「やぁ、三人とも。大会ぶりだね」
合流した三人に影山は軽く手をあげて笑いかければ、諏訪原は九十度の礼を取り、東は軽く腕をあげ、河内は胡散臭そうなものを見るような目をした。
「とりあえず、一人ずつ話をするということでかまわないかい?
収入の話などもあるから、個々で話をした方がいいからね。
ただ共通事項は君達三人にはモナコカップに出てもらうということ、それに関する出張費の詳細はこの用紙に書いてあるからよく読んでおくように」
言いながら三人に用紙を渡す影山は面接のように奥に用意された個室へと入っていき、何故か突然現れた冠が作業員のように扉の前に座っていた。
「ってなんでおんねん!」
「直属の上司は雪乃さまってことになってましたけど、僕ってほとんど影山さんの部下みたいなもんですし」
耳をふさぎながらそんなことを言う冠に河内は不服そうな顔をするが、当然相手にされない。
「まずは東君からだそうです」
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「つまり優勝して資金を稼げばいいってだけの話じゃねーか。
何キレてんだ? 河内」
「いや、思いっ切り省略されとんぞ。お前」
実にメタい発言を繰り返す河内に、東は身を引きながら諏訪原へとひそひそと話しかけた。
「なぁ、諏訪原。
河内って時々変なこと言うよなー。俺、普通に話されてきただけなのに」
「放っておけ。
奴の頭は、一度弾けてどこかに行ったのだろう。髪の毛と共にな」
「生えとるわ!!」
「はい、次は諏訪原さーん」
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「まさか、あそこまで評価されていようとは・・・ この期待に俺は応えなければならない。
だが、欠勤の多さには注意されたな・・・ 修行を控えねば・・・」
「普通に注意されとる!? というか、パン職人ちゃうんか!!
あとお前も省略されとんぞ!!!」
「師匠の下に剣の修行へも出ているからな・・・ その間はやはり欠勤にしてしまった。
どちらも両立してこそ真の武士であると説かれ、俺は目を覚ました!」
「いやお前、社会人やろうが!!
仕事せぇっちゅうねん!!!」
木下がいれば『お前が言うな』と叫んでいただろう河内の言葉に、ツッコミを入れるほど働いている者はこの場にはいなかった。
「はい次ー、問題の河内さん」
「どういうこっちゃ!!」
「言葉通りの意味ですけど?
はい、中へどうぞー。影山さんがお待ちですよー」
冠によって急かされながら河内は中へと入ると、そこにはシンプルな机とテーブルがあり、ペットボトルのお茶が用意されていた。
「さぁ、どうぞ座って」
「失礼しますー」
勧められたとおりに座ろうとすれば、影山は鋭く言った。
「はい、五点減点」
「はぁ!?」
「って、黒柳君ならいうだろうね」
「ワイが何したっちゅうねん!!」
「なに、緊張をほぐすための冗談さ」
河内は頭をかきながらよくわからない人だと思いつつ、正面の席へと座る。
「何から話そうか。
冠君から聞いているけれど、私が雪乃を利用しているだとか、信用できないというようなことを言ったらしいね」
その声には咎めるものは含まれておらず、むしろ楽し気に影山は笑っていた。
「怒らんのですか?」
「何をだい?
私が君にそう思われていても一向にかまわないし、前者はむしろそう見えるように振る舞ってすらいる。何の怒りも沸いてこないし、そのことで君に何かをするつもりもないよ」
「はぁ・・・ そういうところが苦手ですわ」
掴めない、理解できない、わからない。
河内が影山に対して抱く感情はそんなものばかりで、良い印象を欠片も抱くことが出来ない。
「会社の上司なんてそんなものだろう?
君は社長の経営理念を理解して、仕事に邁進したいなんて思っているかい? 思わないだろう? そういうものだと割り切ることをお勧めするよ。
とにかくだ、今この場においてなら君の質問には可能な範囲で答えてあげよう。
なんなら約束だってしてあげよう、何でも言ってごらん?」
まるで悪い魔法使いのように囁く影山はにこやかなのに冷たく、けして自分からは何かを教えるつもりはないと告げていた。疑問すら抱けない者に、彼は用がないのだ。
「あんた、何がしたいんですか?」
「何がしたい、か。あまりにも壮大な質問だね。それなら私も壮大に答えよう。
私はただ雪乃と幸せになりたい」
「はぁ? 壮大やないでしょ、それ」
「いや、壮大だよ? 私にとってそれこそが終着地点であり、出発点となる。
これ以上、広い答えを私は知らない」
『幸せになる』それを壮大という影山を理解できず、河内は質問を変えることにした。
「なら、なんで霧崎と手を組んでまで自滅みたいなことしようとすんねん。
それがしたいことへの方法なんかい」
「両方とも答えてあげよう。
霧崎と手を組んだのは必要だったからであり、株式を保有したのは霧崎からパンタジアを守るため。まっ、その辺りは単なる取引だから、君が聞いてもつまらないだろう。それは職人である君たちの仕事ではなく、会社経営は私達の仕事だからね。
二つ目の質問に対する答えは、『はい』だ。
これは私がしたいことへの手段の一つに過ぎない」
河内の質問に影山は丁寧に答えていく。そこによどみはなく、偽りもまたない。ただ、領分として彼に関係ないとは付け足している。
「じゃぁ、なんで南東京支店なんや?」
「それは私と雪乃様の行動が演技だと知っているなら、少し考えればわかることだろう?
月乃様が経営してるからだよ、私達とは敵対できる立場にある彼女がパンタジアとして経営を続けることに意味がある」
「あんたらが直接守ってもえぇやろ!! もっとうまく守れるやろうが!!!
なのに、それ全部南東京支店に押し付けて、あんたらは一体なにがしたいんじゃ!!」
怒りに任せて影山に掴みかかる河内に対し、影山は変わらぬ目で河内を見続ける。
「『もっとうまく守れる』という質問には、『いいえ』だ。
これが今、私と雪乃様に出来るパンタジアの守り方であり、月乃様を守る方法だ。
南東京支店に任せた理由は月乃様の実績作り、そして偶然とはいえこれほどまでに揃った人材を活かせる方法はこれしかなかった」
河内の手を振り払いもせず、逆上することもない影山。
「そして、霧崎の元で彼の行動をある程度コントロールできるのは私達しかいない。
ここで怒れる君はまっすぐで、とてもよい青年だ。そんな君が月乃様の味方でいることを私は嬉しく思う」
「なんやねん、それ。
ワイみたいな凡人になに期待しとるねん」
「君こそがモナコカップ優勝のキーマンだと、私は思っている。
君達はただ優勝を目指して頑張ってくれればいい、私は私でやるべきことを成す」
やはり理解できないと言わんばかりに戸惑いを見せる河内に、影山は勝利を確信しているかのように笑う。
「あぁ、それから決勝になれば君の家族も応援にいけるように取り計らうつもりだ。
無事決勝まで進めばご家族にフランス旅行をプレゼント出来るだろう、君の晴れ姿と共にね。
どうだい? 頑張る理由になるかい?」
わかりやすくご褒美を掲げる影山に、河内は呆れるように溜息を零した。
「経営やなんや気にせんで、自分のためにやれゆうことですかい」
「パン職人はパンを作る、経営者は経営を行う。
それでいいと思わないかい?」
「ほんなら義兄の役目はなんですかい?」
「愛する恋人の可愛い妹を守る、当然だろう?」
「その言葉だけは信用しときますわ」
その言葉にようやく河内は影山へと笑みを見せた。
「あぁちなみに、一月の研修の後モナコカップに参加になるから、その後に公開練習試合でデコレーションブレットを作ることになる。フランス観光と共に美術品を見る機会を作るといいだろう」
すると影山は河内の方をじっと見て、独り言のように呟いた。
「ロダンの・・・ 『考える人』か」
(あれはない。あれは、ない。
あんな悲劇、起こらなければいい)
「なんか言いましたー?」
「いや、忘れてくれ。
分野は違えども一流の物を見るのは君たちにとって良い経験になるだろう、旅費は会社で持つからゆっくり楽しみたまえ」
これにてフランス留学前の会談は無事終了したが、影山は一つだけ彼らが拒むだろうから言わなかったことがあった。
引率者は、黒柳である。