赤いトゥーシューズ   作:つきうさぎ

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パ・ドゥ・シャ トロワ

 向かいの席に彼が座ると、他のコックが副長の水を持ってくる。

 

 

 

「いろんなことを知ってるよね」

「あはは、育った……地域が違いますからね。 ――あ、このドレッシング、ちょこっとワイン入ってます?」

「よく分かったね、正解だよ。そう、それで気になっていたんだけど、さっきのは何なの?」

 

 

 

 口の中に物が入っていたので小首を傾げる動作で、さっきのとは?と聞いた。亀がどうとか言ってたでしょ、との言葉に更に疑問が浮かぶが、写真を撮る仕草を彼がしてくれたので、デジカメの事だと判明。もう一度、鞄からデジカメを取り出した。

 

 

 

「これ、カメラです。デジタルカメラって言うので、縮めてポケ……間違えました。えーっと、縮めてデジカメと言うんです」

「え?! これがカメラ?! 薄い……」

「詳しい作りは私も知らないんですけど、全て電子で処理してるんです。画素数が多ければ多いほど綺麗にプリントされるんですよー」

「(デンシ? ガソスー?)ネガはどこにあるの?」

 

 

 

 と、昴の『そんなに詳しくない講習』の『デジカメ編』が始まった。気付けばコック達を呼んで集合写真を撮ったり、ちょっとした撮影会になっている。

 

 

 

「おーい、コック、飯ー」

「あ、すいやせん!」

 

 

 

 休憩時間から少々遅れた船大工に声を掛けられて、漸く撮影会は解散し各々仕事に戻った。

 

 

 

「トランクの方に、持ち運べるサイズのプリンターが入ってるので、明日持ってきますよ。でも、台紙がそんなに無いので全員分は無理ですけど……」

「厨房に飾っておくから一枚でいいよ。それにしても、時間差で撮れるなんて便利だ」

「夜景撮る時なんかものすごく助かりますよ。台の上に置いてシャッター押して放置。ブレて光がぐにゃぐにゃしませんし」

 

 

 

 元の世界のデータがそのまま残っていたので、ブレた例を見せると納得してもらえ、成功例を見せると、景色が綺麗だね、と褒められ上機嫌になる昴。しかし、こんな素敵な街があるのか他の海には、と言われた瞬間に冷水を浴びせられた様に感じられた。

 

 

 

「(しまったー! ……どうしよう、そもそもがこの世界の景色じゃないんだから、どこ? って聞かれたら……答えられない)」

「道理で美しいんだ、昴ちゃんが」

「はい?」

「こういう綺麗な景色をたくさん見てきたから、昴ちゃん自身も美しいんだねって」

「………あ、どうも」

「照れた? 可愛い」

「あははは…」

「っとと、このまま口説いていたいけど、鬼が来ちゃった」

「鬼ってぇのは誰の事だろうかスー坊。ナンパしてる暇あんなら、あさって以降のメニュー考えろや」

 

 

 

 爽やかな笑みなのに乱暴な口調でジーヌはやって来た。はーい食堂長、と降参のポーズをしながらスーは席を立ち、じゃもう一仕事してくる、と昴にウインクを投げて厨房へと向かってゆく。

 

 

 

「あんなんにひっかかっちゃ駄目だからな。 ――― 休憩はあと三十分くらい残ってたよな? それが終わったら注文取りの打ち合わせをしよう。ここで待っててくれないか」

「分かりました」

 

 

 

 そして休憩後、ジーヌと打ち合わせをして最終的に、注文を聞いて回るのではなく各ドッグの休憩所にちょっとした掲示板を立てて、そこに入れ替えられるようにメニューの写真を貼る事になった。昴の仕事は「本日のメニュー」の貼り出し、各ドッグにその事の伝達、注文表の回収に決まった。

 最後にもういちど確認な、とジーヌと昴がお互い復唱しつつ整理をしていると、

 

 

 

「ンマー、熱心にやっているな」

 

 

 

 と、第三者の声が響いた。実際は、二人にこの声が響く前から、周りは社長の登場にざわついていのだが、本人らは相当集中していたようで、社長自ら声を掛けられるまで気付かなかったようだ。ジーヌと昴はさっと立ち上がって、アイスバーグとカリファに挨拶をする。

 

 

 

「お疲れ様です、社長」

「あ、お疲れさまです!」

「ジーヌ、社長と私の分をAでお願い」

「かしこまりました」

「ンマー、腹へった腹へった」

「す、すみません、私お先に頂きました……っ」

 

 

 

 気にしないでという風に手をひらひら振りながら、にこやかに笑うアイスバーグは、本当に魅力的な男だ。あの著名人の真似をする訳じゃないけどオーラを感じる、と昴は思った。

 

 

 

「昴、再来月の第二週に頼みたいことがあるの」

「なんでしょうか?」

「今度、サンファルドの市長が新しくなるの。それで、その就任パーティーに社長が招待されているのだけれど、昴を連れて行きたいとアイスバーグさんがご希望なのよ」

「就任式は新市長のスピーチだけでなく、舞台も上演される。ってんなら、お前も舞台に立てばいい」

「…………、うそでしょ?!」

 

 

 

 ただの同伴ではなくダンサーとしてだと聞いて唖然としている昴に、アイスバーグは嬉しそうに説明をし出す。

 実は出会った初日、帰りの夜道で昴が担当していた群舞の一部分を少し踊って見せてもらっていたのだ。そこで彼女のダンス(クラシックバレエ)を気に入った彼はこう思った。

 

 『本気で踊れる機会をプレゼントしたい』

 

 新市長も若い頃はサンファルドのダンサーであり、別世界のダンスに興味を持つだろうと推測し、それならば踊りたがっている昴とダンスへの情熱が強い新市長の双方を悦ばせる方法は、式典で彼女をゲストダンサーとして舞台へ迎えて新市長に鑑賞して頂く。これだ、とアイスバーグは説明を〆た。

 

 

 

「え、と……」

 

 

 

 そのプランを聞いた昴は、踊れる嬉しさと突然さで混乱する。だが、怖気づきはしない。つい先日ブロードウェイ公演を終えたばかりで直ぐに踊れるし、まだプリマではないがプロとしての誇りと今までの努力の結晶・実力がある。歓喜に満ちた震えた声で、

 

 

 

「躍らせて……頂けるんですか」

 

 

 

 と聞けば、彼女にとって素敵な言葉がアイスバーグから返ってくる。

 

 

 

「俺が見たいんだ。ンマー、残念ながらウォーターセブンにはダンスが出来る施設が無い。サンファルドには在る。お前はいいカオをしているよ。人前で踊ることが好きだろう?」

「っ!」

 

 

 

 気付けば昴は椅子から立ち上がって、アイスバーグに抱き着いて敬愛のキスを頬に送っていた。

 

 

 

「Awesome!! I love you!! Thank you!! Thank you soooo much!! 」

「まあっ」

「すっ、昴?!」

 

 

 

 さすがの社長と秘書も、昴の行動にはポーカーフェイスが外れてしまう。

 

 

 

「こら昴! 社長に何をしてんだ!」

「あ、……も、申し訳ありません!!」

 

 

 

 二人分のランチを持ってきたジーヌに御叱りを食らって、正気に戻った昴はさっと身を離して非礼を詫びた。

 

 

 

「そのっ……興奮してしまってついクセが……っ」

「ンマー、はっはっは! 面白いクセだな。驚きはしたが大歓迎だぞ」

「社長、セクハラです」

 

 

 

 昴からの行動とは言え、カリファの窘めには昴も初対面の時のような否定の言葉を出せなかった。

 

 

 

「すみません」

「いやなにジーヌ、どうやら俺も調子に乗っちまったみてぇだ」

 

 

 

 二人の前にランチのトレーを置くジーヌに、アイスバーグが彼女を指差して告げたので、誘導されて見てみれば頬を真っ赤にして肩をすぼめて縮こまる姿があったので、これならお灸を据えなくても良いだろう、と内心思う。

 

 

 

「いったいなんだってまあ、社長に抱き着いてたんだ?」

 

 

 

 ランチを取りに場を離れており彼らの話題を知らなかった為、紹介の時に男性が苦手だという説明を受けていただけに、自ら男性へ抱き着いていた心情が思い当たらず、昴にジーヌは聞いた。すると彼女は一変、目の前にご馳走を置かれ、ちぎれんばかりに尾を振る犬のような明るい表情になる。

 

 

 

「踊れるかもしれないんですー!」

「ああ、踊り子って言ってたっけなあ」

「クラシックバレエです! すべてのダンスの基礎! カーニバルダンサーもクラシックを嗜んでるんですよ! 私はクラシックがいっちばん好きでして!」

「お……落ち着け、昴……」

「音源はあります! もちろんですとも! 移動中だって作品の音楽を聞いてイメトレしてるんですからね! うふーっ!」

 

 

 

 肩を竦めて社長と秘書の方に視線で助けを求めたが、ジーヌに返ってきたのは温かい視線だけだった。二人とも食事を進めている。昴が入社してから二日。まだまだ短い時間だが共に過ごして持った「明るい性格だが、どこか一歩引いていて大人しい子」という認識は、両腕を腰辺りでパタパタと忙しなく羽ばたかせながら、

 

 

 

「もう舞台の上で踊れないと思ってただけにこんなに嬉しい事ったらありませんよー! ジーヌさあん!」

 

 

 

 と、よく通る声でダンスへの熱弁をするこの姿で、崩れ去った。

 かくして、この世界での昴の初舞台が決まったのである。




パ・ド・シャとは。
 『猫のステップ』と呼ばれているパです。昴ちゃんが海賊から「仔猫」とからかわれている事と、仔猫のようにあっちへこっちへと駆け走る様子の話なので、タイトルとしました。

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