「へぇー、中々様になってるじゃない!」
「…あんまりじろじろ見ないでくださいよ、さすがに恥ずかしいし」
「いいじゃない!減るもんじゃないし!」
胴着に着替えた俺は慣れない誉め言葉に照れていた。
令子さんもそれを承知で茶化してくる。
あのあと、昼食を取り団欒していた俺たちだったが、本日が稽古日に当たるため俺は支度をしていた。
着いてくると言ったのは令子さんからだったし、いってらっしゃいと見送ったのは両親だ。
ただし、令子さんを必ず家に連れ帰るように言われたが。
「それじゃ向こうで見学してるわね」
頑張ってねと言って令子さんは他の父兄に混ざり、見学席に向かった。
「なぁ!ただ、あれってお前の姉ちゃんか!?スゲー美人だな!!」
「…だろ?羨ましかろう?」
悪のりしてニヤリと笑えば、血涙してまで悔しがる馬鹿どもがいた。
この場合説明を一々するのも面倒な為、そのまま話を否定せず流した。
くるりと振り替える。
見学席には、珍しくにこやかに周りに挨拶をして席につく令子さんがいた。
その右肩には琥珀がのっている。
美少女と仔猫の組み合わせは、年齢を問わず注目されていた。
しかも何故か彼女は今、上機嫌だ。
にこにこしているうえ、いつもの初対面の相手に対する野良猫のような険がとれていた。
……なぜだ?
(しっかし、わかっていたことだけど、これほどとは…)
やはり美少女は何をしていても絵になるうえ、もてる。
正直なところ俺は令子さんを年下の女の子として見ていたので、うん、実物も可愛いなぁ。将来美人と言われるだけあるなぁ。
…くらいにしか考えていなかった。
周りを見ればデレッとした顔を隠すこともしない中学生達や、同学年達にため息が出るものの納得もしていた。
(…調子にのったりして怪我する馬鹿がでなきゃいいけど)
男とは存外アホな生き物だ。
まぁそれは誰だって好きな異性には好かれたいと考える。
カッコいいと思われたい…そしてあわよくば────。
なんて心の声が顔に完全に出てしまっている何人かはきっと師範代にどやされるだろう。
「なぁ、ただ。俺たち友達だよなぁ。姉ちゃん紹介しろよ!」
お前らと友達になった記憶はない。
というか、挨拶した程度だ。
名前は胴着に書いてあるからわかるが…誰だお前ら。
とりあえず群がってきつつある馬鹿どもを、そんな余力を残すことなく成敗することを本日の目標の一つに掲げた。
武芸でも茶道でも、何でも人との関わりには、礼に始まり礼に終わる。
「……いい汗かいた」
「ただ……………お前、覚えてろょぉ」
「そんなゾンビ状態で言われてもなにも怖くないぞ」
どーせ、次も俺が勝つしなと鼻で笑った。
同学年や少し年上程度なら今のところ俺が一番の実力者だろう。
それより上の中学生は、さすがに頭一つ分以上の体格差があるのでたぶん押し負けると思う。
……一度も手合わせしたことがないので俺の予想だけど。
今日の稽古が終わり掃除をする。
差し込む夕日が眩しく、風が心地良い。
俺の前に影ができた。
タオルを頭からかけられわしゃわしゃと拭かれた。
「横島君、琥珀が祠に行きたいみたい。このあと行くんでしょ?」
「はい、もう少しで終わるので、父兄の方々と待っていて貰えますか?」
「?うん、そうするわね」
さすがに父兄が見ている前であからさまなナンパをする馬鹿はいないだろう。
令子さんの背を見送るしかできないやつらの非難の目は全て俺に向いた。
タオルを肩にかけ直す。
「汗臭い…そんな状態で近づくと嫌われるぞ?」
誰にとは言わないが声に出せば掃除をいつもよりきびきびと早く終えた面々はあわてて更衣室に向かった。
その次に続くのはグロッキーな顔をした屍類々だ。
「……さていくか」
ちなみに今の俺の荷物は身一つだ。
こうなるかもしれないと予想して、申し訳なかったが令子さんにあらかじめ荷物を預かって貰っていた。
「…………」
胴着の合わせをパタパタとする。
「………制汗スプレー、カバンの中だ」
汗は拭いてもやはり初夏だけあって結構匂った。
「にー」
肩から飛び降りた琥珀が石造りの階段を軽やかにのぼっていく。
ときどき振り返ってこちらがちゃんと追い付いてきているか確認する様が、とても愛らしい。
「着替えてこなくて良かったの?」
「…はい、色々と面倒は省きます」
琥珀のあとを俺が、その後を令子さんがついてくる。
「ふーん、そう。あ、横島君って同学年くらいだと結構強かったのね」
技の形一つ一つが洗練されてて見ていて楽しかったわ!
特に10人抜いた辺りとか。
「あぁ、あの人ですか」
あの人、俺の中でのあだ名はジャイ●ン。
縦にも、横にも大きく体格に恵まれた一つ上の男の子だ。
とりあえず、ふざけたことを手合わせ前に言われたので、手合わせ時間中は、ずっと転ばせ続けた。
ちなみに覚えてろょぉと言っていたのもこいつだ。
俺が、ジャイ●ンに技をかけ続けられたのには理由がちゃんとある。
ジャイ●ンの技の形が正直過ぎて避けやすいし、次がよみやすかった。
こちらがフェイントを入れると面白いくらい引っ掛かりまくってくれた。
受け身を取り続けるというのはかなり体力を使う。
それが理由だ。
今まではあの恵まれた体格もあって、戦法はごりごりのパワータイプで何とかなっていたんだろう。
この道場では大きな顔をしていたらしいが、俺が入ったことでそのヒエラルキーが崩れたらしい。
以来やたらと絡まれるようになった。
勝てるのは素直に嬉しいが、こいつには興味はない。
かなりしつこいからだ。
弁当の蓋の溝に挟まった米並みに。
「…横島君。私に気を使わなくていいわよ?ナンパしてきたらキッパリ断るし、実力行使してきたら遠慮なく倒すだけだから」
ぴくり。
立ち止まって振り返る。
「俺が好きでしていることです。それに令子さんは女の子なんだ。危ない目には出来たら逢って欲しくない」
何だか勘に障って思わず言ってしまったが、まぁ良いやと思い直した。
ぽかん。
令子さんの顔はそれが一番あっていた。
「にー」
「今、行くよ」
俺たちが立ち止まっていたのに気づいた琥珀に急かされ再び歩き出す。
「お、女の子……。…………ホントませてるわね」
お互いに妙に顔が暑かったのは夕日のせいにした。