赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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レヴェランス ドゥ

「気にするな」

 

 

 

 妙に高い声に昴は姿勢を戻しおずおずと機嫌を窺えば、肩にとまっている鳩が人間の様に翼の先をパタパタさせていた。やっぱり鳩がしゃべってる……と驚き、その鳩から視線を外さず、

 

 

 

「私、田舎者で……まさかこちらでは鳩が喋るなんて知らなくて……その、意識を飛ばしてしまいました……」

 

 

 

 と告げると、沈黙が部屋を支配する。

 鳩を乗せている男性は相変わらずの無表情だったが、鳩はあんぐりと口を開けて静止し、他の職長も彼女を何か珍しい動物を見るかのような目で見つめた。しかし誰かが、ぷっ、と噴出したのをきっかけに部屋は爆笑の渦が沸き起こる。

 

 

 

「天然記念物か……!! ひーっひっひっひ、この娘っ子は……!!」

「だははははは! 本気か?!」

「え、あ、は?」

「ンマー! 昴は可愛いなあ!」

「はい?!」

 

 

 

 カクにいたっては、笑い伏してバシバシと床を叩いている。

 

 

 

「な、何か勘違いしてません?! 鳥が話すのにびっくりしてるんじゃないんですよ? 私、インコ飼ってたんで鳥が人語を話すの知ってますし! 学校でもオウムいたんで! カラスだって喋りますよねぇ!? ただ鳩が人語を話せるのは知らなかっただけなんですってば!」

 

 

 

 男ばかりのこの空間に恐怖を抱いていたが、今ではすっかり恐怖心は消え、恥ずかしさに頬を僅かばかり赤くしながら弁解を図るが、それさえも可笑しいのか一段と笑いが高まった。

 

 

 

「ちょっと皆さん?!」

「あら、賑やかね」

 

 

 

 鎮まりをみせない男性陣を睨んでいると扉が開いて、カリファが姿を見せる。女性が来た事に非常に安心感が生まれ、昴は心の底から安心した笑顔を彼女に向けて挨拶をした。

 

 

 

「あ、カリファさん! お早う御座居ます」

「おはよう。ところでこの状況はどうしたの?」

「それが……」

 

 

 

 と、男性陣の爆笑をBGMに昴はカリファに説明をする。そしてカリファが鳩の種明かしをしようとした時、カクが待ったをかけた。

 

 

 

「あーそんな事よりじゃ! アイスバーグさん、昴を呼んでどうかしたんか?」

 

 

 

 職長達も彼女の反応が新鮮で面白かったのか、種明かしをさせないようにカクに合わせて理由を知りたがる。

 

 

 

「ンマー、笑った笑った。昴を呼んだのは、ここで働いてもらうから顔合わせの為だ」

「ガレーラに勤める?」

 

 

 

 葉巻を吸っている男性が怪訝そうな顔で昴を見遣る。そんな彼を、副流煙の方が身体に毒なんだよね……ああもう大嫌い、と思いながら見つめ返している間にアイスバーグが説明をしていた。

 働くと言っても勿論船大工の仕事ではなく、又、専門的な知識を必要とする事務でもなく――。

 

 

 

「なるほどォォ! 嬢ちゃんが聞いて回るのか!!」

「っひ!」

「タイルストン、大声を出すな。怯えてる」

「まあ昴が昼休憩の前に食堂のお使いしてくれるんなら、並ぶ時間は節約できるがのう……」

「いったい何人いると思ってンスか」

 

 

 

 そう、昼の食堂の混雑回避の為、その時間帯前から昴が職人らに食べたいメニューを聞いて回ろうと言う、謂わば、注文取り。「先ずは簡単な仕事を」ということだった。

 アイスバーグに、お前を雇う、と昨日の帰りに言われてはいたが、昴も仕事の内容は、今、初めて聞いた。昴は葉巻の煙と地味に戦いながらも口を開く。

 

 

 

「私、高校時代はパン注弁注係だったので、人数にさえ慣れれば大丈夫ですよ」

「……すまん、今なんと?」

「あ。あー、……えと、昔ですね、お昼何食べるー? それ注文しとくよーっていう事を、四十人相手にした事あるので、三桁の人数に慣れれば恐らく大丈夫かと」

「ンマー、昴には俺たちには無い発想力がある。休憩時間が増えるぞ」

 

 

 

 プレッシャーを与えないで下さい、と苦笑しながら彼へ振り向く。だがにっこりと微笑まれ、勝てないなこういう人には、と溜息を吐き、職人たちに向き直ると綺麗な姿勢で堂々と立ち直した。

 

 

 

「改めて、初めまして職長様方。星谷昴と申します。凄く田舎から来たので色々都会の事を教えて下さると嬉しいです。それで……、今後の為にも前以って告白しなければならない事がありまして……。私、少し男性恐怖症なんです。無意識に身構えてしまう時がありますけども、どうかお気を悪くなさらないでほしいです……」

「……ああ、だから昨日震えてたのか」

 

 

 

 ルルが、昨日の昴の様子を思い出して、合点がいったという具合に呟いた。

 

 

 

「そうなんです……。ましてや皆さん、あのー、とても素晴らしい肉体ですから、圧迫感が凄くて……。すみませんでした」

「こいつらは海賊よりタフだからな」

「実はアイスバーグさんも、カリファさんと一緒でなければ逃げ出してました」

 

 

 

 昴が冗談交じりの声色で告げれば、一本取られた! と笑い出す。

 

 

 

「さて、昴を紹介しに朝礼行くか!」

 

 

 

 えっへんと告げるアイスバーグに目を瞬かせていると、部屋に居る者殆どが笑い、ぞろぞろと社長室を出る。

 

 

 

「今からもう行くんですか」

 

 

 

 先頭を歩く社長に問えば、時間だからな、と返ってきてしまったので昴は唸った。

 

 

 

「そう、ですか……」

「どうしたの?」

「いえ、その……こんな格好なんで、ちょっと……」

 

 

 

 顔も洗い、髪も梳いてあるので身だしなみが『寝起き』ではないが、ノーメイクでスウェットで乱雑にポニーテールにしただけの粗末なこの格好。

 紹介とは言うがこれは入社式と同等、と、重く考えていたのだがカリファが、可愛いから問題ないわ、と褒めアイスバーグも、そういうの好きだ、とラフな格好を気にしなかった。更にはとある職長も賛同する。

 

 

 

「ハレンチじゃねーからいいと思うぜ。ソレに対して――カリファ! てめぇはそいつを見習え! またそんなハレンチな服着やがって!」

「はいはい」

「……たんなるスカートタイプのスーツじゃないですか」

「短けぇよ! 俺だってな、膝くれーならなんも―――いや、言うけど、まだ、マシって思う! カリファのなんてちょっとでも動けば、だ、だ、だめだろ!!」

「えぇぇー……」

 

 

 

 葉巻を吸っている時点で彼女の中では苦手意識が生まれていたが、真っ赤にしてどもりながらスカート丈を指摘する彼を、とても純粋な性格で面白いんだな、と昴は印象を変えた。今時の高校生の方がよっぽど免疫が付いている。

 そう話していれば社員の集まる外の広場へ到着したので、職長達がそれぞれのブロックの前に立った。

 

 

 

「(へ~。学校の全体朝礼みたいにドックごとに整列してるのね)」

 

 

 

 おもむろにアイスバーグが、おはよう、と声を掛ければ野太い反応が返ってくる。

 

 

 

「今日も頼むぞ! で、隣りに居るのは今日からガレーラで働く昴だ。昼飯の注文取りをしてくれるから、主に食堂の人間、世話を頼む」

 

 

 

 簡潔に昴の紹介をすると彼は彼女の背を軽く押して前に出した。

 

 

 

「初めまして、ガレーラカンパニーの皆さん。星谷昴といいます。気軽に昴と呼んでください。田舎から来たので色々と教えて下さい。宜しくお願いします!」

 

 

 

 そう元気に大きな声でハッキリと自己紹介をすれば、歓迎の声と拍手が沸きあがった。照れてはにかんだ笑みを見せれば、可愛い!との野次もチラリホラリ。騒がしさを鎮まらす様にアイスバーグが手を上げると、少し余韻を残しつつも静かになる。

 

 

 

「昴は男が恐いそうだ。手を出すなよ? 減給にすっからな」

「え、ちょ、減給までします?!」

 

 

 

 昴は慌てた。わざわざ空気を悪くするような事を言わなくてもいいのではと思ったが、笑いが生まれていて軽度の男性恐怖症である事は温かく受け入れられたのである。

 その後はアイスバーグとカリファと共にドックを順に回り皆の働き振りを見学、顔合わせをした。社長がその日のアポを全て蹴った、という事は言わないでおく。

 

 

 

「すごいなあ! 溶接も凄いけど木材もすごぉい……」

「なんだ、昴の所は溶接が主流か?」

「はい。鉄製の船が一般的ですから」

「ウチでも熔接の案件を抱えるが、ンマー、割合は低い。海軍ぐれぇか。ほとんどが木製だ」

「さ、昴。一番ドックよ」

 

 

 

 一際大きな船がドック内に停泊している。そしてそれを黒いつぶが囲み、ちまりちまり動いていた。

 

 

 

「……Wow. Wonderful.」

 

 

 

 ぽつりと呟かれた言葉は雑音に消されず、社長と秘書の耳に届く。その声に二人が昴を見れば、はらはらと彼女は涙を流していたので大いに驚いた。




レヴェランスとは。
 お辞儀のことです。もちろん、背を折るだけではありません。優雅な手の動き、美しい足さばきがプラスされます。バレリーナとバレリーノで、少しやり方が異なります。ですが、日常生活でのお辞儀と、意味合いは同じです。「こんにちは」「よろしく」「ありがとう」
 原作キャラと、こんにちはしたのでタイトルに付けました。
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