「よこしまーッ!!!!!」
式神に吹き飛ばされ、宙を舞った横島君を見つけて私は絶叫した。
「そこをどけー!!!」
私は今までにないほど焦っていた。
式神に向かって破魔札を投げつけるも、焼け石に水。
興奮状態にある十二支の式神にはあまりダメージは与えられず、怯ますのが精一杯だった。
むしろ逆にカウンターをこちらが貰いそうになって私は地面を這うように転がって避けた。
「チビの癖に!私を庇って勝手に囮にまでなって!!!」
──────死んだら絶対許さないッ!!!
横島君が落とした神通棍を拾って構える。
神通棍にパワーが集束されていくのを感じ、私は地を蹴り敵の懐に入り込むとそれを降り下ろした。
「いつまで寝てんの!目を覚ましなさい!横島───ッ!!」
意識が飛びかけた。
令子さんの声だけがいやにはっきり聞こえて俺は戻ってきた。
突然俺を庇うように現れた小さなヒーロー。
十二支は一瞬だけ警戒するも、構わず俺と琥珀に向かって攻撃を仕掛けてきた。
だけど、こんな状況なのに不思議と俺は落ち着いていた。
欠けていた何かが戻ってきてホッとしている。
そんな感じだ。
ずるずると背中を木に預けて立ち上がる。
「頼むぞ、琥珀!」
真っ白な毛並みが逆立ち、琥珀の額に真っ赤な梅の花のような紋様が浮かび上がる。
琥珀が光り、風が凪いだ瞬間────十二支が吹き飛んだ。
しなやかなチーターのような体躯、尾は二つに分かれ首の回りはしめ縄と鈴が巻かれていた。
小さな白猫だったはずの琥珀は今やトラック並みにでかい。
「ギャ────────!!!!」
ぼふんと音をたててかき消える。
ここからは琥珀の蹂躙モードだった。
噛みつき、踏みつけ、尾で吹き飛ばし、ダメージを受け力を失った彼らを術者の影へとどんどん戻していった。
俺の苦労って。
「あはは、すげー」
さすがだな。
今まで感じていただるさが嘘のように消えた。
いつの間にか体にまで負担になっていた過剰な俺の霊力を吸い上げる。
その度に強くなる琥珀。
本当に俺にはうってつけの相棒だ。
だけど…─────。
「お前と俺、どこで会ったんだっけ?」
気が遠くなるほど昔に。
あの祠で出会うよりも前に。
それが頭痛と共に、霞がかっていてどうしても思い出せない。
──────何かに焦がれるように胸が苦しくなる。
「横島君!」
俺を抱き締める体温と香りに驚いて、思考の海から戻った俺は、ぼろぼろな令子さんを見つけた。
「令子さん怪我を!!?」
「こんなのかすり傷よ」
「にゃー」
いつの間にやら琥珀は仔猫の姿に戻って、令子さんの肩にいた。
「お互いGSとしてパワーアップしたみたいよ」
そう笑った令子さんの手には神通棍。
助けたお礼にこれちょーだいと笑った令子さんにドキッとしたのは、気のせいでは無さそうだった。
その神通棍、唐巣先生のとこから掻っ払ってきたやつっすという台詞はそっと飲み込んだ。
「どおりで、可笑しいとおもったわ…」
「だってぇー、あのとき見ていてあれが一番手っ取り早そうだったんですものぉ」
理事長は瓦礫で出来たたんこぶを氷の入った水袋で冷やしながら、半泣きだった。
薬品の香り漂う保健室。
保健室の先生の代わりに、医者と看護師が居たのには驚いた。
さすがに規模が違うな。
「それにしても、些か乱暴過ぎたのでは?」
頭に包帯。
左頬にでっかいガーゼを張られ、丸眼鏡にヒビが入った唐巣先生が苦言を呈した。
咄嗟に受け身をとったものの、こちらは肋骨にヒビが入っていた。
喋るのも痛そうだ。
「時には荒療治も必要と思ったのよぉー」
まさか冥子があのタイミングであの廊下にいたなんてぇ!
絶対近づかないように言っておいたのよぉ!
「でも、私のせいねぇ。たーくんも令子ちゃんもよぉくうちの子達相手に頑張ったわ。ごめんなさい、止めてくれてありがとうぉ」
とうとう大号泣し始めてしまった理事長に、俺と令子さんは苦い笑いしか出なかった。
幸い俺たちはかすり傷程度で済み、この中で一番の重傷者は唐巣先生だった。
俺の霊力に干渉したのは実は理事長だった。
式神使い特有の主従を繋ぐ糸を俺に見つけそれを引っ張ろうとして失敗した結果があれだった。
まぁ、その糸も髪の毛よりもっと薄く微弱なものだったらしいから見つけた理事長はすごいと思うが、まずは相談くらいして欲しかった。
未だに冥子さんは目を回していてカーテンの向こう側にあるベッドで横になっていて、自分たちの式神が暴走した生徒も軽傷で済んだのが不幸中の幸いか。
「それにしても横島君には驚かされてばかりだな…まさか神獣と主従の縁を結ぶなんて」
渇いた笑いが漏れた。
「にゃーん」
その言葉に琥珀は胸を張った。
しかし神を主とする神獣が、ただ霊力の高いだけの子供を助けて主とするなんて。
理事長と唐巣は目が合うと頷いた。
外はオレンジで染まっていた。
もう一時間もせずに日が暮れる。
帰宅のため六道学院の正門まで見送られた俺たち三人は、今回の騒動のお詫びもかねて、リムジンを用意された。
「たぁくん、琥珀ちゃんも仲良くねぇ。困ったらまたいらっしゃいな」
「ありがとうございます!」
「にゃー」
すでにリムジンに乗り込んだ唐巣先生、腕を組んで少し不機嫌そうな令子さん。
お待たせしましたと言って乗り込めばリムジンは動き出した。
手を降り見送った車が角を曲がり、完全に見えなくなったあと理事長はため息を深くついた。
「でもぉ、本当に理事長室に隣接していたのが高等部だけで良かったわぁ。
これで中等部や初等部まで近くにあったらぁ、……私の代で学院がなくなってたわねぇ」
ぼこぼこに土を抉られた校庭、人成らざるものに蹂躙された花壇の草木。
吹き飛んだ校舎の壁や窓。
「明日がお休みでよかったわぁ」
そう呟いて理事長は自身の娘のお仕置きに乗り出した。