「おまたせ」
「おう」
道夫は小雨のぱらつく皇帝を眺めながらぱたぱたと駆け寄ってきた幼馴染みの北上冬子の言葉にやる気なさげに応えた。
「んー元気ない?」
「そういう訳じゃないよ」
くるり、と猫のように下から覗き込んでくる姫カットのセーラー服を邪険に扱いスニーカーを履く。
ビニール傘を開いて冬子にさしかける。
もちろん、彼女が折りたたみ傘を鞄の中に入れてあるのは知っている。
中学の頃からずっと使っている藍色の可愛らしいモノだ。
「たたむの面倒だろ」
「あ、ありがと」
鞄の中の折りたたみ傘を出さなくてすんだとひょいひょいと慣れた様子で二人並んで歩く。
さあ出かけようという春も終わり、新緑が雨に洗われて鮮やかな魅力を覗かせる初夏の前の雨の季節、梅雨である。
これが終われば次は灼けるようなジリジリとした暑い夏が来る。
「最近ずっとゲーム漬けなんでしょ?」
「……まぁ、はまってるけど、何だよ」
べっつにー、と可笑しそうにけらけらと明るく笑う彼女となんとはなしに歩く。
「そんなに楽しいの?」
「楽しいっちゃ、そりゃ楽しいけど……」
脳裏にするり、と鋭さを増した先生の姿が浮かび、なんとなく彼女から視線をそらす。
「ふーん、そう、よかったじゃん」
負けてばっかりだが、やればやるほどああすれば、こうすれば、という反省点がある。
あれこれとデータを組んで、詰めて、実際に体を動かして、あれこれと質を高めて、その上でまだ勝てない。
それがまた楽しいのだが、と言い訳がましく頭を回し、はたと気付いた。
「どっか行きたい?」
ぽつり、とふと思いついた言葉が吐いて出た。
「なんで?」
「なんとなく」
「……ふふ、そうだなぁ」
「土曜、日曜?」
「日曜で、一日空いてるから」
「んじゃ、日曜で」
えへへ、と嬉しそうにどこに行こうか考え出す幼馴染みをみつつ内心息を吐く。
何のことはない、元気がないのは自分ではなくコイツなのだ。
陽気に、世話焼きよろしく寄ってきておいて、つまりは何か落ち込んでるなり何かあったのだろう。
まぁ長い付き合いだ、憂さ晴らしの手伝いぐらいしたっていいだろう。
旧い馴染みとなると、学生の身分で行ける場所となれば大体行き尽くしているものである。
「やっぱ、どこ行くかそっちで決めて!」
そういう訳で最近の新しい入り浸り先である他県のゲームセンターに彼女を連れて行くこととなった。
「私格闘技とかやったことないよ?」
こういうところはあまり来たことがないのだろう、けたたましい筐体の音声にどこに視線を向ければ良いのか所在なさげだ。
「知ってるよ、でもまぁ格闘ゲームは前やったことあったろ? ガチ対戦モードじゃないのもあるからそれやってみよ」
行きの電車で彼女のスマホにアプリをダウンロードさせ、あれこれ聞かれるとおりにキャラメイクをさせた。
端から見ればいちゃついているカップルかもしれないが、まぁイジられて恥ずかしくなるような間柄でもない。
バーコードを筐体に読み取らせタッグ戦を選択する。
難易度設定が出てくるので″Easy″を選択ししばし待つ。
冬子の方は完全初心者なのでチュートリアルを経ねば合流出来ないのだ。
《おまたせー》
とことこと不慣れな様子で彼女が歩み寄ってくる。
身にまとうのはそれなりに重装の板金鎧にごちゃりとした大剣、本来の彼女の筋力であれば振るう事の出来ないものだ。
リアル志向だけでなくこういったはっちゃけが出来るのもこのゲームの良さだ。
独特の身体操作感覚に不思議そうな様子だ。
《イケた?》
《おっけおっけー》
気のなさそうな返事であるが、これで大体の事はそつなくこなすのでついたあだ名がダウナー系器用貧乏だ。
《とりあえずいっぺんイージーでやってみよ》
《りょーかい》
メッセージだけだし楽しんでいるかいないのか分かりにくい奴ではあるが、なんだかんだ乗り気……っぽい気がする。
なんとなくではあるが長い付き合いだ、それぐらいなら分からなくはない。
戦闘ステージはシンプルなコロシアムで目の前に現れたのは白骨の兵士、スケルトンだ。
《うわ、お化け?》
《ま、そんなもん基本はガードして相手のガード抜ける様な攻撃でオッケー、ガードの練習だと思ってやってみ》
《ういうい》
格闘コマンド形式の場合、上中下のガードのどれかで受けてカウンターや相手の防御を外すような攻撃が一般的だ、下段ガードであれば中段や上段への攻撃でダメージが発生、という塩梅だ。
《よっ、と、ほいっ》
相手の動作から攻撃の上中下を見取り、適切なガードで受けてすかさずのカウンター。
目と思考回路とリズム感が良いのだろう数回の後にはコツをつかんだのかやや大ぶりなスケルトンの攻撃は封殺し、カウンターを放り込む切れ味が上がっていく。
《いいじゃん》
《そう? いい感じ?》
《いい感じいい感じ》
相槌を打ちながら自分も同じようにスケルトンの群れをばったばったと倒していく。
正直、脳波コントロール組からするとNormalからが初級程度の難易度だ物の数ではない。
《わ、何かデカイの》
《中ボスだな、ボチボチ手堅くやれば負けることは無いだろ》
姿を現したのは2mほどの体長のグリーンスキンの巨漢、トロールだ。
冬子の重装歩兵装備ならばガードをしくじらずに攻撃を重ねれば数発、少なくとも十発以内で撃破できるだろう。
ぶおん、と風切り音とともに飛来する棍棒を縦で弾き、大剣での一太刀が閃く。
《うっひゃこわっ》
筐体が打撃の衝撃を表現しようと微振動し、迫りくる攻撃に思わず声を挙げるも防御成功、体勢を崩したトロールの足に攻撃が刺さる。
《そうそう》
自分の方のトロールを早々に下して幼馴染の奮闘を見守る。
俺に倒してもらってきゃー〇〇君嬉しい! なんて口じゃない、結構ゲーム好きな奴なのだ。
《そりゃっ!》
掛け声とともにトロールが断末魔の声を挙げて倒れ伏す。
《ぶぃくとりー》
にへら、とした笑顔とピースサインにこちらも頬が緩んだ。
結局、一日ゲームセンターで遊び倒すこととなった。
イージーモードを終えた後はノーマルまで攻略し、その後はゲームの占拠もよろしくないということでリズムゲーやらクレーンゲームやらぶらぶらと小銭が飲み込まれていくなんて言う事のない過ごし方だ。
「んー楽しかった」
帰りの電車を降りて、夕暮れの街をてくてくと歩きそう彼女が言う。
「そっか」
なら良かった、それだけは素直にそう思う。
何で落ち込んでいたのかは分からないが、沈んでいるよりは楽しんでいてくれた方がいい、そういう間柄の相手だ。
そんなことを考え、ぼけっとしていたのだと思う。
警戒する必要のない相手だったのも、あるだろう。
「……にひひ、元気でたっしょ?」
掠めるようなキス。
耳まで真っ赤になった彼女が照れくさそうに笑い、夕焼けに紛れるように、じゃーねー、と跳ねるように浮ついた様子で去っていく。
呆然と口元を覆いそれを見送る俺は
「どっちが……だよ」
明日からどいう顔で会えばいいのかもわからず、悶々と家路につくことになった。