あの終わりはないな と 俺は思った   作:無月

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「失礼するよ、冠君」

 

「どうぞー、影山さん」

 

 フラスコなどが並ぶ部屋へと影山が入室すれば、そこには白衣を纏った研究者のような冠が楽しそうに試験管を眺めていた。

 

「あれ、雪乃さまは今日来ないんですか?」

 

「あぁ、先日の件で靴を履くのがな・・・」

 

「あー・・・ お疲れ様です、影山さん」

 

「いや、私はいいんだが・・・ もう少し厨房の状態を清潔に保つべきだな・・・」

 

 恋人の精神衛生的には勿論、店としての衛生状態としてもゴキブリが出るのはよくない。食材を扱う店の基本だろう。

 

「相変わらず研究熱心だな、君は」

 

この子達(酵母)はデリケートですから、きちんと世話をしてあげないとすぐに死んでしまいますから」

 

「酵母、か。

 パン職人ではない私にはわからんが、相変わらず凄い研究だ。雪乃はもっぱらタルト専門だしな」

 

「顔、緩んでますよ? 影山さん。

 今日のデザートは何です? 恋人との甘いひと時とか?」

 

「チョコレートタルトだ。

 貧乏舌だったはずの私が、今ではタルトばかりは雪乃のじゃないとな」

 

 自らのからかいをさらりと流し、それどころか当然のごとく惚気ていく雹に冠は苦いものを食べたような顔をする

 

「なんだ、苦かったか? チョコレートタルトでもどうだ」

 

「結構です」

 

 なおも追い打ちをする雹の言葉を遮り、雹もクスリと笑う。

 

「それは残念、絶品なんだがな。

 それで頼んだものは出来てるかい?」

 

「エンドプロテアーゼですね、出来てますよ」

 

 冠から小瓶を受け取り、影山は興味深そうに眺めるが、理解を諦め懐へと収める。

 

「エンドプロテアーゼ、たんぱく質分解酵素。

 文字通りたんぱく質を分解するワケですが・・・ こんなモノ、いったい何に使うんですか?」

 

「まぁ、対戦者である君には話しておくか」

 

 影山は顎に手を当てて考えるような仕草をしてから、口を開く。

 雪乃の性格が変わってしまったがゆえに起こりえなかった、原作での流れを。

 

「これを河内君の小麦粉に盛るんだ」

 

「はい? そんなことしなくても、僕は負けませんよ?」

 

「君の腕を疑っているわけじゃないよ。

 ただ、彼には無残に負けてもらわなきゃ困るだけのことさ」

 

 影山はさも興味のないように呟き、冠は困惑するが、影山の目に陰りも躊躇いも見られなかった。

 

「影山さん、あなたは一体何を・・・」

 

「秘密、さ。

 何、雪乃にも君にも悪いことにはならない。それは絶対だ」

 

 不思議なほどに彼の言葉は自然で、感情の揺らぎも、何か後ろ暗いような雰囲気すらない。

 ただやれることを精一杯やっているだけ、そういわんばかりに声を濁らすこともない。

 

「さて、今日はこれでお暇しよう。

 雪乃の新作タルトを食べる約束があるんでね」

 

「どれだけ食べるんですか、影山さん」

 

「雪乃のタルトが美味しいのが悪い。いくらでも食べたくなるんだ」

 

「太りますよ」

 

「そしたら雪乃を抱えてジョギングでもするさ」

 

「雪乃さまがもたないと思います」

 

 その光景に真っ赤な顔で抱えられる雪乃と涼しい顔でジョギングする影山がありありと想像でき、『どんなバカップルですか、物語の中にもいませんよ』とため息をつくが、また受け流されそうなので思うだけとする。

 

「先日話した準備は進めておいてくれたまえ。

 では、決勝も期待しているよ」

 

 全てを見透かしているような影山の物言いに恐ろしさを感じながら、冠は彼を見送った。

 だが、恐怖を抱くと同時に彼の雪乃への揺るぎない愛情と部下におくる確かな信頼に自分もまたほだされていることを冠は自覚していた。

 

「引っ越しの準備かぁ、本当にどこまで先を読んでるんだか・・・」

 

 

 

 

 冠の研究室を出て車に乗り込んだ影山は顎に手を当てながら、溜息をつく。

 

「原作通りにいくといいんだが・・・ あの関西人がパンワッフルにしたら、こっちが負ける可能性もあるんだよな」

 

 関西人こと河内が鈍いままであることを祈りつつ、彼は思考する。

 

「彼にはここで敗北を知ってもらって、いろいろ頑張ってもらわないとな。

 それに彼の性格はどうあれ、東君の心の支えになってることは間違いない。確か河内君の敗北がジャパン44号に繋がっていた筈だしな」

 

 そうして誰も聞いていない独り言を零してから、影山は待っているであろう恋人と新作タルトの元へ急いだ。

 

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