赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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アッサンブレ カトル

 小一時間で、レシピの複写が終わった。原本と見比べて、きちんと複写が済んでいるか最終チェックをし、お待たせしました、と昴はペンギンに渡す。

 

 

 

「これで、少しでも楽しみが増えれば幸いです」

「焼おにぎりというやつだけでも、全く違ったからな、確実に増える。ショーユは、喉、乾くから正直あまり使いたくない物だったけど、昴が使うと、喉が乾くこともないし、もっと食いたいって思う」

「それは良かったです。船での生活では、作れないレシピもあるかと思いますが」

「その時はその時だ。貴女は気にしなくていい」

「――……ペンギンがよく喋ってる」

「メスはいっつも、キャプテンに寄ってくから、珍しく相手にされて嬉しいんじゃない?」

 

 

 

 と、からかうシャチとベポを、彼は一睨みで黙らせ、改めて昴と向き合い「レシピ、ありがとな」と、握手を求める。対し、昴はペンギンには恐怖心を抱いていないので、拒否をすることもなく、笑顔で応じて礼を言った。

 

 

 

「いえいえ、こちらこそ本当に本当に、救われました。では、お元気で! ボンボヤージュ!」

 

 

 

 それから昴は、食堂の従業員更衣室で、バレリーナの練習服であるレオタードに着替え――稽古場の中に、更衣室が無かったからだ――その上から再び私服を着ると、カリファと共に、船大工らが造ってくれた稽古場へと向かったのであった。気が()いて、肉眼で建物が見えた距離から、カリファに断りをいれて全速力で駆ける。

 

 

 

「ああー! しあわせー!」

 

 

 

 中に入ると、すぐさま私服を脱いでレオタード姿になり、鞄の中から音楽再生機と、スピーカーを取り出して、柔軟体操に使う曲を流した。そう間を置かずにカリファも、稽古場へ到着する。

 

 

 

「まあ。すごく軽装なのね」

「身体のラインが分からないと、いけないので」

「――クスクス。生き生きしてる。良かったわ。笑っていても、貴方、寂しそうだったもの」

「えっ、そうでした? 自覚なかったなあー。楽しいから笑ってるつもりだったんですけどね」

「私とだったら、元の世界のこと話しても良いのよ?」

 

 

 

 その言葉に、つい柔軟が止まる。昴がカリファを見遣ると、彼女は聖母のような微笑みを浮かべていて、その優しさに、ほんの少しだけ泣きそうになりながらも、心遣いに感謝を伝えた。

 ここでカリファと別れると思っている昴は、前以て「おやすみなさい」と就寝の挨拶をしたところ、用事があるからずっとは居れないが、宿舎への帰りの護衛はする、と言うので、練習を切り上げる二時間後に、稽古場で落ち合う約束をして別れる。見学をしたいらしいが彼女も彼女で、忙しいようだ。見学は、別日に行うことになった。

 

 

 

「それにしても、すごいなぁ……。船だけじゃないんだねえ」

 

 

 

 柔軟をしながら、建築された稽古場をぐるりと見回し、しっかりとした出来に驚く。床板も、木材をそのまま敷いただけでなく、一手間かかっていて、記憶にある現代の『フローリング』と大差無い。強いて違いを言うなら、ワックスがかかっているか否か。

 なにより、三面鏡張りに昴は感動している。スマートフォンで動画を撮って確認、ということは出来なくもないが、タイムラグがあり、自主練習での効果をあまり得られない。反して鏡は、殆どのパをリアルタイムで修正できるので、稽古場のこの仕上がりは、大変好ましい。船大工たちの気遣いが詰まってるのが窺える。

 

 柔軟を終えるとバーを使ったウォーミングアップに移る。しかし、肝心のバーがないので、窓を開けて(さん)をバー代わりに掴み、基礎練習を始めた。まだ木材の端材が残っているのなら、バーの取り付けをお願いしてみよう、と頭の中にメモをして黙々とウォーミングアップを続ける。

 と、そこへ――。

 

 

 

「クルッポー」

「あら、ハットリさん、ロブさん! どうも。どうしたんですか?」

「カリファから頼まれたんだッポー。海賊が近寄らないように、見張る。クルッフー」

「ええ?! すみません、ありがとうございます。小屋の中だし、ってまったく気にしてませんでした」

「だと思ったッポ。周りが見えなくなってるんじゃないかと」

「やだぁ、ハットリさん、私を分かってるう」

 

 

 

 ルッチが、警備に来た。相変わらず昴は、ルッチの腹話術とは知らずにハットリが会話をしていると思い込み、視線もハットリへ向けられている。

 バーレッスンをしながら会話を続けていたが、自然とそれは止まり、ルッチは外壁に背を預け、肩に留まるハットリは興味津々に中の見学をし出した。

 過去、昴自身がコンクールで振り付けをしてもらった曲を躍り続け、身体が温まった頃、今回の舞台の演目練習に移る。

 

 

 

「ああっ、違う! 回りすぎた! もー……。やばいな、クセ付き始めちゃってる気がする」

 

 

 

 参考にしていたバレエ団の公演ビデオを、持ち運び可能のサイズのDVD再生機で確認し、自分で踊って仕上げていく、という方法を取っている昴は、伸び悩んでいた。未熟なのに講師がおらず、迷走が始まったのだ。

 

 

 

「本番まで、日がないのに……。うう、焦りはするけど、いったん頭をリセットして――」

「やっとるようじゃな!」

「わあっ?!」

 

 

 

 声のした方向を向けば、()いた窓から、ひょっこりとカクが身を乗り出している。彼は、独断で昴の護衛をしに来たと説明した。加えて、稽古場を実際に使用してみて、なにか改良点がないかどうか、尋ねたかったようだ。さっそく昴は、バーを所望した。握る時の大きさや高さをカクに伝えると、彼はズボンのポケットから手帳を出して記し始める。

 

 

 

「明日中に仕上げておこう」

「ありがとうございます!」

「しかしのう……」

「どうしました?」

「この設計を木で作ると、けっこう重いぞ。持ち運ぶようになっておるが、昴ひとりで?」

「そうなりますね。持てますよ、このくらい」

 

 

 

 そうして、見学者がひとり増えた状態で、昴の自己練習初日は過ぎていく。

 

 

 

「昴は器用じゃな。あんなにもクルクルと回って、気持ち悪くならんのか?」

「首を切っていますから」

「首を斬る?!」

 

 

 

 とんでもない誤解が生まれたので、彼女は慌てて意味を説明する。なるほど、とカクはくるりとひと回転して、無言になった。その目は驚きに見開かれている。どうしたのかと尋ねれば、動きやすい、とのこと。

 

 

 

「三半規管がブレないからですかね」

「ほほん、強そうな名じゃ」

「体の傾きとか、揺れを感知する器官です」

 

 

 

 その時、獣の鳴き声が聞こえた。随分か細い。カクとハットリが辺りを見回しても、姿は見えないが、代わりに腹を押さえる昴が確認できた。

 

 

 

「お腹空きました……」

「……」

「……」

「クルル」

「いっそ、笑ってくれた方が、つらくないー! 終わったら、ごはん食べに行きましょう! ね!」

「なんぞ可愛い動物を飼っとるのう」

「ソーデスネ!」

「ふはははっ」

「あ! そうだ、思い出しました! カクさん。バー以外にも欲しいもの、あるんです」

「おお、なんじゃ」

「更衣室が欲しいです。今日は、食堂で着替えてきましたが、できればここですぐに着替えたくて」

「どれくらいの?」

 

 

 

 着替えるに充分なスペースを確保した大きさを伝えて、二時間めいっぱい練習をする。ふと気が付けば、カリファもカクと共に窓の外から、見学をしていた。

 ルッチとカク、そして合流したカリファと連れ立って『ブルーノの酒場』へと向かう。食堂の従業員更衣室で着替えようとしたのだが、すでに全員が帰宅したようで閉まっていたので、酒場のレストルームで着替えることにしたのだ。

 

 

 

「そういえば、来週が就任式だなあ。クルッポー」

「来週ですねえ。ちょっと焦ってます」

「なんでじゃ。綺麗に踊っておったろう」

「見本を見たら、まだまだだって分かりますよ。完全なコピーはできませんし、星谷昴の味を出したいとこですが、まずは、評価されてる見本を真似て、そこから仕上げていくんです。でも、先生がいないので、真似さえちょっと止まっちゃってます……」

「ふうむ。まあのう、本人がだめというならだめなんじゃろうな。わしも、他人に担当箇所を褒められても、納得せんかったらやり直すしの」

「あ、意外と真面目なんですね」

 

 その発言に対して、カクは昴を軽く小突く。彼女は笑って謝罪をし、まるで姉弟のようにじゃれあった。

 

「そう言わないで、昴。これでも、カクは職長ですもの。ガレーラの評判を落とさない実力で、きちんと選抜させてもらったのよ」

「すごいんですねえ」

「これでもって、なんじゃい。査定もきっちりやっておろうて」

「カクさん様様!」

「褒められてる気がせん……」




アッサンブレとは。
 足の動きに関するパのバレエ用語です。集める、という意味です。足を開いた状態のジャンプをした際、着地時に足を集め(閉じ)ます。

 音楽界にも、色んな楽器奏者を集ったグループ演奏を指す『アンサンブル』がありますね。服飾界にも、バラバラの洋服からコンセプトを決めてひとつのファッションにする『アンサンブル』がありますよね。今回は、シュライヤ、ハートメンバー、そしてガレーラ職員と、昴の周りに集まる回でしたので、こうタイトルを付けました。
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