「本当に思春期の男ってやつは」
「拗らせまくって悪魔召喚って」
本当に洒落にならない。
あのあと教会で唐巣と落ち合った令子と横島はことの顛末を聞かされ呆れ返った。
げんなりとした顔をする師と弟子たち。
「契約者本人にも会いたかったんだが残念なことに本人は不在だった。しかし、朝感じたあの力と同じものが彼の部屋からも感じ取れたよ」
さっさと片付けるつもりだったんだが、そう言いながら唐巣は眉間をもんだ。
「たまたま今回の件と依頼が被ったんですね」
横島は苦笑する。
「ああ。…悪魔と契約したのだから願いは、たぶん美神君を手にいれることだと思うんだが」
「何故か姿を現さない?」
引きこもっていた期間が長くてノリで出たはいいが、戸惑っている…な、わけないか。
「ならやっぱり囮作戦、直接乗り込んで誘き出すしかないですよね」
「…令子さん」
大丈夫よと、笑う令子は自信たっぷりだ。
「その自信はいつもどこから来てるんだい?」
無謀なことはさせたくない横島と唐巣。
またこの子はと生ぬるい視線を送る。
「……まぁ悪魔に連れ去られたとみられる使用人と、契約者の身が心配だ。早期解決が望ましいし、ヤツを屋敷で待ち伏せようか」
教会前で待つと依頼人の用意した送迎車が間もなく到着した。
今井家使用人頭、瀬川を名乗った初老の男性。
白髪が目立つひょろりとした体型の男性は深々と頭を下げて俺達を車で恭しく案内した。
「瀬川さんはバ…息子さんをずっとお世話してきたんですか」
「はい、残念なことに幼少の頃にお母様を亡くされたぼっちゃまの世話役兼講師役も兼任しておりました」
運転手は別に待機しており、瀬川は道中の接客も兼ねて一緒に車に乗り込んだ。
座席と机、シャンデリアに冷蔵庫…本来必要としない装備満載の車内で、これまた良い葉っぱの紅茶を出された。
聞けば今回一緒に拐われた使用人は瀬川さんの末娘だそうだ。
思わず同情した。
「美神君、わかっていると思うがやつの目的は君だ。君が捕まれば契約したストーカーバカ息子も魂をとられてしまう。自分の身を守り、ついでに彼も守ってやってくれ」
大真面目な顔で言い切る師に弟子たちは苦笑する。
「先生、ついでって」
仮にも依頼人の息子だが。
「女性に付きまとうようなやつは次いでで十分さ」
眼鏡の位置を直した唐巣はそう吐き捨てた。
「横島君、たぶんやつは美神君が簡単に手に入らないと考えたら誘拐した人質を使うかもしれない。結界の中から美神君を誘き出すためにね」
「先生、その時俺はどうしたら?」
いつものようににこりと笑った先生。
「容赦せずにやったれ」
さっと出した親指をたてた拳をひっくり返し、首を掻き切るような動作をすると不穏なことを言い切った唐巣。
「………………」
「ああいうやつは封印し直すよりも、滅してしまった方がいい」
(……下手なヤクザにメンチ切られるより怖かった)
思わず固くなってしまった体を自分の手で抱き締めるようにさすった。
屋敷に着いた唐巣と弟子たちは屋敷の使用人たちを避難させたあと、室内を覆う結界を張った。
それにしても立派な豪邸だ。
高い塀で囲まれた門から屋敷までは車で移動した。
徒歩ではかなり時間がかかる。
それほど距離があった。
表立った貿易会社経営から、ちょっとほの暗い仕事まで行う今井財閥の屋敷はセキュリティ万全だったが、残念ながらGS関係では全く意味をなさなかった。
良くこんなもんに金かけたなぁといった感想が頭を過った。
(金を稼げるようになっても、俺にはこんなでかい屋敷は必要ないな)
というか、人の恨みを買うような真似だけはしたくない。
面倒だ。
ガタン
「うーん、頑張ってるねぇ」
前のやつより劣る低級よりの中級の悪魔ってとこかな。
誰にいうでもなくぼそりと唐巣は呟いた。
「横島君、教えた通り…まずやってみなさい」
「はい」
横島の頭を撫でると、ぺたりとお札を自身のデコに貼り唐巣はその場を離れ、令子の後ろで待機した。
既にそこには魔法陣の結界が描かれていた。
その中央に屋敷にあった豪華な椅子を置き、女王様のように足を組み不機嫌そうな顔をする令子の姿があった。
(…やっぱり機嫌直んないか)
守られるだけ、しかも弟弟子の方が先に一人で見習いの仕事をする。
気位の高い令子には屈辱だった。
そんな令子に対し横島は乾いた笑いしかでない。
すっと、深く深呼吸をする。
切り替えなければ。
集中し、霊気を高め研ぎ澄ます。
実践経験をするに当たって、万全を期してはいるが常に油断は出来ない。
ばん!
「よ、よくも、結界なんぞで阻んで…くれたなぁ」
「うわー、肩で息してるよ」
先生やめて、笑っちゃう。
せっかくの力が霧散しそうになり反射的に心のなかで突っ込みをいれる。
この部屋唯一の出入り口から現れた悪魔はちゃんと人の形をしていた。
青白い肌に赤い瞳、髪の色は青という人間場馴れした見た目だが。
顔は…うん、微妙。
いまいち売れないホストみたいだ。
白いタキシード姿で、蝙蝠の羽を生やしている。
息を切らしながら、散々結界について俺に文句を言っていた悪魔。
さてどうでるか?
何せこちらは二人も人質が取られている。
下手には動けないが…
端から見ればチンピラが子供に絡んでいるようにしか見えないこの光景。
ふと、悪魔が何気なしに俺の背後に目を向けた。
「っ!?」
パチッと令子さんと悪魔の眼がかち合った。
そして歓喜に震え何処からか、ばっと取り出されたピンクの薔薇の花束。
スキップしながら令子の居る結界前で立ち止まると悪魔は左足を引いて跪いた。
(…おいおい)
「ああ、あなたはとても美しい」
「はぁ!?」
「うわー、予想してなかった。本気で口説きに、正攻法できたよ」
先生よ……。
悪魔は頬を染め花束を差し出しながら口説きにかかった。
ぞわり
「…麗しい人。あなたと初めて出会った時からあなたの虜だ」
「そんな告白私が受ける、と……!?」
悪魔の瞳が赤く光る。
令子さんは次第に目の焦点が合わなくなり、先程までの様子が成りを潜めはじめた。
「さぁ、僕のもとへ」
素直に差し出された悪魔の手を取ろうとゆっくり手を伸ばす令子。
「ふむ…チャームを使うのか」
弟子のピンチをゆっくり傍観する唐巣。
その手には聖書。
「良い子ですね」
ニタリと厭らしく悪魔が笑った。
その手が結界の外に出て悪魔に触れようとしたとき。
「どうかこの愛を受け止め───フギャー!!!!!」
口説き文句が悲鳴に変わった。
まるで硫酸がかかったかのように、みるみるうちに溶け始めた悪魔。
中々にグロテスクだ。
「やっぱり悪魔にはこれが一番だな」
躊躇なく頭から聖水をぶっかけた。
ちなみに瓶の聖水じゃ足りないと思いバケツ一杯持ってきたのは正解だった。
最早上半身のみナメクジのような状態の悪魔が、今度は壁まで盛大に吹き飛ばされた。
べちゃりと音をたてて壁からずり落ちる。
まるでスライムだ。
はっとする令子と、様子を見守っていた唐巣は唖然とする。
「「…………………」」
「長い、古い、気持ち悪い、趣味悪い」
吐き捨てるように言った横島はバケツを置くと、自身の体を擦っていた。
寒い台詞の流れ弾で鳥肌が立った。
その後ろにはしなやかなチーターのような体躯、尾は二つに分かれ首の回りはしめ縄と鈴が巻かれた琥珀がいた。
ヤツを吹っ飛ばしたのは琥珀だった。
不機嫌そうに唸っている。
(み、みえなかった…)
唐巣は戦慄する。
「な、何しやがる!てめえ!」
「…意外に頑丈だな、ふん!」
プスプスと煙をあげる悪魔はこちらを指差してわめき散らす。
人間とは違いそれでも、少しずつ再生をする悪魔。
しかしその痛みは強いらしく、マジ泣きだ。
傷口に手を添えている。
それを神通棍で容赦なくさらに殴り飛ばす。
「ぶっ!ちょっ!ちょっと待て!やめっ!」
「なに言ってるんだ?……悪魔に慈悲はない」
神通棍を突き刺す構えをとり、ニヤリと笑うと悪魔は震え上がった。
「ぎゃ────!!!!!!(──────コイツ!!…目がマジだ!!)」
本能に従いなりふり構わず悪魔が契約者の体から離れた。
黒いもやのような姿になって、扉に向かって逃げようとする。が、閉じた扉、結界にバチンと弾かれた。
「!な、何で結界がっ!?」
「やれやれ甘く見られたものだね。君が結界を壊そうとしたタイミングで結界をこちらから解いただけだよ」
令子の目の前に陣取った唐巣はいつの間にやら札を外していた。
その札を悪魔が離れたばかりのバカ息子にペタりと貼り直した。
悪魔の視野からはその姿がとらえられなくなる。
「あのままじゃ埒があかなかったからね。君は普通に扉から入ってきただけだったんだが…気づかなかったかい?」
自分の力では解けなかった結界だ。
張り直された今は出られない。
まさに袋のネズミだった。
呆れ顔の唐巣。
その後ろに庇われた令子。
そんなヤツの術中にものの数秒で嵌まってしまった為バツが悪そうだ。
「…何処に行くつもりでした?」
「ひっ」
背後をとった横島に悪魔が怖じ気づく。
扉と横島に挟まれ、契約者を失った悪魔は体こそないものの、尻餅をつきながら後ずさる。
その目には涙。
「逃がしませんよ?ねぇ、琥珀」
「やっ、やめ」
大きな前足が悪魔を押さえつけ、咀嚼をしながら琥珀は丸飲みにした。
「に"───」
「あー、不味かったかぁ、あとで口直しに●ュールやるからな」
自分よりも大きな琥珀の毛並みをゆっくりと撫でた。
(…まずは一匹)
呆気なく終わったが、まだもうひとつの目的は果たされていない。
令子は室内を注意深く見渡した。
「…瀬川さんの娘さんはいったい?」
「たぶん彼女は…ッ!?」
ぞくり
体の熱が一瞬で逆流した。
「ナニこれ!?」
「…来ますね」
「美神君、結界から出ないように」
緊張が走った。