「ふぅ、これであらかた片付いたわね」
満足のいく出来に自然と笑みがこぼれた。
「令子さん、この段ボールは良いんですか?」
一つだけ段ボール箱が置かれたままだ。
「あー、それね…唐巣先生の所に持っていこうと思ってるやつなの」
いつもよりも歯切れ悪く、困った顔をした令子はおもむろにビリっと箱を止めていたテープを外し、中身を見せた。
中身はぎっしりと詰まった手紙の山だった。
宛名は美神令子様。
住所は書いてなかった。
「下駄箱って手紙入れるのに絶対向かない場所だと思うんだけどね…誰が下駄箱なんて考えたんだか」
呆れたように言い捨てる。
差出人名が無いものもあるし、仮にあっても話した覚えもない相手だったりする。
好かれる、憧れるのも過ぎればかなり問題だ。
「これ全部ですか。すごい量ですね」
素直な感想だ。
自分は年賀状くらいしか手紙を貰わないし、人生の中でもこれだけの量の手紙を貰うのは、アイドルとかファンがつくような特殊な仕事をしている著名人くらいかと思っていた。
令子はため息をつく。
「貰うはいいんだけど、困ったことに思いを込めすぎて、邪気みたいなのまで纏っているやつもあるのよ。いつも先生に頼んで処理してもらってるの」
GSの卵であっても危険なものかどうかは判断できる。
一種の…勘のようなものだが、まず間違いない。
二人揃って箱には触っても、手紙類には一切触れていない。
「あー、これなんて読んだらなんかヤバイことになりそうですもんね」
「でしょ?」
忠夫が指差した先にあったのは、札で巻かれた手紙の束が数個。
札の隙間から見えた、本来可愛いはずのキャラ便箋がやたらと不気味に二人にはみえていた。
「!何でっ!?」
ガンと蹴り飛ばしたお気に入りのクッションが勢いよく転がった。
「何で、僕以外の人間なんかとッ!!」
目の前が真っ赤に染まっている。
腸が煮えくり返っている。
「ッ!」
血走った瞳が見やるのは、彼女の写真。
部屋の壁一面に貼られたそれは、厳選して選び、自身で貼ったものだ。
ああ、こんなことなら部屋の用意を後回しにしておけば。
あのとき、きちんと呼び止め慰めてあげておけば。
後悔は尽きない。
過去の自分にイライラする。
ふと何故かそれに思い当たった。
引き出しを開けると、それが他のものよりも異彩を放ってみえた。
それは、彼女を知る過程で偶然手にいれたもの。
「なおさなきゃ、正しいカタチに…」
僕の
僕の君への愛は間違い無いものだから
だから
熱に浮かされたように。
うわ言のように呟く。
ごくりと生唾を飲み込んだ。
古い真っ黒な小瓶。
中々凝った細工がされている。
蓋と小瓶を固定していた札を破り捨てた。
小瓶の蓋をあけ、その中に指を傷つけて出した自分の血を数滴垂らした。
彼女の幸せは僕と一緒にあるんだ。
独りよがりな考えからそれは発動する。
小瓶が
鼓動する。
パリン
何度か鼓動するうちに小瓶は砕けて粉となり、いつの間にやら自分を中心に風が巻き起こっていた。
まるで竜巻の中心にいるようだ。
風で部屋はぐちゃぐちゃになっていたが、今はすごく気分がよかった。
「ふ、あははははは」
何でさっきまであのくらいのことで怒っていたのだろう?
自分が可笑しくて仕方無かった。
かたん。
「ひっ」
「………あー、見ちゃったんだ?」
目があったそれににたりと笑みを向けた。
「!?これは…」
唐巣が息を飲んだのはキャラクターものの便箋。
例の手紙の束だった。
青空の下、教会の掃除をしていた唐巣の手には箒。
「強い念がまるで黒魔術のように…、これはもはや呪いだね」
ずれた眼鏡を押さえ直す。
ぞぞぞっと背中に嫌なものがはしった気がして令子は忠夫と手を取りそそくさと師の背後に避難した。
「み、みなくてやっぱり正解だったわね」
「え、ええ。素人目にも明らかにヤバかったですしね」
学校の関係者つまりは一般人がこれを送ってきたのだから、きちんとした修行を終えた術者からだったらと思うとぞっとする。
「…ふむ。これはちゃんとした形で終わらせないと、これ以上に厄介なことになりそうだ」
「ちゃんとした形で終わらせるって、まさか会うんですか?送り主に?」
「ああ。だけど、美神君はここで留守「嫌です」
唐巣先生の言葉をぶったぎってまで拒否する令子さんを先生は唖然と見る。
「駄目だ!危険なんだよ!特に思春期の男ってやつは!色々拗らせていることは確実なんだ。下手したら一生もののトラウマになるかもしれない!」
「おぉ…それはとんでもないな」
身に覚えは無かったが、何となく思い当たってつぶやいた。
目の前で親子喧嘩のように言い合う二人には聞こえていない。
朝も早くから忠夫と令子は、出勤する大樹の運転する車で唐巣の元へと送り届けて貰っていた。
朝食の席で段ボールの話をしていたのがきっかけだ。
(父さんもだけど、先生も十分に子煩悩だよな…)
「とにかく、今回の件は私が当事者です!ダメと言われてもついていきますから!」
鼻息荒くそう捲し立て令子は腕を組みそっぽを向いた。
「何でこう君は……」
頭をかかえる先生に忠夫は苦笑いをする。
「先生どうせ、ですよ。それに今この段階では俺たちには何も出来ません」
まだ学校もあるし、一人で令子さんが動くことはない。
先生はなにか言おうとして、口をつぐんだ。
「しょうがないな…調査は放課後にしよう。くれぐれも一人でどうにかしようなんて思わないように」
諦めたように唐巣は言ったが、可愛い弟子に念をおした。
「はーい」
そっぽを向いているのをいいことに令子さんは舌を出した。
顔にはストーカーくらい一人でどうにかできるとありありと書いてあった。
「じゃあ、今日は学校が終わったら俺令子さんと二人でこちらに来ますね」
「!…………」
二人での部分に令子さんは異様に反応を示していた。
「…と言うわけでして、にわかに信じがたいことですが…唐巣神父、息子をどうか助けて頂けませんか?」
そう言って40代半ばの小太りな紳士は、ハンカチで汗を拭った。
冷房のない教会は窓を開け換気していても、汗が浮かぶ。
「そういうことでしたら、力をお貸し致しましょう」
「!!…あ、ありがとうございます。…しかし、本当に悪魔に取り憑かれたなんて…」
初めは半信半疑だった。
使用人から聞いた息子の様子。
何故か突然引きこもって部屋の外に出なくなったのは、今年の春だ。
「しかし、そんなことまで行うなんて」
「悪魔は人の心の隙をつくのが上手ですから」
人の心の弱い所を見極める目に優れている。
魔が差すとはよく言ったものだ。
「ちなみに、先程おっしゃっていた息子さんの意中の女性とは?」
「こちらの方です…」
そっと差し出された写真に唐巣神父は息を呑んだ。
「美神君……」
目線の合っていない写真は明らかに盗撮されたものだ。
本人も気付かないうちに撮られたであろうそれに、唐巣は憤りを隠せなかった。