トークは止まらなかった。カリファは聞き上手のようで、次々に話したくなるような相槌を入れるものだから、『Anne』とあだ名が付いている昴、それはもう、止まらない。

 

 

 

「昔の顧客で冒険家がいたけど、彼が言うには『娯楽の少ない航海で食事がいちばんの楽しみ』らしいわよ」

「カードゲームとかボードゲームとか、ないんですかね」

「さあ。ただ、船に限らず、カードは諍いの火種になりやすいから、単純に遊びたい時には、あまり歓迎されないのかもしれないわね」

 

 

 

 どうしても賭け事にしたいのだそうだ。昴はそれを聞いて、ポーカーではなくババ抜きや神経衰弱はないのか、と尋ねる。驚いたことに、カリファは双方を知らなかった。

 

 

 

「昴の世界の遊びかしら」

「はい。子供も遊ぶカードゲームですよ。あとはウノも中々の心理戦で。あ、心理戦と言えば、大富豪大貧民なんかも楽しいです! 私は苦手なので、いつもみんなのを観戦してました。――すみません、おかわりしてもいいですか?」

「食べるわね」

「おいしくって! うふふー」

 

 

 

 カリファも手料理を褒められて、仕事中では中々見せない笑顔で、昴の空いた皿に追加分をよそう。

 街並みがヴェネツィアに似ているのと同じで、料理もイタリアンに似ていた。小麦がどこかで生産され、小麦粉に製粉され、出荷されているので、余談だが昴は「叶うなら、すいとんを作りたい」と密かに思っている。カリファの手料理は、昴にとっては少し塩気が強いのだが、口直しのカルパッチョ風の小皿も用意されていて、飽きが来ず、会話もしているので多めに作られていた料理は、ソールドアウトとなった。

 

 

 

「――はっ、まさか!」

 

 

 

 食後の珈琲でゆったりと歓談していた時、突然、それまでしていた話の脈略もなく昴が声を上げた。カリファは、驚くこともなく朗らかに、彼女の内で突如湧いた話題を拾う。

 

 

 

「どうしたの?」

「レシピを知りたい理由が、分かった気がして!」

 

 

 

 優しい声色で、続きを促した。

 

 

 

「聞かせて」

 

 

 

 昴はもちろん、意気揚々と語り出す。『娯楽の少ない航海、食事が唯一の楽しみらしい』との情報から、お気に入り邦画を思い出したと言う。

 物語は、南極にある基地の仕事模様と食事事情。海保出身の料理人視点で綴られた実記を基に映画化された作品だ。

 

 

 

「カイホ?」

「海上保安と言いまして、んー、まあこちらだと海軍ですね。海の上でも道ってあって、お互いがぶつからないように整理したり、難破船があったら助けに行ったり、海底火山とかを調べたり、なにか違反してる船を逮捕したりとか」

「海底に火山があるの? 興味深いわ。あとで、それの説明も頼みたいんだけど、いいかしら」

「詳しくないですけど、モチのロンですよ! それで、任期の間は食料の補充ができないので、最初に積まれた材料からコックさんは色々考えて――」

 

 

 

 

 

 

「――という予想をしたんだけど、どうかな?」

 

 

 

 翌日、ベポとの約束を果たすために、二番ドックへ向かい、船大工を中継にベポと落ち合った。そうして、昨夜に思い当たった「レシピのレパートリーを増やしたい理由」を彼に伝えてみた。

 

 

 

「うん、そうだよ」

 

 

 

 同じ食材で、今までとは違う美味しい料理が食べたい、という昴の予想は、見事に当たったのである。話し相手がベポだということもあり、警戒心が薄れ、ランチをしながら話さないか、と提案した。彼も彼で、話せることが嬉しいらしく二つ返事で快諾した。

 そして、待ちに待った昼休みになり、昴は賄いランチを乗せたトレーを持って、外の休憩所へと向かう。パラソルがあり、時々昼休憩を取ることもある場所で、更に、食堂スタッフや船大工も使うので、万が一何かがあっても周りが対処できる為、ここを選んだ。既にベポが居る。アニマルと食事、という事実に彼女の気分は、幸せ最高潮にある。話題は尽きず、ベポも話したがり屋で盛り上がった。

 食事が終わる辺りで、本題に移る。レシピの件だ。

 

 

 

「お母さんから教えてもらったレシピのメモ持ってきたけど、材料とか調味料とか、なにを持ってるのかな?」

「おれだと、分かんない。紙、もらうだけだと思ってた」

「それでもいいんだけど、いざ作りますって時に、これは無い、これも無い、なんてことになったら悲しいじゃん」

「うーん。おれじゃなくて、ペンギンがいいかも」

 

 

 

 昴は即座に、不思議な力を持つ家政婦の洋画を思い浮かべた。チョークで描かれた絵の中で、ペンギンのウェイターたちがもてなしてくれるシーンは、彼らの動きもダンスもとても可愛いく、お気に入りのひとつ。顔を緩めていたが、ベポが懐から出した、ヤガラに似た顔付きのカタツムリらしき物体を見て、凍り付いた。

 

 

 

「出た……」

「これ?」

「うん。実は、だいぶん苦手でね」

 

 

 

 ベポが手にするは、子電伝虫。『現代』でいう『携帯電話』の機能に匹敵する電波を持つ生き物である。ドナートが使っているのを見た当初は、吐き気さえ込み上げるほど、ヤガラブルより拒絶を出していた。せっかく『現代』との共通点を見つけて心寂しさが紛れたが、いかんせん、その見た目は彼女に毒だった。

 子電伝虫は、男性のような低い声で、はっきりと「プルプルプル」と呼び出し音の擬音を発し、四回目の擬音ののち「がちゃ」と言い、続けて、

 

 

 

「誰だ?」

 

 

 

 と、別の男性の声を発した。これは電伝虫らの物真似、という説明を、昴はドナートから受けているため、そこに関してだけは、凄いなあ、と好印象だ。通話をしているベポは、当たり前のことなので「物真似」を気にすることもなく、問いに答えた。

 

 

 

「おれだよ」

「ベポか」

「今すぐ、食堂に来てよ」

「そんなの、直接お前が来いよ」

「船じゃなくて、この会社の」

 

 

 

 大分はしょった言い方なので、昴が改めて説明しようと、通話に交ざる。何処に居て、何故呼び出そうとしているのかを伝えた。

 

 

 

「私も、ぜひペンギンさんにお会いしたいですし」

「ああ、そう。俺は行ってもいいけど」

「ほんとですか?!」

「昴、俺をペンギンだと思ってるだろ」

 

 

 

 おかしそうに笑いを含みながら、彼はそう言った。ベポが「ペンギン」と呼んで、彼自身も返事をしているのだから、どこも可笑しな点はないと、昴は小首を傾げる。目の前の子電伝虫が破顔した。

 

 

 

「『ペンギン』って名前で呼ばれてるだけで、ヒトだ。お前が苦手だって言ってる人間の男」

「あ、え? ――あ、あー……そうなんですね」

「悪いな、希望に添えなくて。ふっくっくっ」

「す……すみません」

「気にすんな。それに、そっちに行くより、このまんま子電伝虫を通してた方が、都合が良いしな」

 

 

 

 キッチン長になってはいるが、海賊団結成時の初期メンバーだからという理由だけで、料理に特化してるわけではないと言う。なので、調味料と食材を正確に把握していない、と。

 

 

 

「私がそこにお邪魔できないので、ペンギンさんがキッチンで、リアルタイムに有る無しを確認する方が、効率的ですね」

「だろう? あと少しで着くから、待ってくれ」

「はーい」

 

 

 

 自然と笑顔で返事をした昴。

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