ホント、悪魔を惹き付ける何かがあるとしか思えん兄妹なのだった。
兵藤怜はげんなりとしていた。
ここ最近、兄が幼い頃にちょっと馬が合って遊んでいた男勝りな女の子と、聞いた事もない外国人と思われる名前を自分とアーシアを見て呼んだというのもあるが、それよりも一番うんざりしていたのがあった。
「きょ、今日もある……」
「何がだ?」
「な、何でも無いよお兄ちゃん……あははは」
「あ、そう……」
毎日毎日、何時入れたのかも分からない手紙が下駄箱に仕込まれ、ご丁寧に人間界の日本語で書かれた手紙の封筒の裏を見れば、宛名にはこう書かれてるのだ。
『ライザー・フェニックス』
と。
この名前が何なのか、そして何者なのかはレンにも分かってる。
そう、ついこの前グレイフィアというメイドの悪魔から聞いたリアスの元婚約者の名前だ。
「な、何なのよもぅ……」
リアスの口からライザーとの婚約が無かった事になったのは聞かされたので知ってる。
だがその代わりにどういう訳かライザーは毎日毎日自分に手紙を寄越してくるのだ。
しかも中身は頬がひきつる程の口説き文句の羅列で、決まってオチは『俺の眷属になってくれ』で締められる、なんかもう読んでられない手紙であり、ハッキリ言ってしまえば止めて欲しくて堪らない。
「何かしたっけな私……」
余程ライザーにとって自分が嵌まってしまったらしいが、レンにしてみれば何故そんな事になったのかがサッパリわからないし、またこの事をイッセーに相談するのも憚れる。
何せイッセーの事だ、まず間違いなく知ったらライザーを殺しに行くに決まってる。
好き好んで大好きなイッセーを殺人者にしたくないからこそ、こっそりリアスに頼んで止めて貰う様に説得させるのだけど、どうも効果がなさそうだ。
「あ、おはよう兵藤さん。その、偶然だね」
「あぁ、木場君……そうだね、偶然だね」
そしてもう一つの困り事が、この木場祐斗だった。
日を追う毎に偶然と嘯いて休み時間等に現れ、それを見たイッセーに相当手加減した蹴りで追い払われるのだけど、学園内では有名である彼がレンに只ならぬ想いを持っているというのは最早行動でバレバレな訳で……。
「ディフェェェンス!!」
「野郎共! 木場の野郎からレンちゃまを守るぞぉっ!!」
『うぉぉぉっ!!!』
「な、何だよまたキミ達か! どいてくれ、僕は兵藤さんに……!」
「うるせーイケメン野郎! 只でさえモテてムカつくお前にレンちゃままで取られて堪るか!!」
「そうだそうだ!」
実は地味に受けが良い男子共が妨害するのも必然的な話だった。
「いつの間に木場君がレンに……」
「一体何があったのよ?」
「私に聞かれても困るというか……何であんなに寄ってくるんだろうね?」
「…………。レン、アンタそれ本気で言ってるの?」
「へ? うん、そうだけど?」
「「………」」
だがその中心であるレンには木場の行動の真意がわかってないらしく、クラスメートの女子の呆れた顔にはてと首を傾げる。
「アンタさ、恋愛ってわかるわよね?」
「そんなに私って子供っぽく見えるの? 普通に知ってるけど?」
「じゃあ恋はしたことあるの?」
「あるに決まってるじゃん」
「相手は?」
「イッセーお兄ちゃん」
「「……」」
そうだった、この半合法ロリ手前は従兄弟のイッセーにベッタリだったと、クラスメートの女子は即答でイッセーの名前を出すレンにあきれる。
二大お姉様やらマスコットと比べたら影に隠れがちだが、レンもレンでそれなりに美少女ではある。
だがそこを自覚せず、何かにつけて従兄弟であるらしいイッセーをお兄ちゃんと呼んでしょっちゅうひっついてる兄離れが全然出来てないお子さま。
そのイッセーも自分の席でボーッと天井の蛍光灯を眺めてる訳だが、あんな何を考えてるのかわからん奴の何がそんなに良いのか、少なくともこの二人の女子にはわからなかった。
「他のクラスの子の中には兵藤がかっこいいと言う子も居るには居るけど……」
「息が詰まりそうにならないの? 全然喋らないじゃないアイツ」
「普通に喋るよお兄ちゃんは?」
間違えたフリをして、イッセーのジャージの予備を体育の時間に来て幸せそうにしてる姿といい、どこでもベッタリな所といい、レンもレンで変人というのは周知の事実だとしても、常人にはその趣味が理解できないものだった。
ぶっちゃけ正直、レイヴェル・フェニックスはかなり気が進まない。
というのも遡ることほんの数日前、あれだけリアス・グレモリーとの婚約にテンション上がっていた兄のライザーが突如自らグレモリー家に赴き、『話し合った結果、私の様な未熟者ではリアスとは釣り合えません、ですので大変申し訳ありませんが私は辞退させて頂きたいと思います』などと宣い、一時は頭でも打ったのかと誰もが心配したのだが、何故そんな真似をしたのかを知った時はレイヴェルも呆れる他無かった。
「まったく、お兄様も何故人間の女なんかに……」
『リアスの通う人間界の学校で見聞を広めて来い』
等と尤もらしい事を兄のライザーに言われ、気の進まない人間界での学園生活を『転校』という形で果たし、リアスの所の戦車だかと同じクラスとなったレイヴェル・フェニックスは、周りにその恵まれた容姿を褒め称えられても全くもって嬉しく思う事無く、寧ろため息を漏らしながら、二年の教室がある廊下を歩いていた。
「それに何故私がこんな事を……」
その理由はライザーが花束やら送ったり手紙を書いたりする人間の女の様子の確認と報告、そしてその人間の女の兄らしき男に取り入る事だった。
これもライザーの作戦なのだが、どうやらレンを手にする前に立ちはだかる最強無敵の要塞を何とかすべきと考え、歳も近く異性であるレイヴェルを派遣したのだが、レイヴェルからしてみればまだ転校して二日しか経って無いし、何よりその男の顔すら見たこと無いのに、仲良くなれと言われても気なんて進むわけも無い。
ましてや単なる人間の男なぞ、レイヴェルにとっては廊下を歩く自分に下劣な視線を向けてくる連中と同じで寧ろ良いイメージなぞありゃしないのだ。
「ひょ、兵藤さんっ! 良かったら今度の課外学習、一緒のグループに――」
「クラスが違うじゃん…」
「邪魔だこのカス野郎」
「げふっ!?」
「あれは確かリアス・グレモリー様の騎士さん? 何をしてるのかしら……?」
そんな気の進まない気分だけど、命令だから仕方なくやるだけやろうと二年生の、例の兄妹が所属する教室の近くまでやって来たレイヴェルの目に飛び込んできたのは、扉を破壊する勢いで教室から降っとんで廊下の壁にしこたま背中を打ち付けて崩れ落ちるリアスの騎士の情けない姿と、能面みたいな顔でのそっと出てきて指をバキバキ鳴らしてる茶髪の男と、例の兄がお熱になってる自分よりもひょっとして小さいのでは? と思ってしまう少女。
どうやら何かがあってリアスの騎士は蹴り飛ばされたらしいが、レイヴェルの顔に驚きの色は無い。
何せ事前にライザーから妹の方の情報と共に、少なくとも有象無象の人間風情とは少し違うというのを聞かされていたからだ。
寧ろリアスの騎士ともあろうものが何と情けないんだとレイヴェルはため息しか出てこない。
「またやってるよ木場君……」
「兵藤さんが羨ましいけど、兵藤君が居るんじゃ無理よねぇ……」
なるほど、近くで様子を眺めていた女子曰く、あの騎士殿もあの女性にお熱らしい……と、ライザーから渡された情報と照らし合わせ、何がそんなに良いのかよくわからない気持ちのまま、取り敢えず今日の所は名前だけでも覚えて貰おうと、ゲジゲジといじめっ子みたいに蹲ってる木場を足蹴りにしてるイッセーとそれを止めようとしてるレンに近寄っていくレイヴェル。
「あのー……お取り込み中の所失礼します」
「あ?」
「……? 誰……というかすっごい可愛い子……」
「げほげほ……ぅ、あ、アナタは確か……」
「何があってそうなったのかは存じませんが、ご挨拶に伺いました。
二日前に一学年に転入しましたレイヴェル・フェニックスですわ。その、ライザー・フェニックスという名前をお耳に入れてるかと思いますが、その妹です」
「ライザー……!? っ!? うそ!? あの人にこんな可愛らしい妹さんがいたんだ!? 驚き……」
「……………」
「くっ……自分が入れないからって妹を使うなんて……」
落ち度無し、無礼も無い、しかし機械的な口上と共にお辞儀をしながら挨拶をするレイヴェルに、妹が居ることに驚いて目を見開くレンと、どこか悔しげな木場は、ハッとしながらイッセーを見る。
「…………」
(あ、機嫌が最悪になってる顔)
(僕たちが地雷を踏んだ時の顔になってる……)
案の定イッセーは不機嫌丸出しの顔だった。
だがそんな不機嫌な様子とは裏腹にイッセーは内心こう考えていた。
(この時期は確かまだカス共の玩具にされていた記憶だが、こんなナマケモノは見たことすら無い。
前の時にも居たんだろうが、如何せん皆殺しにした生ゴミなぞ一々覚えてないのだけど、少なくともこんなガキが転校という名の小狡い裏口入学をしてきた覚えは無い……やはりタイム・パラドックスの弊害か?)
縦ドリルで金髪で碧眼の悪魔なんて見た覚えも無いイッセーは、自分が奴隷にさせられてない道へと突き進んだ事によるタイム・パラドックスなのかと考える。
が、考えたのはそこまでであり、所詮目の前のこれがなんだろうと悪魔な時点でカスの烙印を押すだけだ。
「えーっと、フェニックスさんだよね? 木場君に用でもあった?」
「いえ、特にそこの騎士さんに用なんてありませんわ。
私はただお二人に簡単な御挨拶をしに来ただけです。
ほら、お分かりの通り、最近うちの兄がご迷惑を掛けてますので……」
「迷惑だと? どいう事だ」
「? あら、お兄様はご存じありませんでしたの? 我が兄のライザーがそちらの兵藤レ――」
「わーっ! わーっ!!! ちょーっとこっち来てくれるかなフェニックスさんや!」
眉をひそめるイッセーにレイヴェルがはてと首を傾げながら、ライザーがレンに恋文だのなんだのを毎日送りつけてる事だと話そうとした途端、バレたら悪魔さんが大変な事になると焦ったレンがほぼ飛び掛かる様にしてレイヴェルの口を塞ぐと、そのまま木場とイッセーを残して数メートル程レイヴェルを連れて離れる。
「あ、あの人がやってることお兄ちゃん知らないんだ。
知られたらキミのお兄さんが死んじゃうからさ……」
「はぁ……だからその話は伏せて欲しいと?」
「ま、まあそういう事、お兄ちゃんを殺人者にはしたくないから……」
彼が兄を殺せるとは思えない……という疑問は胸の内に留め、取り敢えずレンの言うとおりライザーの話は伏せる事にしたレイヴェルは、レンと共にさっき以上に不機嫌になってるイッセーと、ついでに騎士の所へ戻る。
「何を話してたんだよ?」
「えーっと、おっぱいが大きいからちょっと触診させて欲しいなって話を……」
「……! 兵藤さんの方が大きいと僕は思う――たわばっ!?」
「………」
不審がるイッセーに適当な事を話して誤魔化すレンに合わせる為に敢えて黙るレイヴェルは、ボソッと呟く木場に思いきり蹴りを叩き込むイッセーを見て、野蛮な殿方ねと思う。
「………………。そういう事に今はしてやるが、結局それは何の用なんだ? 早く消えろと思うのだがね」
「…………。特に用なんてありませんわ。ただのご挨拶ですし」
レイヴェルにたいして明らかにゴミを見る様な見下した台詞を吐くイッセーに顔を顰めながらレイヴェルは答える。
こんな男に取り入って兄の為に動かないとならないなんてハッキリ言って嫌な仕事だとレイヴェルは思う。
だがレイヴェルは少しばかり世間知らずというか、人間を知らないというか、周囲に大事にされた箱入り娘だった。
それこそこんな輩と仲の良い友人のフリをするなんて嫌だと思ってたし、ましてや兄の趣味の悪さも理解できなかった。
「じゃあ消えろドカス」
「…………。こんな事を言うのは失礼かもしれませんが、アナタはもう少し言葉遣いを正すべきではありませんこと? 聞けばリアス・グレモリー様にも同じような態度らしいですが、私とてフェニックス――」
だからレイヴェルは一言だけ文句を言って今日のところはとっとと退散しようとしたその時だった。
レイヴェルの頬を何かが掠めると同時に、圧縮された強烈な突風が全身を襲い掛かった。
「ぐぇ!?」
そしてその風圧に身体は吹き飛び、まるで木場が蹴り飛ばされた様に廊下の壁に背中から打ち付けると、潰れた蛙の様な声を出してしまう。
「けほっ! な、何ですか今の―――――うっ!?」
何かが起きて自分は今壁に叩きつけられた事は理解出きるが、それが何故なのかまでは理解できなかったレイヴェルは木場みたいに噎せながら視線を上げ息を飲んでしまう。
「クズがぁ……」
某伝説の超野菜人みたいなトーンで自分をクズ呼ばわりするイッセーが、まるで自分を虫けらを見る様な目を向けて見下ろしている。
「言い方だと? 何でゴミ相手に言葉を選ばないといけないのか逆に問いたいなオイ。
フェニックス? 知らねーなそんな虫けらの名前なんぞ、所詮同じゴミに変わりないだろ? え? 死ぬか?」
「い、いや………そ、その……」
その全てを見下す目を見てレイヴェルは今更になってリアスと、同じクラスになった白髪の猫戦車の忠告を軽く受け止めていたと後悔する。
人間風情のただの男が、我等悪魔を殺したいくらい嫌っていて、兄のライザーを何かの理由があって一方的に半殺しにした事を。
「お、おい兵藤! 女の子に何をして――」
「あ゛あ゛ん?」
「―――――いえ、何でもありません!」
勇気ある男子がイッセーを止めようと、そして願わくばレイヴェルとお近づきになろうと絡むが、一瞬にして封殺されて縮こまる様に退散するのを鼻を鳴らして見送ったイッセーは、再びビクビクしているレイヴェルを見下ろす。
「レンに頼まれからとて、意味無くぶっ殺さないと思ってるみたいだが、あんまチョーシくれてっと"挽き肉"にしちまうよ?」
!
そして逆に恐怖しか感じない無垢な笑顔でそう言うと、怒るレンを連れてさっさと行ってしまった。
「………」
「あ、あぁ……今日も兵藤さんを誘えなかった……。
あの、大丈夫かい?」
「…………ええ、私は別に」
元ソロモン72柱であるフェニックス家の子女であるが故、そこら辺の者から頭を垂れられる事が当たり前だったレイヴェルにとって屈辱以外の何物でも無い真似をされたんだろう……と考えた木場がレンが行ってしまったのを残念に思いながらレイヴェルに話しかける。
レイヴェルはそんな木場に気の抜けた返答をしながら、小さくなっていくイッセーの背中を見つめて、当然徐々に怒りが沸いてくる―――
「な、なんて粗暴な……。この私にあんな口の聞き方をするし、野獣の様な眼差しまで……」
「………? フェニックスさん?」
「何たる無礼……! こんな屈辱は生まれて初めてですわ……!」
「ええっと……僕の話聞いてる?」
「それなのにこの胸の高鳴りは一体……! あの口汚い言葉遣いを思い返すと全身を駆け巡る熱は一体……!?」
筈で、当初こそ屈辱に顔を歪めていたレイヴェル。
しかしどういう訳か徐々にその表情は変化していき……。
「兵藤……イッセー様……」
「…………は!?」
「「「「「「はぁぁっ!?!?」」」」」
その頬は朱を帯び、挙げ句の果てに呼び方がどう聞いてもネガティブじゃない事に、隣で聞いてた木場も、レイヴェルを気の毒にと思っていたギャラリー達の声が一斉に驚愕という意味でシンクロした。
「なるほどなるほど……ふふ、お兄様が何故リアス様との婚約を打ち消してまで彼女に拘り出したのか今やっと理解できましたわ。
ふふふ、妹様の方は違うのかもしれないけど、あのお方は確かに良いかもしれない……。
あの私を虫けらみたいに見下す瞳……野獣の様に私に乱暴してくれそうな腕……ふふふ……」
レイヴェル・フェニックスは逆にぶち堕ちた。
兄の様にチョロく、呆気なく……あぁ、兄妹だなと納得してしまうくらい簡単に。
「感謝しますお兄様、そして気が進まないというのは前言撤回させて貰いますわ。
そして是非あの粗暴な口調で罵られ、野獣の様な眼光で睨まれ、願わくば私を虫けらの様にめっちゃくちゃに……なーんて!」
かつての頃は問答無用で殺しまくったせいでありえなかった道筋がひとつ出来上がってしまう。
補足
兄ちゃんに頼まれ、当初レンとついでにイッセーと仲良しなって外堀を埋めようとレイヴェルたまを派遣したライザーさん。
ある意味成功というか、大失敗というか……。
その2
結果、あぁ、兄妹なんだなー的な。
その3
小猫たん知ったら『え、私は!?』となりかねない。
その4
ライザーさん結構マジになりかけてる。
なんせ権力に頼らない、悪魔をひけらかさないでひたすら、中身はアレながらの恋文をせっせと書いたり、お家に花束送ったりしてて、正直言うとリアスは――
『婚約の話は何とかなったのに、世間じゃ私は振られたみたいな話になるし、納得できないのだけど』
と、解せない気持ちでいっぱいだった。