赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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バレリーナ ドゥ

 サン・ファルドでの音源は生演奏が基本だ。この舞台も、劇団のパフォーマンスでは、専属の楽団が演奏をしていた。バレエ枠分の演奏も、譜面を起こして演奏しようとしたが、期間が短すぎて断念しているため、彼らは小休憩となる。

 では、音源はどうするか。iPodの音源を拡張電伝虫で流している。音質は悪くなるが、現代でいうところの、レコードのような味のある音質となっていて、そして、踊っている演目が『眠りの森の美女』の『オーロラ姫』なので、可愛らしさとどことなく懐かしさが増していた。

 

「……爪先で立ってないか?」

 

 ジーヌが、信じられないといった声色で呟くと、ドナートが肯定のため頭を縦に振った。食堂組は一度も練習風景を見たことがないので、今が初見になる。ジーヌの隣に座るカリファが、

 

「それが、クラシックバレエの特徴なんですって」

 

 と、こちらも周りの邪魔をしないよう小声で返した。彼女が彼の様子を窺えば 、口をポカンと開けて僅かに前のめりで見ており、如何に惹き付けられているか一目瞭然である。

 飛んだり跳ねているのに、重力を全く感じさせないクラシックに、すべての観客か魅了され、気付けば舞いが終わっていた。はけ(退場す)るまでがひと括りなので、シン…と静まり返った中、昴は舞台袖に入る。

 

「ハァ……ハァ……。え、どうしよう、……ふう。リアクションないよ? 駄目だった……? イェレ、私、泣きそう」

「いやぁこれは――」

 

 そっと客席を覗き、かろうじて表情が見える最前列の観客の観察したイェレは、昴にこう答えた。

 

「僕らとおんなじだ。うっとりして動くの忘れてる。はははっ」

 

 昴が、慰めは要らないと言おうとしたその時、わあと大歓声と拍手が沸き起こった。ほらね、とこの歓声で埋もれながら、イェレは昴にウインクを投げる。

 安心で涙腺がさらに緩み、涙が込み上げるが、気合いで引っ込めさせ、再び舞台へ上がる。上手(かみて)にレヴェランス、下手(しもて)にレヴェランス。そして、中央にレヴェランス。強いライトアップでかすかに見える客席は、スタンディングオーベーションだった。とても有り難いことに、拍手が鳴り止まない。だが、演目はまだ残っているので、軽やかに舞台袖へはける。それでも熱は冷めないので、次の演目の出演者がスタンバイをし、申し訳ないが強制的に鎮まらせた。

 劇団の女性ダンサー五人に協力してもらい、昴の衣裳替えの時間を作ったこの約四分、怒涛である。

 

「チュチュを」

「ここだよ」

「ありがとう」

 

 先も述べたとおり、袖にはスタッフやダンサーが控えている。男性も女性も。楽屋で着替える時間など皆無なので、男性が居ようがこの場で次のチュチュへと着替える。それに加え、装飾品とメイクのチェンジもあるのだ。少しでももたつけば、間に合わない。

 次に着るのは演目本来の衣裳ではない為、劇団が持っていた衣裳用生地を少し頂いて華やかにしてある。何せ、元は『白鳥の湖』のコール・ド用ゆえ真っ白なのだから。

 

「衣裳、チェック。よし。飾り、チェック。――落ちないね、よし。メイク、チェック。よし。はあ、緊張した。間に合ったよ、昴」

「お疲れ様、助かったわ」

 

 一息吐いて、彼女らの舞いを眺める。現地の舞いではなく『くるみ割り人形』の一部を協力してもらった。初手は、己がコンクールに挑戦した舞いだったが、ここから最後までは『くるみ割り人形』で統一。現地はカーニバルと称されるだけあって、現代のサンバの賑やかさに似通っており、彼女らに担当してもらった『アラビア』の静か且つ艶やかな振付とは、正反対の舞いになる。観客が眠さを感じないか不安があったが、劇団員が、ぜひとも踊ってみたい、見たこともないダンスは興味津々になるにきまっている、と推したので選んだ。

 

「すごいよね。短期間で覚えちゃうなんて」

「そう?」

 

 彼女らの次は昴のソロで、その次はイェレのソロとなるため、近くにいた彼が呟きを拾った。余談だが、パートナーでもあるし、敬語が外れてフランクな口調と態度で接するようになっている。

 

「そうだよ。今までまったく踊ってないジャンルなのに、本家に近いもん。私はサンバのリズムにノるの、苦戦する」

「見てみたいな。打ち上げで踊ろう」

「わはー。ぎこちないから、ご教授ください」

「任せて。ああ、そろそろだね」

「うん。()()()、よろしく」

「よろしく、()()()

 

 戻ってきたダンサーとハイファイブをすると、昴はスタート位置へ歩く。袖口から近いので五、六歩で着く。ダンサーへの拍手喝采も、昴が登場したことで、ピタリと鳴り止んだ。そして、ソロの『金平糖』が始まる。『アラビア』とまた違ったミステリアスさがあり『オーロラ姫』とも違う可愛さが零れていて、観客の心はクラシックに蕩けていた。

 ソロが終わる少し前のタイミングで、イェレが上手(かみて)へ壇上し待機をする。彼の衣装は、現代で似た装いを挙げるならマタドールに似ていた。王子様役は白タイツと決まっているが、タイツ生地がこちらにはなく、彼が普段使用する衣装で、いちばん〝王子様〟らしい物を選んだのだ。

 昴のソロが終わると、続けて王子のソロに移行。すると、客席から小さく黄色い声が上がった。

 

「奥さんとお子さん、来てるのかな?」

 

 袖に一時的にはけている昴は、そのように思ったのだが、劇団員にイェレのファンだと教えられる。

 

「既婚者でも、人気なのヨっね。愛人にしてください、とカっね」

「わあ。やっぱり背後に気を付けなきゃ。あ、行かなきゃ」

 

 この王子のソロから、曲としては一曲分だが、難易度の高いパの王子のソロを継いで、難易度の高いパの金平糖のソロ、パ・ド・ドゥと連続して三演目が披露される。パ・ド・ドゥに移れば照明がさらに華やかになり、背景にも変化が表れた。主役の二人がくすまない程度、且つ、豪華さを演出する舞台幕がしゃらりと垂れる。クルクルと回る金平糖を王子がサポートしたかと思えば、離れた位置からジュッテで駆け寄ってきた金平糖を、その勢いのまま重みなど感じさせないリフト――バレリーナをバレリーノが肩に持ち上げ、数秒間ポージングをすること――で迎えたり、観客の高揚感は最高潮に達した。

 『オーロラ姫』の時と違い、いかにも終わりという盛り上がりのアウトロダクションと、ダイナミックなフィッシュダイブで締め括ったグラン・パ・ド・ドゥは、すぐに熱い歓声に包まれる。数秒間静止してから、イェレは昴をそっと下ろした。笑顔を交わし合うと、二人連れ立ってセンターへ向かい、感謝を込めてレヴェランスをする。それから、昴は上手(かみて)へ、イェレは下手(しもて)へ腕を伸ばし、片方からのみ出てくるより左右から出てくる方が見栄えが良い為、三人、二人に分かれた『アラビア』組を呼んだ。

 礼が終わるとクラシックバレエ組で、現地ダンサーを呼び、全員でレヴェランスをすれば、緞帳(どんちょう)が下りて、新市長への献上ダンスは終幕を迎えた。

 

「終わった、のね……」

 

 緞帳の裏側で、ふわふわとした声色で昴が呟くと、イェレが彼女を抱き上げてクルクルと回る。

 

「そうさ! 終わったんだよ! 大成功だ! こんなに気持ち良いのは久しぶりだよ!」

「副団長、つぎ、わたしもわたしも! 昴を抱きたい!」

「じゃあその次! 最高だったよ、昴ちゃん!」

 

 イェレからのリフトから下されれば、『アラビア』を担当してくれた一人の女性ダンサーが昴に抱き着き、順番がもどかしくなったのか他のダンサーもわちゃわちゃぎゅうぎゅうと抱擁をしてきた。まるで、おしくらまんじゅうだ。

 

「あっはははは! みんな、ありがとう! 私もすっごく心地良かった! 踊らせてくれてありがとう! 踊ってくれてありがとう! 一生の思い出よ! みんな、愛してる!」

 

 この後は劇団員全員で打ち上げがある。各々すぐさま語りたい衝動を抑えて、着替えをするため控え室へ散る。その中で、昴は控え室に戻る前にスタッフに呼ばれた。

 

「えっ、取材?!」

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