赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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アッサンブレ トロワ

 ふと、ローは不敵な笑みで、

 

 

 

「――ただの寵児(ちょうじ)じゃなさそうだ」

 

 

 

 と、言外に、カリファが隠し事をしたがっている事を悟ったぞ、と指摘した。この静かなる攻防を、昴はなんとなしに感じ取り、そして、妙に懐かしさを覚えて小さく唸る。ローときちんと目線を合わせて会話をした時から、その懐かしさは感じていて、喉に刺さる小魚の骨のようだ。

 

 

 

「なんだっけなあ……」

 

 

 

 何か思い出すきっかけがないか、シャチとシュライヤを見れば、彼らの合気道の練習は終わっているようで、どうやらシャチが、自身の持ち技をシュライヤに伝授しているらしい。その手付きは、どこかカンフーに似ている。と思った瞬間に昴は、カリファとローのツーショットのどこに既視感を覚えたのか思い当たって「ああ!」と声を上げる。もちろん、前振りもなくそのような声を上げれば、全員の視線が昴に向く。だが、彼女は自己完結できた達成感に、うんうんと頷いており、全く気がついていない。

 

 

 

「どうしたのかしら、昴」

「え?」

「そんな大声を出して」

「あっ、煩かったですか? すみません、つい。カリファさんとトラファルガーさんを見てたら、ちょっと懐かしくって」

 

 

 

 ある物語の登場人物に、とてもよく似ていることを伝えた。主役のスパイは、感情を滅多に表に出さずに、高難易度の任務を遂行するということ。昴はローの「仕事」ぶりを見たことはないが、短い間でもローは無表情、時折、ニヒルな微笑を浮かべる程度なので、スパイとよく似ている。そして、シリーズには決まって『ボンド・ガール』と言う、主役のスパイと()()となる華役の女性が居ることを話す。その女性も、何かしら世間一般から逸脱した得意分野があったり、個人の戦闘能力が高かったり、カリファによく似ている。

 ローもカリファも、互いを睨みあってはいるが、昴からしてみれば二人とも長身で見目麗しく、そこだけまさにハリウッド。憧れの眼差しで見ていると、シャチが、

 

 

 

「じゃあ、キャプテンの女でカリファ姐さん、ペンギンの女で昴ってことで、決まりだな!」

 

 

 

 と、ご機嫌に言った。それをピシャリと拒否をするのが、カリファであり、これ以上不愉快な勧誘をするのならば、すぐさま昴を連れて帰ると言い放つ。

 そんなやり取りをしていると、新たに人物が増えた。カクである。

 

 

 

「なんでハートがおるんじゃ。あれだけ昴と鉢合わせんよう、急ピッチでメンテナンスをしてやってるというのに」

「ん、カクさん。本当は、一人だけにしか用事がなかったのですが」

「そうなんか。――それより、昴にプレゼントがあるんじゃ! こっちこっち」

 

 

 

 『ハート』を一瞥した時の冷ややかさから一変、にっかりと笑って、彼は昴の手を掴むと目的地に向かって走り出した。勿論、彼女の足がもつれぬ速さで。

 

 

 

「え?! あ、おい! お前! 大工! 昴ちゃんをどこに連れ去るんだよ! レシピが!」

「追いかけなきゃ」

「よっしゃ、ベポ、どっちが先に追い付くか勝負だ。よーい、ドン!」

 

 

 

 シャチとベポの会話を背に、ドック内を駆け抜けた先には、新しい倉庫がひとつ出来上がっていた。ここは、一番ドックと二番ドックの間に位置しており、普段も昴はここを通る為、この倉庫が建築がされていたことは知っている。倉庫の前には、若手の大工が数人と、職長であるルルとルッチが居た。

 

 

 

「皆さん、お集まりでどうしたんです?」

「これが、わしらからのプレゼントじゃ」

「倉庫を?!」

 

 

 

 カクの言葉の補足に、ルルが昴に話し掛ける。中を見てごらん、と。仕事上がりや休日に、海列車で劇場へ向かい、自主練習をして再び戻ってくるその姿に、大工たちはなにか負担が軽くなる案はないかと考えた末、なんと――。

 

 

 

「お邪魔しまーす。――え?! うそっ、稽古場だあ! わあー! すごい! 鏡まである! なんで?!」

「喜んでくれたようで、俺たちも嬉しいよ」

 

 

 

 ――昴がガレーラから移動せず練習できるように、ドック内に稽古場があればいいじゃないか、という結論に至り、造ってしまったのだ。昴は嬉しさを感じると同時に、申し訳なさも感じ、感謝と謝罪を大工たちに送る。

 

 

 

「いいんじゃよ。みな、昴が好きなんじゃ。それに、使った材料は端材でのう」

「船に使うには、大きさが足りなかったり、内装で使おうにも使いどころがなかったりする木材だ。組み立てたのは若手どもで、昴の言い方を借りるなら『練習』をさせていたんだよ」

「じゃから、わしらも為になっておる」

「なるほど、そうですか。そう言うことでしたら……。みなさん、本当にありがとうございます! この後の予定が終わったら、さっそく練習で使わせてもらいますね! うふーっ、やったあ!」

 

 

 

 くるりとターンをしながら喜ぶ昴に、シャチは、建物を贈られて喜ぶなんて変わった女だ、と呟いた。それを聞き取った周りの若手船大工らは、我慢ならんと睨み付けて、じりじりと追いやり始める。

 

 

 

「なっ、なんだよ。やんのか?」

「Nooooo! ちょっと待ってください、皆さん! もう彼はなにもしてきてませんよっ」

 

 

 

 若手大工の一人が、尚もシャチを睨み付けながら、キミをつけてきた、と言う。

 

 

 

「あー、まあ、なんで来たのか私も分かりませんが……」

「そらあ、話が途中なのに、長っ鼻が連れてっちまうから」

 

 

 

 そういえば尻切れトンボだった、と昴はシャチに謝る。そうしてから、大工たちに再度感謝を述べ、急いで食堂のベンチへと戻った。

 

 

 

「あれ? トラファルガーさんは? バスクード君もいない」

 

 

 

 戻ると、カリファとペンギンの姿しかなかった。

 

 

 

「帰ったよ。キャプテン、忙しい人だから」

「シュライヤは、彼に連れられていったわ」

「そうなんですね。話が途中になってしまって、すみませんです。今から特急で、レシピ書き直すので」

 

 

 

 監視のカリファ、仕上がり待ちのペンギン、野次馬のシャチとベポに囲まれて、昴はレシピの複写を始めた。鞄の中からルーズリーフとクリアファイルとボールペンを取り出して、クリアファイルを下敷き代わりに、一枚目から複写作業を始めると、幾ばくかも書いていない内にペンギンが待ったをかける。

 

 

 

「悪いが、その字もだめだ」

「え?! ど、どうしよう。他の言語は、習得してません……」

「――……。なんて言えばいいか……」

「キャプテンが使う形の字なんだよ、ソレ。ペンギンが言いたいのは、繋げないでバラバラに書けってコト」

「繋げないでバラバラに――? あっ、そっか、これ、筆記体。言語はこれで、大丈夫なんですよね?」

「ああ」

「了解です。――トラファルガーさんが使う字と、皆さんの使う字、違うんですか」

「キャプテンいわく、ソレは医者が使う。俺やシャチ、あと、イルカは読めるが、他のクルーは無理だ。元々、読み書きも出来ん奴らだった」

「そしたら、教科書みたいにアルファベット、ハッキリと分かれてた方が、読みやすいですね」

 

 

 

 人様の筆記体を読み解けるようになるにも、苦労があったことを昴は思い出した。そして、医者の使う字と言われ、日本で頻繁に世話になっていた病院の、己のカルテも思い出す。到底、読み解ける字体ではなく、ミミズが這っている印象しかないので、あの字体と筆記体も、別物なのではという考えが浮かんだ。

 黙々と作業をしてから、しばらく後――。

 

 

 

「綺麗だ」

「へ?」

「――い、今の字も、さっきの字も、……綺麗だ」

「そうですか? ありがとうございます」

 

 

 

 唐突にペンギンがぼそりと呟いたので、昴は顔を上げれば、彼は彼女を見ていた。ほんの少しの沈黙があったが、次いで「字体が」と主語が明確になり、笑顔で感謝を伝える。

 しかし何故だかこのやり取りで、シャチがペンギンを囃し立て、取っ組み合いが始まったので、カリファに一喝され、レシピが書き終わるまで、二人とも地面に正座で大人しく待つこととなった。

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