赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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パ・ドゥ・シャ アン

 「物」を手作業で造る素晴らしさにやはり感動して、涙腺が緩んでしまい、慌ててポケットからハンドタオルを取り出して涙を拭う。深呼吸をして気持ちを改めると、今いる場所、一番ドックから順に試しに廻ってみた。再び一番ドックに戻って来るには数十分を要した。

 

 

 

「…………ひろ……。軽くジョギングコースよね……この広さ……」

 

 

 

 食堂で水を貰おうと歩き出す。

 すると、

 

 

 

「おーおー、仔猫がうろついてやがる」

「中々かわいいじゃねーか」

「おら、待てよ」

「わっ」

 

 

 

 と、ぐいっと腕を引かれた。何事かと振り返れば、明らかに船大工では無い男達が立ち止まっている。

 もし今、昴に彼らの職業を問えば、海賊、と正解を言うだろう。そして、海賊と分かってもあまりにも非現実過ぎて、いまだ恐怖が沸いてこないのでこのような余裕が残っていた。

 

 

 

「(わあー、あの映画の服装だ~。あ、目の下に黒ライン入れてる! ライン入れるのって本当だったんだ!)」

 

 

 

 暢気に相手を観察する愚行。一見、見詰め合っているかのような二人に、周りの海賊たちははやし立てる。

 

 

 

「おい。お前、脈アリなんじゃねえの?」

「見つめたまま動かないな」

「そりゃ、俺だからな。女なんてこの俺にイチコロよ。で、おめー、連れて帰るからな」

「はい?! そんなっ、困ります! 仕事がありますから!」

「知らねえな、おめーの都合なんざ。船の修理があと半日で終わるって言うしちょうどいい」

 

 

 

 昴は逃れようと足掻いてみたが逆に軽々と担がれ、腹部の圧迫感に苦しめられた。

 

 

 

「……っ!」

 

 

 

 ドラマや映画で、肩に担がれ「下ろしてよ!」と叫びながら拘束から逃れようとする様を見た事があるが、現実はそんな余裕など無かった。抵抗の意を訴えても、呼吸さえ難しい状態では文章に成らず、着々と誘拐事件発生という事態へ向かっている。

 

 

 

「……お頭」

「ああ、わかってらぁ」

 

 

 

 この後に何が待ち受けているのか最悪の予想(拷問の末の死)がついている昴は、相手の肩に両手を着き、バレリーナで鍛えた背筋力を活かし海老反りになって圧迫感から抜け出すと、出来る限りの声量で助けを求めた。

 

 

 

「誰か助けて!」

 

 

 

 作業の音で消されてしまうかも知れないけれども必死になって叫んだ結果、予想以上に近場から穏やかな声色で、

 

 

 

「もちろん」

 

 

 

 と、反応が返ってきた。

 生憎、昴は背を向けているのでどういう状況なのかいまいち把握できなかったが、ルルの声が耳に入るので、恐怖は薄れたと同時に、彼がすぐ近くにいて驚いた。

 対して海賊達は、昴を拘束し少々歩いた時点で大工達が囲んで来ている事に気付いていた。彼女を担ぐ海賊は睨みを効かせていたのだが牽制に失敗したと分かり、面倒くさそうに溜息を吐いた。

 

 

 

「っち」

「ウチの奴に手ェ出されて、黙ってるわけにいかないんでね」

 

 

 

 海賊らの前に立ちはだかるは、近くで作業をしていた船大工たち。

 

 

 

「さあ、昴を下ろしてもらおうか」

「願い下げだ。俺はこいつを存分に味わう」

「……味わうって、貴方、カニバリズム……?」

「は? なんだよそのカニ……なんとか。カニの親戚か?」

「人間の肉を食べる事ですよ! ――拷問も食べられるのいやぁああ!! 放して!」

 

 

 

 ドンドンと海賊の背を叩く昴だったが尻を撫でられて、ひゃぁあっ、と悲鳴をあげて大人しくなる。

 

 

 

「おー感度はバッチリか」

「貴様……っ!」

「ふふん、羨ましいか? ええ? 船大工どぉお……っお…………」

 

 

 

 いきなりその海賊が奇声を発して固まったので、他の海賊が訝しげに彼を見遣れば、ゆっくり前のめりになっていくではないか。

 

 

 

「わっ、わ……っ」

「大丈夫かの? 昴」

 

 

 

 脇に手が差し込まれ、海賊から引き離されると、助けた人物・カクの隣りに下ろされる。

 

 

 

「ありがとうございます。しかし………。ロブさん……トンカチって。――可愛い……」

「………」

「あっ、あの悪い意味ではなくて!」

 

 

 

 海賊らは正面の船大工達ばかりに気を取られていて、背後から狙うルッチとカクに気付いてなかったのだ。

 そしてルッチが、昴を担いでいる海賊の頭にトンカチをお見舞いしたのだが、強面から想像もつかないトンカチ攻撃――まるで、コントのような叩き方であったし、見栄えがとても地味だった――に、彼女はギャップを感じて思わず「可愛い」を漏らせば、ルッチが不機嫌そうに顔を背けた。

 昴と二人がこうして話している間にも、残りの海賊らは船大工達によって気絶させられている。

 

 

 

「ごめんなさーい! 怒らないで下さいっ! 助けてくださってありがとうございました! いや、もう、本当に」

「わっはっはっはっは! ルッチが可愛いと言われているところを、わしは初めて見たぞい!」

「クルッポー! カク、黙れ!」

 

 

 

 

 

「ンマー。初日から散々だったな」

「あはは、今更ながら怖くなってきましたよー。本当に皆さんに感謝です。改めて、ありがとうございました」

「当たり前のことをしたまでじゃ。昴が無事で何よ、り…………ぶふっ」

「あら、どうしたの? カク」

 

 

 

 昴からルッチへの『可愛い』発言を思い出したカクが、会話の脈略も関係なしに笑ったのでカリファが聞き返したが、ハットリもといルッチがわざとらしい咳をして、笑うカクを咎める。

 

 

 

「な……なんでもないぞ。気にするなカリファ」

「?」

 

 

 

 只今ブルーノの酒場で、昴のささやかな歓迎会中。集っているのは、アイスバーグとカリファ、時間が取れた各ドッグの職長達、そして、スーとジーヌだ。

 人数が多いため、本日は貸切状態になっている。

 

 

 

「へへ、お待たせしました」

 

 

 

 ブルーノが人の良い笑顔と共にドリンクを持ってくる。

 

 

 

「よーし! 酒が来たぞー!」

「パウリー、主役は昴じゃぞ。酒じゃないから」

「わ、わかってらぁ! ノリだノリ」

「本当かのう」

「いいじゃないですか、一仕事を終えた後のビールはとびきりですから。明日もお仕事のところ、こうしてお時間とって下さってる訳ですし、楽しんでいただきたいです」

 

 

 

 その言葉を聞いて殆どの者が、謙虚だなあ、と感心した。

 

 

 

「ンマー、全員に渡ったか? ――それじゃあ、昴を歓迎して」

 

 

 

 乾杯!と皆が昴を祝福する。昴は、オレンジジュースのグラスを持って、社長から順に挨拶と共にグラスを合わせていく。

 

 

 

「ジーヌさん、これから宜しくお願いします!」

「こちらこそ。なあ、お前の故郷ってどんなんだ?」

「故郷ですかぁ。あ。失礼します」

 

 

 

 そのテーブルは食堂関係の人間が集まっており、コックの1人が近くにあった余っている椅子を持ってきてくれたので、礼を言ってそれに腰を落ち着かせた。

 

 

 

「昴さんの故郷、すっげえ興味あります!」

「故郷っちゅーより、彼女自身にだろ、おめぇは」

「ちょ……!」

「あはは、私はそんな面白い人間じゃありませんよ。そうですね、料理の事とか?」

「知りてえ!」

「あ、やはり料理に食らいつきますね。ふふっ。日本料理と言われる料理は、基本薄味です。味付けも、炒めている最中につけるのではなくて、下ごしらえの時にやることが多いかな。調理中に味付けすることもありますけど。あとはそうですねー、時間を掛けて、ですかね。煮物は作った当日よりも、二日目・三日目の方が美味しいとか。その時のコツは『ジャガイモだけは除けておく』」

「三日後まで?! 腐っちゃわねーか」

「煮物は日持ちするんですよ~。なんで? って聞かれると答えられないんですけどね、あはは」

 

 

 

 奥深くまでの知識は無いが、一般的に知られている日本料理の事をコック達に話す。仕事帰りもあって、鞄からメモ帳を取り出して書き記す者までいた。

 

 

 

「……ものすごく食べたいや」

 

 

 

別のテーブルから寄って来たスーがぽつりと言えば、全員が同意を示す。そして、一様に昴を見た。否、見つめた。何かを期待して見つめた。

 

 

 

「………え?」

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