電車の中でつらつらと本のページをめくる。
月一の自分の住んでいる県境の街から県境を越えて隣の県の県庁所在地への遠征。
なぜなら、自分の住んでいる県の県庁所在地より隣の県の県庁所在地の方がアクセスが良いからで、俺が住んでいるのはそんな、なんと言うことも無いちょっと不便な街だ。
とはいえ、隣県にまで行くのは高校生である自分には気軽に出来ない事だ。
俺の名前は雲井道夫、最近新型の格闘ゲームに熱を上げている、どこにでもいる学生だ。
悲しいかなウチの街のゲーセンにはそのゲーム機はまだ置かれていない。
そういうわけであまり集中していない読書と海を眺めながら電車に揺られてゲームをしにいくのだ。
ゲームぐらいで、と思うかも知れないが、この格闘ゲームーヴァーチャル・アーツーはひと味違う。
基本的な使用キャラもさることながら携帯端末にダウンロードしたアプリで自分の使用キャラクターを自分好みに編集できるのだ。
体格、利き手、手足のリーチ、もちろん外見だって編集できる。
格闘モーションもボクシングや空手はもちろん、武器を使うなら現代剣道から古流西洋剣術、はたまた古代の剣闘士まで様々な編集が可能なのだ。
これだけで一日で足りない、というほどにキャラメイクをこることが出来るのだ。
対戦相手は対人はもちろん、ローマのコロッセオよろしく対巨獣やモンスター、船上戦だってできるのだ。
最大の特徴は脳波コントロール、バイクのヘルメットの様なインターフェースをかぶることによってまるで自分の体のように画面のキャラクターを動かすことが出来る。
歩くイメージだけで画面のキャラクターが本当に歩くのを見た時の感動はちょっとしたものだ、初めて操作した時はすぐコケてしまったが、慣れるとちょっとした曲芸のような動きだって可能だ。
それを使ってやる格闘ゲームなので武道経験なんかがかなり役立つ。
俺は小学校の頃は空手、中学から合気道、とそこそこ珍しい経歴で、空手の武器術や、合気道の絡みで杖や木刀も振るぐらいなら出来た。
田舎の数少ないありがたみとして中々庭が広いのもあって、自宅で素振りするのにも特に問題は無かった。
空手の武具のサイやヌンチャク、トンファーなんかも、あるにはあるけど、もちろん対人で使うことなんかできない。
だが、このゲームの中であれば思う存分、練習したけど人様相手に使えないような技が使えるのだ。
かつて格闘技をやっていた人にもかなりこのゲームは人気らしい。
仕事をしていると骨折したり、顔面がボコボコに腫れ上がるようなガチのスパーリングができなくなっていくらしく、どうしても厚い防具を着た上でのゆるいルールで仲間内のじゃれ合いのものしか出来なくなっていくらしい。
だから、後先考えず殴る蹴る折るが思う存分出来るこのゲームは楽しいらしい。
電車のアナウンスが目的地に着いたことを知らせたのでとんとん、と今まで書けていたARグラスのつるをたたくと今まで目を通していた本にトレースするように映されていた文字が消失し、ただの白紙の本が目に映る。
タッチパネルの電子書籍も楽ではあるが、本をめくっている感覚が欲しい派は自分のような読書用の何も書いていない本とARグラスを持ち歩いているものもいる。
指定すれば窓ガラスや机だって本にできるから結構人気だ。
さてさて、と小さなショルダーを掛けて街を歩く。
一昔前はタッチパネルの携帯端末が主流であったが、脳波コントロールが実用化され、ネックレスやイヤーカフ型の機器で脳波を受信して多くの機械が直感的に動かせるようになってきた。
今はまだまだできたての技術だから、これからできることはもっともっと広がっていくのかも知れない。
このゲームだって現状出来るのは一対一の格闘ゲーム形式かタッグでコンピューターが動かす敵と戦うコンビ制がようやくゲームとして出来るレベルで大多数の合戦とかはまだまだ無理だ。
駅を降りて小春日和の中をつらつらとお目当てのゲーセンに向かう。
ふ、と目に入るのはなんと言うことは無い駅の看板広告だ。
金髪の女性がカジュアルな格好で「さあ、出かけよう」といった感じのもので、ブランド名的に春物衣料の広告なのだろう。
(先生の方が美人だなぁ)
若者特有の無遠慮な格付けを思い浮かべながら、自分の学校の英語教師の姿を思い浮かべる。
エレナ・アーキン。
米国生まれの米国育ちで、日本に留学してきてそのまま日本で就職してしまったという経歴の持ち主だ。
カワイイとキレイがカワイイよりでハイエンドに纏まった、理想の金髪碧眼美少女をちょっと大人のお姉さんにしたらこうなる、というような妄想を具現化した、おおよそなんでこんな片田舎の高校に、というような女性だ。
外見だけで無く、温和で人当たりの良い人柄は心のオアシスだし、授業も面白くもわかりやすい。
ウチの学年がぬきんでて英語の成績が良いのもエレナ先生のおかげであろう。
去年の体育祭で科目別教員対抗コスプレリレーで大活躍したナース服姿は彼のスマホの動画フォルダにしっかり保存されており、大切な目の保養で有り心の滋養だ。
そんなことを考えているウチに目的のゲームセンターである“サイバー・スパイダー・ウェブ”にたどり着いた。
店の前のクレーンゲーム等を通り抜けて、一番奥にある筐体へ向かう。
カプセル型のゲームしている姿を見られないタイプだ。
スマートフォンに表示したIDバーコードを読み取ってもらう。こうすればあらかじめ作ってきたキャラクターの設定ですぐにプレイできるし、対戦内容も録画保存ができるからだ。
他の人も使う物だし、汗で蒸れるので剣道部が面をする時のようにタオルを頭に巻いてからヘルメット型のインターフェイスを頭にかぶる。
これ自体が脳波コントローラーでもあり、後は指一本動かさないでゲーム終了まで操作することが出来る。
今回のために格闘用、武器戦闘用の二つのキャラを作ってきた。
一つはある意味慣れ親しんだ空手着の自分……をもう少し身長、リーチ、ルックス等々上方修正したものだ。
もう一つは使い古されたような、見る人が見れば俊敏性重視、中途半端な長さの剣に腕にくくりつけたラウンドシールドの軽戦士型の空手ベースのラフなオフェンシブスタイルを活かしやすい出で立ちだ。
《こんにちはー》
どちらを使うかなぁ、と考えていると他のカプセルに誰かが入ったようでカプセルの閉まる機械音の少し後にメッセージチャットが入れられ、画面の左下に表示される。
このゲームでは基本的にマイクが拾った声を文章変換して送るようになる。
中年男性がローティーンの美少女キャラでなりきりプレイする時など、地の声ナシでコミュニケーションをとれた方が自分も相手も対戦に集中できるというのが理由だろう、という認識がプレイヤー達の間では半ば公式見解のようなものがある。
《こんにちはー》
そういうわけで道夫も挨拶を返す。
たとえ殴り合いをしてその後会うことは無いような間柄とはいえ挨拶を返さないのは失礼だからだ。
《もしよろしければ対戦しませんか? 武器戦で通常視点、フィールドランダムでどうでしょう?》
武器戦はそのまま武器を持ったキャラクター同士の対戦、通常視点というのは眼球で見るとおりの視点での戦いだ。
ヴァーチャルアーツはこの通常視点以外にもキャラクターを後ろから俯瞰するような視点があり、自分も相手も見渡しながら戦うことの出来る視点、いわゆる格闘ゲーム視点だ。
どちらも長短があるが、より俊敏で臨場感があるのは通常視点でスポーツ経験者達の支持が高い。
フィールドについては道場フィールド、路地裏フィールド、船上フィールド等、様々な対戦ステージがある。
船から落ちたところを刺されて溺死、というのも負け方としてあるのでこのフィールドで戦いたいとか、このフィールドだけはダメというプレイヤーは多い。
そこをランダムで、と言う辺り自分の対応力にそれなり以上の自信があるのだろう。
《いいですよー、武器サイズはロングソード位でいいですか?》
武器のサイズはよほどの腕前に差が無ければ同じ長さじゃないと勝負にならない。
剣道歴が十年以上ある人でも得物がナイフであれば槍に習熟していなくても槍を持った多少格闘経験のある者に向かい合って勝つのは難しい、そういうものだ。
《わかりました! よろしくお願いします》
《よろしくお願いします》
ネット対戦でもするか、と考えていたが店内対戦は対戦後に少し挨拶したり、武道経験者であったらゲーム後に意見交換したりもできる。
よっぽど相手を愚弄するような勝ち方をして煽って喧嘩沙汰に……というのもなくはないが、そういったアクシデントはそうそうおきるものでもない。
とりあえず最初は様子見、とエディットしてきたままの鎧姿でフィールドに降り立つ。
場所はコロッセオ、踏み固められた地面に広々とした円形の石壁で囲まれたリング、一番シンプルで、それゆえに実力が問われる場所だ。
今居るのは闘技場に至る通路、相手も反対側から同じように歩いて闘技場に向かうのだろう。
脳波コントローラーの具合を確かめるように手を握りしめたり、とんだり跳ねたり、ここで不調があればタイムを掛けられる。
特に問題ないようなのでOKの指示を飛ばすと相手のOK待ちになる。
相手も問題は無かったようで、カウントが始まる。
さあて、一月ぶりの実戦だ。
ぺろり、と唇を舐める。
ゆっくり、自分の頭を戦闘モードに上げながら闘技場に入り。
騎士の格好をした先生が居た。
《え、ちょ》
エレナ先生そっくりそのままの顔立ちと身長のアバターがそこにいた。
身にまとうのは勇ましさと麗しさを兼ね備えたプレートメイルで手にはロングソードと盾がある。
その姿に、思わず声が漏れた。
《どうかしました?》
《……あー、なんでもないっす、大丈夫です》
いや、まぁ偶然だろう。
自分でも思ったことだが、カワイイ金髪の美女美少女を形にするとエレナ先生になる。
見れば凜として一戦交えるぞ、とした切れ味のある表情は学校のエレナ先生ではどこをどうひっくり返してもでてこないだろう。
もしかしたら同じ学校のヤツかもしれない、もしそうだったらそれをネタにいじってやろう、と考えて気持ちを切り替える。
《よろしくお願いします》
《よろしくお願いします》
カンッと合図が鳴った。
相手はいきなり攻めかかってきた。
盾を高めに構えての鋭い残撃。
一つ二つ受け止めて、経験者の脳波操作だな、とあたりをつける。
このゲームはなにも武術家以外おことわり、という敷居の高いものでは無い、むしろそんなゲームだと商売としてそうそう成立しない。
故に、幾つかの攻撃パターンは格闘ゲームのようにコントロールパットを使って手入力することができる。
これで格闘技を脳波コントローラーで使うプレーヤーと技コマンド入力の格闘ゲームプレイヤーが同じ土俵で戦うことが出来るのだ。
とはいえ、元々設定されている攻撃モーションなので、クセ、というか演舞の教本をみるような作り物臭さというのはどうしてもある。
道夫は数合相手とやり合って、自分と同じような何らかの武道経験者である、と目星を付けたのだ。
日本で武器を使って対戦する武道というと剣道やなぎなたがメジャー所、あとは剣や盾等の様々な武器をもってやる甲冑チャンバラのヘビィファイトなんかもある。
ヘビィファイトかな、と道夫は当たりを付ける。
盾の使い方が活きている、一回ヘビィファイトをさせてもらったことがあるから、その熟練度は自分の遙か上だと分かる。
剣道やなぎなたはそのあたり盾を使った動きというのは無い。
面白い相手だ。
そうして、ガン、と盾を押しつけられて、そこからは急転直下で負けた。
盾で押さえ込まれた上での足切り、崩れる体、さらに容赦ない股間切り上げでデッドエンド
《ありがとうございましたー! もう一戦やります?》
《ありがとうございました……はいっ、やらせてください》
負けたが、負けてられるか、そう思い、道夫はコインを投じた。
首を跳ねられる
袈裟懸け切り両断
盾を捨てたと思ったら、武器を右手から左手に投げての変則斬りで気づけば手首が飛んでいた
目玉を閃光のように刺される
つばぜり合いからの蹴倒されて転んでいるところを踏み殺される
剣を巻き上げて飛ばされてからの貫き胴
バックステップされ、追いすがろうとしたらいつの間にか投じられた剣が喉を貫く
足を切られて、水に落とされての溺死
一方的な蹂躙であった
《す、すみません、よかったら格闘戦にしませんか?》
《わかりました!》
あこがれの先生の姿に自分が為す術もなく何度も殺されるのは、何か目覚めてはいけないようなものがありそうで、おそるおそる格闘戦を願い出る。
空手も合気道もそれなりにやっていた、これなら、先ほどまでのような醜態はさらさないだろう。
そう心に決め、己の格闘用アバターを選んだ。
そしてタンクトップと短パンのエレナ先生に無慈悲なまでのムエタイとブラジリアン柔術で蹂躙されることとなった。
「あぁ……っっあぁ、負けた負けた」
このゲームは敗者の方が先にカプセルが開く。
勝者はランクがあがったり、勝ち星で何かアイテムがもらえたり、そういことがあって、自然敗者側の方が先にカプセルが開き、勝者と対面したくないのであればそのまま去ることも出来る。
だが、道夫はそのまま帰る気など毛頭無かった。
あれほどの凄腕の達人である、どこで何を習ったのか、どんなトレーニングをしているのか、ちょっとぐらい相手がよければ話をしたい、そう思ったのだ。
道夫だけでなく、このゲームを通じて他の武道などの競技者と親交を持つというのはままあることだ。
それだけでなく、なぜあのアバターにしたのか、それも道夫は知りたかった。
ヘビィファイト経験者であんな猛烈な戦い方をするのだ、身長180m超えの厳ついムキムキのヘビィ級だったりするかもしれない。
別にその外見のままでもよかろうに、わざわざリーチに劣るエレナ先生のような小柄な女性アバターなんかを使って不利な戦いをするのは、よほど自分の腕に自信があるのだろうか。
そう考えながていると、カプセルが開き、人が出てきた。
先生だった。
先生が、達人だった。
「すみまっ、えっ、あ、え?」
もともと用意していたセリフがバグをおこし、挙動不審になる自分。
「………雲井君? あっ……」
何かを察したっように口に手を当てる先生。
衝撃の事実に俺は膝から崩れ落ちた。
カジュアルな格好で「さあ、出かけよう」といった感じの先生だった。
やっぱり、あの看板広告のモデルなんかよりも、美人でかわいかった。
「アメリカでやってたのよ、ヘビィファイトとかムエタイとか。こっち来てからは柔術なんだけど」
恥ずかしそうに武器をスイングする先生はもう目の前に居るのに現実感が無いほどかわいかった。
そんな先生は俺が問題にならないくらいのリーサルウェポンだった、知られざる事実である。
「帰る交通費はある? 無いなら送ってくけど」
「い、いえ、大丈夫です」
流石に英語教師でフルコンの大会に出たりはできなくてねー、と朗らかに言うエレナ先生はいつもの学校のエレナ先生だった。
「一杯コンテニューさせちゃったわよね? ここは先生のおごりだから、ね?」
そういたずらっぽくウインクする先生は、いつもよりもっとかわいかった。
「エレナ先生ってあれだよな、抱きつくぐらいなら許してくれそうだよなー」
「………はは、そうだといいな……」
同級生の知らぬが仏というほか無い妄言に乾いた笑みと共にそう返すほかしかない。
後ろを取った、と思った瞬間、居合い切りのような神速の投げ、映像のコマが飛んだように気付けば首が折れる角度で地面に墜落させられ、そこへさらに鉄の鞭のような死体蹴りを見舞われたのは記憶に新しい。
「んだよ、ノリわりーなー、おっ、エレナ先生だ、かーわいーなー、マジ年上とはおもえねー」
見ればエレナ先生が女子生徒となにやら楽しげに会話をしていた。
無論、こっちのエレナ先生が猫をかぶっているとか、みんなをだましているとか、そんなことはないのだろう。
でも、そんな先生にもひみつがあるのだ。
ソレを知っているのは、とりあえず自分だけらしい。
それが、ちょっと、嬉しかった。