「よーし! でっきたー!」
「腹ペコだ、オレ」
「僕も」
「なんだよ、この腹を空かせる匂いはよ」
火に通した醤油の香りは、世界が違っても『食テロ』を生むようだ。昴は、なんとか作れた焼おにぎりに満足しつつ――試食済みで己で合格を出してある――コックらの色好い反応にほくそ笑んだ。借りた食器に焼おにぎりを置きながら、
「でっしょー? お醤油の香りはやばいんですよ、食欲湧かすんですよ」
と、得意気に言う。
これで、お礼の品ができたので、あとは渡すだけだ。後片付けをさっと済ませて、ジーヌに焼きおにぎりを献上し、続いてコックらに挨拶をすると、シュライヤと待ち合わせている外の休憩所へと急ぐ。
「あれ?!」
「来たか」
驚くことに、待ち合わせた本人以外にも人影があった。しかも、意外な組み合わせで。先ずは、どうにも近寄りがたい雰囲気を醸し出している、カリファ。
「昴。あんな目に遭ったのに、友好的にしているなんてお人好しよ」
次に、昴が距離を置きたいと思っている、シャチ。
「いいコじゃないッスかー! カリファ姐さん!」
「名前を呼ばないで。セクハラです」
更に、鬼哭を抱えながら申し訳なさそうにしている、ベポ。
「ごめんな、すばる。おれ、止めたんだ。すばるが怖がるからって」
そして、ローがいた。
「……」
「こ、こんにちは。え、と、どうしよう、バスクード君にちょっと頼みたかったんだけど」
「うん?」
「ペンギンさんをね、呼んできてほしかったんだぁ」
ローが、あいつも何かしでかしたのか、と訊いた。昴は慌てて否定した。これでは、ペンギンまでもが生首の刑に処されてしまう、と思い、呼び出す理由を伝える。すると、彼は少し沈黙したのち、にやりと口角を上げて、シャチにペンギンを呼ぶよう指示を出した。
「じきに来る」
「……有難う御座います」
カリファの横で困惑していると、ローは周りなど気にせず、休憩所のベンチにどかりと腰を下ろす。
「用件が終わったら、即刻帰るわよ」
「ああん、カリファさん、ごめんなさいって! そんな怒らないでくださいよ。お礼言わないと気がすまなくて。バスクード君としか、待ち合わせていなかったんですよ。ハートの方々がいらっしゃるなんて知らなくて」
「それは、そこのセクハラな海賊に聞いたわ」
「ソウデスカ……」
彼女の声色に圧があり、昴は少しだけ片言で相槌を打ち、次に、ハートのリーダーであるローに勇気を出して質問をした。こちらも、威圧的な雰囲気を醸し出していて、声が固くなる。
「トラファルガーさん達は、どうしてここへいらしたのでしょうか」
「レシピが読めなくてな」
「え?! すみません、丁寧に書い」
「海軍文字じゃ、誰も読めねえ」
「たつもり――、はい?」
そこでローは、ベポに目配せをして無言の指示を出し、レシピが書いてあるルーズリーフを、テーブルへ置かせた。
「お前は、ここで働く海軍なのか?」
「いえいえ、違います! 海軍文字とはいったい……」
「知らずに? 随分と書き慣れているようだが」
「ええ、まあ、母国語ですし」
「――見せてもらうわよ」
綺麗な手が、ルーズリーフを一枚持っていった。カリファは、文字をチェックすると僅かに目を細め、すべてのルーズリーフを回収した。
「これは諦めるのね」
「なあ?! そりゃないッスよ! オレたち、やっと飽きた食いもんから解放されるんだと、思ってたのに!」
「だい、大丈夫ですよ、書き直しますから! 英語で書きます。バスクード君に教えたら、すぐに書き直します」
その時、ベポが銀の蓋を指しながら、辛抱ならんと言う声色で、話を断ち切って叫んだ。
「もう限界! すばる! それ、なんだ?! いいにおい!」
サランラップがないので、フレンチでよく見かける銀の蓋を、焼おにぎりを乗せた皿に被せて熱が逃げないようにしているわけだが、匂いまでは封じられない。昴は、可愛いなあ、という思いで笑いを溢すと、蓋を取った。
「貰ったお醤油を使った、焼おにぎりって言う軽食よ。ペンギンさんへのお礼だけど、ベポくんとトラファルガーさんにも作ったから、どうぞ」
「いち、に、さん。……ペンギンとおれとキャプテン。……食えるの一個だけ? しかもスゲェちいさい……」
「ごめんね、私の手のサイズだから」
「そっかー。じゃあ、しかたないな」
ベポは、熊の手で器用に焼おにぎりを掴むと、大きく開けた口にポイッとまるごと収めてしまった。咀嚼をする間にも、彼の瞳は輝いていった。
「おいしい! 苦くないぞ! しょっぱくない! キャプテン、キャプテン、食べて食べて!」
ベポがローに早く食べろと催促する傍ら、シュライヤも昴に早く稽古をつけろと催促したので、カリファの監視の中、昴は「なんちゃって合気道教室」を開催する。教え始めてしばらくのち、てっぺんにポンポン飾りのついた帽子を被ったハートのクルーが、息を切らせてやって来た。ちょうど、シュライヤに関節技をかけられてシャチが叫んでいたことと、背を向けていたこともあり、昴はすぐには気付かなかったが、ベポに知らされて振り向く。きょとんとしたのも束の間、帽子の前部分にある『PENGUIN』の文字を見て、花を咲かせるような笑みを浮かべる。
「貴方が、ペンギンさんですか?」
「――ああ」
「直接では、初めまして! 昴ですー!」
「うっお?!」
駆け寄って、その勢いのままペンギンへ抱き着いた。歓喜のハグのあと身を離して、彼の片方の手を両手で包み込むと、何回も上下に振る。
「もう、どれだけ感謝をすればいいのやら! 砂漠のオアシスですよ!」
「はあ……昴、落ち着きなさい」
「これでもだいぶん落ち着いてます、本当ならキスもしたいくらいですもの。でも、アイスバーグさんにしたとき、ジーヌさんにもカリファさんにも怒られて。感謝をもっと伝えたいのを我慢してるんです。あ! 感謝もそうですが、これも」
相変わらずの弾丸トークで、周りをおいてけぼりにしながら我が道を行く昴は、荷物の中から預かった麻袋を取り出して、ペンギンに差し出した。割れる恐れのあるガラス容器は、渡された当初の梱包に原状回復済みだ。
「余ったのか?」
「いいえ、別の容器に移しました。なので、お返しします。食器用洗剤で洗っただけで、まだしゃふちゅしょ……んんっ、煮沸消毒してません。ペンギンさんの方で今一度キレイにしてから、使ってくださいね」
何気なく言った台詞に、反応したのはハートのメンバーだ。特にベポと、シュライヤの合気道の練習に付き合いながらも、昴らの会話を聞いているシャチの反応は強かった。「やはり『ハートの海賊団』に引き入れたい」と騒ぐ。昴もカリファも、一気に熱が上がる彼らを疑問視していると、ローが口を開いた。
「俺が教えるまでもなく、煮沸を知ってんのなら優秀だ。つまりは、これの使い方も知ってるんだろう? 言ってみろ」
「ええ?! なんとなくでしか知りませんよ。シャーレは、微生物とか菌の培養に使って、フラスコは、薬品を混ぜたり。その程度しか知りません」
午後勤務の間にシャーレという容器の名前を思い出したので、両方の製品名を言い、使用目的を簡潔に説明すると、その昴に対し、日常では使わない専門の物の使い方をさも当然のように知り、洗浄の仕方も知っていることは医学関係の他無い、と『死の外科医』は言う。彼女は、どうしたものかと苦笑いを浮かべた。
「本当に、お医者さん関係じゃないんですけどねえ」
「ペンギンの『女』として乗れば、手を出されない。俺の『女』なら絶対だ。好きな方を選べ。まだ不安なら、そっちの女も来ればいい。部屋はある」
もちろん、それを許さないのはカリファであって、彼らの視界にも入れないように彼女を己の背に隠す。暫く睨み合いが続き、緊張が走った。