あの終わりはないな と 俺は思った   作:無月

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 マイスター霧崎は梓川貞尚との会談を終え、会場を後にする。

 扉を出てすぐの場所には一人のスーツの青年が立っており、マイスターを見た彼は静かに会釈を行った。

 

「影山さん、お久しぶりですね」

 

「いえいえ、私はずっと会場におりましたので、久しぶりということでもないでしょう。マイスター霧崎」

 

「こうして直接会話するのは久しぶりでしょう?

 どうです? 少し二人で話をしませんか?」

 

「そうですね、三十分程度でよろしいなら」

 

「充分です」

 

 お互いにこやかに見えるその会話は腹を探りあうような緊張感があり、絶対に近寄れない線があるようだった。

 

「準決勝戦において、河内くんの生地がおかしなことになったのは知っていますか?」

 

「えぇ、会場で見ていたので知っていますよ。

 なかなかまとまらず、三時間もの間捏ね続けた彼の精神力は今後本店でも生かされることでしょうね」

 

「私が言っているのはそういうことではありませんが、会場責任者であるあなたなら何か知っていませんか?」

 

「会場責任者の仕事は場を整えることですので、試合中に起こった事故の原因まではわかりかねます」

 

 遠回しに『あなたが何かをしたんじゃないですか?』と問われた影山はさらりと受け流し、彼の次の言葉を待つ。

 

「では、その後の生地はどうなりましたか?」

 

「職人が作った生地を捨てるのは惜しいので、ワッフルにして美味しくいただきました。

 職人ではない私が焼いても、とても美味しい素晴らしい生地でしたよ」

 

「調べなかったのですか?」

 

「何故です?

 まさか、この大会で誰かが何かを加えるとでも?」

 

 マイスター霧崎の咎めるような声に影山はあえて疑問を投げかける。

 会社で行われた大会でそんな馬鹿げたことをする者がいるのかと、居る筈もないと影山は態度で示していた。

 

「・・・そうですね、そんなことありえませんね」

 

 口ではそう言いながらもマイスター霧崎が影山を見る目は冷たく、冷酷な犯罪者を見るような視線を投げかける。だが、影山はそんな視線を受けても、うっすら笑ったままだった。

 

「では、私はこれで失礼します。

 影山さん、また会いましょう」

 

「えぇ、また」

 

 あくまでにこやかに会話を終えた二人は、真逆の方向へと歩んでいく。

 互いの道は交わらないとでもいうかのように。

 

 

 

 

 

「って、ワイの三位決定戦は全カットかい!」

 

「何、突然叫んでるですか? 河内さん。

 凄かったじゃないですか、踊るフランスパンと歌うフランスパンの戦い」

 

 諏訪原と河内による三位決定戦は熱く燃え上がり、両者三位という結果に終わった。その結果、賞金は半額になり、河内は本店へと移っていった。

 だが、彼は戻ってきた。

 アフロがヅラだったと、皆に告げるために。

 

「って、んなわけあるかい!!」

 

「誰に向かって言っとるんじゃ? 河内」

 

「でも、寂しくて戻ってきたという方が男性として恥ずかしいと思いますよ?」

 

「月乃おぉぉぉーーー!!」

 

 南東京支店の良心のような存在からとどめが刺され、河内はガックリとテーブルに突っ伏す。

 

「てか、店長おらんのか?」

 

「真面目にお仕事なさってます」

 

 河内が見渡せばいつもならテーブルに足をのせてのんびりしている店長の姿はなく、月乃がにこやかに答えた。

 

「そらー、雨でも降るんかのぅ」

 

「昨日、模糊山のおっちゃんからメールが来たんらしいじゃ」

 

「なんでも家の写真が送られてきたようで、その後から鬼気迫る勢いで仕事に向かいましたよ?」

 

 より詳しく言うならば、模糊山が送ってきたメールには彼との生活を夢見た模糊山と水乃が見つけた家族で暮らすのに理想的な物件の写真とそこに置く家具の相談がメールの文字数ギリギリまで書かれていた。

 喧嘩も強く、職人として実力がある松代でも、これには精神的なダメージを喰らい、あの婚姻届けが嘘ではないと気づいた。その結果が真面目な勤務態度である。

 

「あー・・・ 影山はん、こわいのぅ・・・」

 

「むしろ普段温厚な影山さんにあそこまで脅しをさせる松代さんが凄いと思いますよ?」

 

「温厚・・・ 温厚ですか・・・」

 

 月乃の弁に冠は苦笑いであり、それを見た河内は自分の認識が間違っていないと確信する。

 

「ですが、そろそろ大切な話をしますので、東さんは店長を呼んできていただけますか?」

 

「ラジャーなのじゃー」

 

 月乃の言葉にすぐさま東が応じ、店長が扉を吹き飛ばす勢いで戻ってくる。

 テーブルには全員が揃い、冠がお茶を用意してから、議題へと移った。

 

「んで、冠はんはなんで影山はんにこの支店に来るように言われたん?」

 

「いえいえ、影山さんに指示なんてされてませんよー。

 僕は敗北した責任により長年研究していた酵母や研究データごと吹き飛ばされた恨みを晴らすべく、この南東京支店で戦うために来たんですー」

 

「という建前になってるんですね?」

 

「いやーですからー、影山さんを始めとしー、にっくき雪乃を叩き潰すためにー」

 

「という建前なんだな?」

 

「もうえぇっちゅうねん!」

 

 完全に棒読みの冠の言葉に月乃と店長が頷き、いつまでも続きそうなやり取りを河内が打ち切る。

 

「モロバレなのは僕だって知ってますよ! ていうか、水乃さまだって知ってますよ!

 でも、本人達がそうやれっていうだから仕方なく合わせてるんですよ!!」

 

「お姉様は私には隠しておりませんし、こうなるのも当たり前ですけどね」

 

「内部にもモロバレつうのはどうかと思うがな・・・」

 

「まぁ、知らない人もいますよ?」

 

「・・・誰だよ、それ」

 

 店長が『そんな馬鹿な奴がいるのか』と冠を見ると、冠は肩をすくめた。

 

「マイスター霧崎とか、黒柳先輩とか、梓川オーナーとか、諏訪原さんとか・・・」

 

「うわぁ、つっかえねー・・・」

 

 新人である諏訪原は仕方ないにしても、上位陣はほぼ全滅に等しい状態に店長は顔に手を当てた。

 

「で、影山はんは何で冠はんをここに送ったんや?」

 

「それにはまず、この店がパンタジアの支店でありながら月乃さんの個人名義であることを語らなければなりません」

 

「なんでやねん!!」

 

「馬鹿は黙ってろ」

 

 河内のツッコミに店長が河内の口を押さえ、強制的に黙らせる。

 

「影山さんから聞いたんですが、三姉妹が所属する支店はそれぞれの個人名義になっているとのことですがあってますよね? 月乃さん」

 

「はい、三姉妹で売り上げなどを競争する仕組みとするならば、その方がわかりやすいということで」

 

「影山さんは、僕に言いました。

 近くこのパンタジアは最悪なシナリオをたどり、君達南東京支店には別行動をとってほしいと」

 

「最悪なシナリオ?」

 

「それは、パンタジアがサンピエールに乗っ取られるという場合(シナリオ)です」

 

『は?』

 

 その場にいる全員が驚き目を向けるが、冠は続ける。

 

「雪乃さまは現在、サンピエールと共謀してパンタジアの全株式の約四十%を取得しています。

 乗っ取りは・・・ もはや時間の問題です・・・」

 深刻そうに告げる冠に全員が沈黙する中、代表するように河内が突っ込んだ。

 

「自分でまねいとるやないけ!!」

 

「ですよね」

 河内の言う通り、それらは影山が仕組んだことであり、これはもはや自滅と言ってもいい行動である。

 

「何を考えとんねん、影山はんは・・・」

 

「冠、携帯寄越せ。

 あいつに直接問いただす」

 

「えー、松代さんが電話したら、すぐさまオランダに国籍を移すと言ってましたよ?」

 

「・・・お前ら、沈黙は金って言葉知ってるよな?」

 

 冠の一言に店長は態度を豹変させる。

 

「なんでオランダなんじゃ?」

 

「どーせ同性婚でも許しとる国なんやろ」

 

「では私では・・・」

 

「月乃さんが影山さんと個人的に連絡を取り合うのはいろいろとまずいので駄目です。

 なので、その辺りを含めてこれから説明しますよ」

 

「最初っからそうせんかい!

 店長なんて顔青くして震えとるやないか!?」

 

 部屋の片隅で体育座りをして大きな体をまとめる店長に、河内がつられて顔を青くする。

 

「なんか、ガイモンさんみたいじゃな・・・」

 

「誰やねん、それ」

 

「とにかく、続きを聞いてください。

 僕が出された影山さんからの指示はもう一つあります。それはパン世界大会であるモナコカップへの出場すること」

 

「それって副賞のフランス留学と関係あるんか?」

 

「ご名答ですよ、河内さん。

 副賞であったフランス留学はいわば、モナコカップへの出場命令なんです。

 そして僕らにその大会で優勝し、資金を稼いでほしいとのことです」

 

「なんでやねん・・・

 だったら、わしらにさっさとフランス留学許可すればよかったやん・・・ まだるっこしいのぅ」

 

 河内の言うことはもっともであり、影山の行動はあまりにも遠回し過ぎる。

 周囲は彼何がしたいのか理解できず困惑し、本来の目的は誰にもわからないまま。

 

「馬鹿か、てめぇ。

 南東京支店名指しで全員留学させるなんざ悪目立ちすぎだろ」

 

 店長の言うことはもっともだが、それでも納得できないところは多く、河内を始めとして誰もが頭を抱えた。

 

「でも、わからんわ。

 資金稼いで、どないせいっちゅうねん」

 

「サンピエールに乗っ取られたとしても、私達が自由に動けるようになのでしょうが・・・ ならばなぜお義兄様はサンピエールに乗っ取られるような行動をとったんでしょう?」

 

「それは僕にもわかりません。

 いいえ、僕だけじゃなく、恋人である雪乃さまにすら影山さんの行動理由はわからないでしょう」

 

「はぁ~、そんだけ聞いたら雪乃はんが影山はんにいいように使われてるようにしか聞こえんわ。

 よーそないな奴の恋人なんてやってられるのぅ」

 

「必殺」

 

 静かな声だった。

 

「月乃 マグナム」

 

 その拳は、音を、置き去りにした。

 休憩室の壁に叩きつけられた河内は、すさまじい衝撃を今になって気づく。

 

「馬鹿な・・・ 殴られた後に、そのことに気づくなんて・・・」

 

 それは室内の誰の言葉だっただろう、ただ茫然と呟かれたその言葉すら衝撃に飲み込まれてしまったかのようだった。

 河内は自分が元居た位置を確認し、先ほどの拳は誰から飛んだのかを確認すれば、そこに居たのは一人の少女だった。

 

「って、何すんねん!! 月乃!!!」

 

 河内の当然のツッコミに、月乃はキッと河内を睨み付けた。

 

「お義兄様の行動を疑うのは仕方がありません。ですが・・・ お義兄様のお姉様への愛を疑うのは許しません!」

 

 彼女は怒っていた。

 彼らと出会ってから一度も見せたこともない怒りの表情は、今はただ一人河内にのみ向けられていた。

 

「んなこと言われたかて、影山はんが怪しいんは事実やろ!」

 

 だが、河内が言うことももっともであり、現状において彼らにはっきりとわかることが少なすぎる上に、影山は重要なことを彼らに何一つとして伝えているようには見えなかった。

 

「まったく、これだから聞いたことしか信じられねぇガキは・・・」

 

「ですねー、恋愛経験なさそうですしねー」

 

 影山と雪乃、二人を知る店長と冠は呆れた表情を見せるが、当人を知らない河内にとって彼は雪乃という存在を体よく扱っているように見えるのだ。否、それは河内のみならず、先ほど並べられた影山たちの演技を演技と知らぬ者達にも言えたことであった。

 

「俺もあいつの腹の中を全部知ってるわけじゃねぇが、あの墓の一件でも雪乃を支えたのは影山の野郎だよ。

 演技が下手くそな雪乃のフォローに回ったりだとか、雪乃じゃ手が回らねぇことをしたりとかな。だから、俺が月乃の傍にいれるんだしな」

 

「論点ずれてますよ、松代さん。

 議題としての結論は、仮にサンピエールに乗っ取られても資金があれば南東京支店はパンタジアとして生き残れるということ。

 月乃さんが怒っていることの結論は、影山さんの雪乃さまへの態度を知らないあなたが彼の愛を嘘だなどと言ってはいけないということです」

 

 後半はやや怒りを交えて冠は言い、河内を冷たく見つめた。

 

「せやかてなぁ・・・」

 

「多分、この中で僕が一番影山さんと雪乃さまの関係を知ってると思いますけど、あのお二人は素敵なカップルですよ?

 影山さんの食事のほとんどは雪乃さまが作ってますし、影山さんも雪乃さまのためならなんだってします。

 彼の好物知ってますか? 雪乃さまが作るタルトって一瞬の迷いもなく言うんです。どんな高級料理を食べた後でも、彼のデザートは必ず彼女特製のタルトです」

 

「お義兄様はこんな厄介に巻き込まれた私達姉妹の傍にいて、一番つらい役目を担ったお姉様を支えてくださったんです。

 お姉様だけでなく、水乃の元に模糊山さんをつけてくださったり、以前からよくしてくださっていた店長を私につけてくださいました」

 

 二人の言葉に河内は黙り込み、ばつの悪そうに顔をそむけた。

 

「まぁ、影山さん本人もそう見えるように行動しているんですから、河内さんのように思う方がいてもしょうがないんですけどね」

 

 冠もやれやれといった風に手と首を振るが、額に見える怒りマークはまだ消えていない。それはニッコリと笑顔を作った月乃も同じであり、冠にとって尊敬する上司、月乃にとっては敬愛する義理の兄なのだから無理もないだろう。

 

「気になるんなら、本人に聞いたらどうじゃ?」

 

「いやだから、俺とか月乃じゃ出来ねぇから困って・・・」

 

「河内ならよくね?」

 

『あっ・・・』

 

 東の的を射た言葉に全員が呆気にとられ、口を開けたまましばらく経過した。

 

「そう、ですね・・・

 河内さんなら本店移籍への相談などと言えばいいですし」

 

「誰もこんなの警戒しねーし」

 

「アフロとれば誰だかわかりませんし!」

 

「・・・東、こいつら全員しばいてえぇか?」

 

 容赦のない仲間たちの言葉に今度は河内の額に怒りマークが浮かぶ。

 

「返り討ちじゃなー」

 

 店長は勿論のこと、先ほどの月乃の拳を見れば否定はできない。

 

「じゃ、少し待ってください。今繋ぎますので」

 

 そういって冠は一度離席し、携帯をとりにロッカールームへと戻った。

 そして後日、河内のみならず諏訪原、東とも時間を取ると確約された。

 

 

 ちなみに、この間に木下が一人で店を切り盛りしていたのは言うまでもない。

 

 

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