赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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アン・ファス センク

 ベポは、ペンギンは怖くないんだね、と問うた。

 

 

 

「ガレーラの皆さんと話してるみたいだから、平気。昨日の人は、こう、ひとりの人間って接してなくて、異性として来ちゃうから、どうしても身構えちゃうの」

「んー?」

 

 

 

 彼女の答えがよく解らず、薄い反応をするベポに代わって、ペンギンが会話のボールをキャッチする。そして、衝撃的なボールを投げた。

 

 

 

「――シャチ、ああ、だから今日、首が甲板にあったのか」

「待って待って、聞き間違えたかしら、いま『首が』って言いました?」

「言った」

「首って……え? 打ち首?! 甲板に首、晒し首? こわいこわい! なんで?! 誰に?! 二人はそんな海賊団にいて怖くないの?! というか、仲間が殺されてて、なんでそんなに冷静なのかな……?」

 

 

 

 昴がベポを窺うと、仲間の死に対して何も感じていないように見えた。視線に気づいた彼は、昴の勘違いを正す。

 

 

 

「殺されてないよ。キャプテンの能力だからね」

「トラファルガーさんの?」

「悪魔の実の能力で、能力を使ったときに斬られても痛くないし、死なないし、くっ付けられるから」

「バラバラにされた奴のパーツを隠して、遊んだりもする。感覚は繋がってるから、くすぐってやったりな」

 

 

 

 全く想像がつかない遊びである。そもそも、猟奇的な図でしかないその遊びは、昴には理解しがたいが、「キャプテンも、頃合いで戻してくれるから、心配はねえさ」とペンギンが楽しげに言うので、当人たちが良いならいいか、と受け入れた。

 

 

 

「よし、調理場に着いたぞ。昴、新しいレシピには、何が必要なんだ?」

「ええとですね、前もってひとつだけ、ちょっと。同じものでも、呼び方が違うのがあるかもしれませんし、ペンギンさんたちが使ったことがない物もあるかもしれません。なにそれって気軽に聞いてくださいね。では、調味料の方からで、塩、胡椒、胡麻油、料理酒」

「分からないものが、もうあった。ゴマブラってなんだ?」

「ゴマから搾った油なんですが」

「あれって、絞れば油が採れるのかよ。初めて知った」

「でも、使うとなったら相当量を搾らないと、使いたい分が溜まらないですよ。ご自身で作るのは厳しいかと」

 

 

 

 ペンギンは頭の中で、作業を想像してみたらしく、一呼吸置いて同意した。継いで「これだけか?」と昴に訊ねる。彼らに勧めたい料理で使う調味料は、実はまだあるのだが、昴は残りの調味料を中々言い出せなかった。渋る表情を電伝虫が忠実に再現するため、あちらには迷いが筒抜けになる。

 

 

 

「まだあるんだな? 言ってみろよ。新しく買うんだって、いいんだぞ」

「誰も作ってない調味料かもしれません」

「お宝級なのか」

「どうなんでしょうね。醤油、味噌、お酢、みりん、という物ですが……」

「なあんだ! しょうゆとみそなら、持ってる。『おす』と『みりん』ってのが無いが、それはなんなんだ?」

 

 

 

 先の猟奇的な罰より衝撃的な発言を聞き、昴は驚愕の表情で固まった。昨晩、シャチに助けられた時よりも、だ。お陰で、

 

 

 

「おい、目ん玉、外れやしないか?」

 

 

 

 と、ペンギンに心配されて、ベポにも、ヘンな顔、と笑われる始末。だが、仕方ないこと。何故なら、その味を口にすることは、半ば諦めていたからだ。昴の目から、それらが存在した驚きと、味わえる嬉しさがごちゃまぜになった涙が、溢れてきていた。

 

 

 

「あーあ、ベポが『変な顔』なんて言うから」

「ええ!? すばる、ごめん、泣かないで」

「ちが、うの……っ。嬉しくって!」

 

 

 

 ハンカチで涙を拭いながら、言葉を紡ぐ。故郷の味をもう口に入れられないと思っていた、と伝えた。

 

 

 

「ワノ国の出身なんだな」

「いいえ、いいえ、どこにもないんです……。ぐすん。……はー、すみません、いきなり泣いてしまって。嬉しい。売ってる貿易船が来てくれたら、買えるのね」

「――……。キャプテンもワノ味が好きだから、少ししか渡せないが、ウチのを分けてやろうか」

「Awesome!! ペンギンさん……! 好き! 大好き!」

 

 

 

 彼女の涙腺は更に緩み、涙声で感謝を言う。

 

 

 

「なんて優しい人なのかしら!」

「がちゃっ」

「無いと思って、……ぐすぐす、ウォーターセブンのお店とか、コックさんたちに、聞かなかったから」

「すばる」

「ひっく……、実は置いてあるのかもしれないけど、ここで補充、できないかもしれないのに! ペンギンさん、お会いしたいです、直接お礼を」

「すばる、すばる。通話切れてるよ」

「んえ?」

 

 

 

 電伝虫が瞼を閉じて、力無く目を下げている状態は、通信が切れていることを示す。昴が、電波が悪くなったのかしら、とベポに尋ねると、ペンギンが切ったんじゃないか、と返ってきた。その後、かけ直しても応答はなく、昴は自分が何か失態をしたのかと落ち込む。

 それは、杞憂だとすぐに判明した。通話が切れてから十分足らず、なんと、シュライヤが配達をしてくれたのだ。包みを昴に差し出す。

 

 

 

「バスクード君、これは?」

「ミソって言ってたぜ」

「ありがとう。なんでバスクード君が」

「ちょうど、あいつらの船ン中いたから」

「アルバイトしてたの?」

「いいや。トラファルガーが、人体について教えてくれるっつーから。すっげーんだぜ! たいして力も込めてないのに、軽くつねっただけで、図体デカい野郎も簡単に怯む筋があるんだ! これなら、まだガキのおれでも有利だって言ってた」

 

 

 

 意外も意外だった。能力を使い、死なないとはいえ、仲間を斬るような人柄だと今しがた聞いたばかりなので、昴は真っ先に裏があるのではと疑う。すると、ベポがそれに反論する。

 

 

 

シュライヤ(こいつ)のこと、気に入ったみたい。この前も、見返りないのに――あ! 言っちゃだめなんだった」

「気になるじゃん! そこまで言ったなら、言いましょうよ。聞かなかったことにするからさ」

「言わない!」

 

 

 

 まるで幼い子供が隠し事をするように、つんとそっぽを向く。それがとても可愛らしく、昴はほだされて、続きを無理に聞き出そうという気が消えてしまった。

 

 

 

「子供でも、つまり、力が弱くてもっていうなら、合気道もちょうど良いわよね」

「なんだ、それ」

「相手の力を利用して身を護る技よ。――っあ」

 

 

 

 昴は気付いてしまった。シュライヤとベポの後方から、パステルカラーの帽子を被った船員シャチが、こちらへ向かってくる姿に。表情が急に強張ったので、二人が背後を振り返る。「いよっ、ベポ、シュライヤ」とシャチは片手を上げた。

 

 

 

「戻してもらったんだね」

「おう。外にほったらかされてたんだけど、蒸し暑くて寝れなかった」

 

 

 

 思わずシュライヤが、異常さを指摘する。

 

 

 

「生首で寝ようってのがおかしいだろ」

「眠いもんは眠いし」

 

 

 

 そうしてシャチは昴を見遣る。視線を投げられた彼女は、無意識に背筋が伸びた。その反応に苦笑いを浮かべると、ハンズアップをして謝る。

 

 

 

「悪かったって」

「何がです?」

「昨日のことだよ」

「そんな、いいですよ」

 

 

 

 会話を聞いていたシュライヤは、そのアイキドーって技をさ、と少し声を張り、一頭と二人の視線が自分に向いたところで、

 

 

 

「シャチに仕掛けて、おれに見せろよ」

 

 

 

と、手本をせがんだ。力の弱い者が強い者に抗うための(すべ)なのだから丁度良い、ものにしたい、と彼は続ける。クマのベポと、戦ったことのない人間の女性の昴では、さすがに目安にはならない、と子供ながらに思い、言い出せずにいたのだが、協力してもらえそうな「人間」が来たので乞うたのだ。

 突然の実験台に成るにも関わらず、シャチは気分を害した気配もなく、逆に、興味津々で話を聞いた。まさかその技で、己がだいぶん遠くまで弧を描いて、放り投げられるとは露ほどにも思っていない――。




アン・ファスとは。
 体の向きを示すバレエ用語です。これは、客席に対して真正面を向きなさい、という意味です。
 己の勝手な先入観で怯えつつも「リーダーのローに失礼な態度を取って、自分が生きたまま外科手術の実験体になっては堪らん、ローとは堂々と対面するぞ」という昴ちゃんの心情からタイトルとしました。
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