赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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アッサンブレ アン

「てこの原理、かあ」

「だと思います、さっきのは。覚えてから――六年くらい経ってるので、詳しいことは忘れてしまいました。それにしても、シャチさん、ほんとうに身体の方は大丈夫なんですか?」

 

 

 

 昴が手本として出した技は、見た目は『一本背負い』に似ており、地面に叩きつけて、怯んだ隙に関節技で自由を奪い、身柄を確保するという流れだった。一本背負いと彼女が披露した技の相違点は、止まっている相手に技をかけるか、殴りかかってくる相手に技をかけるか。

 今回、昴は掴んだシャチの腕を、途中でうっかり放してしまい、彼の体は、昴を支点とした遠心力で飛んでいってしまった。その距離にも驚いたが、高さも、無事では済まないと思う高さまで上がってからの落下で、彼女は冷や汗を掻いているが、相反してシャチは、落下のダメージを感じさせないほど、けろっとしている。

 

 

 

「たかがあのくらい、屁でもないって。しょげてるのも可愛いな」

「いつも、おれと手合わせしてる」

「Oh. クマと手合わせ……。船大工さん達を見てても思うけど、やっぱり、重力とか身体の頑丈さとか、映画染みてて変な感じ……。身長とかも」

 

 

 

 誰に言うでもなく、独り言が口から溢れていく。その隣でシュライヤが、昴が見せた技について感想を述べた。

 

 

 

「今のアイキドーを使うには、反射神経、鍛えとかなきゃいけねぇよな。ぶん殴ってくる腕を掴むわけだし。それに、こっちが掴むってことを悟られちゃ意味がねーし」

「その辺のさじ加減は、バスクード君の感覚に任せる。私、これを使ったこと一回もないから、正直なところ、通用するかどうか分からないの。教室の時だけでさ。襲う役も、もちろん本気じゃない。相手の力を利用できる最低ラインの力加減だったもん」

 

 

 

 言葉通り、ハウツーを見せることが目的が故、シャチが殴りかかったがそれは彼にとって、殴りにかかると言うのも気が引けるほどゆっくり、実演をした。

 少しの間、そう話していると、昴の持つスマートフォンのアラームが鳴り、昼休憩の終わりを知らせる。

 

 

 

「あっ、もう休憩、終わりかあ」

「昴、仕事終わったらアイキドー教えろ。ここ、集合」

 

 

 

 彼女が可否を答える前に、シュライヤは、ハートの海賊団の潜水艦であるポーラータンク号へ駆けて行った。その背に向けて、わかった、と昴は投げ掛け、

 

 

 

「じゃあ、ベポ君、レシピをどうぞ。分からない作り方があったら、気軽に聞いてね。またね」

 

 

 

 レシピを書き写したルーズリーフをベポに渡し、食べ終えて(から)になった食器を乗せたトレーを持ち上げて、ハートの二人に別れを告げる。ランチタイムのため、戦場と化している食堂のスタッフ専用エリアへ戻ると、流し台へ行き、使い終わった皿を、お願いします、と洗い中のドナートに預けた。

 

 

 

「ハート、怖いんじゃなかったの……?」

 

 

 

 どうしてだか、ハートのクルーと会っていたことを知っているようで、ドナートは皿を洗いながら、昴に話しかける。

 

 

 

「ベポくんは大丈夫です。あと、電話越しですけど、ペンギンさんも大丈夫です。すごく好い人です。シャチさんはやっぱり怖いけど」

「……。あれの修理、明日で終わるから」

 

 

 

 ややあって、彼は、ポーラータンク号の修理情況をそう伝えた。それを聞いて昴は、ペンギンへのお礼は今日中に済まさないと、と心の内で決めながら、ひとつの案を思い付く。キッチンを借りないと案を実行できないので、このランチタイムが終わったら、ジーヌに相談を忘れずにしなければならない。

 午後の勤務に入る前に、昴は小休止用の部屋へと向かう。ペンギンから譲ってもらった物を、部屋備え付けの冷蔵庫に入れて一時保存するためだ。だが彼女は、冷蔵庫へ物を入れず、麻袋を小さな丸テーブルに置いて、中身を取り出した。今でなくてもいいのだが、はやる気持ちを抑えきれなかったからである。味噌だと手渡されたので、てっきりそれのみかと思いきや、ガーゼと思われる白い布に包まれた何かが二つ入っている。

 

 

 

「はいっ?!」

 

 

 

 緩衝材として使われたガーゼを外して現れたのは、予想だにしない容器だった。

 

 

 

「これ、ちょ、あっは、あははは! フラスコ! んふふふっ! こっちのは、なんだっけ? なんかおっきいけど、培養するやつじゃんね! あっはっはっは! お味噌入ってる! フラスコにお醤油! あふははは!」

 

 

 

 なんと、小中高の理科や化学の授業で、教材として登場した用具に、所望した調味料が入れられていたのだ。「培養する用具」はシャーレのことだが、授業で扱った物より高さがある通称『腰高シャーレ』なので、味噌汁二杯分はありそうである。フラスコの方は、安定感のある三角フラスコで、栓付きのもの。少し倒れてしまっても、すべてが一気に溢れる心配はなさそうだ。梱包を戻して、冷蔵庫へ保管する。その作業中、ずっと笑いが止まらなかった。

 

 

 

「んっふ。わらったー! タッパとかないもんね。でも、フラスコって、あはははっ、また笑えてきたッ。いいなぁ、ペンギンさんのセンス。どんな男性(ひと)なんだろう? こういうひとなら、恋人になっても怖くないのかなあ? さってとぉ、午後もがんばるぞ」

 

 

 

 『正の字オーダー』を実施したおかげで、料理を捌く速さがダントツに上がった、とコックらが話す通り、過去の問題――食材が足りない、又は、逆に食材が余り破棄せざるを得ない、料理の順番がうまくいかずコンロが空くのを待つ無駄な時間など――が解消され、船大工らの仕事も前倒しで進むようになった。それはつまり、コックらの休憩も早く取れるようになっているということで、昴は、まさか高校生活の何気ない役割が、こうも役に立つとは思わず、コックらから感謝されてこそばゆくなった。

 さて、怒濤のランチタイムをつつがなく乗り切ったコックらは、己のランチタイムに入る。もちろん、料理長のジーヌも休憩なので、相談を持ちかけた。

 

 

 

「ジーヌさん」

「どうした」

「貴重な休憩時間、ちょっと頂けますか?」

「そんな改まって、なんだ」

「ふたつ、お願い事がありまして」

「珍しいな」

「ひとつめが、白いご飯を炊きたいんです。ふたつめが、定時後にちょっとだけキッチンのはしっこを借りたいんですが、いいですか?」

 

 

 

 すると、その会話が聞こえた範囲のコック数名が、騒ぎ出した。

 

 

 

「まさか、昴ちゃんの手料理!?」

 

 

 

 うるさいとジーヌが注意をするが、ざわめきは徐々に広まり、彼女を好ましく思っているコックらは、まったく鎮まる気配を見せない。なので、昴は慌てて、料理らしい料理ではない、と落ち着かせようとする。

 

 

 

「なに作ンべ?」

 

 

 

 と、席が近かったコックが昴に訊ねた。それに対して昴が、焼おにぎりです、答えれば、ジーヌが許可を出すと共に、こんな条件も出した。

 

 

 

「――使うのはかまわねえさ。ただ、俺も気になる。その『焼おにぎり』とやら。俺の分も頼むぜ」

「あら? ご存知ない?」

 

 

 

 握り飯の存在は知っているが、それを焼くという発想は聞いたことも見たこともないそうだ。

 

 

 

「作ったこともねぇから」

「んー、まあ、チャレンジしても、こちらのライスでは相性はよろしくないですしね」

 

 

 

 何故この食堂で使っているライスが握り飯に適していないのか、そもそも、適しているか否かがあるものなのか、と恒例の『そんなに詳しくない昴の料理講座』が開かれ、彼らの昼休みは騒がしくも穏やかに過ぎていく。結果、利用料としてジーヌに焼おにぎりを渡す、という条件で、私用でのキッチン利用が可能となり、昴はひと安心の息を吐いた。

 

 

 

「焼けばなんとか形を保ってくれると思う」

 

 

 

 そして――。

 

 

 

「……。集まりすぎですよ……。ねえ、ちょっと、やりづらいですう!」

 

 

 

 昴は苦笑いで、周りに集ったコックらを見渡した。

 

 

 

「だってなー」

「昴さんが料理するのを、見たいですし」

「んもぉ。ふふっ。じゃあ、いいですけど、みなさん近いです。もうちょっと離れてくださいな」

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