片付けが粗方終わり、軽い補強と業者の手配を済ませた頃、先生と令子さんが息を切らしながらやって来た。
母さんの言っていたお客様はこの二人だったらしい。
人数が多い方が楽しいと思ってと笑った母さんは留守電にいれといたのよ!とウィンクした。
「留守電……」
昨日今日で遠方だと、前から言っていたような。
出先から教会に戻って疲れているのに、トンボしてこっちに来てくれたのか。
―――――――――ッ。
ヤバい。顔が熱い。むず痒い。
俺は迷惑ばかり掛けるようになってしまったことに、引け目を感じていたんだということを初めて自覚した。
それと―――――――
「うっわ!!」
がしがしと頭を掴むように撫でる大きな手の犯人は父さんだ。
「よかったなぁー、忠夫。誕生日にこーんな可愛い子が祝いに来てくれて!!」
ニヤニヤ顔の父さんに男冥利に尽きるなとからかわれた。
「……そんなんじゃッ!?父さんその手!あの時の!?」
「…うーん?ああ、帰ってくる際に派手にこけてな?プレゼントを死守した名誉の負傷さ」
「あら、あなたったらドジねぇ」
あはは、うふふ、とそれ以上俺に言わせまいとする二人に唐巣先生が父さん手の治療を申し出てくれその場はおさまった。
「…………」
「こーら、そんな顔しないの!今日はあなたが主役なんだから!」
腕だしてといわれて素直に手を伸ばすと、新しいミサンガが今度は3つになった。
「もともと、予備として作ったものだから!」
それでも私がプレゼントするなんて超レアよ!と捲し立てた令子さんに一瞬呆気に取られたものの、俺は自然と笑った。
夕飯はとにかく母さんの得意料理をはじめとした、俺の好物ばかりが並んだ。
先生にも令子さんにも好評で母さんはご機嫌だった。
「そうなんですの、先生はお人好しが服を着て歩いているみたいね」
ぴしり。
うっかり父さんと先生が仕事の話をし出すまでは。
「横島君のお母様素敵な人ね!あのお金に関して無頓着な先生をよくぞあそこまで!!」
先生ったら本当にどうしようもない、人間止めているような屑に助けを求められたら助けちゃうし。
しかもお金が無いなんて明らかな嘘までは信じちゃうんだもの。
あースッキリしたわ!と令子さんはかなり豪快に笑った。
かなり腹に据えかねていたようだ。
そして令子さんはすっかり母さんに憧れてしまったらしい。
しかしながら、本当に驚いた。
母さんの説得って何かの催眠術みたいだった。
もしくは刷り込み。
でも間違っていないしな。
GSなんて危険費込みな仕事だし。
仕事内容や、技術にあった報酬は受けとるべきだと思う。
俺の件に関しても報酬を受け取ろうとしなかったとは驚いた。
うち、そこまで貧乏じゃないけど。
まあ、この惨状をみるとそのうちなりそうだ。
「誕生日って聞いて慌てたわ。あなたの霊力がさらにパワーアップしたらコントロールうんぬんでどうにかなる問題じゃなくなるし」
この言葉を聞いて俺は焦った。
年々強く成ってくのか?と。
「負荷が強すぎてミサンガも耐えられなくなったのね。しっかしあいつー、粗悪品の札が混ざっていたなんて訴えてやるんだから!」
怒りのあまり拳を握りしめる令子さんのおでこには血管が浮き出ていた。
「しばらくはミサンガといつもの修行でなんとかなるが、根本的な解決にはならない。心当たりを探してみるから、横島君はいつも通りに過ごしていてくれ」
「はい、お願いします」
困り顔の先生が印象的だったが、大人しくその言葉を受け取った。
この日は父さんと先生が気があったらしく、仲良く飲み過ぎたり。
資金運用の話を母さんから聞いて目を輝かせる令子さんがいたりとなかなか濃い1日の終わりだった。
俺?9時過ぎたら霊力の急激なパワーアップもあって疲れたのか、気付いたら寝てた。
道場からの帰り道。
視線を感じてうっかりそれと目を合わせてしまった。
低級霊ってやつだ。
「でも…何だ?いつもの感じと少し違うような?」
決定的に何が違うのだが、その何かがわからない。
「ぼそ………ぼそ………ぼそ……」
急に飛びかかってきたところを避けて走る。
「確かこの裏には」
あれがあったはずだ。
目指した先には朱色の色褪せた鳥居があった。
大丈夫だ。あいつそんなに早くない。
「…階段なげー」
そうしていても解決はしない。
急いで階段を駆け上がる。
石の形をそのまま使った階段はぼこぼこしていて走りにくい。
所々苔も生えていて少々滑る。
「足腰鍛えるのにこれ良さそうだなー」
軽口を叩けるくらいには余裕があった。
追ってくるのはスライム状の低級霊だ。
意識は持たず、動きが単純でとにかくついてくる。
霊力を持つ相手を判別する力はあるらしいけど。
成仏できない霊は本能的にこの状況から助かりたくて、藁をもすがる思いなんだろう。
ちらりと振り替える。
ぁあ"あ"あ"あ"…―――――――――――
ゴポゴポと音をたてながらついてくる。
「可愛そうな霊なんだろうけど、こっちからしたら堪ったもんじゃないな」
素早く人一人分くらいの小さな鳥居をくぐる。
入ってみれば中々神聖な空気が漂っている。
「ここなら大丈夫そうだな」
あ"あ"あ"あ"ぁ
鳥居の結界に阻まれてやつは入ってこれない。
何度も阻まれてようやっと諦めたようだった。
雷のような光が発生していて、かなり痛そうだった。
「ぼそ………ぼそ………ぼそ……」
「それでもどっか行ってくれないのか」
鳥居の結界ギリギリに鎮座していた。
ぐるりと見渡す。
「しっかし、大分荒れてんな。力のある神様だろうに」
うーん、社と言うより祠みたいだな。
御神体があるはずのそこは蛻の空だ。
枯れ葉や埃が入り込み大分傷んでいた。
「お礼しようにも本人がお留守か…ん?」
ガー、カー!!!!!
「カラス…?あっ!」
小さな仔猫が襲われていた。
「シャー!!!!」
気丈にも毛を逆立て威嚇しているが、このままじゃまずい。
物音をわざとたてて突っ込んで、驚いて飛んだカラスを尻目に仔猫を抱えて懐にいれる。
カラスは利口だ。
相手が人間であれば普通近寄ってこない。
まあ、繁殖期や子育ての真っ最中でなければ。
俺はカラスが戻ってくる前に素早く祠の影に隠れた。
カラスは獲物が居なくなったことに気付いたようだったが、探したりはせず、すぐに飛び立った。
諦めが早くて助かったけど、俺達目をつけられてないといいな。
ほぅ、と息をついた。
「ここの神様のお陰だな」
ごそごそと其まで大人しかたった仔猫が服の中を動いた。
「ああ、ゴメン、ゴメン」
屈んで仔猫を服の中から出すと、警戒はしているようだが、逃げる様子はなかった。
背負っていたリュックから菓子パンを取り出した。
「……………食うか?」
「あんぱんのパンだけなら猫って食うんだな」
手でちぎり小さくしたパンを少しずつ食べる小さな仔猫。
食べ物のお陰ですっかり警戒心が無くなっていることを良いことに、仔猫を観察する。
全身真っ白で、少し毛足が長い。
くりっとした目は金色で、長めの尻尾がピンと立ってのびている。
幸い怪我もしていないようだ。
さっきのカラスとの乱闘で汚れてはいるものの、飼われていても可笑しくない毛並みをしている。
ペットボトルの水を手に少し注ぐ。
「飲むか?」
ピタリと一瞬動きは止まったが、すぐ夢中で水は飲み干した。
結局、仔猫があんぱんのパンだけを食べたので俺はアンコだけを完食することになった。
「……次来るときは掃除用具持ってくるか」
ここが少し小高いところにあるので、夕日を浴びる街が見渡せて、結構きれいだった。
足元にすり寄ってきた仔猫を撫でる。
「お前にも何か持ってこないとな、飼ってもいいか聞いとかないと」
その後ひとしきり遊んだ俺と仔猫は、令子さんが探しに来たことで解散した。
スライム低級霊はいつの間にか居なくなっていた。
離れがたくなった俺は仔猫を一緒に連れて行こうとしたが、仔猫はするりと避けた。
ここにいたいらしい。
「また明日な!」
「にゃーん」
しこたま令子さんに怒られたが、鳥居の結界に触れても消えない低級霊の話をしたら先生に報告しておくと言っていた。
手を繋がれて二人で歩く。
完全に姉弟だ。
「横島君のお宅に行ったらまだ道場だって聞いたの!でも道場にもいなくて、もしかしてと思って探してたのよ」
必死に探してくれたらしい。
汗をかいたのか髪をかきあげる仕草がとても様になっていた。
「これから横島君の様子を見に定期的にお邪魔することになったの。だから、次から道場が終わったら待ってなさいよ?」
笑った令子さんの後ろに何故か般若が見えた気がした。