赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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バレリーナ トロワ

 昴は取材を丁重にお断りをした。ガレーラ食堂組への『なんちゃって講座(現代の知識を話す事)』とは訳が違う。それに、クザンから受けた説明を思い出せば、紙媒体で残る記録に抵抗があった。

 

「『迷い人』はねェ、価値が人魚並みなんだよ」

「人魚がいるの!? まあ、会ってみたい! ……はっ、いや、違う、今はそれではなくて、価値というのは?」

「ヒューマンショップでの買取額の事。あー、そのカオだと、ヒューマンショップは知ってンだな。話が早ェね。そういうコト。昴ちゃん、見た目も実際も戦闘力が皆無だから、攫いやすい最高の商品よね」

「大将青キジ、セクハラです。――が、同意します」

「ま……迷い人はここの人と違うところって、あるんですか? こうお話ししてても、私は元の世界の人たちとお話ししてるのと同じで……」

「目が肥えてりゃ、疑いはできる」

「そんな……」

「現に、ホラ、俺は見つけてる」

 

 銃社会に匹敵するくらい恐ろしいと戦慄した記憶が彼女の脳裏を過り、ふるりを身体を震わせた。舞台に上がっておいて取材は拒否だなんて矛盾もいいところなのだが、取材を受けられない理由を伝えれば、

 

「謎に包まれたままってのも、最高だよね! 断ってくるよ、安心して!」

 

 と、その劇団員は軽やかに去っていった。無論、伝えた内容に己が『迷い人』とは入っていない。そこは、ぼかした。さて更衣室へ、と足を進めたが「昴」と別の声に再び引き留められ、振り向いた。

 

「……えっと、本当に昴か?」

「そうですよう。ふふっ、バレエメイクってすごいでしょう?」

 

 声を掛けたのはいいが、すっぴんの昴しか見ていない食堂組は、少々恐怖を感じる派手なメイクに尻込みをしてしまう。そのリアクションは、バレエをしていない現代の友人らとまったく同じで、彼女は懐かしげに笑った。

 

「ジーヌさんもドナートさんも、見に来てくれてたんですね。ありがとうございます!」

「踊り子と聞いていたけど、随分違ったな」

「お立ち台に上がる子じゃないって言ったじゃないですか。――……ドナートさん?」

 

 彼は昴を凝視して微動だにしておらず、名前を呼ばれて、まるで泳ぎの途中の酸素吸入のごとく短く息を吸った。それから「すごかった」と感想を言う。

 

「その足、狂ってる」

「初めての感想ですよ、狂ってるだなんて」

「悪い、ばかにしたんじゃない、……えと……」

「ふふふっ、大丈夫ですよ、なんとなく言いたいことはわかりますから」

 

 ジーヌがここで、鞄からポラロイドカメラを取り出した。

 

「食堂に飾る用」

「えー! 恥ずかしいなあ」

 

 と言いつつも、どのポーズにするか悩む素振りを見せ、これはどうですか、とオーロラ姫でのポーズを取る。彼女がなんでもないようにポワントで立って見せたので、ジーヌとドナートは、先程の舞台上にいたのはやはり昴なのだ、とようやく実感した。ジーヌは、フレームに昴が収まるように距離を調整すると、掛け声を掛けてシャッターを切った。印刷の独特な音と共に、写真が出てくる。

 

「四角い靴って面白いな」

 

 そう言うジーヌに、昴は足を上げてトゥーシューズの先端を拳で叩きながら、

 

「硬い素材でできてるので、この部分で立ってるんですよ。さすがに痛いのでクッション材を入れてますけど」

 

 と、説明した。

 

「それで蹴ったらいい武器になる」

「蹴りません」

「あらあら、まだ衣装のままなのね、寒くないの?」

「カリファさーん!」

 

 パァッと昴の笑顔が更に明るくなり、駆け寄ってカリファの両手を握る。

 

「どうでしたか? 練習の時に見てもらった場所、できてました?」

「綺麗だったわよ」

「目が回りそうだったッポー」

「ハットリさん、鳥でそれは致命的では?」

「本当には回ってないから、大丈夫ッ! それより、クルックー、おらパウリー、昴に言うことあるだろう?」

 

 ルッチとカリファが廊下の端にそれぞれ寄ると、その後ろからバツの悪そうな表情と仕草で、パウリーが一歩前に出て来た。昴は思わず、カリファの手を放して自分の口元を覆った。来て頂けるとは思っていませんでした、と呟いたあとに深呼吸をして姿勢を正し、チュチュのままパウリーの前へ進むと堂々と見上げて挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「どうでしたか?」

「……その……、……」

「目を逸らさないでください、私をちゃんと見て。――バレエは、どうでしたか?」

 

 赤面する彼は、やはりバレエの服装に対して破廉恥という感覚を拭えていないようで、しかし、前回のように視線を逸らし続けて頭ごなしに価値観を主張してこないので、あの日以来、思うところがあったのか彼の中でなにか変わったらしい。昴は、赤面のまま目を合わせる彼を強い眼差しで待った。パウリーは幾度か口を開閉すると、絞り出すような声で彼女へ感想を伝える。

 

「……初めて、海列車を見たときみてぇだったよ」

 

 次いで、悪かった、とも謝罪を述べた。昴はひとつ頷くと、こう言った。

 

「バレエは私の誇りなんです。周りのことは気にしないことがいちばんですが、私は誇りを傷つけられて黙っていられるほど、できた人間じゃありません」

 

 ここで昴はパウリーに握手を求め、右手を差し出す。

 

「この前は怒鳴ってしまってごめんなさい。酷い言い方をしてごめんなさい。仲直り、しませんか?」

 

 ややあって、パウリーはそれに応じた。破顔した彼女を直視したパウリーは、すぐに手を離して脱兎のごとく走り去ってしまったのだが。

 

「え?! こ、これって、仲直りできたのかな!?」

「できてるんじゃないかしら」

「だといいんですが、まさかの逃亡。……それにしても、みなさん、よく関係者エリアに来れましたね? 友人でも親族でも、立ち入り禁止ですよ」

「ガレーラですもの」

「社長のコネだな」

 

 カリファとジーヌが同じような理由を口にし、コネかと苦笑いが浮かぶ。とはいえ、報道陣がいるエントランスへ行かなくても、会いたい人物達に会えたのは、とても幸運だったという思いもある。現代では、劇団にもよるだろうが、舞台終了後はエントランスへ出て、観客と交流することが多い。

 

「普段も化粧をしたら、どう? 子供に間違われなくなるわよ」

「そのへんはちょっともう諦めてます。それに、仲良くなる話題にもなってますし、まあいいかなって」

「ふふっ、寛大ね」

「そんなことありませんよ」

 

 そこで昴はカリファに、共に写真を撮ろうと希望した。しかし、彼女は、写真は苦手だと言って断った。

 

「そういえば、カクさんも写真が苦手なんだっけか」

「あらやだ。……いいわよ、撮りましょう」

「張り合うタイプなんです?」

 

 ジーヌに頼んで、カリファとのツーショットを手に入れ、昴はご満悦だ。そのまま、ルッチとハットリとも撮ろうとしたが、ハットリとだけ記念写真を撮る。意外なことに、ドナートも昴との写真を希望し、出来上がったフィルムを大事そうに鞄の中へ仕舞った。

 そんな井戸端会議をしていると、廊下にバリトンが加わった。アイスバーグだ。その横に、新市長の姿もあり、彼は瞳を爛々と輝かせて昴のみを見つめている。アイスバーグが、それぞれを紹介しようとした瞬間、新市長は待ちきれずに「君は、なんて素晴らしいんだ!」と褒め始めた。

 

「僕はね、北の海(ノース・ブルー)へ行ったことがあるんだけど、そこで見た雪のように消えてしまいそうなのに、珊瑚のようなしっかりとした芯、そして、ンンッ、なにより羽毛にも負けない軽やかさ!」

「ンマー、まだ紹介が」

「そよ風に舞う花びらかと思えば、アクア・ラグナの時期の渦のように激しく……! 僕はこのかた四十年、そんな二面性を持つ可憐な乙女を見たことがないよ! 生きている間に出会えるなんて、奇跡! 運命!」

 

 元ダンサーというだけあって、言葉に合わせて大振りに動く腕は、振り付けのひとつのようだ。指先まで美しい。昴は、彼の身長や勢いに呑まれ、見上げて固まるしかなかったが、引退してもダンサーの癖が残ったままなのは世界が違っても同じなのね、と頭の片隅で思っていた。大きく、ゴホン、とアイスバーグが咳払いをして新市長の弾丸トークを強制的に止めると、改めて彼に昴を紹介し、彼女に新市長を紹介した。夢中になると言葉がウォーターセブンの水路のように、止まることなく流れていくのは、似た者同士だな、とアイスバーグは心の中で呟く。

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